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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第7話 トラブルだらけの休日デート 【 全 10 回 】
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ボーッとしているから、あんな変なのに引っかかるのよ!

 西城にししろ駅は、都心からはやや外れているものの、駅を隔てて大型百貨店が二つそびえ立つ都内有数の繁華街だ。


 南口は昔ながらの商店街が並び、バス通りに沿って賑わっている。


 一方、北口はここ五、六年くらいの間に次々と大型量販店が進出し、それまではあまり見受けられなかった若者を中心とした新しい顧客の獲得に成功していた。


 つかさたちの住む町から比較的近いという利便性もあり、買い物と言えば、ここ西城で済ますのがほとんどだ。


 駅に到着したつかさとかおるは、北口と南口の二手に分かれ、飛田龍之介の本を探すことにした。


 ところが、どの書店を回っても目的のものを入手できなかった。店員にも尋ねたが、出版社自体が潰れてしまっており、入荷は望めないと言う。挙句の果てには、古本屋を回ってみてはどうか、とアドバイスされた。


 その南口にある古本屋を回ったのは薫だ。しかし、こちらも成果なし。どうやら元々の発行部数そのものが少ないようで、ほとんど稀覯本きこうぼんのような扱いらしい。南口にある三軒すべてを覗いてみたが、無駄骨に終わった。


「やれやれ」


 嘆息をつきながら、薫は駅前に戻った。一時間したら、つかさと落ち合う約束である。きっと、つかさも見つけられなかっただろう、と思いながら、バス・ターミナルの信号を渡った。


 普段であれば、あまり背の高くないつかさを、大勢の人たちで混み合う雑踏の中から見つけるのは容易いことではない。


 ところが、この日だけは違った。


「少しの時間で済みますから」


「いや、ボクはその……」


 つかさは路上で、怪しげな男に捕まっていた。


 話しかけている男は年の頃、二十代半ばくらい。背広を着て、髪も短く切りそろえられているが、手には何かのパンフレットを持っており、見るからに口八丁手八丁の輩だ。


「ほ、ホントに結構ですから」


「まあまあ、そう言わずに」


 男は何だかんだと口実をつけては、逃げようとするつかさの行く手を塞ごうとする。


「……あのバカ」


 薫は早足でそちらに近づくと、男には目もくれず、つかさの手を取った。


「あっ、薫!」


 救いの主が現れ、つかさはホッとしたような顔をした。


「ほら、行くよ」


 薫はつかさの手を引き、駅の方へと歩き出した。


 しかし、つかさに話しかけていた男の方も簡単には引き下がらない。


「ああ、あの、もうちょっと、こちらの話を──」


「結構です!」


 凄みを利かせた目で振り返り、薫はピシャリと言い放った。相手も職業柄、引き際をわきまえているのだろう。薫の迫力にたじろぎながら、それ以上は追いかけて来ようとしない。


