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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第7話 トラブルだらけの休日デート 【 全 10 回 】
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もう、薫ちゃんたら、力の入り過ぎよ

 第7話「トラブルだらけの休日デート」スタート!

 武藤むとう家の古びた門をくぐる直前、忍足おしたり かおる は姿勢を正した。


 ここはクラスメイトである武藤つかさの家だ。いつもなら、まるで自分の家のように遠慮なく上がり込むのだが、毎週日曜日だけは勝手が違う。


 薫は自分を落ち着けるように深呼吸してから、意を決したように敷地へ足を踏み入れた。


「ごめんください」


 声だけを発して、玄関の戸を開けた。この家に呼び鈴の類はない。


 普段は自他ともに認める男勝りな性格をしている薫だが、昔から剣道をやっているお蔭で、礼儀作法はきちんと身についている。それでも、なぜかギクシャクしたものを拭い切れない。


 程なくして、奥から女の子と見間違えそうなくらい愛らしい少年が現れた。


 つかさだ。


 袖をまくった白い綿のシャツに黒のズボンという、一見すると学校の夏服とさして変わらない出で立ちである。それでも、自宅でリラックスしていた証拠に、ズボンの裾から覗くのは裸足だ。


 いつも通り、つかさは屈託のない笑みを幼馴染みとも言える薫に向けて来た。


「いらっしゃい。もう皆さん、お集まりのようだよ」


 そんなことはつかさに言われるまでもなく分かっていた。玄関の上がり口には、ハイヒールや草履など、女物の履き物がきれいに並んでいる。


 薫は緊張した面持ちでスニーカーを脱ぐと、振り返って自分のを揃えた。


 いつもとは違う様子の薫を見ていたつかさが、本人には気づかれないように苦笑する。ほとんど毎週のことではあるが、こんなに硬くなっている薫の姿など学校では絶対に見られない。


「失礼します」


「どうぞ」


 すでに勝手は分かっているのだが、つかさに案内され、薫は長い廊下を進んだ。


 二人が歩くと、板張りの床がキュッキュッと鳴る。築二百年にはなろうかという日本家屋だ。


 ここにつかさは祖母のつばきと二人で住んでいる。以前はつかさの祖父、源氏郎げんじろうが古武道の道場を開いていたが、その没後、門下は途絶えている状態だ。


 薫は庭を眺められる和室に通された。つかさが障子を開けると、そこには横一列になって正座している女性が四名――和装あり、洋装あり、年齢も二十代から五十代まで様々だ。


 フリルのついた青いシャツに、膝丈の白いフレアスカートという普段着の薫が姿を現すと、皆、にこやかに挨拶した。


「おはよう、薫ちゃん」


「おはようございます」


 集まった他の四名に比べると、高校生の薫が一番若い。薫は他の面々に深々と頭を下げた。しかし、緊張の原因は年上である彼女たちの存在ではない。


 薫は彼女たちと並んで正座した。


「あっ、お婆ちゃん」


 案内を終えて、行きかけたつかさが、廊下からやって来た祖母のつばきに気づいた。薫がそれに敏感な反応を示す。


「もう、皆さん、お揃いだよ」


「じゃあ、始めるとしようかね」


 つかさと入れ違いに、つばきが和室に入った。その手には新聞紙にくるまれた、たくさんの草花を抱えている。それを一旦、自分の脇に置いて座ると、向かいの薫たちに向かって姿勢を正した。


 全員、畳に指をついての一礼。


「先生、おはようございます」


「おはようございます」


 つばきも同じように挨拶をした。そして、薫を始めとした五名を改めて見渡す。


「今日は先週も申しましたように、五行型をやりたいと思います。花はこちらで用意致しました。それぞれ好きなものを自分で取ってください」


 そう言ってつばきは、新聞紙にくるまれた草花を回すように促した。


 つかさの祖母つばきは、華道『武藤無心流』の家元である。と言っても、流派は勝手に作り上げたものなので、学びに来る生徒はほんのわずかしかいない。


 薫は小学四年の頃から、つばきの華道教室に通っていた。


 昔からヤンチャで手を焼いていた薫の両親が、少しでも娘に礼儀作法を学ばせようと、剣道と一緒に習わせたのだ。


 最初、ずっと正座したまま木花を、チョッキン、チョッキンするだけの華道など退屈以外の何ものでもなく、竹刀を持って男の子相手に暴れられる剣道の方ばかり夢中になっていたものだ。


