ああ、武藤つかさ! なぜ、キミは男なんだ!?
第11話「つかさ改造計画」スタート!
「うーむ……」
ずっと呻くようにして、伊達 修造 は苦悩していた。
──おっと、いくら賢明なる読者諸君でも、この登場人物のことをすっかり忘れてしまっていることだろう。
彼こそ、琳昭館 高校の生徒会長、伊達修造であった(※ 第3話を参照)。
学業優秀でスポーツも万能、容姿端麗で全校の女子生徒から大人気という、この一見すると誰よりも恵まれているように思える男が、どのような悩みを抱えているというのか。
それは一ヶ月ほど前に遡る――
伊達は保健室で一人の一年生と出会った。
その可憐さ、その愛らしさ――スマートな外見とは裏腹に無類の女好きである伊達は、その一年生を一目で気に入ってしまい、下心を疼かせた。
ところが、その下級生こそ、武藤つかさだったのである。
あどけない顔立ちこそ、つかさは女の子そのものだが、性別上は歴とした男の子だ。そのことをあとで知らされたとき、伊達が受けたショックは筆舌に尽くし難いものだった。
「ああ、ボクは何という過ちを犯してしまったんだぁ!」
単なる勘違いをしただけだというのに、伊達は頭を掻きむしると大袈裟な動作で身悶えた。
幸いにも伊達が今いる生徒会室には他に誰もいない。もし、こんなところを彼のファンに見られでもしたら、伊達修造のイメージが崩れていたことだろう。
伊達は横臥しそうなほど身体を反らすと、右手で顔を覆った。
「しかも、何ということか! 未だボクの心は、あの武藤つかさに奪われたままとは!」
そうなのだ。つかさが男だと分かっても、伊達が一度抱いた劣情はまったく醒めることがなかった。それどころか、日に日に募る想いに、食事もロクに喉を通らないくらいにまでなっていたのである。
つかさが女性なら、伊達もこんなに悩まずに済んだだろう。いつもの調子でさっさと口説き落とし、その貞操を奪ってしまえば満ち足りるのだから。
しかし、相手が男だとなると、そうはいかない。第一、男である伊達が同じ男を口説いてどうする。自分はノーマルだ、決して同性愛者ではない――と信じている伊達にとって、思いがけず湧き起こった自分の感情を認めることが出来ない。
そもそも、そんなことが周囲にバレたら、これまで築き上げてきたものが、一瞬にしてすべてパーになってしまうだろう。
それでいて、つかさへの募る想いを断ち切ることも出来なかった。あの愛らしい顔をしたつかさが男であるということを、心の何処かで、どうしても認められないのだ。伊達の煩悶は延々と続く。
「ああ、武藤つかさ! なぜ、キミは男なんだ!? まったく、何という運命の悪戯か! ボクのこの想いを、いったい何処へぶつければいいと言うのだ!?」
シェイクスピア俳優もかくやという懊悩ぶりを伊達は全身で表現した。つかさへの劣情が、これ以上、膨れ上がったら、気が触れてしまいそうだ。
──コンコン!
