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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第9話 あぶない夜は眠れない 【 全 12 回 】
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まったく、ホントにお前は期待を裏切らねえ女だなぁ

 本当に大丈夫なのか、と不安視するアキトとつかさをよそに、かおるは道場破りでもするかのような決死の覚悟でキッチンへ向かった。


 その足が、リビングのときと同様に止まる。


「うわぁっ……!」


 薫の代わりに絶句したのは、その後ろにいたつかさだった。


 リビングの豪華さもさることながら、キッチンもまたお金がかけられていた。いわゆるシステム・キッチンというヤツで、ウッド調のデザインに統一されている。


 また、収納力が抜群で、一般家庭では邪魔な鍋・フライパン類がまったく見受けられない。もちろん、アキトたちがほとんど料理をしないから、使っていないということもあるのだろうが。


 さらに同じスペースにはダイニング・テーブルもあり、料理好きな主婦なら羨望を禁じ得ない空間だろう。ずっとここにいたいと言い出す者もいるはずだ。


「凄いね。新品みたいだ」


 つかさが感嘆したように言った。


 それもそのはず、アキトたちがここへ越してきたのは、一か月ちょっとくらい前である。それに料理らしいことはほとんどしないのだから、使って汚れることもあるまい。


 あまりの高級感に呑まれた感じの薫だったが、すぐ我に返った。そして、まずはどんな食材があるか、冷蔵庫を開けてみる。


 ところが――


「えっ――!?」


 思わず薫は冷蔵庫の中を二度見してしまった。


 自分の家の二倍は優にある大きな冷蔵庫の中には、ドア・ポケットにこそジュースのペットボトルや缶ビールがあるものの、肝心の棚にはほとんど何も入っていないではないか。


「……何これ?」


 薫は愕然とした。


 バターやマヨネーズ、ケチャップ、ドレッシングなどを除くと、辛うじてパック詰めのベーコンとタマネギが二つ出てくる。下の段の冷凍庫を覗いても、アイスクリームとミックス・ベジタブルがあるだけだった。


「もうちょっとマシな食材はないわけ?」


 薫はとりあえず出してみた食材に呆れながらアキトに言った。そのアキトは知らん顔だ。


「だから言ったろ? オレたち兄妹は料理なんかしないんだって」


「それにしたって、肉とか魚とかタマゴとか、何かないわけ?」


「ない」


 アキトはキッパリと言い切った。薫は頭を抑えつけられたような気分になり、ぐぐっと言葉を漏らす。


「何か買って来る? ここへ来る途中にスーパーがあったよね?」


 つかさは提案してみた。すると、


「材料費、出してくれるのか?」


 と、アキトが呑気に言う。


「えっ? お兄さんから生活費もらってんじゃないの?」


 つかさが当然の疑問を口にした。アキトと美夜みやは顔を見合わせ、肩をすくめる。


「そんなもん、とっくの昔に──」


「使っちゃったわよ、ねえ?」


 ケロリと言ってのける兄妹に、つかさは青くなった。


「な、何で?」


「だってよお──」


 アキトは大きな収納棚まで移動すると、その中を開けた。中身を見たつかさと薫が驚愕に目を丸くする。


「オレたちの主食はこっちだもん」


 そこには大量のレトルト食品やカップラーメン、ホットケーキ用と思われる薄力粉とベーキングパウダーの備蓄があった。


 つかさは頭を抱えて、しゃがみ込んだ。


「生活費全部?」


「そ。全部」


 これに対し、再び薫の闘志が燃え上がった。


「こうなったら、意地でも何か料理を作るわ!」


 そう言って、薫はキッチンの前に立つと、まな板を水で濡らした。


「作るったって、ロクなもんないぜ」


 アキトが、とりあえず出してみたベーコンやタマネギを眺めながら口を挟む。


 そんなアキトに、薫は包丁を向けた。ゾーリンゲンの刃が鈍く光る。


「黙って見てなさい!」


「は、はい……」


 殺気を覚えたアキトは、つかさの後ろに隠れた。


 薫はタマネギの皮を剥くと、キッチンに向き直り、ひとつ呼吸を整える。精神集中――


 そんな薫の後ろ姿を見ていると、つかさたちの方まで緊張してくる。


「はっ!」


 精神集中を終えた薫は、包丁を上段に振りかぶった。このとき、全員が嫌な予感を覚えたのは言うまでもない。


「えいっ!」


 ずばっ!


