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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第10話 KILL BLOOD 【 全 11 回 】
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相変わらず見事なお手並み

 第10話「KILL BLOOD」スタート!

 秋の夜空に、血塗られたような赤い月が昇った晩。


 河川敷に掛かる大きな鉄橋の上で対峙する二つの影があった。


 その真下ではヘッドライトの強烈な光とテールランプの赤い光が尾を引くように行き交い、決して絶えることがない。


 今は帰宅ラッシュの時間帯だ。渋滞こそないが、交通量が多い。しかし、運転手ドライバーたちは誰一人として、その頭上で繰り広げられている邂逅に気づかなかった。


 そもそも誰が想像し得るだろう。車が走る高さよりも三十メートルはあるところに、命綱もなしに立ち尽くす者がいるなどと。


 もちろん、どちらも尋常な人間ではなかった。いや、人間かどうかさえも疑わしい。下界は平穏な日常生活の一コマに過ぎないが、鉄橋の最高部は人外の世界と化していた。


「手間を取らせてくれたな」


 人影が言葉を紡いだ。一見、人間の若い男だ。二十代半ばだろうか。全身、ワイシャツもネクタイも同色の黒で統一されたスーツ姿で、夜だというのに顔にはサングラスまでしている。


 川沿いに吹きつける風がその身体を揺さぶっても、男はズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、平然と立っていた。


 一方、男と対峙している影は人よりも獣に近い。二本の足で立ってはいるが、長い腕は足下につきそうなくらいまで垂れ下がり、姿勢も不格好なほどに前傾している。例えるなら、サルやゴリラだろう。黒く長い体毛が全身を覆っている。


 その身長は黒尽くめの男よりも頭二つ分は高かった。眼は赤い光を放ち、口は耳元まで裂けている。


 これを言い表せる言葉はひとつしかない――“化け物”だ。


 奇妙な二つの影。どちらも身にまとっているものは“殺気”だった。


 化け物は男の出方を窺っているように、ジッと動かない。男も直立不動の姿勢を崩さなかった。


「最近は人間の欲望が強くなっているせいか、お前のようなヤツが増えているようだ。そのお蔭で、こちらは儲けさせてもらっているがな」


「………」


「どれ、とっとと決着ケリをつけさせてもらおうか」


 男はポケットから両手を抜くと、あろうことか素手で化け物に向かっていった。狭い鉄骨の上を躊躇なく蹴る。


 化け物は牙を剥き出しにして威嚇した。やはり、キーッというサルに似た奇声を発する。


 その化け物の頭頂部へ、男は手刀を振り降ろした。黒い服装と対照的に、まるで血が通っていないかのような肌の青白さ。指先も男のものとは思えぬほど細く、美しくさえある。


 化け物は男の手刀を飛び退くようにして躱した。そして、すぐさま着地した男へ襲いかかる。


 サルに似た化け物の手は、異様に長い鉤爪の形をしていた。それが男の胸元へ振るわれる。


 ヒュッ!


「おっと!」


 男はすぐに身を反らし、鉤爪を回避した。当たっていたら、裂傷どころか、肉をごっそりと削り取られていたことだろう。


 恐ろしい化け物の武器にも、男の表情に怯えはなかった。むしろ、この状況を楽しんでいるような余裕すら感じられる。


 横幅のない高い鉄橋上での戦い。にも関わらず、両者の動きはまったく地上でのものと変わらなかった。


 攻勢に転じた化け物は、鉤爪を持つ手を振るい続けた。それに対し、男は冷静に躱していく。それも紙一重の動きだけで。


 しかし、それにもやがて飽きたのか、男の顔から遊びの表情が消えた。


「やれやれ。バカのひとつ覚えみたいな攻撃だな。こんなものは──」


 鉤爪を振るって来た化け物の左手首に、男は手刀を叩き込んだ。


「ギャアアアアアッ!」


 手刀は日本刀のような切れ味の冴えを見せた。化け物の左手が軽々と吹っ飛び、黒い血を撒き散らしながら鉤爪が宙を舞う。化け物が耳まで裂けた大口を開け、聞くに堪えないような苦鳴を発した。


「──というわけだ」


 男はニコリともせずに言った。


 左手を失った化け物は怯んだ。目の前の男に畏怖を感じて後ずさる。しかし、足場の確保が難しい鉄橋の頂部に逃げ場はない。


 そのため、化け物はおもむろに空中へダイブした。


 化け物が飛び降りたのは川ではなく、真下にある道路側だった。ちょうど走って来た大型トレーラーのコンテナに着地する。


 運転手(ドライバー)は背後でした物音に一瞬だけ気を取られたが、そのまま無視して走り続けた。


 大型トレーラーの上に乗った化け物の姿は、アッという間に鉄橋から遠ざかって行ってしまった。それを見下ろしていた男は呆気に取られる。


「おいおい、勘弁してくれよ」


 肩をすくめた男は、自らも身を躍らせた。事前に目星をつけておいた高速バスの上に降り立つ。こちらは化け物と違い、物音ひとつ立てない軽やかな着地だった。


 大型トレーラーと高速バスは、都心方向へ一定の距離を保ちながら走り続けた。この辺は交通量はあっても人通りが少ないため、まだ誰も男や化け物の姿に気づかない。とはいえ、それも時間の問題だった。


