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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第8話 ひとりぼっちの神隠し 【 全 13 回 】
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もっと遊んでよ。ねえ、お兄ちゃん

 不意を突かれた格好になったアキトだが、かろうじて相手の攻撃を回避することが出来た。


 ブゥゥゥン!


 耳元で唸る拳の音。それだけで敵の実力が分かった。


「やるな」


 キツネのお面などというふざけたものをつけているが、今のパンチを見る限り、かなりの使い手に違いない。アキトは気を引き締めた。


 続けて、相手は仕掛けて来た。間断のない、鋭い攻撃。あまりのスピードに、常人にはパンチが幾重にも見えたことだろう。


 しかし、アキトの動体視力もまた並ではない。キツネ面が繰り出す拳を見切り、的確にさばいた。


 パシッ!


 アキトの右手がキツネ面の右腕をつかまえた。そのまま自分の方へ引き込むようにし、身体を反転させる。相手は流れるような動きに抗うことが出来ない。


「でやっ!」


 アキトは身を沈め、キツネ面の男を背負うようにして、力の限り投げ飛ばした。


 宙を舞うキツネ面の男の身体。


 このまま地面──と言っても、ここは灰色の世界であり、上下の感覚などないのだが──に叩きつけられると思いきや、キツネ面の男は身を捻るようにして華麗に着地して見せた。


「やるじゃねえか」


 俊敏なネコ科の動物を思わせるしなやかな動きに、さすがのアキトも口笛を吹きそうになった。


 キツネ面の男は、ゆっくりと振り返った。再び対峙する両者。


 アキトは目の前のキツネ面の男を見ているうちに、不思議な錯覚に陥った。


 何処かで見覚えがある構え方。キツネのお面さえ除けば、琳昭館りんしょうかん 高校の制服を着ているせいもあってか、まるで鏡に写っている自分を見ているかのようだ。


 そう言えば、キツネ面の脇からはみ出している髪は、トラ柄のように黒と茶がまだらに混ざっている。


 アキトは舌打ちした。


「チッ、またオレかよ」


 アヤネがアキトの相手として用意したのは、アキト自身だった。


 以前にもアキトは、自分の姿に化けた偽者と闘ったことがあるが、あのときは見かけだけがそっくりで、中身は伴っていなかった(※ 第4話を参照)。


 今回の場合、二人のアキトが闘えば、一体どうなるのか。


 アヤネの目的は、遊び相手を得ることだ。それも永遠に遊んでくれる相手。だから、アキトにアキトをぶつけ、いつまでも着かぬ勝負を目論んでいるに違いない。


「そういうことかよ。考えたな」


「………」


 キツネ面のアキトは、本人に反して無口だった。アヤネのように舌足らずな言葉を吐くこともしない。無言のまま、アキトへの間合いを詰めようとにじり寄る。


 このキツネ面のアキトは、アヤネが姿を変えたものなのだろうか。何しろ、アヤネには公園そのものを再現させる力があるのだ。そんなことは造作もないだろう。


 果たして、自分を相手に何処までやれるか――


 ピンチかも知れないというのに、アキトは次第にこの状況を楽しみ始めていた。こんな対決は絶対に普通では有り得ない。そう思うと、面白さの方が先に立つ。


 久しぶりに全力を出して暴れられそうだと思うと、嬉しくて堪らないアキトだった。


「さあ、来な!」


 アキトは手招きした。するとキツネ面の男は、待ちかねたように、猛然と突っ込んで来る。


 キツネ面の男は、三メートルほど手前で前転するように上半身を振った。弾性のある痩躯が上下反転し、開脚した足先がアキトの脳天を襲う。


「よっと!」


 それをアキトは身を逸らすだけで避けた。そして、着地したキツネ面と至近で打ち合う。


「はあああっ!」


 今度はキツネ面の男が防御する番だった。アキトのラッシュを、ひたすら耐え凌ぐ。


 それは完璧なガードと言えた。アキトのパンチは一発もクリーンヒットしない。すべて阻まれた。


 やはり、自分の手の内は向こうにもバレているのか。どうやら今回は実力もアキトと同等らしい。


 キツネ面はガードをしながら、そのまま体当たりをかました。アキトの攻撃が緩む。そこを向こうは突いて来た。


 ガッ!


