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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第7話 トラブルだらけの休日デート 【 全 10 回 】
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おらおらおらぁっ! 轢いちまっても知らねえぞ!

「お、降りて来なさーい!」


 観覧車の下から、顔を強張らせたスタッフが拡声器でがなった。宙づりになっている女の子はもちろん、かおるまで転落してはデパート開業以来の大不祥事である。何とか薫だけでも引き止めたかったに違いない。


 だが、薫はそんなことに構っていられなかった。まるで公園のジャングルジムにでも登っているかのように、するすると遅滞なく上を目指す。


 ――早く女の子を助けなくちゃ。


 とにかく薫の頭の中は、そのことで一杯だった。


 実際、女の子をつかんでいる母親の握力は限界に近かった。それでも我が子を助けようと、歯を食いしばって必死に力を振り絞る。


「ママー、ママー!」


 女の子は恐怖のあまり泣き叫んだ。手足をジタバタさせる。


「ま、マコちゃん! 動かないで!」


 母親がヒステリックに叫ぶ。だが、女の子は言うことを聞かない。


「やっほー!」


 そこへ、この状況ではひどく場違いなくらい、能天気な声がかけられた。薫だ。


 女の子も、一旦、暴れるのをやめて、そちらに気づく。


「あっ、風船をくれたお姉ちゃん……」


 薫は身を逸らすようにして顔が見えるようにし、女の子に向かってにこやかに手を振った。少しでも女の子を落ち着かせるためだ。


 とは言え、さすがに命綱なしで高い所へ登り、腕一本で身体を支えるという芸当は薫の足を震えさせた。


 観覧車自体の大きさはそれほどでもなくても、デパートの屋上という場所柄、駅前に目を向けると相当な高さがある。いくら高い所が好きな薫でも、さすがに恐怖を覚えずにはいられなかった。


 それでも薫は必死に、不安を表情に出さないよう努めた。こちらが怖がったりしたら、女の子まで怯えさせてしまう。


「ねえ。今からお姉ちゃんがそっちへ行くから、そのままジッとして待っててくれるかな? どう? お姉ちゃんと約束できる?」


 薫が声をかけると、女の子はコクンとうなずいた。また泣き出しそうになりながらも懸命に堪え、言われた通りに暴れるのをやめる。


「よーし、その調子! すぐそっちへ行くからね!」


 女の子を落ち着けることに成功した薫は、再び観覧車を登り始めた。


 だが、観覧車の回転軸である中間点まで到達すると、そこから先が難関になっている。


 この観覧車は遊園地にあるようなものと違って小さいので、蜘蛛の巣のように鉄骨が張り巡らされているのではなく、まるでタコの足のように各ゴンドラへ伸びているアームが一本ずつしかない形状だった。


 女の子が宙づりになっているゴンドラへ薫が辿り着くには、ほぼ垂直に屹立している一本のアームを素手で登るしか方法がないので、かなりの困難が予想される。


 しかし、ここまで来て弱音を吐くわけにはいかない。女の子は自分を信じて待っていてくれているのだ。


 薫は意を決すると、回転軸からさらに上を目指した。


 遊技場に集った者たちは、皆、固唾を呑んで薫を見守った。先程まで拡声器で怒鳴っていたスタッフも、今はただ無事を祈るのみだ。


 少しずつ、少しずつ、まるで芋虫が這うように、薫は観覧車を登った。


 手には汗をかいて、びっしょりと濡れている。


 屋上に立っているときは気にならなかった風も、今は自分を振り落とそうと突風が吹いているかのようだ。


 懸命に登っているはずなのに、女の子がいるゴンドラがちっとも近くならない。


 段々と手足が痺れてきた。歯を食いしばる。それでも力は徐々に抜けた。


「──っ!」


 不意に足が滑った。重力に身体が引っ張られる。


「あああああああっ!」


 湧き起こるどよめき。下で見ていた何人かは目をつむった。


 しかし、薫は堪えた。必死になってアームにしがみつく。


「おぉぉぉぉぉっ!」


 今度は安堵のため息が人々から漏れた。薫の一挙手一投足にハラハラする。


 その頃、寧音ねねはようやく更衣室からデジカメを持ち出し、外へと飛び出した。女の子が宙吊りになった観覧車のゴンドラへ、即座にカメラを向ける。


「ん? 何や?」


 液晶画面には、宙づりになっている女の子と、その下に他の何かが写った。もう一度、目を凝らす。


 その正体が何であるか分かったとき、思わず「ウソやろ?」という言葉が口を吐いて出た。


「薫はんやないか! どないして、あないなところに!?」


 茫然とした寧音だが、そこは生まれついてのジャーナリスト。これはさらなる特ダネになると、喜色満面の笑みを浮かべた。


 そうと決まれば、寧音の行動は速い。


「はい、すみまへんなあ、ちょっくら通したってや。おおきに、おおきに」


 どうせなら近くで撮影しようと、寧音は他人の迷惑も顧みず、群衆を掻き分けて進み始めた。


 普段ならば割と簡単に掻き分けることも出来ただろうが、今は首から下がウサギの着ぐるみである。動きづらいは、幅は取るは、で前になかなか進むことが出来なかった。しかし、その程度でへこたれる寧音ではない。


