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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第9話 あぶない夜は眠れない 【 全 12 回 】
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美夜、ホットケーキが大好物なの!

 一度、キッチンへと引っ込んだ美夜みやは、すぐ両手の上に皿を乗せながら戻って来た。


 テーブルで待っているつかさたちのところまで、ふわっとした甘い香りが漂う。


「お待たせ~」


 まるでウェイトレスよろしく、美夜はつかさとかおるの前に、まだ温かいホットケーキを出した。


「うわぁ、上手に出来ているのね」


 美夜の作ったホットケーキを見た薫が感心した。パッケージ写真みたいに、きれいな三段重ねになっている。上に乗ったバターがトロッととろけており、これがまた食欲をそそった。


「美夜、ホットケーキが大好物なの! だから、よくこうして自分で作るんだ」


 自分の分も取りに行った美夜は、ニコニコとご機嫌だった。


「へえ。じゃあ、下地から自分で作るの?」


 つかさが目を見張った。


「うん。玉子に砂糖、溶かしバター、牛乳、バニラエッセンスをよく混ぜたら、あらかじめ合わせておいた薄力粉とベーキングパウダーを入れて、粉っぽさがなくなるまで掻き混ぜるの」


 美夜は説明しながら、手の動きを再現した。かなり手馴れているようだ。


「でも、まだ焼いちゃダメ。その前にバターを薄く塗ったフライパンをよく温めておくこと。塗ったバターがしっかり馴染んだら、一度、濡れ布巾の上にフライパンを置いて、冷ますのがポイントね」


「へえー」


「次に弱火の状態で、フライパンに生地を流し込み、しばらく蓋をする。表面がふつふつして、周りの色が変わったらひっくり返し、裏面にも焼き色がついたら出来上がり♪」


 自分のホットケーキを運んで来た美夜は、つかさの隣にくっつくようにして座った。そして、片方の手に持っていた瓶をジャーンと取り出す。


「それは?」


「メープルシロップ♪ やっぱり美夜はハチミツよりもこっちの方が好き♪」


 そう言って、美夜はつかさのホットケーキにたっぷりとメープルシロップを垂らした。


「何か、本格的……」


 口の中に唾液をためながら、薫が呟く。すると美夜が破顔した。


「えへへへ、これが美夜のこだわりなの~。このメープルシロップも、ただのメープルシロップじゃないんだから」


 そう言って、美夜は持っていたメープルシロップの瓶を、つかさたちにラベルを向けながら見せた。まるで、某時代劇のクライマックスで登場する印籠のようだ。


「ジャ~ン! カナダ産の最高級メープルシロップ、エクストラライトよ!」


 美夜はすっかり自慢げだった。


 だが、メープルシロップに詳しくない二人には、どれだけ有り難いものなのやら分からない。


「え、エクストラライトだなんて、まるでオリーブオイルみたいね。──あっ、あれはエクストラヴァージン・オイルだっけ?」


「言わば、そのメープルシロップ版がコレなの! メープルシロップは世界のおよそ八十パーセントがカナダで作られているんだって!」


 それは初耳だった。美夜の知識に驚く。


「そこでカナダ政府は、特産品であるメープルシロップの品質を細かくランク分けし、その中でも最高級品にしか与えられない名前がエクストラライトってわけ」


「なるほど」


「これは年に一度、カナダの厳しい冬の終わりである、二月の末から三月にかけて雪が溶け始める頃に、深夜から早朝にかけての二時間ほどの間でしか採れないの」


「えっ? たったの二時間?」


「ええ、そう。この時期は、木の下の方に降りていた砂糖カエデの樹液が上に登って来て、一番美味しくなるんだって。その希少さと、他のシロップでは味わえない透き通った味わいで、地元でも『幻のシロップ』と言われてるくらいなんだから」


 熱のこもった美夜の解説に、二人は目を丸くした。ここまでメープルシロップに関するウンチクを傾けるとは。


「……み、美夜ちゃんって、メープルシロップに詳しいんだね」


「ここまで来ると病気だよ、病気」


 一人テーブルへ着かず、窓際に立っていたアキトが冷めた口調で皮肉った。


「うるさい!」


 美夜は背中にあったクッションを兄に投げつけた。しかし、アキトは軽く身体を傾けただけで避けてしまう。


「まあ、あんなヤツはほっといて、早くいただきましょうよ」


 向かいに座っている薫が美夜を促した。


 というわけで、アキトを除く全員のホットケーキにメープルシロップ・エクストラライトが行き渡る。


「じゃあ、いっただきま~す!」


 待ち切れない、といった感じで、三人はホットケーキに手をつけた。


 驚いたのは、ナイフを入れようとすると、ホットケーキの生地に弾力があって、押し返してくるような手応えがあったことだ。切れ込みを入れると、そこへ百パーセント樹液であるメープルシロップが伝うように垂れてくる。


「うわぁ……」


 そのビジュアルだけで、いかにも美味しそうだ。


 つかさと薫は同じタイミングで、切り分けたホットケーキをフォークで刺し、口へと運んだ。


「んっ――!」


 一口食べた二人は、思わず顔を見合わせた。


 甘い香りが鼻腔から抜け、それでいて舌にはさっぱりした味覚が広がる。決して甘すぎることはない。


「美味しい……」


 それはお世辞抜きの言葉だった。最高級という触れ込みのメープルシロップはもちろんだが、美夜が作ったホットケーキも素人裸足の出来映えだ。さすがは日頃から作っているだけのことはある。