おもむろに生徒会室のドアがノックされた。
伊達は瞬時に苦悶の表情から、爽やかな二枚目スマイルに豹変した。これは条件反射と言ってもいい。他者に対しては、『完全無欠なイケメン高校生・伊達修造』を演じるのである。
「どうぞ」
声までしっかりと作り、伊達は来訪者を招いた。
ドアが開けられると、そこには一人の女子生徒が立っていた。
普通、相手が女子生徒──それも可愛ければ言うことなし──であれば、伊達は無条件で歓迎するのだが、この人物に対してだけは様子が違った。女性を虜にしてきた自慢のキラー・スマイルが、ややぎこちなく固まってしまう。
「ちょっと失礼しまっせ!」
関西弁で中へと入って来たのは、一年C組の 徳田 寧音 だった。その首には一眼レフ・カメラが下げられている。彼女は新聞部の記者で、日頃からシャッターチャンスを狙い、カメラを手放さないのだ。
学年こそ違うが、伊達は寧音のことをよく知っていた。
琳昭館高校の女子生徒に関しては、名前と顔、それにスリーサイズ(!)はほとんど当たり前に網羅している伊達だ。
しかし、寧音については、『心にやましさを持っている人間にとって、最も畏怖されるべき存在だから』という別の理由があった。
新聞部に所属する寧音は、とにかく、その取材能力に長けていることで有名だ。
彼女が入学してから、わずか半年の間に、某男性英語教師と女子生徒の援助交際が暴露され、ラグビー部による飲酒が発覚し、二年B組の集団カンニングが明るみになった。
それらのスキャンダルを、いつ、どのようにしてつかんでくるのかは不明だが、特ダネを探り当てる独特の嗅覚は抜群で、次は誰が寧音の “標的” にされるのか、身に覚えのある者としては戦々恐々としている――というのが現状である。
伊達とて、これまでの女性関係を公表されでもしたら身の破滅だ。出来れば無事に卒業するまで、自分には決して近づいて欲しくない人物だと思っている。
その寧音が、わざわざ生徒会室を訪ねて来たわけで――
不吉な予感を覚えた伊達は、首筋の毛が逆立ったような気がした。
「な、何の用かね?」
まさか、さっきの心の発露を聞かれたのではないかとヒヤヒヤしながら、伊達は努めて平静を装おうとした。いつも以上に白い歯を輝かせる。
ところが、対する寧音もニッと笑った。牛乳瓶の底のようなメガネの奥では、油断のならない目が光っている。
伊達は全身の血が逆流するような戦慄を覚えた。
「実は生徒会長はんに、見て欲しいもんがあるんやけど」
勿体ぶった口調で言いながら伊達に近づくと、寧音は一枚の写真を取り出した。伊達は見せられたそれを覗き込む。
「──っ!」
それはつかさの写真だった。体育の授業中に撮られたものらしい。体操着姿だ。このバストショットの写真では、到底、女の子にしか見えない。
保健室でつかさと初めて会ったときも、上半身、体操着姿で、伊達は胸をときめかせたものだ。
ゴクッ、と伊達は生唾を呑み込んだ。つかさの生写真が目の前にある。喉から手が出るほど欲しい。
「どうでっか? よく撮れとるやろ? 生徒会長はんには特別価格、一枚五百円で譲ってもええんやけど?」
大阪商人よろしく、寧音は吹っかけた。
一瞬、うなずきかけた伊達だが、理性のブレーキがそれを押し留める。表情筋が強張りそうになりつつも、フッと笑みを漏らす。
「どうしてこのボクが、一年生の男子生徒の写真などを欲しがらなきゃいけないんだね?」
垂涎の一枚であるにもかかわらず、伊達は無関心を装って見せた。本当は、今すぐにでも寧音の手からひったくり、頬ずりしたいくらいなのだが。
すると寧音は、ほほう、と唇を尖らせた。
「一年生の男子? この写真の生徒のこと、知っとるんやね?」
しまった、と伊達は思った。
「た、たまたまさ。この前、偶然に会話を交わしたものでね」
動揺が表に出ないよう、伊達は必死に取り繕った。
別に同じ学校の生徒なのだから、学年が違おうとも、つかさのことを知っていてもおかしくないのだが、変な意識をしているせいで言い訳めいたことを口走る。
「ふ~ん」
この態度を寧音はどう見たか。
伊達は冷や汗が止まらない。
「なら、別に欲しゅうないってことやね?」
寧音はこれ見よがしに、つかさの生写真をヒラヒラと振った。
ついつい伊達の視線は、生写真を追いかけ、右へ左へと動いてしまう。無論、それを寧音が見逃すはずがない。
