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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第8話 ひとりぼっちの神隠し 【 全 13 回 】
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なあ、しゃんとメガネ探してくれとるんやろな?

 通りゃんせ 通りゃんせ

 ここはどこの 細道じゃ

 天神様の 細道じゃ

 ちっと通して くだしゃんせ

 御用のないもの 通しゃせぬ

 この子の七つの お祝いに

 お札を納めに 参ります

 行きはよいよい 帰りはこわい

 こわいながらも

 通りゃんせ 通りゃんせ



 アヤネは寧音ねねの手を引きながら、一人で童歌わらべうたを歌っていた。


 寧音はメガネがないので、アヤネに手を引かれるがままに歩いている。だが、アヤネはただ歩いているようにしか思えず、歌い終わったところで口を開いた。


「なあ、しゃんとメガネ探してくれとるんやろな?」


「うん」


 アヤネは歩きながら即答した。


「そうかぁ。それならええんやけど……」


 釈然としないものを感じつつ、寧音はアヤネの言葉を信じた。というか、今、メガネのない寧音が頼れるのは、この幼い少女しかいない。


 それにしても、どれくらいの時間を歩いたのか。公園からは出ていないはずなのに、寧音の足はすでに棒のようになり、疲れがピークに達していた。


「もお、アカン……」


 アヤネの歩調に合わせて、ゆっくり歩いているというのもあるが、それ以上にかなりの距離を歩いたような気がする。また、腹の虫もグーグー鳴っていた。


 しかし、寧音のぼやけた視界は、この児童公園を訪れたときと変わらぬ明るさの夕暮れで、そんなに時間が経過したようにも思えない。何だか感覚のズレがある。それとも麻痺しているのか。


「ちょっと休憩しよか」


 堪らず寧音はタイムを入れた。アヤネに誘導してもらいながら、近くのベンチに腰掛ける。


「よっこい庄一しょういち


 年寄り臭い掛け声を発し、寧音はひと息ついた。


 何それ、とアヤネが不審そうに尋ねる。


「知らんか? 座るときの口癖みたいなもんや。他にも『冗談はよし子さん』とか『当たり前田のクラッカー』とか、名前を掛け合わせたギャグがあんで」


「へぇー」


 子供相手におかしなことを教えながら、寧音はポケットから財布を取り出す。


「それより、お姉ちゃん、喉乾いて。その辺の自動販売機で何ぞ買ぉて来てくれへん? お嬢ちゃんの分も買ぉてええよ。ちなみにウチは冷たい紅茶がええな。レモンティーやのうて、ストレートな」


「うん、分かった」


 アヤネは五百円玉を受け取ると、一人で飲み物を買いに走って行った。


 寧音はアヤネがいなくなったのを見計らうと、携帯電話を手にした。


 どうもメガネ探しを年端もいかないアヤネに頼むのは心許ない。ここは恥を忍んで、晶かありすに来てもらった方がよさそうだ。暗くなってからでは、余計にメガネを見つけられなくなってしまう恐れがある。


 目が見えないので、寧音は記憶だけを頼りに携帯電話を操作した。


 だが──


「……電波が届かへんのかな?」


 携帯電話はうんともすんとも言わなかった。こんな住宅街のど真ん中で、そんなことが有り得ようか。


「何ぞおかしいなあ」


 寧音は首をひねった。


 真下に落としたはずなのになくなってしまったメガネ――


 麻痺した時間感覚――


 繋がらない携帯電話――


 ここへ来てからというもの、すべてがおかしい。それに──


 何よりも辺りが静か過ぎた。


 さっきまで鳴いていたはずのひぐらしは何処へ行ってしまったのか。いや、それどころか、いくら耳を澄ましても、車の一台も近くを通った気配すらないし、近所に住む人々の声も皆無だ。


 まるで、この公園だけが隔絶されたかのように感じられた。


「………」


 黙っていると、余計に不安が募って来る。ベンチに座りながら、寧音は一人そわそわした。


 それにしても、アヤネは何処まで飲み物を買いに行ったのだろう。ふと、寧音は心配になった。


 いや、心配になったのは自分のことの方だ。


 ――このままアヤネが戻って来なかったら。


 そんな考えに襲われ、寧音はアヤネを呼び戻そうと立ち上がった。


 その刹那──


「ひゃっ!」


 突然、手の甲に冷たい感触が当たり、寧音は悲鳴をあげた。驚いた拍子に腰を抜かしてしまい、そのままストンとベンチに座る格好になる。


「お姉ちゃん、買って来たよ。はい、午後ティー」


 それはアヤネの仕業だった。寧音の手に冷えたペットボトルを押し当てたのである。


「おっ、お、おおきに」


 ビックリしたやら、恥ずかしいやらでドギマギしながら、寧音は礼を言いつつ、アヤネから午後の紅茶ストレートティーを受け取った。


 いつもなら、買って来てもらった品物よりも先に釣り銭を要求する寧音だが、それを一言も口にしなかったところからも、かなりの動揺が見られる。


 ペットボトルはまるで氷のように、キンキンに冷えていた。とにかく喉の乾きを潤そうと、寧音はキャップを捻ると、一気に流し込んだ。


「んぐっ、んぐっ、んぐっ……」


 アヤネはそんな寧音の隣にちょこんと座った。そして、まるで真似でもするかのように、買って来たリンゴジュースをグイッと飲み始める。


「はあ~っ、生き返ったわ~ぁ!」


 先に飲み干した寧音が大きく息をついた。そのリアクションは決してオーバーなものではなく、心底からのものだ。まるで何十時間かぶりに水分補給をしたような気がする。それくらい喉がカラカラだったのだ。


 ところが、飲み終えてホッとした途端、寧音は急に眠気を催した。自然に瞼が降りてくる。アカンアカン、と頭を振ってみるが、すでに思考は鈍く、身体も意志に反して動かない。


「どうしたの、お姉ちゃん?」


 隣のアヤネが尋ねる。


「いや、ちょっとな……」


 答えようとした寧音だが、それきり続きを言えなくなってしまい、とうとう猛烈な睡魔がすべてを奪ってしまった。


 こてん、と転がるようにして、寧音はアヤネの方に倒れ込む。


 アヤネは寧音を膝枕する格好で、その頭を優しく撫でた。まだ小学校に入学したか、してないかくらいであるはずなのに、まるで子供を寝かしつけた母親のように微笑む。


「お姉ちゃん、おねむになっちゃったの? いいよ、アヤネがずっとそばにいてあげるから。ずっと、ずっとそばにいるよ。だから目が覚めたら、アヤネと一緒に遊んでね。いっぱい、いっぱい遊んでね。約束だよ、お姉ちゃん」


 最早、寧音に聞こえているとは思えなかった。呼吸が浅くなっている。


「約束だからね。ふふふふふっ……」


 眠った寧音の小指に自分の小指を絡ませて、アヤネは歌い始めた。


「指切りげんまん、ウソついたら針千本、呑~ます♪ 指切った♪」


 歌い終わりにアヤネが小指を放すと、寧音の腕はまるで死んだように、だらりと垂れ下がった。

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