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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第9話 あぶない夜は眠れない 【 全 12 回 】
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今日はお兄ちゃんとお姉さまと一緒に寝るの!

 かおる美夜みやが風呂から上がり、再び四人でトランプに興じているうちに、夜の九時近くになった。


 アキトたちの両親はいないが、さすがにこれ以上、長居するのははばかられた。切りのいいところで薫はつかさに目配せする。


「じゃあ、ボクたちはそろそろ……」


 つかさはおずおずとソファから立ち上がった。


「えーっ、泊まってってよぉ! 美夜と一緒に寝よぉ」


 すかさず隣にいた美夜が帰ろうとするつかさを引き止める。予想はしていたが、つかさは困った。


「だから、それは……」


「美夜ちゃん。泊まれない代わりに、私とお風呂に入るだけの約束でしょ?」


 薫がわがままな妹に言い聞かせるようにした。


 しかし、美夜は言うことを聞かない。


「イヤッ! 今日はお兄ちゃんとお姉さまと一緒に寝るの!」


 美夜はなおも、つかさの腕にしがみついた。この様子では意地でも離さないだろう。


「アキト~!」


 つかさはアキトに救いを求めた。


 ところが──


「別に泊まって行くくらいなんともねーだろ?」


 アキトはむしろ美夜の味方をし、一泊するよう勧めてくる始末だ。


 どうせ風呂を覗くことに失敗したアキトは、次に夜這いでもしようと考えているのだろう。その目には邪な企みが窺えた。


「そうはいくもんですか! ──帰ろ、つかさ!」


 アキトの思惑などとっくにお見通しの薫は、毅然とした態度を見せ、美夜にしがみつかれたままのつかさの腕を引っ張った。なおも抵抗があるかと思われたが、どうしたわけか、美夜はあっさりと手を離す。


「お姉さま。残念だけど、もう手遅れみたい」


「何が?」


 言っている意味が分からず、薫は美夜を振り返った。すると美夜は妖しげな笑みを漏らす。


「九時まで、あと五秒……四、三、二、一……」


 カチャッ! カチャン、カチャン、カチャン!


 玄関の方で何やら機械的な音がした。その音に美夜はニンマリする。


「はい、残念でしたーぁ! たった今、この部屋は完全に戸締まりされました!」


「えっ!?」


「もう誰も中へ入って来られないし、ここから外へも出られませーん」


「そ、そんな!?」


 薫は血相を変えて、一人、玄関へ向かった。つかさも続く。その後ろに余裕綽々な美夜とアキト。


 玄関のドアを開けようとしたが、押しても引いてもビクともしない。鍵がかかっているのかとロックを外そうとするが、それすらも動かなかった。


「美夜ちゃんの仕業なの!?」


 完全に出口を塞がれ、さすがの薫も美夜を睨みつけた。


 しかし、美夜は、


「最近はオートロック式のマンションでも物騒だから、自前で完全施錠システムを作ってみたの。夜の九時から朝の七時まで、玄関のドアが完全にロックされる仕組みなのよ」


 と、むしろ得意満面だった。


「う、ウソでしょ……?」


「ウソでもハッタリでもないわ。ホントのことよ。ここは十三階だから窓から泥棒が侵入する恐れはないし、これで防犯システムは完璧! どぉ? 凄い?」


 瞬間湯沸かし器の風呂といい、どうやらこの1313号室全体に、美夜による改造がいろいろと施されているらしい。他にどんな仕掛けがあるか、分かったものではなかった。


「じゃあ、私たちはもう……」


 ショックのあまり、薫の言葉は呟くような感じだった。玄関にへたり込む。


 美夜が茶目っ気たっぷりにウインクする。


「そう! 明日の朝七時まで、誰もここから出ることは出来ないの!」






 結局、つかさと薫の二人は帰宅を断念した。


 美夜の言うように、唯一の出入り口を塞がれては、この十三階の高層から脱出するすべはない。


 さらに美夜を問いつめて、ドアのロックを外す方法を聞き出そうとしたが、そんなものは設計の段階から存在せず、どうしても出るのなら、ドア自体を破壊しなければならないと言われた。


 いくら何でも、さすがにそれは不可能なので、渋々と泊まっていくことに同意したのである。そのときのアキトと美夜の喜びようと言ったら。


 つかさと薫は、それぞれの家に外泊する旨を電話した。


「ああ、お婆ちゃん? 実は今日なんだけど、アキトの家に泊まって行くことにしたから──えっ? うん、そう──大丈夫だから──うん、そうだね。分かった。じゃあ、戸締まりと火の元に気をつけて──おやすみ」


 つかさがした祖母つばきへの電話は簡単だった。


 大変だったのは薫の電話の方である。電話口に出たのは弟の元気げんきだったらしい。


「あっ、元気? お母さんは? ──えっ? お風呂? じゃあ、お父さんは? ──仕事かぁ。じゃあ、アンタでいいわ。お母さんに伝えといて。今日、友達の家に泊まって行くからって──はぁ? オトコの家だろうって?」


 ……確かに、それは間違いない。


「バカ、そんなんじゃないわよ! ──違うって言ってるでしょ! まったく、何処でそんな言葉憶えてくんのよ!? ──ああっ、うっさいわねえ! 友達ん家ったら友達ん家よ! アンタ、変なことをお母さんに吹き込まないでよ!」


 薫は電話に向かって、目くじらを立てていた。スマホを壊しかねない。


「何が口止め料よ!? 誰が払うもんですか! 私は清廉潔白です! アンタじゃあるまいし! とにかくね──」


 そこで突然、横で盗み聞きしていたアキトが携帯電話をひったくった。


「あー、オレ、アキト。てわけで、薫のヤツはオレん家へ泊まって行くから。野暮なことは訊くなよ。ひとつ屋根の下で男女がねやを共にすれば、することは決まってらーな。じゃあな」


 と、一方的に喋ると、アキトは勝手に電話を切ってしまった。


 当然、薫が黙っていられるわけがない。というより──


 すぱーん!


