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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第2話 ボクは男だ! 【 全 4 回 】
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いったい、何処から入って来たの?

 第2話「ボクは男だ!」スタート!

「うっ、うーん……」


 武藤むとうつかさは、自分の上に何かが重くのしかかるような息苦しさを感じ、目を覚ました。いつも寝覚めは悪い方ではないのだが、今朝に限ってはなぜか不快感がまとわりつく。


 寝起きにもかかわらず、とてもイヤな予感がした。つかさは恐る恐るといった感じで、重たい瞼を開けてゆく。


「つかさぁ……むにゃむにゃ……」


「――っ!? どわぁぁぁぁぁっ!」


 まるで発情したタコの口のように尖らせた唇が、あと数センチの距離にまで迫っているのを目の当たりにし、ビックリしたつかさは飛び起きた。


 その拍子に、つかさに覆い被さっていた人物がベッドの上から転がり落ちる。


 ゴツッ!


 床で何かにぶつかるような鈍い音がした。


 一方、瞬時にして眠気が吹っ飛んだつかさは、ベッドの上で素早くファイティング・ポーズを取る。


「あっ、アキト!? いつの間に!?」


 つかさは顔面を紅潮させながら、後頭部をさすっている同級生、仙月せんづきアキトに詰問した。まったく、朝っぱらから驚かされて心臓に悪いとしか言いようがない。


 アキトは寝ぼけ眼をこすりながら、ひとつ大きな欠伸あくびをした。


「よぉ、つかさ」


「『よぉ、つかさ』じゃないでしょ! どうしてアキトがここにいるのさ!?」


 ここはつかさの自宅二階にある部屋だ。昨夜、確かにつかさは一人でベッドに潜り込んだはず。アキトを呼んだ憶えなどない。


 すると、アキトは平然とした様子で、


「一緒に学校へ行こうと思ってよぉ、迎えに来てやったんだよ。そしたら、お前が可愛い顔して寝てるじゃんか。だから思わず──」


「思わず?」


「添い寝したくなっちまってよぉ。そしたら、オレもぐっすりと」


「……他に変なコトしてないだろうね?」


 つかさは着衣の乱れがないか確かめた。するとアキトはニヤリとする。


「そりゃあ、もちろん──」


 アキトはベッドの枕を抱き寄せて、身悶え始めた。身体をクネクネさせた動きが気色悪い。


「無抵抗な身体を、このオレの逞しい腕に抱きしめて──」


 つかさは、益々、顔を真っ赤にさせると、アキトから自分の枕をひったくり、その顔面に一撃を喰らわせた。


「あ、あのねえ!」


 怒っていても愛らしさが抜けないつかさに、アキトは苦笑しながら手を振った。


「冗談だよ、冗談! 第一、力尽くってのは、オレの趣味じゃないからな」


「ウソつけ」


 一度、未遂に終わっているのをもう忘れたのか、とつかさは好色なアキトをねめつける。


「まあ、いつか、お前の方から処女を捧げるようにさせてみせるぜ」


 そう宣言して、アキトはウインクして見せた。そんなアキトに、つかさは怒るよりも段々と呆れてしまう。


「処女を捧げるって、第一、ボクは男だよ!」


 そう。見た目こそ、よく女の子に間違えられることの多いつかさだが、これでも歴とした十五歳の男子高校生なのである。


「いいから、いいから。オレは全然、構わないし」


 アキトが良くても、つかさの方は迷惑この上ない。


「それにしても、いったい、何処から入って来たの?」


「ん? そんなもん、窓からに決まってるだろ」


 未だ熱帯夜の続く九月、クーラーがないつかさの部屋は、夜間、窓を開けっ放しにしてあった。泥棒でも生業なりわいにしていない限り、普通の人間が二階の窓から忍び込むというのは常識的にも考えにくい。しかし、アキトは普通の人間ではなかった。