「まだ、落ちたらアカンで! 決定的瞬間はウチのもんや! 落ちるんやったら、ウチがシャッターを切るときにしてや!」


 同級生が転落するかも知れないというのに、何とも恐ろしい注文をつける。


 そんな騒然としたデパートの屋上へ、何も知らない一人の少年がやって来た。ただならぬ遊技場の雰囲気に、何事か、と思う。


 その騒ぎの原因が何であるかを目撃し、さらに顔色を青ざめさせた。


「か、薫――!?」


 やって来たのは、薫を追いかけて来たつかさだった。ゴンドラから宙づりになっている女の子と、観覧車をよじ登っている薫を見て、どのような状況かを悟る。


「ど、どうしよう……」


 つかさは思わず悪い想像をして、身体が震えた。女の子も薫も、出来ることなら両方助けたい。だが、どうすればいいのか、まったく思いつかなかった。


「おい、つかさ!」


 そんなつかさに向かって声がかけられた。知っている声だ。


 つかさはそちらへ首を巡らせた。


「あっ、アキト!?」


 見れば、アキトが観覧車の周辺にいる群衆から、一人、離れたところに立っていて、つかさにこちらへ来るよう、大きなジェスチャーで手招きしていた。


「手伝え、つかさ!」


 アキトは切羽詰まった声で友を呼んだ。


 どうして、ここにアキトがいるのか、そんな疑問さえかなぐり捨てて、つかさはアキトがいるところへ走った。きっとアキトには薫たちを助けるアイデアがあるのだろう。それを手伝えと言っているに違いない。


 つかさはアキトを信じた。


 一度は転落しそうになった薫だが、何とか踏み留まることに成功し、再び女の子が宙づりになっているゴンドラを目指した。もうすぐだ。あと、もう少し。


「お、お姉ちゃん……」


 女の子は泣き笑いの顔になっていた。よじ登った薫は、すでに横に並ぶくらいまで達していて、よく顔が見える。


「大丈夫よ。もうちょっとだから」


 薫は励ました。そして笑いかける。


 その刹那、とうとう母親の握力が限界を超えた。するりと手の指の間から、つかんだ洋服の裾が逃げてゆく。


「いやあああああああっ!」


 母親の絶叫――


 一瞬、女の子は自分の身に何が起こったのか分かっていないようだった。キョトン、とした顔で薫を見る。


「──っ!?」


 落下──


 女の子の小さな手が宙を掻く。


 下にいる野次馬たちは、あっ、と声をあげかけた。


 ところが、さらに驚くべき行動に薫が出た。女の子が落下した瞬間、自ら観覧車のアームを蹴って、跳んだのだ。


「――ッ!」


 薫は空中で女の子を抱きかかえた。そして、自らの身体で女の子を守ろうと体勢を丸める。


 高さ約十五メートル。下は固いコンクリート。叩きつけられれば、無事では済まない。


 薫は目をつむった。


 そのとき――


「どけどけどけどけーっ!」


 野次馬たちの後方から、ドドドドドッという凄まじい足音が聞こえた。


「げっ!」


 反射的に振り返った客の一人が顔を引きつらせる。


 それはアキトとつかさだった。遊技場にあったトランポリン代わりの巨大なエアマットを二人で押し、物凄い勢いで突進して来る。


「おらおらおらぁっ! 轢いちまっても知らねえぞ!」


 アキトは残忍な笑みを見せながら警告した。本当に逃げ遅れたら轢いてしまうつもりなのは、その嬉々とした表情から明らかだ。


 つかさはアキトの隣でエアマットを押しながら、どうか無事に逃げてください、と祈るしかなかった。


 とは言え、エアマットを押しているのはほとんどアキトであり、つかさはただ手を添えているだけのような状態だ。


 さすがは 吸血鬼ヴァンパイア の超人的なパワー。いくら中身が空気の詰まったエアマットであろうとも、一人で押していたら、あまりにも化け物じみているので、つかさの役割はカムフラージュみたいなものだ。


 突進して来るエアマットに対し、野次馬たちは慌てて逃げ惑った。群衆が二つに割れる。


 ただ一人、運悪く逃げ遅れた者がいた。言うまでもなく寧音である。


 気づいたときには、もう遅い。


「むぎゅっ――!」


 今まさにシャッターチャンスと構えていたところへ背後からの急襲――同級生を特ダネの犠牲にしようとした天罰てきめん、寧音の身体はエアマットの下に巻き込まれた。


 だが、そんな些細なこと――と言っては、寧音も浮かばれないが――に構ってはいられない。事態は一刻を争う。アキトとつかさはさらに力を振り絞り、観覧車の下へとエアマットを押し続けた。


 ガシャン!


 エアマットは安全のために周囲を囲っていた低いフェンスをも薙ぎ倒し、観覧車の支柱に激突した。


 そこへちょうど、女の子を抱えた薫が落下して来る。


 ぼふっ!


 間一髪。厚手のエアマットは墜落の衝撃を完全に吸収し、薫たちを守った。


 一瞬の静寂のあと、人々から割れんばかりの歓声が湧き起こる。


 鳴り止まない拍手。駆け寄るスタッフたち。


 遊技場にいた全員が喜びと安堵に包まれた。


「ふーっ」


 エアマットを押したアキトとつかさは、そのまま身体を倒れ込ませた。そして、互いを見やる。


「やったな」


「ありがとう、アキト。薫たちを助けてくれて」


 互いに親指を立てながら、二人は笑った。


 茫然とした様子で、女の子を抱えた薫がエアマットの上に立ち上がる。


 すぐに彼女たちを中心にして、屋上遊技場には熱烈なる輪が作られ、歓喜とともに膨れ上がった。

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