 再び伝家の宝刀ハリセンが唸りを上げた。どうやら背中に隠していて、襟元から抜き放っているようである。


 頭をはたかれたアキトは撫でさすりながら、薫を振り返った。


「何すんだよ!?」


「何すんだよ、じゃないでしょ! あんないい加減なことを私の弟に吹き込んでおいて! 元気のヤツが真に受けたらどうすんの!?」


「お前がうだうだやってたから、オレが代わりにスパッと言ってやったんだろ。それにデタラメかどうかは、これから次第だぜ。へっへっへっへっ」


 アキトの好色な目が、風呂に入って肌をほんのりピンク色にさせた薫を舐め回した。湯冷めではなく、薫は怖気に震える。


「あー、ヤダヤダ、こんなケダモノ! こいつを野放しにしたままじゃ、寝られやしないわ!」


「お姉さま、安心して。美夜の部屋なら、兄貴は近づけないから」


 心配する薫に、美夜が自信満々に言い切った。


 途端にアキトと美夜が壮絶な火花を散らす。


「ほほう。どうやら自慢のトラップが仕掛けてあるようだな」


「まあね。もし、私の部屋へ忍び込もうと思っているなら、今のうちに忠告しておいてあげる。命が惜しかったら、大人しく自分の部屋で寝ていることね」


「言ってくれるじゃねえか。誰がお前のトラップなんぞにビビるもんか」


「そう? なら勝手にどうぞ。明日の朝、吠え面かくのは兄貴の方だと思うけど」


 不敵な美夜の挑戦に、アキトの闘志はさらに燃え上がった。


「見てろよ! ──さあ、つかさ。オレたちも部屋へ行こうぜ」


 アキトはつかさを促した。ところが、つかさは表情を強張らせる。


「えっ? アキトの部屋に?」


 つかさの身体は、明らかに拒絶反応を示していた。


「おい?」


 つかさの態度に、さすがのアキトも苛立ちが混じった。


 確かに男は男同士、部屋を一緒にするのは当然だろう。


 しかし、美少女顔負けのつかさに対し、アキトはこれまでも幾度となく手籠めにしようとしてきた経緯というものがある。


「ボクは、その……その辺のソファとかでいいから」


「客人をそんなところに寝かせられるか。いいから、遠慮すんなって」


「いや、ホント、お気遣いなく……」


 友人としての信頼は別として、アキトの性癖に関しては疑ってかからねばならない――それが短い間の付き合いで、つかさが学んだことだ。


 つかさはアキトから、思わず後ずさった。


 これを美夜が歓迎しないわけがない。


「じゃあ、お兄ちゃんも美夜の部屋で寝よ!」


 美夜の提案に、つかさと薫は虚を衝かれた。さっきのは、てっきり冗談だとばかり思っていたのだ。


「み、美夜ちゃん、それは……」


「美夜ちゃん! つかさも一応、男なのよ!」


 別に「一応」をつけなくても男だ、とつかさは抗議したかったが、言葉を呑み込んだ。


「知ってるよ」


 美夜は平然としたものだ。


「だったら、年頃の男女が一緒の部屋で寝るなんて、そんな特別な関係でもないのにするもんじゃないわ!」


「美夜、お兄ちゃんのお嫁さんになるから、別に構わないもん!」


 美夜は甘えるように、つかさに抱きついた。これにはつかさばかりか、見ていた薫までが恥ずかしくなってくる。


「み、美夜ちゃん……!」


「エヘヘ、何てね。まあ、今日はお姉さまも一緒なんだし、何もしないで大人しく寝るつもりよ。つかさお兄ちゃんだって、いくら何でも、二人の女の子の前で変なことはしないでしょ?」


「そ、それはそうだけど……」


 つかさは完全に美夜のペースに乗せられていた。なぜかバスルームでの薫と美夜を思い出し、頭がボーっとしてくる。


「それにソファで寝ても、安全とは限らないわよ。何しろ、鍵もないリビングなんだから」


 そう言って美夜は、意味ありげにアキトへ目を向ける。


 確かに部屋が一緒ではなくても、この家にいる限り、アキトから身の安全を守れる場所なんて他にないかもしれない。


「うん……」


 つかさは無意識のうちに同意していた。


 美夜が手を叩く。


「じゃあ、決まりね!」


 つかさも一緒に来るということで、美夜はキャッキャと喜んだ。


 何だか美夜に言いくるめられた感じだが、だからと言って、眠れないまま朝まで過ごす気にもなれない。


 そこでつかさは、物凄い形相でこちらを睨んでいるアキトに気がついた。


「あっ、その、アキト……」


「そうかい、そうかい! まあ、男同士で寝るより、女二人に挟まれて寝る方が、そりゃあいいに決まっているよな!? ――この裏切り者め! せいぜいお楽しみになるこったな!」


 完全にアキトはヘソを曲げていた。段々、つかさは罪悪感を覚える。


「アキト、ボクは──」


 だが、そこをすかさず美夜が遮り、つかさをグイグイと引っ張った。


「さあ、お兄ちゃん。美夜の部屋はこっちよ」


 つかさは言われるがまま、美夜の部屋へと連れて行かれた。

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