仙月はん……ウチは諦めへんからな
コンビニ強盗の一部始終を店の外から眺めていた人物がいた。
強盗事件が未遂に終わり、胸を撫で下ろすのかと思いきや、なぜかチッと舌打ちする。その目は強盗を鮮やかに撃退したアキトから離れなかった。
そんな視線があることも知らず、アキトはコンビニの外へ足早に出て来る。即座に、寧音も追いかけて来た。
「ちょっと! 警察の事情聴取はどないするつもりなん?」
「そんなもん、パス、パス! お前に任せるわ。じゃあな!」
面倒を寧音に押しつけると、アキトはさっさと帰って行ってしまう。勝手な行動をするアキトに寧音は地団駄を踏んだ。
「何ちゅうヤツや! 警察への協力は市民の義務やっちゅうの!」
コンビニの外で見張るようにしていた人物は、アキトがいなくなってから寧音に近づいた。
「やあ、キミ。えらい目に遭ったねえ。怖かっただろう?」
いきなり声をかけて来た人物に寧音は胡散臭そうな目を向けかけたが、相手の顔を見た途端、コロッと態度を豹変させた。
年の頃は寧音とそんなに変わらないだろう。男性アイドルもかくやという爽やかな印象を抱かせる美少年だった。
「はい、もう怖くて怖くて、死にそうでした」
精一杯の可愛さを作り出しながら、寧音は少年に答えた。なぜか、いつものエセ大阪弁が標準語になっている。
少年はそんな寧音に微笑んだ。
「とにかく無事で良かったよ。――それにしてもコンビニ強盗をやっつけた彼、凄かったね。キミの知り合いなの?」
「ええ」
「高校生かな?」
「そうです」
「何処の高校?」
「琳昭館 高校です」
「名前は?」
「徳田 寧音 と申します」
寧音が自分の名を名乗ったので、少年は苦笑した。
「いや、今の彼の名前」
「ご、ごめんなさい! 仙月 アキト です」
「へえ。仙月アキト……か」
「あ、あの、あなたは?」
寧音は期待を込めて、少年に尋ねた。
「えっ、僕?」
すると、少年は右手の人差し指で軽く寧音の眉間に触れた。ちょうど絆創膏が貼られた箇所だ。
「キミは僕のことを知らなくていい。僕たちは出会わなかった――今した会話もすべて忘れる」
穏やかに喋る少年の言葉を聞いた途端、寧音の目は焦点がぼやけ、瞼が重そうに落ちた。それを見て、少年は微笑む。――いや、冷笑だ。
何事もなかったかのように少年は寧音の横を通り過ぎ、駅の方角へと立ち去る。
やがて、遠くからパトカーのサイレンが聞こえて来た。コンビニのアルバイト店員が通報したものだろう。
しばらくしてから、寧音はハッと我に返った。
「……あ、あれ? ウチ、どないしたんやろ?」
寧音は頭を振って、眠気を払った。何秒か立ったまま寝てしまったような気がする。ひょっとして疲れているのか、と首を傾げた。
無意識に絆創膏が貼られた額を触っている寧音の様子を、少し離れたところから肩越しに窺っていた少年は、また商店街を歩き出した。そして、再び冷笑を浮かべる。
「僕の力を試すためにやらせた小遣い稼ぎは失敗だったけど、面白いヤツを見つけることが出来た。琳昭館高校の仙月アキト……か」
少年は一人呟くと、もう一度、アキトが立ち去った方向を振り返った。
頭上の月は、これからの波乱を予告するかのように、赤味を帯びた鈍い光を放っていた。
「へえ、コンビニ強盗」
翌朝、登校中にアキトから話を聞かされたつかさは、目を丸くして驚いた。
事件に巻き込まれた寧音も気の毒だが、アキトを相手した強盗犯にも同情したくなる。吸血鬼 に歯向かって、無事でいられるわけがない。
「これで、あのメガネも少しは懲りるんじゃねえか? オレの周りを嗅ぎ回ると、ロクなことがねえってよ」
アキトは意地悪く笑った。それならいいんだけど、とつかさは肩をすくめる。
「──ところで、助けてやった礼に、あのメガネからこいつをもらったんだ」
そう言ってアキトは、胸ポケットから一枚の写真を取り出し、つかさに見せた。
その写真を見た途端、つかさの顔が一瞬にして真っ赤になる。
「あ、アキト! それは――!?」
「いいだろ? オレのお宝にするんだ!」
アキトはご機嫌な様子で、写真にキスまでして見せた。慌てふためいたのはつかさだ。
「だ、ダメだよ、そんなの! 今すぐ、破り捨てて!」
「ヤダよ~ん! これ、オレのだも~ん!」
「アキト、こっちに渡してよ!」
つかさは腕を伸ばしたが、アキトの方が長身のせいで、簡単には届かない。アキトは腕を真っ直ぐ上に伸ばして、取られるのを防いだ。つかさは跳び上がって奪おうとする。まるで大人と子供だ。
「アキトってば!」
「だから、ダメだって!」
何度目かの果敢なチャレンジの末、つかさの手がアキトの手を叩いた。その拍子に写真がはらりと落ちる。
「アンタたち、何を朝っぱらから騒いでいるのよ?」
そこへ偶然、通りかかったのは 薫 だった。竹刀に防具の入った袋を通すようにして担いでいる。
その足下へ、ひらりと写真が舞い落ちた。
「――あっ、薫!」
「ゲッ! やばっ!」
「ん?」
薫は何気なく裏返しになって落ちた写真を拾い上げた。そして、何が写っているのかと、ひっくり返して見る。
「あ、あ、あああっ……」
つかさは赤面しながら、この世の終わりを嘆くかのように頭を抱えた。
一方、アキトは抜き足差し足で、この場から逃げ出そうととする。
写真を見た薫の顔が見る間に紅潮した。そして、肩がわなわなと震え出す。
「なっ、な、ななななな、何よ、これ!?」
アキトが持っていた写真──それは一昨日、アキトが学校の屋上で、玉子焼きを口移しでもらおうとつかさに迫った瞬間を寧音が撮影したものだった。
まるでキスをする寸前を捉えたかのような写真だ。それを見て二人の仲を誤解しない者など、まず、いないだろう。昨日の昼休み、教室での告白騒動の一件もあるし。
グシャリ、と薫はスクープ写真を握り潰した。
「お、オレのお宝写真が……」
アキトの嘆きなど薫の耳には入らなかった。そして、おもむろに竹刀をスラリと抜く。殺気――
「このぉっ……変態っ、変態ッ、ヘンターイ!」
「うわあああああっ!」
薫の振り回す竹刀を避けながら、アキトとつかさは逃げ惑った。薫もそれを追いかけ回す。静かな朝の光景など、この三人には無縁のようだった。
そんな様子を少し離れた後方から見つめている人物が――デジカメを構えた徳田寧音だ。
「仙月はん……ウチは諦めへんからな」
そう言って、こっそりとシャッターボタンを押していく。
さらに、その寧音の後方二十メートルには、クラスメイトの 晶、ありす、ミサの三人がいた。相変わらず懲りない寧音の姿に、晶とありすは顔を見合わせながら苦笑いをする他ない。
そして、ミサは──
「……不吉だわ」
と、無表情のまま静かに呟いた。
第6話おわり




