なあ、しゃんとメガネ探してくれとるんやろな?
通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神様の 細道じゃ
ちっと通して くだしゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに 参ります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ
アヤネは寧音の手を引きながら、一人で童歌を歌っていた。
寧音はメガネがないので、アヤネに手を引かれるがままに歩いている。だが、アヤネはただ歩いているようにしか思えず、歌い終わったところで口を開いた。
「なあ、しゃんとメガネ探してくれとるんやろな?」
「うん」
アヤネは歩きながら即答した。
「そうかぁ。それならええんやけど……」
釈然としないものを感じつつ、寧音はアヤネの言葉を信じた。というか、今、メガネのない寧音が頼れるのは、この幼い少女しかいない。
それにしても、どれくらいの時間を歩いたのか。公園からは出ていないはずなのに、寧音の足はすでに棒のようになり、疲れがピークに達していた。
「もお、アカン……」
アヤネの歩調に合わせて、ゆっくり歩いているというのもあるが、それ以上にかなりの距離を歩いたような気がする。また、腹の虫もグーグー鳴っていた。
しかし、寧音のぼやけた視界は、この児童公園を訪れたときと変わらぬ明るさの夕暮れで、そんなに時間が経過したようにも思えない。何だか感覚のズレがある。それとも麻痺しているのか。
「ちょっと休憩しよか」
堪らず寧音はタイムを入れた。アヤネに誘導してもらいながら、近くのベンチに腰掛ける。
「よっこい庄一」
年寄り臭い掛け声を発し、寧音はひと息ついた。
何それ、とアヤネが不審そうに尋ねる。
「知らんか? 座るときの口癖みたいなもんや。他にも『冗談はよし子さん』とか『当たり前田のクラッカー』とか、名前を掛け合わせたギャグがあんで」
「へぇー」
子供相手におかしなことを教えながら、寧音はポケットから財布を取り出す。
「それより、お姉ちゃん、喉乾いて。その辺の自動販売機で何ぞ買ぉて来てくれへん? お嬢ちゃんの分も買ぉてええよ。ちなみにウチは冷たい紅茶がええな。レモンティーやのうて、ストレートな」
「うん、分かった」
アヤネは五百円玉を受け取ると、一人で飲み物を買いに走って行った。
寧音はアヤネがいなくなったのを見計らうと、携帯電話を手にした。
どうもメガネ探しを年端もいかないアヤネに頼むのは心許ない。ここは恥を忍んで、晶かありすに来てもらった方がよさそうだ。暗くなってからでは、余計にメガネを見つけられなくなってしまう恐れがある。
目が見えないので、寧音は記憶だけを頼りに携帯電話を操作した。
だが──
「……電波が届かへんのかな?」
携帯電話はうんともすんとも言わなかった。こんな住宅街のど真ん中で、そんなことが有り得ようか。
「何ぞおかしいなあ」
寧音は首をひねった。
真下に落としたはずなのになくなってしまったメガネ――
麻痺した時間感覚――
繋がらない携帯電話――
ここへ来てからというもの、すべてがおかしい。それに──
何よりも辺りが静か過ぎた。
さっきまで鳴いていたはずの蜩は何処へ行ってしまったのか。いや、それどころか、いくら耳を澄ましても、車の一台も近くを通った気配すらないし、近所に住む人々の声も皆無だ。
まるで、この公園だけが隔絶されたかのように感じられた。
「………」
黙っていると、余計に不安が募って来る。ベンチに座りながら、寧音は一人そわそわした。
それにしても、アヤネは何処まで飲み物を買いに行ったのだろう。ふと、寧音は心配になった。
いや、心配になったのは自分のことの方だ。
――このままアヤネが戻って来なかったら。
そんな考えに襲われ、寧音はアヤネを呼び戻そうと立ち上がった。
その刹那──
「ひゃっ!」
突然、手の甲に冷たい感触が当たり、寧音は悲鳴をあげた。驚いた拍子に腰を抜かしてしまい、そのままストンとベンチに座る格好になる。
「お姉ちゃん、買って来たよ。はい、午後ティー」
それはアヤネの仕業だった。寧音の手に冷えたペットボトルを押し当てたのである。
「おっ、お、おおきに」
ビックリしたやら、恥ずかしいやらでドギマギしながら、寧音は礼を言いつつ、アヤネから午後の紅茶ストレートティーを受け取った。
いつもなら、買って来てもらった品物よりも先に釣り銭を要求する寧音だが、それを一言も口にしなかったところからも、かなりの動揺が見られる。
ペットボトルはまるで氷のように、キンキンに冷えていた。とにかく喉の乾きを潤そうと、寧音はキャップを捻ると、一気に流し込んだ。
「んぐっ、んぐっ、んぐっ……」
アヤネはそんな寧音の隣にちょこんと座った。そして、まるで真似でもするかのように、買って来たリンゴジュースをグイッと飲み始める。
「はあ~っ、生き返ったわ~ぁ!」
先に飲み干した寧音が大きく息をついた。そのリアクションは決してオーバーなものではなく、心底からのものだ。まるで何十時間かぶりに水分補給をしたような気がする。それくらい喉がカラカラだったのだ。
ところが、飲み終えてホッとした途端、寧音は急に眠気を催した。自然に瞼が降りてくる。アカンアカン、と頭を振ってみるが、すでに思考は鈍く、身体も意志に反して動かない。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
隣のアヤネが尋ねる。
「いや、ちょっとな……」
答えようとした寧音だが、それきり続きを言えなくなってしまい、とうとう猛烈な睡魔がすべてを奪ってしまった。
こてん、と転がるようにして、寧音はアヤネの方に倒れ込む。
アヤネは寧音を膝枕する格好で、その頭を優しく撫でた。まだ小学校に入学したか、してないかくらいであるはずなのに、まるで子供を寝かしつけた母親のように微笑む。
「お姉ちゃん、おねむになっちゃったの? いいよ、アヤネがずっと側にいてあげるから。ずっと、ずっと側にいるよ。だから目が覚めたら、アヤネと一緒に遊んでね。いっぱい、いっぱい遊んでね。約束だよ、お姉ちゃん」
最早、寧音に聞こえているとは思えなかった。呼吸が浅くなっている。
「約束だからね。ふふふふふっ……」
眠った寧音の小指に自分の小指を絡ませて、アヤネは歌い始めた。
「指切りげんまん、ウソついたら針千本、呑~ます♪ 指切った♪」
歌い終わりにアヤネが小指を放すと、寧音の腕はまるで死んだように、だらりと垂れ下がった。