 ところが、中学の頃、ある出来事がきっかけで、華道にも身を入れるようになった。高校生になった今も、ほとんど毎週日曜の午前中、こうしてつばきの華道教室に通い詰めている。


 師匠であるつばきは、小柄で、とても穏やかな表情を浮かべているが、どういうわけか薫には厳しかった。生まれついての不器用さというのもあるが、どうも薫には華道のセンスが乏しく、つばきから褒められたことが一度もない。


 今、教えを乞うている五人の生徒の中でも二番目の古株なのだが、次々と新しい生徒が入っては抜けて行く中、薫一人だけが取り残されているような状況だった。


 つばきの指導の下、薫たちは今日の課題である五行型の生け花に取りかかった。


 五行型とは日本古流の生け花で、木、火、土、金、水という五つの働きを表現する花型である。これは基本花型のひとつであるが、他の三才型や陰陽型などに比べると、多くの要素を含むため、複雑で難しい。


 火性は “真”、木性は “体”、金性は “受”、土性は “留”、水性は “留流し”。


 その五つを葉蘭で表現するのだから大変である。


 薫も真剣に取りかかるが、“留” を作るところで手間取った。どうにもバランスが取れない。ああだ、こうだ、とやっていると、最初に作った “真” が崩れてくる。


 他の生徒たちを見ると、皆、悪戦苦闘はしているが、そこそこ形にはなっているようだ。時折、つばきの直しが入りながらも、徐々に完成して行く。


 そうなると薫は余計に焦った。どうして自分は出来ないのか。悔しさに奥歯を噛む。指に不必要な力が入った。


「あっ」


 とうとう“真”を形作っていた葉蘭が折れてしまった。それを偶然に目撃していた若いOL風の女性が、プッと吹き出す。それに気づいた他の生徒たちも、花器からうなだれるようになっている薫の葉蘭を見て、つられて笑った。


