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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第9話 あぶない夜は眠れない 【 全 12 回 】
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ねえ、大丈夫かしら? あいつに覗かれたりしない?

「風呂かぁ……うひゃひゃひゃひゃっ!」


 かおる美夜みやと風呂に入ると聞いて、アキトがジッとしていられるわけがなかった。よからぬ想像をしたらしく、顔がスケベったらしく緩む。


 そんなアキトを見て、つかさは気が気じゃなかった。


「アキト、あの──」


「こうしちゃいられないぜ!」


 早速、アキトは行動に移った。つかさは諦めたように嘆息をつく。


 仙月せんづき宅のバスルームには窓がない。仮にあったとしても、ここは十三階だ。覗くなら入口しかない。


 しかし、そこは薫たちも警戒するだろう。アキトの行動パターンなど、絶対に読まれているはずだ。


 だからこそアキトは裏をかく必要があった。


 薫たちは、まだ美夜の部屋でバスタオルなどの準備をしているに違いない。今のうちだった。


 アキトは素早く真っ裸になった。着衣は自分の部屋に放り込み、誰もいないバスルームに、電気を点けないまま入る。薫たちがバスルームに入って来た途端、裸でご対面というわけだ。


 もちろん、そのあと、ただでは済まないだろうが、勝手に入って来たのはそっちだ、と言い張ることが出来る。薫たちも、覗きは警戒していても、まさかアキトが先に入っているとは予想もしていないだろう。


 我ながら完璧な作戦だ、と自画自賛しつつ、アキトは湯船に浸かった。薫たちが来る前に、アキトの存在がバレてはまずい。


 バスタブは寝そべって入るようなタイプである。だから隠れるのはなかなか難しい。


 アキトは仰向けの姿勢のまま、お湯の中に隠れることにした。一応、吸血鬼ヴァンパイア なので、長く息を止めることは可能だ。あとはカムフラージュとして、乳白色の入浴剤を入れておくことを忘れない。


 準備万端。あとは薫たちが裸でやって来るのを待つだけだ。


(ニッシッシッシッ!)


 しばらくすると、脱衣所に人の気配を感じた。二人――薫と美夜だ。


「ねえ、大丈夫かしら? あいつに覗かれたりしない?」


 薫が当然予想される心配を口にした。すると美夜が、


「平気、平気♪」


 と、安全を請け合った。かなり自信があるらしい。


「このバスルームには窓がないし、出入口はここ一ヶ所だけ。脱衣所とバスルームのドアには私が作った特製の鍵が取り付けられているから、絶対、兄貴には解除不可能だし、ドアも壊されないよう頑丈なのを設計してあるから」


 悔しいが、美夜の言うことは認めざるを得なかった。だからこそ、この千載一遇のチャンスを逃すことは出来ない。


 文字通り息を殺してアキトは待った。


「ただし、念には念を入れて――」


 美夜がそう言ったが最後、しばらく会話が聞こえなくなった。服を脱いでいるような気配も感じられない。


(何をしてやがんだ? 早く入って来やがれ!)


 アキトは心の中で叫んだ。


 そのうち──


 グラッ! グラグラグラッ!


 次第に風呂の温度が上昇し始めた。どうやら焚き過ぎのようである。


 アキトは我慢した。もうちょっとの辛抱で、薫たちは中へ入って来る。せめて、それまでは──


 しかし、いくら待っても薫たちが中へ入って来る気配がない。そうこうしているうちに、風呂の湯がまるで活火山の溶岩よろしく、グラグラと煮え立つ。


 息を長く止められても、さすがにこの温度の中を耐え抜くのは 吸血鬼ヴァンパイア ですら至難の業である。とうとうアキトは耐え切れず、湯船から飛び出した。


「アッチィィィィィィィッ!」


 まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、バスルームの電気が点けられ、ドアが開けられた。


「やっぱり潜んでいたか」


 名推理の的中に自信を覗かせながら、美夜があぶり出した覗き魔──兄のアキトへ蔑むような目を向けた。もちろん、まだ服は着たままだ。その後ろでアキトの一糸まとわぬあられもない姿を直視してしまった薫は、慌てて目を覆っている。


「み、美夜ぁ! て、てめえ……!」


 アキトは熱湯風呂のお蔭で、茹でダコ状態だった。全身が真っ赤になり、完全にのぼせ上がった状態だ。実の妹とは思えない仕打ちに怒鳴りつけてやりたいところだが、それすらもままならない。


「どうせ、兄貴のことだから、美夜たちの裸を見ようと、先に入って待ち伏せしていると思ったわ。このスケベ」


 最後の一言は辛辣さを込めて言った。


「てめえ、知ってて……」


「そうよ。だからこのお風呂、短時間で温度設定が自在になるよう改造したんだから」


 見かけによらず、美夜は一から部品などを組み立てて、何かを作ったりすることを得意としている。その発明品の数々に、アキトは度々、痛い目に遭わされたことがあった。それをすっかり失念してしまうとは。


