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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第9話 あぶない夜は眠れない 【 全 12 回 】
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あのバカがこんな凄いところに住んでるワケ?

 第9話「あぶない夜は眠れない」スタート!

「ほえ~~~っ」


 首が痛くなるほど目の前にあるマンションを見上げた武藤むとうつかさは、自然に口が開き、思わず感嘆の声を上げた。


 目も眩むばかりの超高層タワーマンション。ざっと三十階建てくらいだろうか。何の特色もなかった隣町に、いつの間にかひょっこり建ったのは知っていたが、まさか自分が訪れることになろうとは夢にも思わなかった。


 その漆黒の威容を改めて間近で見ると、さながらバベルの塔のような威圧感があり、凄いとしか言いようがない。


「ちょっと、何かの間違いじゃないの?」


 隣にいる 忍足おしたり かおる がつかさを肘でつつきながら疑わし気に確認した。


 そう言われて、つかさはもう一度、手元のメモを見直す。


 ──『シティ・エンパイア十六夜いざよい1313号室』


 間違いない。


「やっぱり、ここだよ」


 信じられないといった顔つきの薫にメモを見せながら、つかさはため息をつくように言った。メモを受け取った薫の手がわなわなと震える。


「う、ウソでしょ……? あのバカがこんな凄いところに住んでるワケ?」


 そんなことを言われても、事実なのだからしょうがない。


 これが今にも傾きそうなおんぼろアパートだったら、薫も素直に納得できたことだろう。だが、あまりにも住人とのイメージがそぐわないことに疑心暗鬼だ。


 二人は再び高層マンションを仰ぎ見た。外から眺めると六角形の柱のようなデザインが面白い。


 ここが彼らのクラスメイト、仙月せんづきアキトの住まいだ。こうして目の当たりにしても信じられない。


 二人はアキトから招待を受けた。──いや、厳密に言うと、アキトの妹、美夜みやからだが。


 美夜とは先日、一年C組の 徳田とくだ 寧音ねね が神隠しに遭うという事件で偶然に知り合った。彼女は兄のアキト同様に一目でつかさのことを気に入り、もっと親しくなりたいと自宅へ招いたのである。


 アキトとすれば、妹につかさを取られるのは不本意であるはずだが、なぜかそれをあっさりと了承。いきなり今日の朝、ウチへ遊びに来い、とつかさを誘った。


 招待されたつかさは迷った。


 確かに、可愛い美夜に遊びに来て欲しいとせがまれて、悪い気はしない。何かと甘えてくる美夜は、一人っ子のつかさにとって妹が出来たみたいな感じで、満更でもなかった。


 しかし、美夜はアキトの妹――つまり、その正体は 吸血鬼ヴァンパイア である。万が一のことなどないと信じてはいるが、少し警戒する部分も否めない。


 そこへ、たまたまつかさの近くにいて、アキトの話を聞いていた薫が、それなら自分も行く、と名乗り出た。


 薫はアキトたちが 吸血鬼ヴァンパイア であることを知らない。多分、美夜とまた会ってみたいと単純に思っただけなのだろう。とりあえず連れが出来たことによって、つかさは心強く思った。


 土曜日なので学校は午前中で終了。一旦、私服に着替えるため、自宅に戻ったつかさと薫は、最寄り駅で待ち合わせ、こうしてアキトの住むマンションを訪れた。


 これまで新聞部の寧音が、アキトの自宅を突き止めようと苦心惨憺くしんさんたんした場所がここだ。二人が先に訪れたことを知ったら、さぞや悔しがるだろう。いや、逆に嬉々として、自分も行くと言い出し、突撃取材を敢行したかも知れない。


 とにかく、いつまでもマンションの前でぼーっと突っ立っているわけにもいかなかった。二人は意を決して、豪奢な造りの正面入口をくぐる。


 中は案の定、オートロック式になっていた。薫が部屋番号を押し、インターフォンで呼び出す。


「はい。仙月です」


 程なくして可愛い声が聞こえてきた。美夜だ。


「あっ、薫です。お言葉に甘えて、遊びに来ました。つかさも一緒です」


「キャッ! お姉さまも来てくださったんですね! 嬉しい! 今、開けます。どうぞ」


 そう言うや否や、自動ドアが開いて、二人をエントランスへ導いた。


 中にはちょっとした噴水があり、二階分の吹き抜けには巨大なシャンデリアが吊り上げてある。まるで高級ホテルのような豪華さだ。思わず漏らした感嘆の声と足音がやけに反響する。


 二人はそこから外の眺望も楽しめるガラス張りのエレベーターに乗り、十三階へ上がった。


 何から何までハイソな造りのマンションに、つかさは居心地の悪さを感じた。つかさは下町育ちで、家も昔ながらの日本家屋だ。もし、こんな所へ住めと言われたら、緊張ばかりでくつろげやしないだろう。


「うわー、私たちの町も見えるわ。さすがは超高層のマンションね」


 そわそわしているつかさに反し、薫はすっかり外の景色を堪能していた。そう言えば、薫は観覧車での事件(※ 第7話を参照のこと)からも窺えるように、高い所が大好きなのである。きっと薫なら、ここへ住みたいと言い出すに違いない。


 エレベーターは静かに十三階へ到着した。廊下は水を打ったような静けさで、本当に人が住んでいるのか怪しく思えてくる。団地のように自転車や植木鉢が放置されているようなこともなく、まったく生活感が伝わってこなかった。


