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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第2話 ボクは男だ! 【 全 4 回 】
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入部希望者なんですがね

 放課後、つかさは足取りも重く、空手部が稽古を行っている道場へと向かった。


 悪いのは自分である、と頭では理解しているものの、これから行われる先輩たちのしごきを想像すると、やはり憂鬱な気分に陥る。


 せめて羽座間はざま主将がいれば、まだ暴力的な制裁は免れただろう。羽座間も部員には厳しい人物だが、今回のような場合、グラウンド三十周くらいで勘弁してくれたはずだ。


 主将不在の今、空手部を牛耳っている坂田さかたたちではそうもいくまい。きっと彼らが満足するまで、延々と痛めつけられるに違いなかった。


 とは言え、今日も逃げてしまっては、それこそ集団リンチに遭うかも知れない。つかさは意を決して、道場へ足を踏み入れた。


「押忍!」


 精一杯の気合いを入れて、つかさは挨拶した。すでに道場には坂田を始めとした空手部員が勢揃いしている。こんなことは珍しい。きっと部員全員の招集がかかっていたのだろう。


「来たな」


 副主将の坂田は空手部なのに、なぜか竹刀を手にしていた。これで下級生たちをしごくのである。前時代的だ。


 坂田とその取り巻き以外の空手部員は、つかさを気の毒そうに見ていた。


武藤むとうはこっちへ来い。他の者は柔軟体操を開始!」


 顧問である教師も名義だけを貸しているような状態で、普段の稽古は監督していない。指導はもっぱら主将である羽座間の担当だが、渡米している今は坂田が代行している。下級生の部員たちは大人しく柔軟体操を始めた。


「武藤、ブリッジしろ」


 おどおどした様子のつかさに、坂田は命令した。


 言われるがまま仰向けに寝ると、つかさは両腕、両脚で身体を支えるようにしてブリッジを作った。だが、つかさは見た目からも分かるように、体つきは華奢であり、筋力がある方ではない。ブリッジをして十秒もしないうちに手足が震えた。


「それじゃ鍛錬にならん」


 そう言うと坂田は、おもむろにつかさの腹の上に座った。


「ぐふぉっ!」


 坂田の重みにつかさは潰れそうになり、顔をしかめた。決して大柄ではない坂田だが、非力なつかさにとっては充分なウエイトだ。


「ちゃんと支えろよ、武藤! 全員の柔軟が終わったら、組み手の相手をさせるからな!」


 竹刀を畳に叩きつけながら坂田は言った。その苛烈さに、つかさばかりでなく、他の部員たちも震え上がる。


「オラァッ、お前ら! 声が出てねえぞ!」


「お、押忍!」


 道場全体に坂田の怒声が響き渡り、ようやく部員たちからも盛んに掛け声が出るようになった。


 その間も、坂田はわざと貧乏揺すりをするようにして、尻に敷いたつかさを痛めつける。


「くっ……!」


 つかさの顔が苦悶に歪んだ。


「つかさ……」


 その様子の一部始終を薫は道場の小窓から覗いていた。セーラー服から剣道着に着替えているところから、自分の部活を抜け出して来たと見える。


 そのとき、薫は良からぬ気配を背後に感じ、振り向き様に竹刀を振るった。


 ぱちーん!


「てッ!」


 竹刀は、こっそりと後ろから忍び寄り、薫のヒップへ手を伸ばしかけていたアキトの手を的確に痛打していた。


 アキトは打たれた右手を振りながら、涙目になってフーフーする。


「何しやがる!?」


「痴漢が居直らないでよ! サイテー!」


 ごもっとも。


 アキトは不服そうに唇を尖らせた。


「クソッ、いつか見てろよ。──ところで、つかさは?」


 薫は小窓の方へ顎をしゃくった。アキトが覗き込む。その表情が見る間に険しくなった。


「あの野郎……!」


 握った拳がわなわなと震えた。


「もう一度言うけど、つかさのためにもアンタは出しゃばらない方がいいわ。つかさ自身が何とかしないと、ずっと同じことの繰り返しになるのよ」


 薫は諭すように言った。それに対して、アキトは鼻で笑う。


「よく言うぜ。お前だって部活を途中で抜け出すくらい、つかさのことが心配なクセに」


「なっ――! べ、別に心配するくらいはいいでしょ!」


 薫は顔を赤くさせて、アキトに反論した。


 次のからかいの言葉をアキトが口にしようとした刹那、道場ではつかさのブリッジがとうとう崩壊し、坂田の下敷きになった。


「バカ野郎!」


 坂田はつかさを怒鳴りつけると、竹刀でつかさの腹部を叩いた。つかさは腹を抱えるようにして悶える。だが、坂田は容赦しない。まだ畳の上で転がるつかさを、さらに竹刀で痛めつけた。


