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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第7話 トラブルだらけの休日デート 【 全 10 回 】
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そこまで言うんなら、もう一本、勝負だ!

「おっ、これやろうぜ、これ!」


 アキトが足を止めたのは、いかにも安っぽい的当てゲームの前だった。


 五、六メートル離れたところから、張りぼての赤鬼に向かってボールを投げ、胸の真ん中にある的に命中すると「がおーっ!」と腕を動かしながら吠えるヤツだ。スマホゲーム全盛の中、こうして残っていること自体、すでに骨董品に近い。


「なになに、『5球パーフェクトで特大ぬいぐるみをプレゼント』? ──お前、欲しいだろ?」


「いらないわよぉ」


 かおるは露骨にイヤな顔をした。陳列された景品は、一メートルくらいありそうな目つきの悪いコアラのぬいぐるみである。色もくすんだネズミ色で、子供じゃあるまいし、こんなものを抱えて電車で帰りたくない。


「まあまあ、そう言うなって」


 アキトはロクに薫の話を聞いてなかった。係の男性スタッフに料金の二百円を払う。


「オレ様の剛球をとくと見ろ!」


 アキトはそう言うと、右肩をぐるぐると回した。籠の中からひとつ、ゴムボールをつかむ。そして、大きく振りかぶった。


「うりゃあ!」


 すかっ!


「………」


 確かにボールは速かったが、コントロールはまったくだった。的に命中させるどころか、赤鬼の張りぼてにすら当たらない。大口を叩いた割には拍子抜けする結果である。


 そう言えば以前、生徒会長の 伊達だて 修造しゅうぞう とテニス対決をしたときも、サーブがほとんど入らなかったことがある(※ 第3話を参照くだされ)。運動神経は良さそうに見えるが、意外と球技が苦手なのかも知れない。


 アキトは不機嫌そうな顔で、小首を傾げた。制球ミスを犯し、後ろにいる薫を振り返る。もちろん、薫は冷ややかな視線を注いでいた。


「大したスピードねえ」


「うるせえ! ちょっとウォームアップが出来てなかっただけだ! 今度こそバッチリ当ててやらぁ!」


 さらに入念に肩を回し、アキトは二球目を投じた。


 ところが、またしてもボールはとんでもない方向に行き、危うく横に避けていた男性スタッフの顔面を直撃しかける。薫は顔を覆い、あっちゃ~っ、と深いため息をついた。


「なろぉ! 一度ならず二度までも!」


 段々と熱くなったアキトは、次々とボールをつかむと、速射砲のように投げた。だが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるどころか、面白いくらい外れまくる。とうとう終いには、次の客のために用意されていた籠のボールにまで手を伸ばした。


「ちょ、ちょっと、お客さん!」


「死にたくなかったら退いてろ!」


 男性スタッフはアキトを止めようとしたが、次々と殺人的スピードボールが飛んで来るので、近づくどころではない。ただのゴムボールが凶器と化している。


 たちまち赤鬼の足下にはアキトの投じたボールが無数に転がった。


 それでも命中はゼロ。


「チクショウ! これでどうだ!」


 自棄やけっぱちになったのか、アキトはボールが入った籠を丸ごと投げつけた。するとボールは散らばってしまったが、籠が赤鬼の的に命中する。


「がおーっ!」


 金棒を持った赤鬼が吠えた。


「はあはあ……ぜえぜえ……ど、どうだ、参ったか!」


 肩で息をしながら、アキトは一人、悦に浸っていた。


「アホかーっ!」


 ぱかーん!


 そんなアキトの後頭部に、薫はボールを思い切り投げつけた。こちらは必中。


 頭を押さえたアキトが、むすっとした顔で振り返る。


「何だよお?」


「何だよお、じゃないでしょ!? アンタ、お店を壊すつもり!? ただ子供みたいに熱くなるだけじゃなく、バカみたいに見境がなくなるんだから! まったく、壊したら弁償できんの!?」


「じゃあ、お前は出来んのかよ?」


 アキトは口を尖らせて言う。薫はキッと赤鬼の張りぼてを睨んだ。


「こんなのわけないわよ」


 薫は代金の二百円を置くと、ボールの入った籠をひとつ取り寄せた。


「あ、あのぉ……もう投げなくていいから……お金も返すから、早く帰って……」


 男性スタッフが弱々しく頼み込む。これ以上やられたら、本当に商売道具が壊されてしまうかも知れない。


 しかし、薫の顔はすでに真剣モードだ。


「行くわよ!」


 薫は第一球を振りかぶった。女子の割にはフォームが様になっている。


 ヒュン! バン!