 二人は案内板に従って、1313号室──アキトの部屋を探し当てた。


 これまで通り過ぎて来たところもそうだったが、部屋には表札など一切ない。どれも同じ扉ばかりだ。違うのは部屋番号だけで、まったく画一化されている。つかさは気味悪さを覚えた。


 ひょっとして、このマンションには普通の人間など一人も住んでいないのではなかろうか。アキトのような 吸血鬼ヴァンパイア が、人間の目を盗んで、棲家にしているのかも知れない――と、そんな想像をしてしまう。


 だが、ここまで来てしまった以上、今さら帰るわけにもいかない。薫はそんなつかさの心配をよそに、普通にインターフォンを押す。


「はーい」


 すぐに声がして、扉が開けられた。出迎えたのは美夜だ。その後ろには、アキトも覗き込んでいる。


 二人の顔を見て、ようやくつかさはホッとした。


「わーい! つかさお兄ちゃんと薫お姉さまだぁ! どうぞ、中へ入って!」


 トレードマークのお団子頭を揺らしながら、美夜は喜びを表現した。その屈託ない笑顔に、つかさたちも釣られて笑う。


「こんにちは、美夜ちゃん。お邪魔させてもらうよ」


 そう言って、つかさは仙月宅へ足を踏み入れた。


「早く、早くぅ!」


 つかさが靴を脱ぐのもじれったそうに、美夜は手を引きながら中へ誘った。そのせいで、つかさは危うく素っ転びそうになる。


「お邪魔します」


 つかさに続き、薫も中へ入った。


「よお」


 上がり込んだ薫に、アキトがニヤニヤした顔を向けて来る。その緩んだ表情を見た途端、薫は理由もなく癇に障った。


「……何よ?」


「いや、嬉しいなーと思ってな。まさか、お前がオレん家へ来るとはね」


「別にアンタの家だから来たんじゃないわ。私は美夜ちゃんに会いに来ただけ」


「とか何とか言って。ホントはオレのことをもっと知りたかったんだろ?」


 ウインクまでして来るアキトにうんざりしながら、薫はその脇をすり抜け、つかさたちの背中を追って奥のリビングまで進んだ。アキトは楽しそうに、そのあとに続く。


「ほらぁ、薫お姉さまも来て!」


 つかさに腕を絡ませながら、美夜が窓際で薫を呼んだ。薫は室内を見て、絶句する。


 マンションの外観も凄かったが、その室内も凄かった。


 まず、目に飛び込んで来るのは、街を一望できる大きな窓だ。タワーマンションとしては真ん中よりも下の十三階ながら、今日は天気がいいので、かなり遠方まで眺望が楽しめる。もっと空気が澄んでいれば、富士山も拝めただろう。


 その外には小さなテーブルにお揃いのチェアが二つが置かれたバルコニーが張り出している。決してベランダなどという矮小なものではない。誰の趣味なのか、プランターもいくつか見られた。


 外へばかり視線が行ってしまったが、リビングも豪華だった。


 フローリングの床に高級そうなムートンのカーペットが敷かれ、その上に大理石のテーブルと本皮のソファが据えられている。


 壁側には巨大な75V型の4K液晶テレビが陣取り、他にも鏡面仕上げのガラスケースやら象嵌ぞうがんをあしらったサイドボードなど、ありとあらゆるものが高級調度品で占められていた。


 それらが成金的ないやらしさを感じさせず、品良くまとまっているのだから、ただただ感嘆の吐息しか出て来ない。これらを揃えた者の趣味とセンスが窺えた。


「アンタのご両親って、何をやっている人?」


 薫が犯罪者でも見るような目つきでアキトに尋ねた。


「さあ、親父とお袋は海外暮らしなんでな。今頃、何をやっているのやら。最近は連絡も取り合ってねえから、さっぱり分からねえ。でも、オレたちがここに住んでいられるのは、兄貴のお蔭なんだよ」


「兄貴って、お兄さんもいるの?」


「ああ。普段は区役所勤めだけど、副業があるみたいで、そっちで色々と稼いでるみてえだ」


「副業って、公務員がそんなことしていいの?」


「さあね。もちろん、それが何かは、互いに干渉しない主義だから知らねえけど。だから、この部屋はみんな兄貴の趣味さ」


 アキトの話を聞いて、益々、薫は怪しく思った。


 こんな高級マンションに居を構えていられる副業なんて、きっとよからぬことに違いない。何しろ、()()アキトの兄である。どんな悪党でも驚けない、と薫は勝手に想像していた。


「薫、ウチの学校が見えるよ」


 つかさに言われ、薫も窓に近づいた。確かに、薫たちの通う 琳昭館りんしょうかん 高校の校舎が見える。


「外へ出てみる?」


「いいの?」


 美夜に促され、薫はバルコニーへ出た。


 風が心地よい。十三階の高層から町を睥睨すると、まるで精密に作られた模型を眺めている気分になった。


 夜になったら、また違う雰囲気を味わえることだろう。このバルコニーでシャンパンを傾けながら夜景を楽しんだら、どんなにロマンチックだろう──と、まだ未成年の高校生である薫が想像するようなことではないが。


 つかさと薫は隣り合って、バルコニーからの眺望を堪能した。


 しばらくして、


「今日はお兄ちゃんたちが来るって言うから、美夜、ホットケーキ焼いたんだ。食べるでしょ?」


 と、はしゃぎながら言う美夜に、つかさと薫は微笑んだ。


「へえ、ホットケーキか」


「美味しそうね。ご馳走になるわ」


 二人はバルコニーから室内に戻った。

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