寧音が昨日から行方不明!?
「えっ?」
放課後、剣道部の部活へ行こうとしていた 忍足 薫は、校舎から武道場へ行く渡り廊下で、桐野 晶 と 伏見ありす の二人に呼び止められ、思わず声を上げた。
薫は一年A組、晶とありすは寧音と同じ一年C組で、これまでに直接的な面識はない。だが、薫も晶も、片や剣道部、片やバスケットボール部のホープとして、校内では有名だ。お互いに顔くらいは知っている。
二人に話しかけられたのも驚いたが、その内容も衝撃的だった。
「寧音が昨日から行方不明!?」
ビックリした顔の薫に、晶とありすは神妙な様子でうなずいた。
「昨日の夜遅く、寧音のお袋さんから電話があって、何処へ行ったか知らないかって言うんだ」
「ありすのところにも電話あったよ~ぉ」
「結局、そのまま帰らなかったみたいでさ。お袋さん、すげえ心配してるんだよ。こんなこと今までに一度もなかったって。どんなことがあっても、必ず家で晩ごはんを食べる子だって言ってた」
最後のは、寧音に対する母親らしい見解だろう。
しかし、今はそんなことで笑ってもいられず、薫も深刻な顔を作った。
「寧音が……何か事件に巻き込まれたとか……?」
薫の頭の中では、いろいろなことが駆け巡った。何しろ、寧音は特ダネのためならば、どんな手段も厭わないところがある。それゆえ、危ない橋を渡っていても不思議はなかった。
ここで、ズイッと晶が前に出て来る。
「そのことなんだけど──仙月アキトは学校に来てるか?」
「えっ? あいつ?」
その顔を思い浮かべるだけでも不快になるアキトの名がいきなり出て、薫は露骨に嫌がった。そう言えば、今日も授業中、ずっと高鼾をかいていて、各教科の教師たちに睨まれていたっけ。まあ、いつものことだが。
「いたけど……それが何か?」
「寧音のヤツ、あいつをずっと追いかけていたろ?」
確かに、寧音がアキトを取材しようとしていたのは、薫も知っている。この前の日曜日も、アキトのことを追いかけ回していたっけ(※ 前回の第7話を参照)。
「私らは、そいつが怪しいと踏んでいるんだ」
いつになく真顔で晶は言い切った。
思い返せば、アキトは転校生であるにもかかわらず、この一ヶ月足らずの間にトラブル・メーカーぶりを遺憾なく発揮して来た。このところ、薫の身の回りで起こる事件には、すべてアキトが絡んでいる。だからと言って、今回ばかりは──
「……有り得るわね」
何と薫まで真顔で呟いた。ここに本人がいたら、「ぎゃふん」と嘆いていただろう。
晶とありすの二人は、薫がこちらの味方になってくれて、ホッとしたような表情を見せた。だが、それも一瞬――
「ここ一週間、寧音は学校から帰る仙月を尾行していたんだ。ヤツの家を突き止めるためにな。でも、ヤツは尾行に気づいているらしくて、いつも巻かれてしまうって寧音がぼやいてた」
「へえ。物好きねえ」
そんなにアキトに対して興味があるのか、と薫は半ば呆れた。
「まあ、寧音のやり方は、確かにわずらわしいものかもしんねえけど、そこまで自宅を秘密にするってのも変じゃねえか? ヤツには何か秘密があるんだって、あたしでもそう思うよ」
「秘密、ねえ」
「で、ここからはあたしの想像なんだけど、寧音のヤツ、とうとう仙月の秘密を嗅ぎつけたんじゃないかな? それも何かとてつもない秘密を。んで、それに気づいた仙月が、口封じに寧音を……」
そう話す晶の後ろでは、ありすが自分で自分の首を絞めるフリをして、ぐぇーっと舌を出していた。
もうすでにアキトは犯罪者扱いだ。もっとも、薫もそれを否定しない。普段のアキトの行動パターンを見ていれば、その可能性は充分に考えられたためだ。
「仙月は何処?」
晶は同じクラスである薫に尋ねた。
「多分、《末羽軒》だと思うわ」
帰りの HR が終わったあと、アキトがクラスメイトである武藤つかさを、ラーメン屋に行こうぜ、と誘っていたのを薫は憶えていた。
あの二人がよく行くラーメン屋と言えば、この 琳昭館 高校に最も近い《末羽軒》しかない。薫も一緒に行って食べたことがある。バラエティ豊かなメニューが並ぶことで有名な店だ。
それを聞いた晶とありすは、互いの顔を見合わせてうなずいた。
「サンキュー。──行こう、ありす!」
言うが早いか、晶が渡り廊下を駆け出した。
「ああん、待ってよぉ、晶ちゃ~ん」
それに遅れて、ありすが追いかける。
薫も部活どころではなかった。
「私も行く!」
二人のあとに、薫も続いた。
ずぞぞぞぞぞっ!