「もう、薫ちゃんたら、力の入り過ぎよ」


「そんなに短気を起こしちゃ、ダメダメ!」


 いつも繰り返される薫の失敗に、教室では朗らかな笑いが起こった。


 彼女たちに悪気がないことは分かっている。妹のような存在である薫を、皆、好いているのだ。


 だが、薫にしてみれば、笑われていい気分はしない。顔は真っ赤になり、ここからすぐにでも飛び出してしまいたくなる。恥ずかしさを懸命に耐えた。


 すると、師匠のつばきが薫の前に来て、失敗作の生け花を見た。別に柳眉を逆立てているというわけではないが、薫にはその目がとても厳しいものに思える。


「すみません……」


 消え入りそうな声で薫が謝った。こんなしおらしい態度を彼女が示すなど、学校の同級生たちは想像も出来ないだろう。


「もう一度、やってご覧なさい」


「はい……」


 つばきに言われ、薫は再び取りかかった。


 ところが、繰り返し何度やっても、同じところでつまずいてしまう。それ以上、先へ進むことは出来なかった。


 やがて一時間半の授業が終了した。


 とりあえず五行型を完成させた他の生徒たちは、それぞれの作品について楽しそうに所感を述べ合う。出来ていないのは薫だけだ。


 そこへ、華道教室の終了を見計らって、つかさが淹れ立ての日本茶とお茶菓子の芋ようかんを運んで来た。


「皆さん、お疲れさまでした。どうぞ、召し上がってください」


 ずっと集中して取り組んでいたせいで、華道教室の生徒たちはやっと解放され、姿勢と表情を緩めた。そんな彼女たちに、つかさは温かい湯呑みを配ってゆく。


「はい、薫」


 薫に手渡すとき、つかさは彼女の浮かない顔に気がついた。おおよその察しはつく。薫の前にある未完成の生け花を見れば。


「――今日は五行型だったんですね。難しかったんじゃないですか?」


 つかさは他の生徒たちに話しかけながら、落ち込んでいる薫に配慮した。華道教室が終わったあと、薫を元気づけるのはつかさの役目だ。


 すると、和装の婦人がつかさの会話に乗って来た。


「ええ、難しかったわあ。何回やっても、五行型だけは不得意で。三才型や陰陽型とは大違い。私の見て、変な格好でしょ?」


 和装の婦人が言うように、確かに作品はきれいな五行型とは言い難かった。


「そうですね、ここにもう少しゆとりを持たせ、しなやかさが出せてたら良かったんじゃないでしょうか」


 つかさは率直に感想を述べた。


「やっぱり? 先生にも同じことを言われたわ。──そうだ、つかさ君。久しぶりに生けて見せてくれない?」


 和装の婦人の言葉に驚いたのは、比較的、つばきの華道教室に入門してから日の浅い生徒たちである。


「えっ? つかささんって、生け花できるの?」


「そうよ。知らなかった? 小さい頃、薫ちゃんたちと一緒にやってたんだから」


「昔のことですよ。最近はさっぱりやってないし」


「謙遜しちゃって。ねえ、つかさ君。せっかくだし、見せてあげてよ」


「いやぁ、ボクは……」


 思わぬ展開になり、つかさは大弱りになった。


 そこへ、茶をずずっとすすったつばきが一言、


「つかさ、やってごらん」


 と促す。祖母の言いつけでは、つかさも無碍むげには出来ない。


「では、ちょっとだけ。――薫、この花器、借りるよ」


 つかさは畳に正座すると、薫の花器を前にして、スッと葉蘭を手に取った。


 その途端、ちょっとした余興を楽しむつもりだった生徒たちがハッとし、場に張りつめたような空気を感じ取る。お茶を飲むのも忘れ、注がれる視線はつかさの手へ――


 白魚のようなつかさの手は、優雅とも言える動きで生け花に取りかかった。


 つかさは全身の何処にも力む様子がなく、流れるような動作で課題である五行型を形作って行った。ハサミひとつにさえ迷いがない。生徒たちの誰もが苦戦した五行を表すバランスを美しく表現してゆく。


 誰もが固唾を呑んで、つかさを見守った。室内には、パチン、というハサミで切る音だけが、時折、響く。その華麗な所作そのものが、まるで優美な舞いでも鑑賞しているかのようだった。


 ものの五分くらいで、つかさは五行型を完成させてしまった。師匠であるつばきが手本で作った物と比べても遜色ない出来栄えだ。思わず、つかさの生け花を初めて見る生徒たちの口から、感嘆の吐息が漏れる。


「凄い……」


「でしょ?」


 つかさに生け花を頼んだ和装の婦人が、まるで自分の手柄のように胸を張った。薫も久しぶりにつかさの腕前を見て、すっかり見惚れてしまっている。


 期せずして拍手と嬌声が起こった。つかさは大いに照れて、頭を掻く。


「これで『武藤無心流』も安泰ですね、先生」


 生徒の一人がつばきに言った。このときばかりは、つばきも薄っすらと微笑みを見せる。


「なあに、この華道教室は私の代で終わりにするつもりだよ」


「つかささんも、これでいつでもお嫁に行けるわね!」


「ボクは男ですってば!」


 悪乗りする若いOL風の生徒に、つかさは苦笑してしまう。


 そのとき、薫がおもむろに立ち上がった。


 何事か、と皆が一斉に仰ぎ見る。


「わ、私……ちょっと、おトイレへ」


 薫はそう言うと、和室から退室して行った。


 それを見送ったつかさの顔には、複雑な表情が浮かんだ。

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