「――痛っ!」


 その刹那、薫は左の人差し指を押さえて、包丁を取り落とした。つかさと美夜が血相を変えて、薫に駆け寄る。


「大丈夫!?」


「切ったの!?」


 薫は痛みに顔を歪ませながら、ケガした指を押さえていた。出血している。美夜がすぐに救急箱を取りに走った。


 そんな薫を見て、アキトは苦笑を抑えきれない。


「まったく、ホントにお前は期待を裏切らねえ女だなぁ。タマネギじゃなく、自分の指を切るとは」


「ちょっと、しくじっただけでしょ! ──あーっ、いたたたたっ!」


 こうして薫の料理の腕前は謎のまま終わった。


「あーあ、大口叩いた割には呆気なかったな。これでまた、まともな料理を食い損ねたぜ」


 指に絆創膏を貼ってもらっている薫を横目に、アキトは皮肉を言った。薫は痛みと悔しさに唇を噛む。


「じゃあ、ボクが作るよ」


 意外な申し出をしたのは、つかさだった。またしてもアキトと美夜は驚きに目を見張る。


「お兄ちゃん、料理できるの?」


「まあ、少しね。死んだお爺ちゃんが入院してた頃、お婆ちゃんが付き添いで病院へ行っていたから、必然に迫られてやるようになったんだ。と言ったって、簡単な物しか作れないから、期待しないで」


「ふむ。つかさの方がマシかもな」


「………」


 呟いたアキトは、本気で薫に睨まれた。


「んーと、薫は何を作るつもりだったの?」


 つかさは薫に尋ねてみた。


「えっ? えーと、とりあえず、あるもの全部、炒めてみようかな、と……」


 薫の声は少し消え入りそうだった。またアキトに「芸がなさ過ぎる」と笑われそうだったからだ。


 つかさは考え込む。


「それもいいんだけど……」


 やがて、つかさは収納棚の方へ行き、中を覗いた。他にもキッチンのあちこちを探索する。


「ご覧の通り、何もないぜ」


 さすがに材料が乏しく、無理だろうと思ったアキトが声をかけた。すると、何やらゴソゴソやっていたつかさは笑顔を向ける。


「まあ、何とかしてみるよ。──アキト、これを使ってもいいかな?」


 つかさが取り上げたのは、電子レンジで温めるだけのパックごはんだった。アキトがカレーライスを食べるときにと買い溜めしておいたものだ。


「チャーハンでも作る気か?」


 アキトは訝しげな顔をした。


 つかさはそれに答えず、パックごはんをレンジで温めた。その間に、ちぎったアルミホイルを広げ、その上にサラダオイルを薄く引く。もうこの時点でチャーハンでないことは明白だ。


 次に温めたごはんを、そのアルミホイルの上にあけ、直径二十センチくらいに丸く形作りながら平らにしていった。ただし端は土手を作るように盛り上げておく。まるでごはんで皿を作るような感じだ。


 一体、何が出来上がるのかと、アキト、薫、美夜の三人が興味津々で覗き込んでいると、つかさは薄く伸ばしたごはんの上に、ケチャップとマスタードを塗り始めた。


「美夜ちゃんは辛いの大丈夫?」


 作業しながら、つかさが尋ねた。


「苦手~ぇ」


「こいつはお子ちゃまだからな。胸もペッタンコだし」


 そう言ってアキトは、美夜の頭をポンポンと叩く。すると美夜は黙ってアキトの足を踏みつけ、悲鳴をあげさせた。


「じゃあ、マスタードは控えめにして、ケチャップを多めにしておこうか」


 つかさは言う通りにケチャップをふんだんに使った。


 ケチャップとマスタードを塗り終え、その上へさらにとろけるチーズを振りかけると、先程、薫が切ろうとしていたタマネギに包丁を入れた。薫のように上段へ振りかぶることもなく、馴れた手つきでリズム良く刻んでいく。


 まったく遅滞のない見事な手並みに、覗き込んでいた三人は感心した。


 同じようにベーコンも適当な大きさに切ると、つかさはタマネギと一緒に、ごはんの上に散らした。それをさらにチーズで覆い、今度はミックスベジタブルをまぶす。赤、黄、緑の彩りによって、見た目も段々と良くなってくる。


「あとはこれをオーブンで十五分ほど焼けば出来上がりだよ」


 つかさは手際よく仕上げると、アルミホイルに乗った食材をオーブンに入れ、タイマーを回した。もう三人には何が出来上がるのか想像がついている。と同時に、出来上がりが待ち遠しかった。


 十五分後──


 ごはんで作ったピザ──いわばライスピザが焼き上がり、完成した。


 つかさは仕上げのひと手間として青のりを振りかけてから、ダイニング・テーブルに運んだ。


 八等分に切り分けている間にも、香ばしい匂いが食欲をそそる。


「どうぞ、召し上がれ」


「いただきまーす」


 三人は我先にと手を伸ばし、アツアツのライスピザにかぶりついた。一口で表情が変わる。


「美味しい~♪」


「まいう~」


「かなりイケるわ、これ」


 三人の様子に、つかさも満足した。


「気に入った? 良かったぁ、上手くいって」


 そう言って、つかさも自作のライスピザを口にした。


 そんなつかさに三人の視線が集中する。そして、図らずも心の中で同じ言葉を呟いていた。


(是非とも、お嫁さんに欲しい!)


 ……どうやらつかさは、いいお嫁さんになれそうである。

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