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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第7話 トラブルだらけの休日デート 【 全 10 回 】
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世の中、タダより怖いもんはあれへん

 かおるはキツネにでもつままれたような気分になり、その場に茫然と立ちすくんでしまった。


 すると前に回り込んだウサギ姿の寧音ねねが、薫の顔の前で手を振る。


「おーい、薫はん? どないしたんや?」


「だって……今までここに黒井くろいさんがいたはずなのに……」


 あまりのショックに、呟くように話す薫。それを聞いた寧音は怪訝な顔をする。


「ミサはんがここに? おれへんやないか。夢でも見たんとちゃう?」


 念のため、寧音は額を手でかざすようにしながら、キョロキョロと周囲を見回してみたが、ミサの姿を発見することは出来なかった。


「真っ昼間から寝ぼけとんのかいな? しっかりしてーや、薫はん」


 寧音が言うように、本当にミサは薫の見た幻だったのだろうか。


 いや、そんなはずはない。確かにミサとタロット占いをしていたテーブルこそ忽然と消えてしまっているが、薫が座っていたパイプ椅子だけは残されている。つい先程まで、ミサのタロット占いが行われていた証拠だ。


 そして、薫が選んだ “タワー” のカード――


 秋とは言え、まだ日は高いのに、薫は背筋が寒くなったような気がして、身震いした。


 そんな薫の様子にも気づかず、寧音は相変わらず脳天気だった。


「それより薫はん。仙月せんづきはんを見んかった?」


「えっ? あのバカを?」


 ここまでアキトを追って来たと知らされて、薫の表情は、益々、不安になった。ひょっとして、これから薫の身に降りかかる災難とは、アキトが絡んでいることではあるまいか。


 今度は薫が周囲を窺った。一見したところ、アキトの姿はない。


「ここへ来たのは確かなの?」


 薫は逆に尋ねた。すると寧音はうなずく。


「この 琳昭館りんしょうかん 高校新聞部の敏腕記者、徳田とくだ 寧音ねね 様が追って来たんや。間違いあれへんて。まったく、ウチの取材から逃げよってからに。ええ加減、観念しろっちゅうんや」


 絶えず周囲に目を光らせながら、寧音は愚痴をこぼした。


 確かに、琳昭館高校の生徒並びに教師で、寧音の取材から逃れられた者などいない。皆、そのしつこさと厚かましさに必ず屈するのだ。ここだけの話、薫だって、寧音の取材を受けざるを得なかった一人である。


 そういう意味では、アキトは大したものだと、薫は変に感心してしまう。何処まで逃げ回れるものか、野次馬的な興味さえを覚える。


「で、その格好は変装というわけ?」


 薫は改めて寧音のウサギ姿を眺めて言った。


 すると寧音は威張ったように胸を反らす。


「ええアイデアやろ? ここの遊技場の人に頼み込んで、着せてもろたんや。この姿なら、仙月はんにも気づかれへん。油断しとるところを近づいて、絶対に取材したる!」


 そう言って、寧音はグッと拳を握りしめた。薫は頭痛を覚え、かぶりを振る。


 前回も寧音は変装をしてアキトに近づこうとしたが、ことごとく失敗したと聞く(※ 詳しくは第6話を参照のこと)。つくづく懲りないというか、根性があるというか。


 するとそこへ、まだ小学校にも上がってなさそうな可愛らしい女の子が、二人の所へ駆け寄って来た。そして、ウサギ姿の寧音にしがみつくようにして見上げる仕種をする。


 寧音は慌てて着ぐるみの頭をかぶり直した。


「ど、どないしてん、お嬢ちゃん?」


「ウサギさん、風船ちょうだい!」


 女の子は寧音にせがんだ。寧音はかがんで、女の子に目線を近づける。


「何や、風船が欲しいんか?」


「うん!」


 すると寧音は人差し指を一本立てて、チッチッと振った。


「お嬢ちゃん、知っとるか? 世の中、タダより怖いもんはあれへん。ウチがこうして風船を持っとるからって、必ずしもタダでもらえるとは──」


 ぼごっ!


 いきなり、薫は寧音がかぶっているウサギの頭をグーで叩いた。


「こらっ! 幼い子供相手に何を言ってるのよ! 素直に風船を渡してあげればいいじゃない! ──はい、これ」


 着ぐるみの重みで前につんのめっている寧音の手から風船をひとつひったくった薫は、女の子に優しく手渡してあげた。薫から真っ赤な風船を受け取った女の子がニッコリと笑う。


「ありがとう、お姉ちゃん」


「どういたしまして」


 薫も微笑み返した。


 女の子は薫に手を振ると、くるりと後ろを向いて、走り出した。その先に母親らしい女性がおり、笑顔で娘を出迎える。女の子が貰った風船を見せると、良かったわねえ、と微笑む母親。するとこちらへ向き直り、薫に会釈した。