 吸血鬼ヴァンパイア──現代に今なお息づく闇の種族。だが、その口許から覗く乱杭歯さえ目にしなければ、アキトはつかさと同じくらいの高校生にしか見えなかった。


 とにかく、今後はアキトの侵入に備えて、厳重な戸締まりを考えないといけないだろう。何かトラップも仕掛けるべきか。


 つかさはアキトの非常識さを怒る気にもなれず、とにかく着替えようと思った。パジャマのボタンを外しにかかる。


「………」


 そのとき、アキトのジッとした好色な視線と、ハァハァという荒い息づかいに気がついた。


「出てけーっ!」


 つかさはもう一度、枕を投げつけ、アキトを部屋から叩き出した。このまま一緒にいたら、再び襲われかねない。


「ちぇっ! ケチ! じゃあ、下で待ってんぞ」


 つかさに追い出されたアキトは、頭を掻きながら階段を降り始めた。古い日本家屋なので、階段が急だ。


 そんなアキトを階下から見上げる瞳があった。


「どうも騒々しいと思っていたら、アンタが来てたのね」


 腕組みした仁王立ちの状態で、敵愾心に満ちた視線を投げかけていたのは、つかさやアキトと同じ 琳昭館りんしょうかん 高校に通うクラスメイト、忍足おしたり かおる だった。もちろんセーラー服姿だ。


 そんな薫の存在に気づいたアキトは大袈裟に驚いた。


「ど、どうして、お前までここにいるんだよ? ここはつかさの家だぞ」


「知ってるわよ、そんなもん」


 薫は唇を尖らせた。するとアキトがハッとした顔つきになる。


「ま、まさか……どうも、お前ら二人、仲が怪しいと思っていたら、一緒にお手々繋いで登校するような仲だったのか!? それとも、同棲しているとか?」


「してないわよ」


「じゃあ、すでに両家公認の許嫁いいなずけ同士とかいう、そんな羨ましいキャラ設定がついているんじゃないだろうな!? さては学校にも秘密の夫婦めおと高校生か! 愛情よりも快楽だけを貪る十代の乱れた性! イヤァァァッ!」


 右手で作った拳を口許に当て、またまた身体を気色悪い動きでクネクネさせながら、勝手に飛躍した話を作り出すアキトに、薫のこめかみが青筋を立て、ピクピクッとうずいた。


 だが、アキトは薫の鉄拳を受けずに済んだ。その前に、アキトの後頭部に別のゲンコツが見舞ったからだ。


「バカなこと言わないの!」


 アキトを小突いたのは、着替え終わって二階から降りて来たつかさだった。そのまま狭い階段の脇を通り過ぎ、薫に向かって軽く片手を挙げる。


「――おはよう、薫。来てたんだ」


「うん。この前、月謝を持って来るの忘れちゃって。早いとこ、先生に届けておこうと思ったから」


「今度でも良かったんじゃない?」


「ううん。こういうことはきちんとしておかないとね」


 二人はアキトを無視し、ほがらかな会話をしながら、茶の間の方へ向かった。ようやく我に返ったアキトが慌てて追いかける。


 古い日本家屋である武藤家は広々とした間取りであった。今の東京では珍しい。風通しが良く、残暑のキツい今の季節でも朝っぱらからクーラーは不要だ。


 茶の間にある卓袱台の上には、すでに朝げの準備がされていた。そこに小柄な老婆がちょこんと座っている。七十歳は越えているだろう。年齢の割に、その背筋は和装ならでは気の引き締まりも手伝ってか、ピンと真っ直ぐに伸びていた。


「おはよう、お婆ちゃん」


「おはよう」


 老婆はにこやかに挨拶した。その目が、孫の後ろにいる見慣れぬ人物──アキトを見咎める。


「そちらは?」


 アキトは二階の窓から不法侵入したため、老婆とは初対面だった。


 つかさは外で拾ってきた仔猫が見つかってしまったかのように、バツの悪そうな顔になった。


「えっ、あっ、ああ、その……つまり、同級生のアキトで……」


 しどろもどろのつかさを遮るようにして、アキトがしゃしゃり出た。


「ボク、仙月アキトって言います! つかさ君の友達です! よろしくお願いします!」


 第一印象が大事だとでも思ったのか、アキトはネコを被った挨拶をした。隣で薫が呆れ顔を作る。


 老婆はお茶を一口、ずずずっ、とすすると、


「物の怪か」


 と一言だけ呟き、座から立ち上がった。アキトのことを普通の同級生ではなく、吸血鬼ヴァンパイア だと見破ってのものか。


 アキトとつかさはその場で凍りついた。一目見ただけで相手の正体を看破する、その眼力の鋭さ、確かさ。


 ただ一人、アキトの正体を知らない薫だけが、何のことか分からない、といった顔つきだった。そのうち「物の怪」を「けだもの」と同義語か、と得心したようだったが。


「……あれがつかさの婆ちゃん?」


 まるで自分の家で振る舞うように、アキトは手掴みでたくあんをボリボリやりながら──薫に「お茶!」と命じて、ひっぱたかれたりしたが──、隣で朝食を食べ始めたつかさに尋ねた。