「危なく死にかけたぞ!」


「兄貴が悪いんでしょ! 乙女の柔肌を覗こうとした罰よ!」


「誰もてめえの洗濯板には興味ねえ!」


 その一言は美夜には禁句だった。


「もう一度、熱湯風呂に入りたいようねえ?」


 と言うや否や、ドン、と実の兄を湯船の中に蹴り落とす。


「うぎゃあああああああっ!」


 それからしばらく、美夜の拷問が続いた。


 数分後──


「さあ、とっとと出てって!」


 妹に冷たくあしらわれ、アキトは裸のまま廊下を放り出された。脱衣所のドアがピシャリと閉められる。


「さあ、薫お姉さま、一緒にお風呂に入りましょう♪」


 中からは美夜の嬉しそうな声が漏れてきた。


「……だから、止した方がいいって言おうと思ったのに」


 つかさが何処からか見つけてきたバスタオルをグロッキー状態のアキトに渡しながら言った。半ば予想された結末だ。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……だ、ダメだと言われたら、余計に見たくなるのが人情ってモンだろうが?」


 濡れた髪をバスタオルでクシャクシャに拭きながら、アキトはいかにももっともらしい発言をした。熱湯風呂のお蔭で、肌がヒリヒリする。


「お前だって、女の子の裸に興味がないわけじゃないだろ?」


「そ、それは、その……」


 つかさは赤くなって、口ごもった。


「それとも、あんな洗濯板女やオトコ女よりも、憧れのマドンナの裸の方がいいかあ?」


 下卑た笑みを見せながら、アキトはつかさをからかった。


 アキトの言う憧れのマドンナとは、つかさが密かに想いを寄せている二年E組の 待田まちだ 沙也加さやか のことだ。


 もしも、今、目の前のバスルームに沙也加がいたら――つかさはつい想像してしまい、勝手にのぼせ上がった。


「せ、先輩をそういう風に見るなんて、ボクには……」


「ウソつけ。お前が考えていることなんてなぁ、オレはとっくにお見通しだ。この天然記念物級の純情少年め」


 アキトは腰にバスタオルを巻きつけると、ややフラつきながら立ち上がった。ドアに鍵をかけられた以上、もう覗きは出来ない。ここにいても無駄だった。


 ところが、立ち去ろうとしたアキトの足をバスルームから聞こえる声が引き止めた。


「わあ、薫お姉さまの大きい!」


 美夜の驚いたような嬌声。


 アキトはガバッと脱衣所のドアに片耳を押しつけるようにして、へばりついた。


「そ、そお?」


 一方の薫はドギマギしたような声だ。


「お洋服の上からじゃ、そんなに分からなかったけど、お姉さまのオッパイ、直で見ると大きくて柔らかそう」


「キャッ! み、美夜ちゃん!」


「わぁー、やっぱり柔らか~い!」


「ヤだぁ、もおっ!」


「美夜もこんな風に大きくなるかなあ?」


「み、美夜ちゃんはこれからどんどん成長するから大丈夫よ……やんっ! そんなに触らないで、も、もういいでしょ?」


「えーっ、もうちょっとだけ。女同士なんだし、そんなに恥ずかしがらなくても」


 何やらバスルームの中では、二人の美少女がじゃれ合っている──と言うか、美夜が一方的に、薫に対して必要以上のスキンシップを迫っているらしい。乙女の嬌声がやけに響く。


 いつの間にか、つかさまでがドアに聞き耳を立てていた。


「お尻も可愛い♪」


「だから美夜ちゃん、触らないでってば」


「ちっちゃくて、キュッと引き締まってて……」


「キャッ!」


「エヘヘへ、手が滑っちゃったぁ」


 ……て、手が滑ったって……何処へ?


「お姉ちゃん、美夜のも触っていいよぉ」


「み、美夜ちゃん、だからこういうことはやめない? 女同士でもさすがに……」


「そお? 美夜は楽しいけど?」


 二人の会話を聞いていたアキトは、拳を握りしめて悔しがった。


「チクショウ、美夜のヤツ! 二人っきりになったのをいいことに、好き放題しやがって! うらやましいヤツめ! ──この際だ! おい、つかさ! 次はオレたちも一緒に入ろうぜ」


 アキトはつかさに言った。つかさには女子の会話に触発されて発情したアキトがとても危険に見える。


 ただでさえ美少女と間違えられているつかさだ。アキトと一緒に風呂へ入ったが最後、男同士でも何が起こるか――


「絶対、ヤだ!」


 つかさは(かたく)なに拒んだ。


 すると、美夜の声がした。


「ねえ、つかさお兄ちゃ~ん! そこにいるんでしょ?」


「いっ――!?」


 不意にバスルームから呼ばれ、つかさはギクリとした。美夜にはすべてお見通しなのかも知れない。


「お兄ちゃんも美夜たちと一緒に入りたい?」


 美夜は無邪気に尋ねた。いや、これも挑発なのか。


 もちろん、つかさに答えられるわけがなかった。


「オレなら一緒に入ってやれるぞ!」


 アキトが代理として名乗りを挙げた。


「却下」


 美夜が即答する。


「つかさ、いるの!? 真に受けて、入って来ないでよ!」


 薫がトゲトゲしい口調でクギを刺した。


 もちろん、入って行けるわけがない。そんなことをしたら、本当に殺されてしまうだろう。


「キャハハハハハハッ!」


 美夜の笑い声は、心底、楽しそうだった。

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