「欲しゅうないんなら、こいつは破いてしまおか?」
寧音はつかさの生写真を両手でつまむと、それを引き裂くようなマネをした。
伊達が焦る。
「ま、待て! 待ちたまえ!」
「ん?」
「な、何もせっかく撮った写真を破いて捨ててしまうことはないだろう?」
「でも、ウチには必要ないものやしなあ。売り物にもならんようやし、ゴミにしかなれへんやろ。そやろ、生徒会長はん?」
明らかに寧音は、伊達が抱くつかさへの想いに気づいている。その上で持ちかけた取引──いや、半ば強請だ。ここで突っぱねても、後日、新聞の一面に暴露記事として掲載されるかもしれない。
伊達は悩んだ末に答えを出した。
「わ、分かった、しょうがない。その写真、五百円で引き取ろうじゃないか」
「さすがは生徒会長はん! 毎度あり!」
五百円と引き換えに、伊達はつかさの生写真を手に入れた。それを眺めながら、つい顔がニヤけそうになる。
――何て可愛いのだろう。いくら眺めても女の子にしか見えない。帰ったら、自分の机の上に飾ろう。これで毎日、つかさの顔を拝める。
伊達はつかさの生写真を大切に仕舞った。
ところが、この程度で終わる寧音ではない。こんなのは、まだ序の口だ。
「実はなあ……他にもまだ写真があるんや」
そう言うや否や、寧音は十枚ほどの写真を、まるで扇のように手元で広げた。どれもつかさの秘蔵ショットだ。しかも一枚一枚、違ったものである。
伊達は目を見開いて吟味したが、どれひとつとしてカスはなかった。恐らく盗み撮りだと思われるが、ここまでの写真を撮れるとは、どうやら寧音はスキャンダル記事を書くだけでなく、カメラの腕前も一級品のようである。
すでに回答は決まっていた。
「よ、よし! 皆まで言うな! 払おう! 一枚五百円だな? 全部もらおうじゃないか!」
「おおきに! 九枚あるさかい、締めて四千五百円や!」
まんまと寧音の術中にハマり、伊達は今月の小遣いのほとんどを注ぎ込むはめになった。
正直、この出費は非常に痛いが、次第につかさの生写真を十枚も手に入れられた喜びの方が大きくなる。伊達は満足していた。
だが、寧音の阿漕な商人魂は、伊達の想像の上を遙かに超えていた。
「――そうそう。その写真のネガもあるんやけど? うーん、写真も買うてくれたし、大マケにまけて三千円にしとこか」
「………」
伊達は黙って三千円を支払った。さすがにここまで来るとグウの音も出ない。最初からネガがあるのだと分かっていれば、写真を一枚五百円という高値で買う必要はなかったはず。
――徳田寧音、恐るべし!
それと同時に、伊達はある仮説を立てて身震いした。
これまで寧音が発表したスキャンダル記事など、実は氷山の一角に過ぎないのではあるまいか。本当はもっと多くのネタを抱えていて、単にそれを公表していないだけで。
ひょっとすると、暴露されれば社会から抹殺されるような秘密を寧音によって握られ、要求されるがままに口止め料を渡している人物は、この琳昭館高校に大勢いるのかも知れない。
「――徳田氏、お主も悪よのぉ。くっくっくっ」
という悪代官の哄笑が聞こえてくるような気がした。
「と、徳田くん……どうか、このことは内密に……」
生徒会長であるはずの伊達が、下級生の女子生徒に懇願した。
メガネのズレを直しながら、寧音は神妙にうなずく。
「分かっとりまっせ。他人の趣味をどうこう言おうだなんて、ウチ、これっぽっちも思うてへんから」
そう言いながらも、寧音の唇は笑みに歪められていた。
もうこれで、二度と寧音には頭が上がらないだろう。最大の弱みを握られ、伊達は心の中で唇を噛む。
「───」
そんな生徒会室の様子を廊下から窺う一人の人物がいた。寧音と同じように、首からカメラを下げている。
「あの生徒会長の伊達さんがねえ……」
中の二人に聞こえないよう呟いたのは、写真部に所属している一年B組の 大神 憲 だった。
写真部と言っても、部活動らしいことはほとんどしておらず、現在は幽霊部員の吹き溜まりでしかないが。
また、大神は人間ではない。彼は満月の夜になると人狼に変身する狼男である。この男の人間離れした聴力は、これまでの会話をすべて耳にしていた。
「おっと、こうしちゃいられない!」
足音ひとつ立てずに生徒会室から離れると、大神は逃げるように廊下を走り出した。