アキトとつかさの二人は、ラーメン店《末羽軒》のカウンター席に並んで座り、それぞれ注文したラーメンをすすっていた。
ちなみにアキトはアンチョビ&チョリソー入り・スペイン風みそラーメンの三人前盛り(!)、つかさは梅干しとしらすをトッピングした磯のり海浜塩ラーメンの普通盛りだ。どんな味がするのかは、ご想像にお任せする。
この《末羽軒》の店主は、とにかく独創的なラーメンを作ることで有名な店だ。二人にとっては学校帰りの行きつけの店である。
そこへ、晶、ありす、薫の三人が乗り込んで来た。
「へい、らっしゃい」
四十がらみの店主はカウンターの内側で、イスに足を組んで座り、スポーツ新聞をおっぴろげながら、来店した薫たちの方を見向きもせず咥えタバコで出迎えた。
いつも薫は思うのだが、ラーメン職人としてはプロかも知れないけれど、あまり積極的に接客しようという態度ではない。客へのサービス云々がうるさい昨今、これでよく店が潰れないものだ。
だが、今の三人の目的はラーメンではない。アキトだ。
「見つけたわ、仙月! さあ、寧音を何処へやったの!?」
三人の先頭で仁王立ちになりながら、晶は口一杯に麺を頬張っているアキトに対して詰問した。
いきなりやって来た美少女三人組に、アキトは眉根を寄せる。
「何だぁ!?」
尋ね返して、アキトは口から麺を飛ばしそうになった。その隣に座っていたつかさが、口にしていた麺をちゅるるんとすすって、アキトと晶たちを交互に見る。
晶の後ろから、薫が前に出た。
「しらばっくれると、ためにならないわよ」
そう脅す薫の手には、なぜか竹刀が握られ、切っ先をアキトへ向けていた。
それに対し、アキトはラーメンの丼を離そうとはしなかった。そして、まるでひと呼吸置くかのように、すべてのスープをグイッと飲み始める。
アキト以外の全員が動きを止めた。
「んぐっ、んぐっ、んぐっ……かあーっ!」
最後の一滴まで飲み干したアキトは、旨そうに息を吐き出すと、ラーメンの丼をカウンターの上へおごそかに置いて、イスごと薫たちに向き直った。そして、真剣な眼差しで三人を見つめる。
「さて、と」
アキトは改まった。待ち構える三人。
「──じゃあ、ラーメンもう一杯もらおうかな」
「コラッ」
ペシッ、と薫が軽くアキトの頭を叩いた。やっと話す気になったかと思えば、すぐにこれだ。だから信用ならないのだが。
「寧音って……徳田さんがどうかしたの?」
不真面目なアキトに代わり、隣のつかさが薫に尋ねた。
ところが、つかさに顔を向けられた途端、薫は突然、ビクッと身体を引きつらせるなり、怯んだような様子を見せた。見る見るうちに頬を紅潮させてゆく。
「ちょっと……薫?」
不可解なクラスメイトの反応に、つかさは訳が分からなかった。
この前の日曜日、一緒に西城へ買い物に行ってからというもの、どうもつかさに対する薫の反応がおかしい。妙に避けたり、アガったり、照れたりするのだ。
(いったい、どうしちゃったんだろ……?)
つかさに思い当たるものはなかった。男勝りで鳴らし、何事にもハキハキしている薫にしては珍しいとしか言いようがない(※ その彼女に何があったかは、第7話を参照のこと)。
勢いを失った薫の前へ、バトンタッチよろしく、さらに晶が進み出た。
「行方不明になったんだ」
単刀直入に晶が言った。
「行方不明? 徳田さんが?」
穏やかではない話に、つかさは驚いた。
「ああ。昨日の夜から、連絡もなく、家に帰ってないんだよ。寧音は毎日、こいつを追い回していた。だから、私たちは何か知っているんじゃないかと思ってさ」
そう言って、晶はアキトを睨みつけた。
だが、ガンの飛ばし合いならアキトも負けない。
「ふざけやがって。まるでオレが誘拐でもしたかような口振りじゃねえか」
アキトは不貞腐れたような態度を取った。無闇やたらに疑われて面白いわけがない。
しかし、晶も追及の手を緩めなかった。
「だったら言わせてもらうけど、寧音が目障りだったんじゃないの? アンタには知られたくない秘密がある。そうでしょ?」
ドキッとしたのは、アキトよりも隣にいたつかさだ。
アキトは吸血鬼――それがもし世間に知られたら、アキトはこんな風に高校生などやっていられないだろう。
ところが、当のアキトは平然としたものだった。
「さあ、オレは知らないね。そもそも、何か証拠があって言ってんのか?」
アキトはカウンター席から立ち上がると、見下ろすように晶へ顔を近づけ、歯を剥き出しにした。
もちろん、それで怯むような晶ではない。彼女も薫に劣らぬくらい、男勝りな性格をしている。
「寧音は確かに間抜けなところがあるけど、特ダネを見つける嗅覚だけは鋭いんだから。その寧音が徹底マークを決めた人物。これだけでも充分な根拠だと言えるわね」
「下らねえ。そんなもん、アテになるもんか。オレはあんなメガネのこと、何とも思っちゃいねえよ」
「それはどうだか。何とも思っていないんなら、どうして尾行を巻くようなマネをするの? 何かやましいことがあるからでしょ?」
「うるせえ。ただ、コソコソとつけ回されるのがイヤなだけだ。そんなストーカーみたいなことをされて、誰が喜ぶんだよ?」
「ほーら、やっぱり寧音を疎ましく思っていたんじゃない?」
「お前、オレのことを完全にクロだと決めてかかってんだろ? ──よっしゃ、そこまで疑うってんなら、オレがあのメガネのヤツを見つけて、無実を証明してやらあ!」
売り言葉に買い言葉、とうとうアキトは勢いで言い切ってしまった。それを聞いた晶が口の端を歪める。
「へえ、そんなこと言っていいのかしら?」
晶の挑発に、隣にいたつかさはまずいと思い、アキトのシャツを引っ張って、制止を試みた。が、時すでに遅し。
「なろぉ! そこまで言われて引っ込めるか! 見てろよ!」
アキトはドンと胸を叩き、寧音の捜索を安請け合いした。




