私たちは歴とした健全な高校生です!
つかさの作ったライスピザはアッという間に平らげられた。つかさと薫はその前に美夜のホットケーキも食べたので、かなりお腹は一杯だ。
美夜から冷たい麦茶を出してもらい、ようやく一同はひと心地ついた。
「さて、食う物も食ったし、何かゲームでもして遊ぶか」
こちらはまだ食い足りなそうなアキトが珍しい提案をした。もちろん、それに否はない。
「ゲームって何するの?」
つかさはアキトに尋ねた。確かリビングにはテレビゲームの類は置いていなかったはずである。
するとアキトが何やら企んだ目つきで、ニヤリと笑った。
「若い男女が集まってするゲームって言ったら、ひとつしかねえだろ? ──“王様ゲーム” だ」
「“王様ゲーム”? 何それ?」
そっち方面にはまだ疎いつかさは、アキトの言うゲームを理解できなかった。美夜も同様だ。
一方、顔を真っ赤にさせて異議を申し立てたのは薫だ。
「バカ! アンタ、何考えてんのよ!?」
薫のえらい剣幕に、つかさと美夜はキョトンとした。だらしない笑みを漏らしているのはアキトである。
「絶対に楽しいって。ちょっとでいいからやってみようぜ」
「却下! まったく、アンタってやっぱりサイテー!」
嫌悪感も露わに、薫はアキトに殴りかからんばかりだった。
「あのー、“王様ゲーム” って何?」
おずおずといった感じで、王様ゲームを知らないつかさが質問した。するとアキトが答える。
「要はくじ引きをしてだな、一人の王様を決めるんだ。そして、王様が他の者に命令を下す。例えば、『王様の肩を百回揉め』とかな」
「へえ。いろいろな命令が出来るんだ。面白そうだね」
つかさは単純に考えて言った。
いつも空手部では先輩たちにどやされ、クラスの男子からもからかわれるつかさである。アキトが転校して来てから、そういうことも少なくなってきたが、遊びで誰かに命令を下す気分というのも悪くない、と想像したのだ。
「だろだろ? ほら、つかさもやりたいって言ってるぞ」
味方を得て、アキトは図に乗った。
「美夜もやってみたーい」
つかさに続いて、美夜も賛同した。
「おお、三対一だな。多数決で “王様ゲーム” に決定!」
それに対し、薫は徹底抗戦する。
「ダメダメダメダメ、絶っっっっっっっ対にダメ! こいつが企んでいることなんて見え見えよ! 王様になったら、どうせロクでもない命令を出すに決まってるんだから!」
「えっ?」
そこまで想像しなかったつかさは薫の言葉に顔色を変える。
「服を脱がそうとしたり、身体に触ろうとしたり! その他にももっといやらしいことを考えているに違いないわ、このドスケベは!」
薫はアキトをそう断じた。
アキトは特に否定もせず、だらしなく顔を緩ませ、涎を垂らしそうなくらいニヤついている。
「ぐへっ……げへへへへ……」
今、明らかにアキトの頭の中では、ここではとても書けないような18禁の淫らな妄想が走馬灯のように駆け巡っているに違いない。
その怪しげな様子に、さすがのつかさも身の危険を感じた。
「や、やっぱり、ボクもパスしようかな……」
「えーっ、それでも私、やってみたいなあ」
ぽわ~んと頬を赤く染めながら、美夜がポツリと呟いた。つかさと薫を見つめる瞳が、心なしか潤んでいる。さすがはアキトの妹。
「み、美夜ちゃん……」
これには薫も顔を引きつらせるしかなかった。
「も、もっとさ、普通のゲームをしようよ……例えば、トランプとかさ」
つかさは早く “王様ゲーム” から別の思考に切り替えさせたかった。
だが、この提案にアキトが異議を唱える。
「トランプだあ? 何を健全な高校生みたいなこと言ってんだよ?」
「私たちは歴とした健全な高校生です!」
間髪入れず、薫が訂正する。しかし、アキトが納得するはずがなかった。
「何を時代遅れなことを。今どきの高校生はもっと進んでるぜ。これだから童貞と処女は困るんだよ」
「あっ、あ、あのねえ……!」
薫は反論しようとするが、顔が真っ赤になってしまっている。つかさも同じだ。
確かにこの二人、恋愛経験もないのだから、今どきの高校生からすれば遅れているだろう。
それに目を輝かせたのは美夜だった。
「えー、お兄ちゃんたち、まだ経験してないの? ねえねえ、美夜が教えてあげようか?」