「がおーっ!」


 当たった。アキトも男性スタッフも、ビックリしたように薫を見る。


 薫は続けてゴムボールを投じた。


「がおーっ!」


「ぬっ……」


 三球目。


「がおーっ!」


「ぬぬっ……」


 四球目。


「がおーっ!」


「ぬぬぬぬぬっ……」


 そして、ラスト。


「がおーっ!」


「くうぅぅぅぅぅぅぅっ……!」


 薫の完璧パーフェクトな投球に、アキトはグウの音も出なかった。悔しさに唇を噛む。


 店を壊されそうになっていたにもかかわらず、男性スタッフもあまりの見事さに拍手すらしていた。


「どう? ざっとこんなもんよ」


 薫はわざと得意げに言ってみせた。これでアキトのプライドはズタズタだ。


「おめでとうございます! パーフェクト賞です!」


 男性スタッフは薫のところまで来ると、特大のコアラのぬいぐるみを手渡そうとした。すっかり調子に乗って投げてしまった薫だが、これがあるのを忘れていた。


「い、いえ……私は結構です」


 薫は遠慮した。と言うか、本当にいらない。


 しかし、男性スタッフは営業スマイルを崩さず、


「どうぞ、決まりですから」


 と、半ば強引に押しつけた。薫は辟易しながらも受け取って、作り笑いを浮かべる。


 すると、その後ろでアキトが復活していた。


「よし、いいだろう! そこまで言うんなら、もう一本、勝負だ!」


 アキトはふんぞり返って、高らかに宣言した。薫は頭痛を覚える。


「そこまで言うならって、私、何も言ってないんだけど?」


「次の勝負は──あれだ!」


 薫の言葉になど耳を貸さず、アキトは勝手に事態を進行させていた。


 アキトが指差したのは──これまたレトリックなエアホッケー。


「イヤよぉ! 何で私がアンタと勝負しないといけないのよぉ!」


 超特大のコアラのぬいぐるみを抱えているお蔭で、すっかり目の前が塞がってしまい、あれこれと持ち替えて顔を出そうと苦労しながら、薫は勝負を拒否した。


 すると、アキトがニヤリとする。


「そうか、逃げるのか。ならば仕方ない。今日のところは引き分けということにしといてやろう」


 安っぽい挑発――


 ところが、そう言われてしまっては、薫も黙っていられない。元々、負けん気の強い方である。


「誰が逃げるですって? ──よし、いいわ! 勝負してやろうじゃないの!」


 二人は火花を散らしながら、エアホッケーのゲーム台の前に立った。薫は景品にもらったコアラのぬいぐるみを脇に置く。


 アキトは不敵に笑った。


「女だからって、容赦はしないぜ」


「ふん。そっちこそ吠え面かかないでよね」


 薫は真っ向から受けて立つつもりだ。


「何を、猪口才ちょこざいなぁ!」


「行くわよ!」


 薫のサーブで始まった。物凄いスピードでパックが滑走し、アキトのゴール・ポケットを襲う。


「甘い!」


 だが、アキトも素早く反応していた。手にしたスマッシャー(*)を横へ払うようにして跳ね返す。カット・ショットだ。


 パックはホッケー台のサイドにぶつかりつつ、ジグザグに相手陣内に飛び込む。


 右か左か。


 トリッキーなパックの動きにも薫は動じなかった。冷静に軌道を読み、鋭く打ち返す。


「くっ!」


 二人は勝負に熱中した。時折、力が入り過ぎて、パックがホッケー台の外へと飛び出すほどに。


 お互いに一歩も譲らず、得点すらも許さない。長いラリーの応酬が果てしなく続く。屋上遊技場にはホッケー台のサイドとプレーヤーが手にするスマッシャーにぶつかるパックの音が激しく響き渡った。


 白熱した二人の対決は、次第にギャラリーを集め始めた。行き交うパックに周囲の視線が集中する。アキトと薫が魅せる好プレイの連続に、時には歓声と感嘆が入り混じった。


 ところが、アキトと薫にとって、大勢のギャラリーなど眼中になかった。相手のスマッシュをいかに見切り、いかに得点するかだけ。息詰まる真剣勝負だ。


「何や、あれ?」


 持っていた風船を配り終わり、ようやくひと段落ついた寧音ねねが、エアホッケー台に群がる黒山の人だかりに気づいた。元々、好奇心旺盛な性格だ。何だろう、と近づいてみる。


「――っ!」


 ウサギの着ぐるみを着たまま、ぴょんぴょんと跳びはねて覗き込むと、そこで薫と勝負しているアキトを見つけた。もちろん、アキトは寧音に気づかない──というか、ウサギの姿では気づくはずもない。


「しめた! もう逃がさへんで!」


 寧音は被り物の下でほくそ笑むと、とりあえずアキトの写真を撮ろうと思い、懐を探った。しかし、肝心のカメラがない。


 考えてみれば当たり前の話で、着ぐるみ姿のまま、カメラを持ち歩くわけにもいかず、着替えるときに更衣室へ置いて来たのだ。


 寧音は慌てて、更衣室へと走った。


 更衣室は遊技場の片隅にあり、そんなに遠くはなかった。


 ところが、慌てていた寧音は、着ぐるみという動きづらさもあって、ちょっとした入口の段差に蹴つまずく。


「うわわっ、とっとっとっとっとっ!」


 寧音は倒れまいと、片足でケンケンした。そのまま止まることが出来ず、突き当たりまで進む。


 それは天の配剤か、或いは作者の陰謀によるものか、入口の突き当たりには遊技場専用の配電盤があった。勢い余った寧音は、その配電盤に突っ込む。


「うひゃあああああっ!」


 ばちん!


 寧音が配電盤に激突した途端、物凄い火花が散ってショートし、遊技場の電源がすべて落ちた。

 * 本書では「スマッシャー」という呼称を用いていますが、

   一般的には「マレット」と呼ぶようです。

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