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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第2話 ボクは男だ! 【 全 4 回 】
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アキト、先輩たちに謝るんだ!

 “入部テスト” という名目の単なる “私闘” ――


 坂田さかたの取り巻きたち四人が、アキトただ一人を囲んでいた。そのさらに外側で、他の空手部員たちが固唾を呑んで見守っている。


「準備はいいか?」


 面白そうに眺めているのは上座に構えている坂田だけだ。


 すると裸足になったアキトの唇の端が吊り上がる――笑みだった。


「いつでもいいぜ」


「大した自信だな」


「それとも強がりか?」


「安心しろ。少しは手加減してやる」


 取り巻きたちはアキトの落ち着き払った様子を虚勢と見たか。たっぷり可愛がってやるつもりのようだ。


 しかし──


「そりゃどうも。じゃあ、オレも手加減しておくぜ」


 と、アキトは平然と言い放った。


 それを聞いて、頭に血が上らないヤツはいない。


「一年坊主の分際で、ふざけやがって!」


 アキトの左後方より、一人目が襲いかかった。「始め」の合図もへったくれもない。やはり、これは空手部の入部テストなどではなく、ケンカなのだ。


「だぁーっ!」


 この騙し討ちのような格好に対し、アキトは振り向くどころか目で確認もせず、背後より襲いかかった相手にキックを繰り出した。いや、素人目には後方へ左脚を突き出したようにしか見えない。


 しかし、アキトのキックは正確に相手を捉えていた。殴りかかろうとしていた相手の鳩尾みぞおち穿うがつ。


「ぐほっ!」


 それは強烈なカウンターとなった。その威力を証明するように、相手の身体が宙に浮く。


 その刹那、その場にいた者たちは目を剥いた。副主将の坂田さえも。


 アキトのキックをまともに喰らった男は、五メートルほど吹っ飛び、背中から畳に落ちた。そのまま動かなくなる。


 そこで初めて、アキトは後ろを振り返った。そして、頭を掻く。


「あれ~、手加減したつもりなんだけど。意外と難しいもんだなぁ」


 その仕種はわざとらしく、とぼけて見えた。


 確かにアキトの反撃は網膜に焼き付くくらい鮮烈なものだったが、これくらいで尻込みしているようでは、琳昭館りんしょうかん 高校の不良ワルなど務まらない。すぐに気持ちを切り替え、残る三人のうち二人がアキトに襲いかかった。


「貴様ぁ!」


「よくも小柳こやなぎを!」


 両者、絶妙のタイミング。この間合いでは、一人目を躱すことは出来ても、二人目は躱せそうもない。


 そこで──


 アキトは跳躍した。その高さたるや! 人間の身長を楽々、越えられるほどだ。


 もし、道場の天井が低ければ、アキトも彼らの頭上を跳べなかっただろう。しかし、天井までの高さは五メートルくらい余裕があった。


 思いがけない軽業を披露された二人は、思わずアキトを振り仰いでしまった。人間、見上げると上体が立ってしまう。すなわち、そこに隙が生まれる――


 アキトは屈伸を利用して、二人にそれぞれキックを浴びせた。


 バキッ!