 アキトは両肩を強くつかまれた。これではパンチを繰り出しようがない。


 その体勢からキツネ面の男の頭突き。ちょうど鼻の付け根の弱いところだ。


「ぐわっ!」


 さすがのアキトもこれには堪らずよろめいた。慌てて、キツネ面から離れようとする。


 だが、相手はアキトを逃がしはしなかった。両肩はガッチリと押さえ込まれたまま。今度はアキトを引き寄せるようにして、鳩尾みぞおちへ膝蹴りを浴びせる。


「ぐっ!」


 くの字に身体を折るアキト。息が詰まり、胃の中の物を戻しそうになった。


 キツネ面の攻めはなおも続く。今の一撃ですっかり抵抗が弱くなったアキトへ、二発目の頭突き。アキトは脳震盪を起こして、全身の力が抜けた。


 その場に膝から崩れるようにして、ぐったりとしたアキトをキツネ面の男は見下ろした。


「もう終わり?」


 アヤネの声が嘲るように響く。それはキツネ面の男が発したものではなく、位置の特定が難しいものだった。


「もっと遊んでよ。ねえ、お兄ちゃん」


 キツネ面の男は、倒れたアキトを容赦なく蹴った。二度、三度、四度……。気を失いかけていたアキトは、キツネ面が加える暴行によって、意識を呼び戻された。


「こっ、こ、この野郎……!」


 身体を丸めるようにして耐えながら、アキトは怨嗟の言葉を漏らした。唇に伝って来る鼻血を舌で舐め取る。


「――ッ!」


 その瞬間、アキトの目がカッと見開かれた。全身の筋肉と血管が脈打ち、乱杭歯が剥き出しにされる。


 なおもキツネ面の男は蹴りを喰らわせようとして来た。が、振り下ろされた足はアキトの手によって、いとも簡単に止められる。それどころか、そのまま押し返された。


 自らの血によって 吸血鬼ヴァンパイア の力を解放させたアキトは、ゆっくり立ち上がった。その全身には、これまでにはなかった殺気と邪気が満ち満ちている。それを感じたのか、キツネ面の男はわずかに後ずさった。


「よくもやってくれたな。この礼は百倍にして返してやるぜ!」


 アキトは邪悪な笑みを見せた。瞳孔がネコの目のように細まり、赤い光が妖しく発せられる。


「まさか──吸血鬼ヴァンパイア なの?」


 アキトが人間ではないと見破っていたのは間違いないが、よもや 吸血鬼ヴァンパイア だったとは、さすがのアヤネも予期していなかったようだ。


 それに気づいたときはもう遅い。アキトはキツネ面の男に躍りかかっていた。


 そのスピードもパワーも、今までの比ではない。それはアヤネの見立て違いでもあった。同等の力を与えたはずのキツネ面の男は、力を解放させたアキトの動きに反応できず、あっさりと押し倒された。


 今のアキトの前では、アヤネが創り上げたキツネ面の男に為す術はない。実力が違い過ぎた。


 馬乗りになったアキトは、その残虐性に火がついたかのように、キツネ面の男の喉を絞めにかかった。


 キツネ面の男は苦鳴を漏らすことはなかったが、それでももがくように暴れ、アキトの手を引き離そうとする。だが、アキトの手は外れない。爪が皮膚に食い込んだ。


 首を絞めるというよりも、むしろアキトは相手の首を引きちぎろうとしているかのようだった。吸血鬼ヴァンパイア が持つ殺戮の衝動がアキトを突き動かす。


 進退窮まったキツネ面の男であったが、おもむろに自らのお面に手をかけ、外そうとした。果たして、どんな顔をしているのか。やはりアキトと同じなのか。


 ふと興味を覚えた刹那、キツネのお面はアキトの顔に向かって被せられた。それはピタリとアキトに吸いつく。


「何ィ!?」


 お面は覗き穴もなく、アキトの視界は完全に閉ざされた。おまけに呼吸さえも妨げるのか、空気がまったく吸えず息苦しい。


 もちろん、アキトはお面を外そうとしたが、まるで接着剤でもついているかのように剥がれなかった。


 アキトがお面と格闘しているうちに、のしかかられていた男はうまく逃げおおせた。慌てて捕まえようとしたアキトだが、目も見えぬ状態では無理な話だ。


「くそっ! 何処へ行きやがった!?」


 まんまと敵に逃げられ、アキトは悔しそうに喚いた。おまけに、顔に張りついたお面は一向に取れそうもない。


 そんなアキトの周囲に複数の気配が現れた。アキトは視界を奪われたまま、警戒して構える。気配はアキトを取り囲んだまま回り始めた。


 すると、また何処からともなくアヤネの声が聞こえてきた。今度は歌声だ。



 かごめ かごめ

 籠の中の鳥は

 いつ いつ 出やる

 夜明けの晩に

 鶴と亀が滑った

 後ろの正面 だあれ



 それは童歌わらべうた。その歌声は物悲しく、聴いた者の心を締めつける。


 唄い終わった直後、アキトの背後で凄まじい殺気が膨らんだ。


「──ッ!」


 アキトは勘を頼りに、拳を振り向きざまに振るった。

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