 化け物を追いかけるべく、男は高速バスの屋根の上で助走をつけると、思い切り跳躍した。さすがにトレーラーまでひとっ飛びとはいかない。その二十メートル先を走っていた宅急便のトラックの上に乗っかった。


 そこから次々と車の屋根に飛び移り、化け物との距離を縮めてゆく。


 そんな男の姿は、とうとう多くの運転手(ドライバー)によって目撃された。車の上を移動する人影にギョッとし、運転の挙動が不安定になる車も出て来る。このままだと騒ぎどころか、事故をも引き起こしそうだ。


 男はサングラスを外すと、後ろを振り返った。


 それに気づいた運転手ドライバーたちが、まるで惹きつけられたかのように男の目を見る。


 黒かったはずの男の目は赤く妖しげに光った。


 すると運転手ドライバーたちは、一瞬、意識が飛んだような顔つきになった。が、すぐさま我に返る。


 そのときには車の上を飛び移って行く男のことは忘れ、眠気に襲われたかと頭を振りながら、何事もなかったのかのように再び運転に集中した。


「やれやれ。手間のかかることで」


 男がかけたのは、催眠術による記憶操作だった。これで運転手ドライバーたちは、男のことなど記憶の片隅にも残らないはずだ。一般人に化け物や自分の正体を知られないため、どうしても必要な処理だった。


 化け物を乗せた大型トレーラーは、高速道路下の産業道路を走り始めた。信号機による停車が増え始め、より追いつきやすくなる。男は一気に距離を詰めた。


「あの野郎、ただじゃ置かないからな!」


 男の立場からすれば秘密裏に片をつけるつもりだったので、化け物が人目のつく中へ逃げ込んだことに腹立たしさを覚えていた。ようやく大型トレーラーの上に辿り着くと、問答無用で化け物の頭を蹴る。


 バキッ!


「ギェェェェェッ!」


 油断していた化け物は大型トレーラーのコンテナから道路脇の中央分離帯へ落ちた。


 一帯を進入禁止のフェンスによって囲まれ、二車線分ほどの広さがある、何もないスペースだ。そこに高速道路の橋脚が立っている。交通量の多い都会の中で、まるで取り残されたようにぽっかりと空いた場所だった。


 叩き落とされた化け物は脳震盪を起こしかけて、頭を振りながら立ち上がった。


 その目の前には、いつの間にやって来たのか黒尽くめの男が。もう、何処へも逃がさないつもりだった。


「観念しろ」


 殺気をみなぎらせながら、男は手刀をかざした。


「グルルルッ……」


 男を前にして化け物は唸った。背中を向ければやられるだろう。残された道は二つにひとつしかない。


 化け物は決死の覚悟で男に襲いかかった。渾身の力を込め、残された右の鉤爪で男を切り裂く。


 男は動けなかった。


 しかし──


「──ッ!?」


 確かに切り裂いたと思われた刹那、男の姿は消失していた。鉤爪が切り裂いたのは男の残像に過ぎなかったのだ。


 化け物は男の姿を捜した。


「こっちだ」


 不意に後ろから声がした。化け物が振り向く。そこに男が立っていた。


 男の目が鋭く光ったように見えた刹那、化け物に向かって目にも留まらぬ蹴りが繰り出されていた。それは男よりも頭二つ分は大きい化け物の躰を易々と吹き飛ばす。


 ズゥゥゥゥゥン!


 蹴り飛ばされた化け物は、背中から高速道路の橋脚に激突した。


 凄まじい威力を物語るように、化け物の躰はコンクリート製の橋脚にめり込んでいた。その様は、まるではりつけにされたかのようだ。


 そんな化け物へ男は悠然と近づいた。


「ジ・エンド」


 無情に告げられた死の宣告。それと同時に、男の手刀が化け物の喉笛を貫いた。


「ガァ……!」


 急所を突かれた化け物は、痙攣を起こしかけて、すぐに動きを止めた。ガクンと頭が落ちる。


 すると化け物は急に実体を失ったらしく、黒い羽根が舞い散るようにして消えてしまった。あとには男だけが残される。


 男は突き出していた腕を下ろすと、再びサングラスをかけた。そして、ポケットから黒革の手袋を取り出し、それをはめる。


 無言で立ち去ろうとした男の前に、いつの間にか、もう一人の男が立っていた。


 身なりが整っている他は、取り立てて特徴らしい特徴を持たない中肉中背の紳士である。男に向かって拍手をしたあと、慇懃に頭を下げた。


「しっかりと拝見させていただきました。相変わらず見事なお手並み。上には私から報告しておきます」


 紳士にそう言われ、男は苦笑した。


「『見事なお手並み』とは恐れ入るな。少しやり過ぎちまった」


 男は橋脚に残った戦いの痕跡に目をやった。化け物の死体は残らなかったが、まるで蜘蛛の巣のように穿たれた激突の痕は隠しようもない。


「ご心配なく。そちらは我々の方で処理させていただきます」


「オレのギャラから差っ引いてか?」


「はい」


「チッ! ちゃっかりしてやがるな」


 男は肩をすくめながら歩き出した。そして、二メートルはあるフェンスを軽々と乗り越える。


「じゃあ、いつもの口座に振り込んでおいてくれ。明日中にな」


「はっ、確かに」


 紳士は再び一礼すると、夜の街へ紛れるように消えて行く黒尽くめ男の背中を静かに見送った。

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