「ブリッジをやり直せ、武藤!」


 竹刀は顔面にもヒットした。それを見たアキトがカッとなる。


「あの野郎、もう勘弁ならねえっ!」


 今にも道場へ殴り込みそうなアキトを、薫は寸でのところで引き留めた。


「ダメだったら! アンタがヤツらをぶちのめしたところで、どうなるってのよ!? この先、つかさはアンタの庇護を受けないと学校を歩けなくなるわ!」


「うるせえ! だからって、親友ダチがやられるのを黙って見てろって言うのか!?」


「これはケンカじゃないのよ! 部活動なんだから!」


「冗談じゃねえ! あんな体罰も部活動か!? 教育委員会に訴えるぞ!」


「つかさを見なさい!」


 薫に促され、もう一度、道場の中を覗くと、つかさは再びブリッジを作ろうとするところだった。さっきよりも手足の痙攣が酷い状態だ。それでもつかさは必死に我慢し、坂田の言う通りにした。


「何でだよ、つかさ……お前がその気になれば、あんな野郎、簡単にぶちのめせるだろうが……」


 アキトはつかさの真の実力を知っている。つかさは狼男の大神でさえ一撃でぶっ飛ばせる古武道の技を会得しているのだ。


 それなのに人を傷つけられない優しさから、その拳を振るうことが出来ない。それがアキトにとっては歯痒かった。


「チクショウ! もう、我慢できねえ!」


 アキトはそう言うと、薫の手を振りほどいた。道場に乗り込むのかと思いきや、どういうわけか校舎の方へ行ってしまう。


 薫はあとを追いかけようかと思ったが、つかさのことが気にかかり、その場に残ることにした。


 つかさに歯痒さを覚えるのは、薫とて同じだ。薫だって知っている。つかさの真の強さを――


 小学生の頃から、つかさの家へ華道を習いに行く(かたわ)ら、亡くなったつかさの祖父と一緒に鍛錬を積む姿を薫は見ている。だからこそ、つかさ自身でこの問題を解決して欲しかった。


 ―――


 アキトが何処かへ姿を消してから五分くらい経過しただろうか。


 道場では相変わらず柔軟体操が続いており、同時につかさのブリッジも続行されていた。


 普通、ここまで念入りに柔軟体操はしない。だが、坂田はつかさを長く痛めつけるために、柔軟体操も長引かせているのだ。


 つかさの手足は限界に達していた。自分の身体と坂田の体重を支えきることが出来ず、またしても潰れかけている。


 そこへ突然の校内放送が響いた。


『ピンポンパンポーン! あー、あー、ゴッホン! 一年A組の武藤つかさ君。一年A組の武藤つかさ君。校長先生がお呼びです。至急、校長室まで来てください』


 その校内放送を耳にして、薫は眉をひそめた。


 普段聞いている放送部員や先生たちが流す声よりも、妙に作ったような感じと、つかさを呼び出す、この絶妙なタイミング。きっと放送室に黙って忍び込んだアキトの仕業に違いない。