中学生にまで言われて、つかさも薫もこれ以上ないくらいの羞恥心が込み上げ、顔を真っ赤にさせた。まったく、とんでもない兄妹の家へ遊びに来てしまったものである。
「とにかく、ダメなものはダメですっ!」
薫は恥ずかしさを振り払うように大声を張りあげた。つかさもただひたすらうなずく。
アキトはまだ諦めきれない様子だったが、先に美夜が折れた。
「まあ、しょうがないわねえ。今日のところはトランプで勘弁してあげちゃう」
「なっ!? 美夜、裏切るのか!?」
突然の手の平返しに、アキトは気色ばんだ。
美夜は吸血鬼ならではの妖しい流し目を兄に送ってみせる。このときばかりは、ただの可愛らしい女子中学生などではなかった。
「お兄ちゃんたちを兄貴に取られるのは癪だしね。それに──」
美夜は急に声を潜めた。つかさたちには聞かれないよう囁く。
「まだまだ時間はあるんだし。ゆっくり美夜のモノにしてあげるわ」
――と。
こうして、まだ “王様ゲーム” に未練たらたらなアキトを加えて、無難なババ抜きが始まった。
時計回りに、つかさ、美夜、薫、アキトの順である。
アキトがプロの奇術師みたいにカードを鮮やかにシャッフルし、手際よくそれぞれに配った。
「なあ、負けたヤツは罰ゲームってのはどう?」
懲りずにまたしてもアキトが提案した。薫が怖い目で睨む。
「アンタねえ……」
「ただのババ抜きなんてつまんねーよ! 少しは何か楽しみがないと」
アキトはゴネた。つかさは苦笑、薫はため息だ。
「で、負けたら何するの?」
試しに美夜が訊いてみる。すると、
「野球拳みたいに服を一枚ずつ脱いでいくってのはどうだ?」
と、またしてもアキトは邪なルールを口にした。
「アンタ、どうしても私たちを脱がせたいみたいね?」
薫の反応は冷淡だ。殺気すら感じられる。
「だから、遊びだって、遊び。まったく、処女はシャレが通じねえなあ」
「わ、悪かったわねえ!」
「まあまあ、とにかく始めようよ」
これ以上、二人にケンカさせてたら、一向にトランプが出来ないと思ったつかさが、ゲームのスタートを促した。
四人はまず手札で重複する数字を二枚一組で捨て、ジャンケンで先攻を決める。勝ったのはアキトだ。
「よっしゃ!」
アキトは勢い込んで、薫から一枚引いた。手札と同じ数字のカードを引き当てたので、テーブルの上に捨てる。そして、次に自分の手札一枚をつかさに引かせた。
こうして、ババ抜きは順調に進んだ。
現在、ババであるジョーカーを持っているのは、薫から引いてしまったアキト。皆、残りの手札が少なくなって来ている。早く隣のつかさに引かせるか、他の手札を捨ててジョーカー一枚にしてしまわないと負けになってしまう。
「そらよ」
つかさの番が来て、アキトは手札を裏向きに差し出した。どれにしようか、つかさの指が迷う。
「じゃあ……これ」
アキトは思わずニヤリとした。つかさが引いたのはジョーカーだったのだ。
つかさは表情を曇らせたが、すぐに平静を装って、手札を切った。そして、次の美夜にカードを引かせる。
美夜、薫と引いて、またアキトの番が来た。深く考えもせず、薫からカードを一枚引く。次の瞬間、アキトは絶句した。
引いたカードはジョーカーだったのだ。
「……お前ら、オレをハメてねえだろうな!?」
思わず口に出して言ってしまったのも無理はない。たった一周でジョーカーが手元に戻って来るとは。全員がジョーカーを引き当てないと、こんな偶然は起こらない。
結局、そんな不運もあって、負けたのはアキトだった。他の三人は苦笑するしかない。
「罰ゲームの言い出しっぺが負けてりゃ、世話ないわね」
薫が意地悪くからかった。アキトは悔しさに唇を噛む。
「く、くそぉ~、男・仙月アキトに二言はない! 罰ゲームとして、脱いでやろうじゃないか! とくと見とけ!」
アキトはそう言うと立ち上がって、やにわにズボンのベルトをカチャカチャと外し、ジッパーを下げた。真っ赤なパンツが覗く。
「いきなり下から脱ぐなぁ!」
薫のツッコミは素早く、伝家の宝刀ハリセンを何処からか抜き放った。
……どうやら、わざわざ持って来ていたらしい。
すぱーん!
「ぐわぁ!」
小気味いい音がリビングに響いた。薫のハリセンによって顔面を叩かれたアキトは、後方のソファを乗り越えるように、もんどり打って倒れ込んだ。
「ただいまー」
玄関からそんな声が聞こえて来たのは、その直後だった。




