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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第7話 トラブルだらけの休日デート 【 全 10 回 】
46/159

事件や、事件や、大事件や!

 ヒュウウウウウ……ン……


 それまで人々を賑わせていた音楽や電子音が突如として鳴り止み、屋上遊技場には不気味な静けさが漂った。


 ただし、アキトとかおるの対決が続くエアホッケーだけは別である。パックを浮かべるエアーの噴出は停止し、滑りにくくなっているはずなのに、カキンコキンという激しい音だけが延々と聞こえた。


 ところが、二人の対決を見守っていたギャラリーたちが、周囲の異変に気づいてざわめき始める。それに伴い、薫も真剣勝負から現実に引き戻された。


「な、何……?」


「よっしゃ! もらったぁ!」


 そんな薫の隙を見逃さず、アキトは卑劣にもガラ空きになったゴール・ポケット目がけ、スマッシュを打ち込む。


 長かったラリーにも終止符が打たれるかと思われた刹那、無意識でも薫の闘争本能が働いたのか、腕だけはアキトのスマッシュに反応していた。


 ぱこぉーん!


 薫が跳ね返したパックは宙を飛び、そのままアキトの顔面を直撃した。


 決まった、と思ったのが命取り。さすがのアキトもひっくり返る。


 しかし、残念ながらアキトを心配する者は誰もいなかった。皆、突然の停電の方に気を取られていたからである。


 消えたのは音ばかりではなかった。照明や電飾が落ち、子供たちが乗った遊具も動きを止めている。皆、周囲を見回し、どうしたのかと不安そうな表情を浮かべていた。


 もちろん、一番慌てていたのは遊技場のスタッフたちだ。原因を調べようと、配電盤のあるスタッフ・ルームに駆け込む。


「な、何だ!?」


 薄暗いスタッフ・ルームに入って、まず気づいた異変は鼻を突くきな臭さだ。入口の正面突き当たりに設置されている配電盤から、バチッと火花が散っているのが見える。何らかの原因でショートしたのは明らかだった。


 その原因もすぐに判明した。配電盤の下にピンク色のウサギの格好をした着ぐるみがひっくり返っている。寧音ねねだ。


 スタッフは着ぐるみの被り物を外した。


「何をしたんだ、お前!?」


 ぐるぐる目を回している寧音に、スタッフは剣呑な顔で問いただした。こめかみには青筋が浮かび、ピクピクと痙攣している。


「そ、それがそのぉ……コケそうになったもんやから、つい、こう手で触ってしもうて……」


 失敗を誤魔化そうと寧音は愛想笑いを振り撒くが、相手はそんなことで許してはくれなかった。


「お前、自分が何をしでかしたか、分かっているのか?」


 そう言われて、寧音は入口まで這って行き、外の様子を確かめる。


「あっちゃ~ぁ」


「あっちゃ~ぁ、じゃない! よくも営業妨害しやがって! この責任、どう取ってくれるってんだ!?」


 遊技場スタッフは怒りを爆発させた。寧音は両手を向けて、後ずさる。


「まあ、抑えて、抑えて! 不可抗力なんや。信じてえな、オッチャン」


「誰がオッチャンだぁ!?」


 寧音とスタッフのやり取りはこじれるばかりだ。


 その間に、他のスタッフたちは停止した遊具から乗客である子供たちを降ろす作業に忙殺されていた。助け出された子供たちは、待ち受けていた親のところへ駆け寄って行く。


 だが、ひとつだけ手の出せない遊具があった。観覧車だ。


 一番下とその両隣のゴンドラからは、中の乗客を降ろすことは出来たが、一番上まで上がってしまったゴンドラは、小さな観覧車とはいえ、高さ十五メートルくらいの位置にある。


 今の時点でスタッフたちに出来るのは、拡声器を持ち出し、再び動き出すまで大人しく待つよう呼びかけることくらいしかなかった。


 その一番上のゴンドラに乗っていたのは、先程、薫から赤い風船をもらった女の子と、その母親だった。


「ママ、見て見てぇ! みんな、こっちを見てるよ~!」


 女の子は観覧車が止まって怖がるどころか、見晴らしの良さにご満悦だった。ゴンドラが動かないので、しばらくこの眺望を楽しむことが出来る。座席から立ち上がり、下を見下ろした。