「あたたたたたっ……何するんや、薫はん。いきなり、どついてからに」


 寧音は着慣れぬ着ぐるみの動きに苦労しながら、やっとの思いで起き上がった。


「アンタ、その格好して、子供に風船を渡さないとは、どういうつもり?」


 薫は呆れたように言った。ところが、寧音はちっとも悪びれた様子を見せない。


「小っさい頃から、しゃんと社会勉強させておかんとな。世の中、厳しいねん。物につられて、誘拐なんてのも考えられるしぃ」


「それはそれ、これはこれ、でしょ!? 変装とはいえ、今はここのマスコットのウサちゃんなんだから。もっと子供に夢を与えるような接し方をしなさい!」


 薫は腕組みして、意見してやった。


 するとそこへ、黄色いジャンバーを着た男性が飛んで来た。そして、おもむろに寧音の腕をつかむ。


「こら、バイト! 何をこんなところで油売ってやがんだ!」


「うひぃっ! すんまへん!」


 男に怒鳴られ、寧音は萎縮した。どうやら男はこの遊技場のスタッフらしい。


「まったく! 飛び込みで、どうしても着ぐるみを着させてくれって、自分から頼み込んで来たくせに!」


「あっ……ちょっと学校の友達を見つけたもんやから……」


「ほら! さっさとこっちへ来て、子供たちに風船を配らないか! それがイヤなら、とっとと脱いでもらってもいいだぞ、こっちは! もちろん、バイト代もなしだ!」


「そんな殺生な! しゃんと働かせてもらおるさかいに、堪忍したってや!」


 寧音はスタッフに謝った。


「じゃあ、さっさと来い!」


 男は腕をつかんだまま、ウサギ姿の寧音を引っ張って行った。まったく、これではどっちに社会勉強が必要なのやら。


 とりあえず、薫は寧音と話しているうちに、ミサのタロット占いで受けたショックが和らぎ、心の平穏を取り戻していた。そして、つくづく平和な遊技場の光景を眺める。


 見れば、さっき風船をもらいに来た女の子が、母親に何かをせがんでいた。


「ママ、あれ乗りたい!」


 女の子は観覧車を指差した。すると母親の笑みが凍りつく。


「ママねえ、あまり高い所は……」


 どうやら、高所恐怖症らしい。こうして屋上にいると、とても小さな観覧車に見えるが、街側を見下ろせば、かなりの高さになる。


「ええーっ!? 乗りたい、乗りたいーっ!」


 女の子は駄々をこねた。母親は困ったような顔をする。


 そんな母娘を見て、薫は微笑んだ。自分の昔を思い出す。


 薫の母も高い所は苦手で、薫が観覧車に乗りたいと言うと、必ず及び腰になったものである。そんな母を説得するのがひと苦労だった。


「ママは目をつむってていいから!」


 女の子はそう言った。母親が苦笑している。


 同じ台詞セリフを薫も使ったことがある。しかし、たとえ目をつむったとしても、高所恐怖症である以上、大丈夫だとは言い切れない。結局乗るはめになった母がいつも震えていたのを薫は憶えていた。


 結局、母娘は観覧車に乗ることに決めたようだった。列の最後尾に並びに行く。


 それを見届けた薫は、今度こそベンチに座ろうと移動しかけた。


 背後に不吉な気配を感じたのは、その刹那である。


「──っ!」


 振り向くよりも早く、薫は本能的に手刀を放っていた。


「うおっ!?」


 後ろの人物は驚いたようだったが、それよりも薫を驚嘆させたのは、手刀をものの見事に受け止めたことだった。


 いったい誰なのか、薫は振り向いてみた。


「ずいぶんなご挨拶だなあ」


「……やっぱり、アンタか」


 薫の後ろに立った人物は、あらかじめ予想していた通り、同じクラスの仙月アキトだった。こちらへニヤけた顔を向けてくる。


「いきなり他人に手刀を向けるとは危ないヤツだなあ。オレじゃなかったら、まともに喰らってるぞ」


 薫の手をつかんだまま、アキトは言った。


 だが、薫に悪びれた様子はない。むしろ、アキトを仕留め損なったことを悔やんでいるようだ。


「私って、背後に男の人が立つと、反射的に手が出ちゃうのよねえ。特に、私が敵だと感じた相手には」


「お前はゴ○ゴ 13 (サーティーン)か?」


 ……そのネタは以前にもやった気がする。


「悪い?」


「顔は可愛いんだからよ、もうちょっと女らしくしたらどうなんだよ?」


 そう言ってアキトは、薫の手の甲にキスしようと、タコみたいに唇を近づけた。薫は慌てて手を引っ込める。鳥肌が立ちそうだ。


「余計なお世話よ! それより、どうしてこんな所にいるの?」


「おお、それがよお、あのしつこいメガネ女にまとわりつかれてよお──」


 薫はアキトに気づかれぬよう、目だけで寧音を探した。


 ところが、寧音はスタッフの人に見張られながら、子供たちに風船を配っているところで、こちらに気づいた様子はない。知らせてやった方がいいだろうか、と悩む。


「──それより、つかさはどうしたんだ? さっき一緒だったよな?」


 つかさの名前が出て、薫の表情は固くなった。不快な気分が甦る。


「し、知らないわよ、あんなヤツのことなんか……」


「ああん? 珍しいな、お前らがケンカだなんて。デートだったんじゃねえの?」


「違うったら、バカ!」


 つい声が大きくなってしまった。しかし、アキトはフッと笑う。


「じゃあ、今度はオレとデートしようぜ」


「ちょっ……!」


 否を言う暇もなかった。


 アキトは薫の手を強引に引くと、ゲーム・コーナーへと歩き出した。

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