 薫はそのまま駅構内まで、つかさを引っ張って行った。大股で歩く薫の速度に合わせられず、つかさは足がもつれそうになる。


「あ、ありがとう、薫。助かったよ」


 礼を述べるつかさに、立ち止まった薫は逆三角形のような目を向けた。


「まったく! ボーッとしているから、あんな変なのに引っかかるの! もう高校生にもなるんだから、しっかりしなさいよ!」


 まるで小さな子供を叱るみたいに、薫は厳しく言った。つかさはしゅんとなる。


「でも……向こうも仕事なんだし、無碍むげに断るのも悪いかなあって思って……」


「だから、つかさはお人好しなのよ! そうやって、タチの悪いキャッチセールスに引っかかったら、どうするつもり!?」


 人が良いどころか良すぎるつかさに、薫は強い口調で諭した。


「とりあえず、何かの販売とかじゃなかったよ……」


 つかさの弱々しい抵抗。


「じゃあ、何?」


「それは……」


 言い淀むつかさ。


「それは?」


「つまり……その……芸能界でデビューしてみないか、だって」


 力なく笑うつかさの言葉に、薫は目を丸くした。そして、つくづく、この自己主張の欠片かけらもないクラスメイトの顔を眺める。


「芸能界ぃ!? デビューぅ!?」


 薫はそう繰り返して、さっき男がいた方向を振り返った。駅の構内まで歩いて来たので、もう姿は見えない。


「ひょっとして、ジャリーズ事務所からのスカウト?」


 薫は男性アイドル・グループを多く輩出している芸能プロダクションの名前を挙げた。


 すると、つかさは首を横に振る。


「ううん……えーと、ソミー・ミュージック何とかって言ってたかな? キミなら人気抜群を誇る女性アイドル・グループの一員になれるよって言われた……」


 恥ずかしそうに言うつかさに、薫は唖然とし、そのあと吹き出してしまった。


「じょ、じょ、女性アイドルぅ!?」


 笑いを懸命に堪えようとしたが堪え切れず、薫は思わずお腹を抱えて身体を二つに折った。


 学校で女の子とからかわれるのに慣れているはずのつかさも、さすがに膨れっ面を作る。


「そんなに笑うことないだろ」


 いつもは、つかさがクラスの男子にからかわれると味方してくれるのだが、今、それを面白がっているのは薫だ。つかさは少し傷ついた。


「ごめん、ごめん! だってさあ」


 薫もつかさに悪いとは思っているのだが、どうしても笑いが込み上げてしまう。涙を拭いながら、つかさに謝る。


「――それで、つかさは何て答えたの?」


「もちろん、ボクは男ですって否定しようと思ったよ。でも、そこへ薫がやって来て……」


「結局、さっきの人は誤解したままなのね?」


「う、うん、まあ……」


「ハッキリ言えばいいのに。グズグズしてるから、どんどん相手に押し切られちゃうのよ。男なんだから、言うべきことはちゃんと言う! いい?」


 出た、薫の十八番、「男なんだから」というつかさへの叱咤――


 それはつかさだって分かっている。もちろん直そうとも思っているが、なかなか気弱な性格がそうはさせてくれない。簡単に出来るのであれば、苦労はないのだ。


 それでも、いつもの薫に戻ったことは歓迎すべきことだった。生け花の失敗で、少し滅入っているかと思ったが、この分なら安心である。つかさは買い物に誘った甲斐があったと、ホッとした。


「あら――?」


 そんな二人を見つけて、改札口から近づいて来る一人の女性がいた。


 その女性の姿に気づいた途端、つかさの脈拍が一気に早くなる。カーッと顔が火照り、手の平にびっしょりと汗をかいた。


「ま、待田先輩?」


 それはつかさの憧れの先輩である、琳昭館りんしょうかん 高校二年の 待田まちだ 沙也加さやか だった。


 私服の沙也加は、白のワンピースにふわりとした感じのボンネット帽という出で立ちだった。まるで美しい絵画から抜け出して来たかのようだ。


 つかさは制服姿の沙也加しか見たことがなかったが、白でまとめられた大人しめのファッションは、清楚な彼女にとてもよく似合って見えた。しばらく見惚れてしまう。


 そんなつかさに、沙也加が微笑む。


「こんにちは、武藤むとうくん」


「こ、こんにちは」


 つかさは顔を赤らめながら答えた。


「えーと、お隣は……確か、武藤くんと保健室で一緒だった──」


「つかさと同じクラスの 忍足おしたり かおる です」


 薫は沙也加に会釈した。沙也加が笑みをこぼす。


「ああっ! 忍足さんって、あの剣道で有名な一年生の!」


「いえ、そんな。有名だなんて」


 薫は謙遜した。


「今日は二人でデートかしら?」


「えっ?」


 沙也加に言われ、つかさと薫はフリーズした。そして、沙也加の視線が二人の手に注がれていると気づく。


「あっ――!」


 先程から薫がつかさの手を引いたままの状態だったので、どうやら沙也加にはラブラブなカップルに見えたようだ。


「――ち、違います!」


 二人同時に強く否定し、慌ててパッと手を離した。


 そんな可愛らしい後輩たちを見て、沙也加はおかしそうに笑う。


「まあ、そんなに照れなくても。別に隠すことなんてないわ。とってもお似合いだと思うわよ」


 沙也加は完全に誤解しているようだった。二人はブンブンと首を振って、違うとアピールする。


「いや、ボクたちはただ一緒に買い物をしに来ただけで──」


「デートだなんて、そんなことは絶対に有り得ないわけで──」


 だが、沙也加は二人の照れ隠しだと勝手に解釈し、北口の方へと歩き出した。


「ごめんなさい。私、待ち合わせをしているの。――それじゃ、また学校で会いましょう」


 二人の弁解など聞かず、沙也加は行ってしまった。


 特にショックなのはつかさである。沙也加が去って行った方向に右手を伸ばしたまま、泣きそうな顔をしていた。


「ああ、待田先輩……」


「……所詮は高嶺の花なんじゃないの?」


 打ちひしがれているつかさの横で、薫がぼそりと呟いた。


 すると珍しくつかさが食ってかかる。


「か、薫のせいだぁ! いつまでもボクの手を握ってたから、待田先輩に誤解されたじゃないかぁ!」


 明らかに言いがかりだ。そうまで言われて、黙っていられる薫ではない。


「何よ、私のせいにするつもり!? あ、そ。そんなに待田先輩のことが好きなら、告白のひとつもしたらどうなのよ?」


「そ、そんなこと……出来るわけないだろ!」


「でしょうね! 私だって、つかさの彼女みたいに思われて、ホント、いい迷惑だわ! あー、ヤダヤダッ! 私は一人で帰るから! 目的の本もなかったんだし、アンタも勝手にすれば!」


 薫はそうまくし立てると、プリプリと怒りながら、南口の方へと戻って行ってしまった。


 猛烈な剣幕に呆気に取られたつかさは、しばらくしてから我に返る。


 そもそも薫を買い物に誘ったのは、彼女を元気づけるためではないか。それをこのようなケンカ別れのような形で終わらせるのは、つかさの本意ではない。ここはこちらから謝っておくべきだろう。


「まったく、もお。──薫ーっ! 薫ってばぁ!」


 つかさは頭をクシャクシャに掻くと、薫を追いかけようと走り出した。

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