「ま、マコちゃん、お願いだからジッとしていて!」


 高所恐怖症である女の子の母親は、娘が動くだけでも揺れるゴンドラに、すっかり怯え切ってしまっていた。手すりにつかまり、完全に縮こまっている。


 ところが、女の子の方はまったく意に介さなかった。


「大丈夫だよぉ。ほらほら」


 女の子はこちらを見上げている下の人たちに手を振った。もっとよく見ようと、ゴンドラのガラス窓に張りつく。


 不運なことは重なるものだ。ゴンドラ係のスタッフがロックの確認を怠ったのだろう、あろうことか女の子が窓ガラスに触れた途端、その体重のせいでドアが動き出した。


「キャーッ!」


 ゴンドラを見上げていた女性客の誰かが悲鳴をあげた。ゴンドラのドアが開き、小さな女の子の身体がこちらへ落ちそうになったからだ。


 女の子は反射的にドアにしがみついたが、所詮は子供。手はするりと滑った。


「マコちゃん!」


 今度こそ落ちるかと思われた刹那、とっさに母親が娘の洋服の裾を引っ張った。だが、女の子の身体はゴンドラから出てしまっており、完全に宙づりになる。


 それを見ていた来場客から、どよめきと悲鳴が次々に巻き起こった。たちまち遊技場は騒然となる。


 外へ飛び出した拍子に、女の子の手から離れた赤い風船が空高く舞い上がった。瞬く間に小さく遠ざかって行くそれを薫が目撃する。


「あの子……」


 今にも落ちそうな女の子の姿を見た途端、居ても立ってもいられなくなった。薫はスマッシャーを放り出すと人垣を掻き分け、観覧車の方へと向かう。


「ちょっとすみません! 通してください!」


 そんな薫の様子に、取り残されたアキトは訝ったような表情をした。


「あいつ、何するつもりだ?」


 宙づりになった女の子は大声で泣き出した。身体を揺すり、今にも落ちてしまいそうだ。


「ま、マコちゃん! ジッとして!」


 母親が悲鳴に近い声を上げた。


 今、母親はゴンドラの床に腹這いになりながら、辛うじて片手で娘をつかんでいる状態だ。ここから引き上げるのは難しいだろう。それに母親の握力も、つかんでいる洋服の裾の耐久力も、いつまで保つか。女の子の落下は時間の問題だった。


「早くゴンドラを動かさないと!」


 スタッフの一人が焦って、上司に言った。少しでも動かして、落下距離を縮めることが出来れば、転落をしても女の子は大事に至らないかも知れない。


 だが、上司は別のケースを想定していた。


「下手に動かして、衝撃を与えたら、女の子は落ちてしまうかも……」


 今の状態でさえ、ゴンドラは揺れ続けていた。ここで再起動のショックを与えたら、この危ういバランスさえも崩す恐れがある。


「じゃあ、一体どうすれば!?」


 やきもきしながら、若いスタッフは決断を迫った。


 一方、配電盤の前では懸命の復旧作業が行われていた。工具箱を持ち出して修理するスタッフを、寧音が後ろから見守っている。


「どうでっか?」


「………」


「直りそうでっか?」


「………」


「直るやろ?」


「………」


「直らんわけがあれへんもんなあ」


「………」


「皆まで言わんでも分っとる。そんなもん、オッチャンの手にかかれば、チョチョイのチョイやで!」


「うるせえ! 後ろでゴチャゴチャ言うな!」


 乱暴にペンチを工具箱に放り込みながら、スタッフはまたしても寧音を怒鳴りつけた。トラブルを起こした張本人のくせに、反省をするどころか、作業の邪魔をしているとしか思えない。


 寧音はぴゅーっと逃げ出すと、外の様子を窺った。


「何や?」


 ほとんどの来場客が、ある一定方向を見上げている姿に、寧音は懸念を持った。同じようにそちらを見てみる。


「おっ、おおおおおっ!?」


 一度、メガネを外し、もう一度、かけ直してから、寧音は驚きの声をあげた。


 観覧車のゴンドラから宙づりになっている幼い女の子。まさしく危機一髪の場面ではないか。


「事件や、事件や、大事件や! カメラ、カメラ、カメラーぁ!」


 自分が事件の発端、もしくは元凶だということも忘れ──実にいい性格をしている──、決定的瞬間をカメラに収めようと、寧音は更衣室に取って返した。


 デジカメを取り出そうと、寧音が自分のロッカーを引っかき回している頃、薫はやっと観覧車の下に辿り着いた。そして、おもむろに低いフェンスを乗り越える。


「お、おい、君!?」


 驚いたのは近くにいたスタッフだ。しかし、薫は観覧車に取りつくと、スタッフの制止を振り切ってよじ登り始めた。


「このまま手をこまねいてばかりいられないでしょ!」


 何の打開策も講じられないスタッフに苛立ちを隠せず、薫は強く言い返した。そして、軽々とした身のこなしで、上へ上へと登って行く。


 元々、困っている人間を前にして、ジッとしていられる性格ではない。後先のことなど考えていられなかった。とにかく身体が先に動く。それに宙づりになっている女の子とは、まったく知らない仲でもない。


(待ってて! 今、助けるから!)


 薫は女の子の無事を祈りながら、懸命によじ登った。

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