「うん。つばき婆ちゃん。ボクの唯一の肉親だよ」


「てことは、古武道やってたって言う爺さんの奥さんてことだよな? 婆ちゃんもその方面の達人か何かか?」


 アキトは尋常ならざる雰囲気を持ったつばきも、つかさ同様の武道家だと睨んだらしい。


 しかし、


「違うわよ。先生は『武藤無心流総本家むとうむしんりゅうそうほんけ』の家元なの」


 横から口を挟んで、薫が訂正した。


「『武藤無心流総本家』? そう言や、表にそんな看板がかかってたな。けど、それが古武道の流派なんじゃねえのか?」


 つかさから味付け海苔を一枚くすねながら、アキトが言う。


 食事中のつかさに代わって、薫が、


「だから、そうじゃなくて、『武藤無心流総本家』ってのは、先生が教えている華道の流派なの」


 と説明した。


「へえ、華道ねえ」


 味付け海苔を出した舌の上に乗せると、まるでカメレオンのようにアキトは呑み込んだ。それが薫には不真面目な態度に見えたらしい。


「アンタ、華道をバカにしてるの?」


 薫は険のある表情でアキトを睨みつけた。ところが、アキトはまったく意に介さない。


「別にィ。バカにするも何も、オレには分からん世界だからな。しかし、何もお前がそこまでムキにならなくてもいいだろ?」


 その理由については、つかさが代弁した。


「こう見えても、薫はお婆ちゃんのお弟子さんの一人なんだよ。小学生の頃からウチに通っているんだ」


「ちょっと、つかさ! 『こう見えても』は余計よ!」


「あははっ、そうだね。――『武藤無心流総本家』ってのは、ウチのお婆ちゃんが勝手に興した流派でね。お弟子さんだって、薫を含めて七、八人ってところかな。──あっ、アキト、お醤油取って」


「あいよ。──なるほど。だからさっき、月謝がどうのこうの言ってたんだな。にしても、女剣士が華道もたしなむとはねえ」


「何よ? 悪い?」


 ジロリ、と薫。


「いやぁ。ただ、少しは女らしいところもあるんだなぁと思ってよ。ニッシッシッシ!」


 薫は手元にあった朝刊を筒状に丸め、アキトの頭を思い切りひっぱたいてやろうかと思った。


 そこへ牛乳瓶を持ったつばきが戻って来たので、薫は慌てて正座した。


「薫さん、女の子が無闇に乱暴を働いてはいけませんよ。剣道も華道も、大事なのは礼儀作法です。わきまえなさい」


「はい」


 華道の師匠であるつばきの言うことには絶対服従なのか、薫はしおらしい態度で控えた。それを見て、アキトがゲラゲラ笑う。


「勇ましい女剣士にも、こんな弱点があったとはな!」


 そのアキトの大口に、つばきは一粒の梅干しを放り込んだ。それを呑み込むハメになり、アキトは、「んがっ、んっ、ん!」と沈黙させられる。


「あなたも少しお黙りなさい」


 そう言ってつばきは、持って来た牛乳瓶の蓋を親指だけで開け、朝食が済んだ孫息子に差し出した。毎朝の決まりらしい。


 口にした牛乳をよく噛みながら、つかさは200mℓを飲み干した。


「ごちそうさま。じゃあ、行って来ます」


 つかさは学生鞄を手にすると、席を立った。薫もつばきに一礼してから、つかさに続く。アキトはまだ苦しみに悶えていたが、お茶で何とか流し込んだ。


「婆さん、何しやがる!」


 梅干しを喉に詰まらせたアキトはつばきに文句を言った。つかさの祖母でも容赦はない。


 だが、つばきは動じた様子も見せず、静かにお茶をすすった。


「急がないと遅刻するよ」


 アキトはハッとして、大きなのっぽの古時計を見る。呑気に長居をしている場合ではなかった。


「クソッ! 憶えてろ!」


 アキトは尻尾を巻いて逃げるチンピラのような台詞セリフを吐きながら、つかさたちのあとを追いかけた。

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