「どんどん食べて。おかわりだったら、すぐに作るから」


 三段重ねのホットケーキを一人で平らげられるか心配だったが、それは杞憂に過ぎなかった。十分もしないうちに、ペロリと腹の中に収まってしまう。


「ご馳走さま。美夜ちゃん、美味しかったよ」


「ホントぉ? 良かったぁ」


 つかさに褒められ、美夜は甘えるように腕へしがみついた。


「……お前ら、絶対に騙されている」


 不機嫌そうな目つきで妹をねめつけながら、アキトが呟いた。それを薫が聞き咎める。


「何が騙されてるのよ? ちゃんと美味しかったわよ、美夜ちゃんの作ったホットケーキ」


「そうだよ。アキトも食べればよかったのに」


 つかさも薫に賛同した。


 するとアキトは胸を掻きむしるような仕種をする。


「やめてくれ。考えただけで胸がムカつくぜ!」


 まるで吐き気を覚えたかのように、アキトは嫌そうな顔をした。


「アキトって、甘い物、苦手だったっけ?」


 と、つかさ。アキトは首を振る。


「そうじゃない……けど、こいつが毎日毎日、朝昼晩とホットケーキをパクついているのを見てたら、誰だってそうなるぞ!」


 アキトはまるで連続殺人犯を名指しするように美夜を指差した。


 美夜はプイッと横を向く。


「こいつの場合、前菜がホットケーキで、主食もホットケーキ、トドメにデザートまでホットケーキと来てやがる! 間違いなく、こいつの人体構成の半分以上はホットケーキで出来てるぜ」


 朝昼晩、三食がホットケーキ――


 その言葉に、つかさと薫は目を剥いて、幸せそうに微笑んでいる美夜を見た。


「だって、大好物なんだもぉ~ん」


「好物ったって……」


 あまり極端なのも考え物だ。


 すると、薫が真顔で立ち上がった。


「ダメよ、美夜ちゃん! あなたはまだ育ち盛りなんだから! ちゃんとした食生活を送らないと、大きくなれないわよ!」


「大きく?」


 美夜は思わず、自分の平ぺったい胸を見下ろした。


 それを見たアキトが、くくっ、と笑う。


 だが、次に薫の厳しい視線は、そのアキトへ向けられた。


「そこっ! アンタも美夜ちゃんの兄貴でしょ!? 妹の食生活にもっと注意を払いなさいよ!」


 薫に叱られても、アキトはしれっとした態度を崩さなかった。


「ウチは兄妹でも干渉しない主義だから、互いに好き勝手やって、好き勝手に食ってるよ」


「で、アキトはいつも何を食べているの?」


 つかさがあまり期待せずに尋ねた。


「んー、そうだな……比較的、いろいろとバリエーションを組んでるぜ。ラーメンだろ、そばだろ、うどんだろ、スパゲティだろ、カレーだろ、ピラフにリゾットに中華丼──」


 次々に挙げていくアキトだが、つかさはその共通点に気がついた。


「それって、インスタントとかレトルトじゃないの?」


「おおっ、当たり! いい勘してんじゃん! さすがはつかさ。最近のは、結構これがイケるんだよ! バカにしたもんじゃないぜ」


 つかさと薫は頭痛を覚えた。この兄妹の食生活はすっかり破綻している。


「ちなみに、お兄さんは……?」


 ムダだと思いつつ、薫は一応、訊いてみる。


「兄貴も料理しねえなあ。ほとんど外食ばっかだし。一応、生活費は置いてってくれるけど、一人で旨いモンでも食ってんじゃねえか?」


 アキトは妬み半分に言った。つかさは肩をすくめるしかない。


 話を聞いた薫は、立ったまま視線をやや天井に向け、決意したようにグッと右拳を握った。


「しょうがないわね! じゃあ、今日は私が何か作るわ!」


「えええええええっ!?」


 即座に驚きの声をあげたのは、アキトとつかさだ。薫が睨みを利かせる。


「何よ? 文句ある?」


「お前、料理なんて出来んのか……?」


 アキトの素朴な疑問に、薫はカチンと来た。


「当たり前よ! これでも女の子よ、女の子! ちゃんと家庭科の授業だって受けてるんだからぁ!」


 薫はアキトに食ってかかった。


 その横でつかさが首をひねる。


「……薫の家庭科の成績って、“2” とか言っていなかったっけ?」


 薫はこう見えても、勉強もスポーツも万遍なくこなす優等生タイプだ。そんな彼女が、唯一、苦手としているのが家庭科であると、長い付き合いのつかさは知っている。


 そのつかさも薫に凄まれた。命の危険すら覚える。


「それが何だって言うのよ!? ええっ!?」


「い、いえ、何でもありません……」


 つかさは縮み上がった。どうやら、この場はやらせてみるしかなさそうだ。


「フン! 私の実力を思い知らせてやるわ!」


 薫は鼻息も荒く、腕まくりをして気合いを入れた。

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