 変身ヒーローも真っ青という股裂きのダブル・キックが、きれいに揃って炸裂する。


 どちらも見事に決まったことにより、まったく同じタイミングで倒れた二人は気絶した。そんなことになど関知せず、アキトは軽々と着地を決める。


「ば、化け物か!?」


 残った一人が、アキトの人間離れした動きに恐れを為した。まさか、本当に化け物の “吸血鬼ヴァンパイア” だったとは夢にも思うまい。


 戦意を失ったヤツは、パンチ一発で簡単にノックアウトできた。


 かくして、ものの一分とかけずに四人をほふったアキトは、上座にいる坂田に視線を向けた。


「いやはや、まったく歯応えがありませんねえ。今度は副主将が直々に相手してくれませんか?」


 アキトは坂田を挑発した。坂田は目線だけは外さず、ゆっくりと立ち上がる。


「なかなかやるな。だが──」


 坂田はこれまでの四人に比べると中肉中背で、むしろ小柄に見える。その割に、全身から発せられる“鬼気”は他の者とは比べものにならなかった。


「身の程知らずもそこまでだ。オレを怒らせたこと、後悔させてやるぞ!」


 坂田は黒帯をギュッと締め直し、四人を倒した一年坊主に向き直った。


 一方、アキトは眠たそうに欠伸あくびする。


「ふん。どっちが身の程知らずかねえ」


 両者は対峙した。その間に、他の空手部員たちがやられた四人を引きずって退ける。アキトと坂田のタイマン勝負に持ち込まれた道場は静まり返り、ヒリヒリとした緊張が走った。


 坂田が構えた。右半身を手前にした構え――


「何ぃ!? サウスポーだと!?」


 アキトは虚を突かれた。


 そこへ繰り出される坂田の鋭い蹴り。アキトは慌てて跳び退いた。


「おおっと、危ない、危ない。人間にしちゃあ、やるなぁ――クソッ、イヌの野郎め! 自慢の情報収集能力が甘いんじゃねえか?」


 大神から聞いた坂田の情報の中に『サウスポー』というデータはなかった。明日はお仕置きだ、とアキトは心の中で決める。


「一発避けたくらいで、いい気になるなよ。まだ序の口だ」


 坂田はスッと間合いを詰めた。リーチは背の高いアキトの方がある。それを封じる戦法だ。


 もちろん、アキトもそれを簡単には許さない。後ろへ下がりながら、坂田の攻撃をガードする。


 しかし、坂田の連続攻撃はスピードがあり、しかも正確だった。アキトは受けるのが精一杯なのか、反攻に転じることが出来ない。


「さっきの威勢のよさはどうした?」


 坂田は次々と拳を繰り出しながら、クソ生意気な一年生を挑発した。


 だが、相手はアキト――吸血鬼ヴァンパイア だ。


「じゃあ、せっかくのお誘いなので――そろそろ、こっちからも行かせてもらおうか」


 そう宣言するや否や、アキトは坂田の拳を自らの拳で上からはたき落とした。予想だにしなかった重い一撃に坂田のガードが一瞬だけ開く。


 その隙を突いて、アキトは攻勢に転じた。ロケット・ダッシュのような膝蹴りが坂田の下顎を襲う。


 坂田は後ろへ吹き飛ばされた。だが、アキトの膝蹴りを喰らったわけではない。その証拠に絶妙な受け身を取った。


「おおっと、防ぎやがったか」


 アキトは感心した。坂田はアキトの膝蹴りをとっさに後ろへ跳んで威力を相殺。なおかつ片手でのガードも怠っていなかった。それは素早い瞬時の判断と豊富な実戦経験がなければ出来ないことだ。


 さすがに小山の大将を気取るだけのことはある、とアキトは心の内で坂田に対する評価を上方修正した。


 ノーダメージの坂田はむくりと起き上がった。


「なかなかやるな、一年坊主。オレと五分に戦ったのは、羽座間はざまの野郎以来だ」


 坂田はアメリカ武者修行中の主将を呼び捨てにした。アキトに向けて、殺気を帯びた目が鋭くなる。


「だが、最後に勝つのはオレだ。羽座間の野郎もいつかオレがぶちのめす!」


 そう宣言した坂田はアキトに突っ込んで来た。そして、手前で宙を跳ぶ。キックの連続技――空中二段蹴りだ。


 アキトは冷静に対処した。それぞれ左右の腕でキックを跳ね飛ばす。


 だが、空中二段蹴りは坂田の必殺技ではない。アキトの懐に飛び込むための手段に過ぎなかった。着地した坂田が狙うのは――


「せいやっ!」


 渾身の正拳突きがアキトの腹部に突き刺さった。至近距離。その威力は内臓破裂をも引き起こしかねない。


 しかし──


 坂田は驚愕に目を見開いた。手応えが──ない。


 アキトの身体は、いつの間にか坂田の左側に移動していた。坂田の知覚では残像が消え、突如、本体が真横に現れたとしか思えない。


 一部始終を目撃していた空手部員たちも同様だ。誰一人、アキトの動きを捕捉できた者はいない。


 当然だろう。それが 吸血鬼ヴァンパイア 本来のスピードなのだから。


「あらよっと!」


 アキトは坂田の顔面にパンチを叩き込んだ。それでも全力は出していない。そんなことをすれば、人間である坂田の頭などもげてしまうだろう。


 それでもその威力たるや、坂田の身体を十メートルくらい吹っ飛ばすのに充分なものだった。坂田の身体は畳に叩きつけられ、まるで爆風でも受けたかのように、その上でさらに転がった。