 だが、稽古中の空手部員たちは、その校内放送を少しも疑わなかったようだ。


「チッ、しょうがねえな。――おい、武藤。行って来い」


 坂田はつかさの上から退くと、仕方なさそうに命じた。ドサッと、つかさはその場に崩れる。汗みどろの状態で、喘ぐように呼吸が荒かった。


 倒れたまま動かないつかさを急かすように、坂田は竹刀で横っ腹を突いた。


「おい、早くしねえか。ただし、用事が終わったら、ちゃんと戻って来るんだぞ」


 坂田は脅しをかけるのを忘れずに、クタクタのつかさを立たせた。


「お……押忍……!」


 とりあえず、一時的にでもこの場から逃れられる。つかさはよろよろと立ち上がり、道場の外へと向かった。


「よし、他の者も柔軟終わり! 次は型の練習だ!」


「押忍!」


 空手部員は整然と並ぶと、左右の正拳突きを交互に繰り出し始めた。


 痛めつけられた腹部を押さえながら道場から出て来たつかさに、薫は慌てて駆け寄った。


「つかさ! ちょっと、大丈夫!?」


 心配する薫に、つかさは弱々しく微笑みを返す。


「うん、何とか……」


「校長室へ行く前に、保健室へ行った方がいいんじゃない?」


 薫には校内放送がアキトの仕業だと察しがついていたが、敢えてつかさには言わないでおいた。


 ところが、つかさは手で制するようにして、それを拒む。


「だ、大丈夫だから……」


 つかさはよろめきながら、校舎の方へと歩き出した。


 薫はそのまま放っておくわけにもいかず、つかさからやや距離をおいて、後ろから付いて行った。






「せいやぁ! せいやぁ!」


 道場では気合いのこもった型の稽古が続けられていた。坂田はそんな部員たちの脇を通りながら、腰が入っていない者に竹刀で喝を入れて行く。


「もっと気合を入れろ!」


「押忍!」


 下級生のほとんどは、厳しい指導を受けて顔が歪んでいた。


 そこへ道場の入口から声がかかった。


「頼もう!」


 何事か、と気になった部員全員が稽古を中断し、声がした背後を振り返る。


「貴様……!」


 途端に坂田の眉が吊り上がった。


 道場へやって来た人物こそ、アキトであった。その顔には不敵な笑みを浮かべている。


「何しに来やがった!?」


 坂田の取り巻きたち四人も揃って色めき立った。今朝、つかさの教室へ行ったときから、この生意気な一年坊主が気に食わなかったのである。


 だが、アキトは気負った様子もなく、道場の中央へ足を進めた。


「入部希望者なんですがね」


 アキトはへつらうように言った。取り巻きたちは剣呑な顔つきになる。


「入部希望だと?」


「ええ。空手部って、先輩たちみたいに弱いヤツを好きなだけいたぶれるじゃないですか。いやぁ、オレ向きだな~って思って」


「貴様ぁ――!」


「何が言いたいんだ、てめえっ!?」


「別に。――さあ、副主将。オレの入部を認めてくれますか? それとも、何か入部テストみたいなものがあるんですかね?」


 アキトは語尾に意味ありげなものを含ませた。その言葉に取り巻きたちは顔を見合わせ、残忍な笑みをこぼす。


「入部テストか。あるぜ。ちょっとキツいヤツがな」


「へえ。それは楽しみ」


 アキトも笑みを浮かべた。吸血鬼ヴァンパイア が持つ本来の邪悪さを秘めて。







 その頃、つかさは廊下の壁に手を突きながら歩いていた。


 校長室は校舎の一階にあるので割と近いのだが、如何いかんせん腕も足もガクガクで、思うように動かない。だが、早く用件を済ませて戻らないと、また坂田にしごかれるだろう。つかさは精一杯、足を動かそうとした。


「どうしたの?」


 そんなつかさに声をかけてくる者がいた。廊下の反対側から来た声の主の顔を見て、つかさの脈拍がマックスまで一気に跳ね上がる。


「ま、待田まちだ先輩……!」


 それはつかさの憧れ、二年の 待田まちだ 沙也加さやか だった。


「あら。君、前にも会ったことあるわね?」


 沙也加は先日のことを憶えてくれているようだった(※ 第1話を参照のこと)。


「こ、この前は……ありがとうございました」


 つかさは赤くなりながら、改めて礼を述べた。沙也加が微笑む。


「いいのよ、あれくらい。それより、ケガしたの?」


 沙也加はつかさの顔を覗き込んだ。どうやら坂田の竹刀が顔面に入ったとき、唇を切ったらしい。


「――っ!」


 思いもかけない沙也加との急接近に慌てふためき、つかさは反射的に後ろへ跳び退こうとした。が――


 ゴツッ!


 廊下の壁とあまりにも距離がなかったせいで、つかさは思い切り後頭部をぶつけてしまった。


「っっっっっ……!」


 声にならず、後頭部を押さえてうめくつかさ。


「大丈夫? とにかく保健室に行きましょう」


 ドジな場面に呆れることも笑うこともなく、沙也加は優しくつかさを促した。腕を掴まれては、つかさも邪険に払い除けるわけにもいかず、大人しく従う。


「す、すみません……」


 つい謝罪の言葉が口を衝いて出た。


「何を謝るの? おかしなコね」


 沙也加に笑われ、つかさはうつむいた。何だか眩しすぎて、まともに顔を上げていられない。


 いつも遠くからしか眺めることが出来なかった憧れの先輩――それが今、すぐ隣に、しかも自分の腕を掴んで一緒に歩いている。まるで夢のような出来事に、つかさは先程の坂田のしごきも痛みも忘れてしまっていた。