 常人であれば、この一撃で気絶していても不思議はなかっただろう。だが、坂田はなおも起き上がろうとした。それは闘いへの本能によるものか。さすがは空手部副主将、気骨を見せた。


「ほいっ!」


 そこへ容赦ないアキトのジャンピング・エルボーが見舞う!


「ごふっ!」


 アキトの肘が坂田の鳩尾みぞおちにめり込んだ。仰向けになった坂田の口から逆流した胃液が吐き出される。むごたらしい場面に、誰もが目を背けたくなった。


 勝負あった。呆気ないくらいの幕切れ。


 まるで時が止まったかのような沈黙が訪れた。


 空手部では主将の次に強かったはずの坂田が、一年生を相手に、こうまで簡単にやられてしまうとは。空手部の部員たちは慄然とした。


 ところが、これで終わりではなかった。


 アキトは無情にも敗者の胸元を掴むと、無理矢理に立たせた。相手の坂田はもうグロッキー状態だ。


「まだ寝るには早いぜ。お前には無抵抗な者の痛みってヤツを教えなきゃならないんでね」


 アキトは残忍に笑った。やはり彼は冷酷な 吸血鬼ヴァンパイア。人間の血こそ、この男の悦びなのか。


 グッタリしている坂田の顔面をアキトは容赦なく殴り始めた。たちまち坂田の顔は腫れ上がり、周囲に赤い血が飛び散る。


「ひぃっ!」


 空手部員たちは誰も制止できず、かと言って正視もしていられなくなった。このままでは坂田が殴り殺されてしまうかもしれない。


 そこへ――


「アキトォ!」


 道場の入口から声がかかった。校内放送がアキトの仕業であることを知らされて戻って来たつかさだ。その身体をお節介にも薫が支えている。


「よお、つかさ」


 入口に向かってアキトはにこやかに手を振った。そして一転、無感情に坂田を殴る。


「やめるんだ、アキト!」


 つかさは薫の手を振りほどくようにして、畳の上へ上がった。そして、介抱されている他の先輩たち四人の状態を見て、怒気に満ちた視線をアキトに向ける。


「何で……何でこんなことを?」


 アキトは坂田の胸倉から手を離した。どさり、と白目を剥いた坂田が力なく崩れ落ちる。クラスメイトの 吸血鬼ヴァンパイア はつかさに笑顔を見せた。


「なぜって、お前のために決まってんだろ。こいつらにイジメられてたから、お前の代わりにオレが懲らしめてやったんじゃねえか」


「ボクがいつ……アキトにそんなことを頼んだのさ……?」


「言わなくたって分かるって。オレとお前は親友ダチなんだ。それくらいのことをさせてもらったっていいだろ?」


「だからって……ボクは……アキトにそんなことをしてもらいたかったワケじゃないよ」


 つかさの言葉を聞いたアキトは肩をすくめた。


「何を言ってんだ、つかさ。オレがやらなかったら、お前はずーっとこいつらに痛めつけられてたんだぜ。第一、一人じゃ何も出来ないクセに、綺麗事なんか言うなよ。それにこんなクズみてえなヤツら、ぶちのめしたって構わねえって」


 つかさは唇を震わし、拳を握った。


「ボクのことはどうでもいい……でも……先輩たちに酷いことをするなら、いくらアキトでも許さないからね!」


 いきなり、つかさはアキトへ殴りかかった。そいつをひょいっと躱すアキト。


「ほお、上等だ。お前なんぞに、このオレが殴れるのか?」


「アキト、先輩たちに謝るんだ!」


 つかさは本気でアキトに向かって行った。だが、吸血鬼ヴァンパイア であるアキトに動きはすべて見切られてしまっている。アキトはつかさの頭に手を置き、それを支点にしながら空中で体を変えた。


「ほーれ、こっちだ、こっち」


 アキトは手招きするようにつかさを誘った。つかさも素早く方向転換する。


 つかさは攻め込んだ。猛烈なラッシュだ。しかし、先程の坂田の攻撃に比べれば技の切れに乏しい。アキトは易々と、それらを受け切った。


「お、おい」


 皆、呆けたように二人の対決を見守っている中、空手部員の一人が隣のヤツを肘でつついた。


「何だよ?」


武藤むとうのヤツ、攻撃は当たってないけど、ちゃんとあいつの動きに付いて行ってるぜ」


「ああ……武藤って、あんなに動けたっけか?」


 いつも坂田たち先輩に無抵抗のまましごかれている普段のつかさからは、想像も出来ない動きだっただろう。しかも、つかさの攻撃は回数を増すごとに加速してゆく。やがては坂田の動きどころか、相手をしているアキトと同等にまで並んだ。


 これぞ、今まで誰も見ることのなかった、つかさ本来の動きだった。祖父である武藤源氏郎(げんじろう)から教えを受け継いだ古武道――《天智無源流てんちむげんりゅう》の。


 つかさがアキトの動きについていけるのには秘密があった。祖父の古武道は自分と相手の《氣》を利用した拳法だ。そのため、純粋なスピードではアキトに劣るものの、《氣》を感じ、相手の動きを先読みすることによって捉えることが出来る。


「やあああっ!」


 ましてや、アキトは 吸血鬼ヴァンパイア であり、人間とは異なる邪悪さをはらんだ《氣》を持っている。それをつかさが逃すことなどありはしない。


(こりゃ、参ったな)


 さすがのアキトも舌を巻き始めていた。坂田たちを痛めつけ、つかさを怒らせるのは予定通りだったが、ここまで追い詰められるとは。ただ、つかさ相手に反撃するつもりも元からなかったが。


 そうこうしているうちに、とうとう、つかさがアキトの動きを正確に捉えた。へそのやや下にある丹田たんでんで《氣》を練る。


「破ッ!」


 つかさの右腕が突き出された。《天智無源流》に伝えらる発勁はっけいの技。アキトはそれを辛うじて身を引いて逸らす。


 しかし、つかさの拳からはパンチよりも強烈な《氣》のエネルギーが叩き込まれた。それはさすがに避けるすべがなく――


「どわぁぁぁぁぁぁっ!」


 アキトは豪快に吹き飛ばされた。そのまま後転しながら畳の上をボウリングの球みたいに転がる。ついには道場の出口から外へ出てしまった。


 おおーっ、という驚きの歓声が空手部員たちから上がった。


「凄えぞ、武藤!」


「今の最後の技は何だ!?」


「あんなの映画とかでしか見たことねえよ!」


「お前、いつの間にそんなに強くなったんだ?」


 つかさはアッという間に空手部員たちに囲まれ、ねぎらいと質問攻めの津波に呑み込まれた。慣れない経験につかさは戸惑う。


「い、いや、その、ボクは……」


 そんなつかさの困ったような様子をひっくり返った格好のまま見て、対戦に敗れたはずのアキトは満足げな笑みを浮かべていた。


「さすがだな、つかさ」


 そのアキトの脇に薫が立った。


「へえ。なかなかやるじゃない」


 薫はでんぐり返ししたみたいな姿のアキトに言った。そして、称賛の輪の中心にいるつかさの方を見る。


「先輩たちをただぶん殴るだけでなく、つかさの実力を他の部員たちに見せつけてやるなんて」


 今や空手部の部員ばかりでなく、坂田やその取り巻きたちも、道場からアキトを叩き出したつかさに対して、明らかに見る目が変わっていた。


「あいつは優しい男だからな。自分のためには拳を振るわない。でも、誰かのためになら振るうことが出来る――そういうヤツなのさ」


「だから、わざと憎まれ役を買って出たってワケね」


「どうだ? オレのこと、惚れ直したろ?」


「バーカ」


「今夜、ベッドを共にしてやったっていいんだぜ」


 アキトはひっくり返った格好のまま、薫のおみ足にしがみつこうとした。と――


 ぱちーん!