「あら、保健の先生、いないみたいね」


 保健室に辿り着いたものの、中はもぬけの殻だった。しかし、ドアも窓も開けっぱなしなところを見ると、すぐに戻るつもりらしい。


「まあ、いいわ。私が治療してあげる」


「えっ?」


 思わぬ沙也加の申し出に、つかさはドギマギした。


「そこに座って」


 沙也加はつかさにそう言うと、消毒液と脱脂綿を探す。手慣れた感じだ。


 つかさは恥ずかしさに逃げ出したい思いだったが、それも失礼な気がして、イスに座ってモジモジした。落ち着かない。手の平にびっしょりと汗を掻いた。


「動かないでね」


 沙也加は消毒液を浸した脱脂綿をピンセットで摘まむと、つかさのケガを治療し始めた。


 さっきよりも沙也加の顔が間近になり、つかさの心臓はドキドキと早鐘を打つ。その音が聞こえてしまうのではないかと気を遣った。


 だが、沙也加はそんなつかさの緊張に気づいた様子もなく、丁寧に治療をした。顔の向きを変えるとき、その指先が微かにつかさの唇に触れる。つかさは思わず目をつむり、沙也加とのキスを想像してしまった。


 しかし、それも時間にすれば十秒足らずの出来事であっただろう。


 消毒を終えた沙也加は、一度、つかさから離れると、血のついた脱脂綿を捨て、それから傷口に絆創膏を貼ってくれた。


「はい、これでいいわよ」


「あ、ありがとうございます」


 学園のマドンナである沙也加に治療してもらえるなんて、他の男子が知ったら絶対に妬まれることだろう。


「――あら?」


 ふと、何気なく保健室の入口を目にした沙也加が、こちらを覗いている剣道着姿の人物に気がついた。思わず、沙也加は微笑む。


「クラスメイト?」


 尋ねられたつかさは後ろを振り返った。


「薫……」


 いつからいたのか、そこには心配して付いて来た薫が立っていた。


 沙也加は使ったものを手早く片づけると、中へ入って来ようとしない薫に近づいた。


「あとは可愛いガールフレンドさんに任せるわ」


「い、いや……」


「そんな……私は別に……」


 沙也加に誤解され、つかさも薫も顔を赤くした。


「じゃあ、お大事に。あまりムチャをしてはダメよ」


 患者のつかさにそう言い残すと、沙也加は薫に軽く会釈し、保健室を優雅に出て行った。


 入れ替わりにガサツな薫がずかずかと入って来る。美少女という点では同じはずなのに、えらい違いだ。


「いつから待田先輩と親しくなったの?」


 薫の言葉には妙な詮索が含まれていた。


「べ、別に……そんなに親しくなったわけじゃないよ。たまたまケガしたボクのことをほっとけなかったんだろ」


「ふーん、そう。待田先輩は誰にでも優しくしてくれるものねえ――ったく、私が保健室へ行こうって言っても断ったクセに」


「――な、何?」


「ううん、別に。何でもないわよ~だ。──それより、他にケガしてるとこ、ないの?」


 あれやこれやと姉のように世話を焼いてくる薫に、つかさは辟易した。


「大丈夫だって、あれくらい」


「よく言うわねえ。今にも死にそうって顔してたじゃない」


「今は大丈夫なんだよ。それに待田先輩に治療してもらったし」


「まだ、どっかケガしてるかも知れないでしょ? いいから、ちょっと診せてみなさいって」


 薫は消毒液のビンを手に取った。


「いいってば! 他は何ともないから!」


 つかさは薫の手を払った。せっかく沙也加に顔とかを触ってもらったばかりなのに、その余韻を薫に消されてしまっては堪らない。


「変なところで強情なヤツねえ! 診せなさいよ!」


「何でさ?」


「何ででもっ!」


「だから、しつこいって!」


「このぉ、動くんじゃないのっ!」


「あーっ!」


 どぼどぼどぼっ!


 二人が暴れた拍子に、消毒液のビンの蓋が開き、つかさは頭からそれをかぶる羽目になった。


「あっ……」


 消毒液まみれのつかさを見て、空のビンを片手に薫が硬直する。


 そこへ運悪く保健の先生が戻って来た。


「なっ……何をやっているの、あなたたちは!?」


 惨状を目の当たりにした保健の先生から、二人はぴどく叱られた。

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