「つあっ!」


 またもや薫の竹刀が閃光の如き速さでアキトの手をはたいた。


「死んでもお断りよ! ――さ~て、私も部活に行って来よっと」


 薫は何事もなかったかのように、竹刀を肩に担ぎ、悠然と立ち去って行った。


 ただ一人残されたアキトは、またまた手をフーフーしながら、


「いつか、お前の処女をいただくからな! 覚悟しておけ!」


 と、精一杯の負け惜しみを浴びせた。






 夕暮れ、部活動を終えたつかさが琳昭館高校の正門をくぐると、そこにアキトが一人で待っていた。


「よお!」


 アキトは先程の一件などなかったかのように、屈託のない笑顔を向けてくる。むしろ、つかさの方が元気がなかった。


「……ごめん」


「何が?」


 突然、謝るつかさに、アキトはとぼけた。


「アキトはボクのためにしてくれたんだよね? それなのにボクは……ごめん」


「いいさ。オレが勝手にやったことだ。お前が気にするな」


「でも……」


「それに、もうお前が先輩たちからいじめられることもねえだろ」


「えっ?」


 どうして、という目をつかさが向けてきた。アキトは苦笑する。


「何だよ、分かってねえのか? オレは空手部の連中をぶちのめした男なんだぜ。そのオレを今度はお前がぶっ飛ばした。――てことは、お前が一番、誰よりも強いってことだろ?」


「あっ……」


 つかさはようやく、そのことに気づいたようだった。しょうがねえなあ、とでも言いたげにアキトは頭を掻く。


「もっと自分に自信を持てよ、つかさ。『自身に自信を』。なんちゃってな」


 アキトはつかさの背中をバシッと叩くと、先に立って通学路を歩き始めた。


 つかさは慌てて、アキトのあとを追った。


「ありがとう」


「よせやい。オレたちは親友ダチだろ?」


「そうだね」


 つかさの顔にも、やっと笑顔が戻った。


「まあ、どうしても礼がしたいって言うなら、ラーメンの一杯でも奢ってもらおうかな」


 アキトは不意に足を止め、一軒の店を指を差した。琳昭館高校のすぐ近くにあるラーメン屋《末羽マッハけん》だ。注文から出来上がりが早いことと他の店よりもボリュームたっぷりなことから、食欲旺盛な高校生たちが常連になっている。


 つかさは苦笑した。


「分かったよ。奢ればいいんだろ、奢れば」


「じゃあ、ダイナマイトにんにくラーメンのちゃんこ盛りな♪」


 およそ 吸血鬼ヴァンパイア らしからぬ注文をアキトは口にした。


「あー、私はねえ、ヘルシーわかめラーメンの塩がいいな♪」


 二人の横から、いきなり薫が顔を出した。


「何で薫まで?」


 つかさが疑問を抱くのも無理はない。しかし、薫は当然といった顔つきで、


「保健室で傷の手当てをしてあげたじゃない!」


 と主張した。


 それには、さすがのつかさも承服できない。


「言っとくけど、手当てをしてくれたのは待田まちだ先輩であって、薫なんかボクの頭に消毒液を振りかけただけじゃないか」


「まあまあ、男が細かいことをいちいち気にしない、気にしない! ――ああ、お腹減った! さあ、ラーメン食べよっと!」


「おう!」


 犬猿の仲であるはずのアキトと薫は、どういうわけかこんなときに限って意気投合し、つかさの了解を得ぬまま店の暖簾のれんを並んでくぐった。


「まったく、もお」


 結局、ラーメンを奢る羽目になったつかさは、諦めにも似たため息を大きくつきつつも、内心では二人への感謝を忘れなかった。

 第2話おわり

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