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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第6話 スクープはつらいよ 【 全 8 回 】
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どうやら、ツキはまだウチにあったようや

 結果、三戦全敗。


「はあ~っ……」


 寧音ねねは深いため息をつきながら、足取りも重く、駅から自宅への帰路に就いていた。時計の針は夜の九時半を回っている。


 変装作戦が失敗したあと、寧音は当初の約束通り、ファミレスで あきら とありすにおごる羽目になった。


 取材に協力してくれた二人の食欲は旺盛で──寧音本人も、黙って眺めるわけにもいかず、もちろん、食べたわけだが──、予想以上の出費をしてしまい、財布が独りでに飛んで行ってしまいそうなくらい、かなり軽くなっている。


 もし、アキトからスクープをモノに出来ていれば、快く支払えたのだろうが、何の成果もなしでは、ただの散財だ。


 その後、部室に戻った寧音は、来月の『琳昭館りんしょうかん 月報』用に、担当している記事の原稿を執筆したり、写真の選定をしていたら、すっかり遅くなってしまい、つい今し方、当直の先生に見つかって学校を追い出されたところである。


 ――明日はどないしょうか。


 ぼんやりと寧音は考えた。疲労困憊で、あまり頭が回らない。


 ここまで見事にアキトへの追求が失敗すると、さすがの寧音も気落ちして、これ以上、取材をしようという気力が湧いて来ない。いっそ諦めようか、とも思う。


 どうせ寧音以外の誰も、一年B組の教室に怪物が出現したことを憶えてもいなければ、信じてもいないのだ。何だか自分のしていることが虚しく思えてしまう。


 そんなことを考えながら歩いている寧音が、もう一度、魂まで吐き出しかねないため息をついたところで、携帯電話に着信があった。


「もしもし?」


 寧音は誰からの電話かも確認せず、無意識に応答した。すると──


『……不吉だわ』


「うわあああああっ!」


 聞こえてきた陰気な声に、寧音は思わず悲鳴を上げ、手にしていた携帯電話を投げ捨てようかと錯乱しかけた。


 改めて、着信表示を見る――数時間前、新規登録したばかりの『黒井くろいミサ』からだった。


「ミサはんかいな! 毎度毎度、脅かさんとってな!」


 周囲の目を気にしながら、寧音はミサに抗議した。


 時間帯的に昼間ほどの通行人はいないが、勤め帰りらしい人々が寧音のオーバーなリアクションを見て、振り返る。


 さすがの寧音も恥ずかしくなり、顔を赤らめた。


 しかし、電話をかけてきたミサは悪びれた様子もなく、


『……徳田さん。あなたに危険が迫っている。今すぐ、そこを離れた方がいいわ』


 と、冷静に告げた。


 内容的には、もっと切羽詰まった感じがあってもいいはずなのに、相変わらずミサの口調は淡々としている。


 忠告を聞いた寧音は、胡散臭そうに眉をひそめた。


「危険、ねえ……」


 周囲は駅前から住宅地へ通じる、小さな商店街の通りだ。今の時間、ほとんどが店仕舞いし、コンビニや何軒かの飲食店が営業しているだけ。その通りを勤め帰りの人々が駅から自宅へ、ほとんど同じ方向に徒歩や自転車で流れている。


 普段と変わらぬ光景――外灯の明かりも煌々と照らされており、何処に危険が潜んでいるのか、寧音にはさっぱり分からなかった。


「どんな危険か分かるなら、それも教えてくれへん?」


 寧音は立ち止まって、周囲に目を配りながら、ミサに尋ねた。


『……残念ながら、私の占いでも、そこまでは分からないわ』


「分からんのかいっ! ウチのケータイの番号が分かったくせに!」


 元気がなくても、自然にツッコミが出てしまうのは、関西人としてのさがである。


『……でも、今いる場所が危険だということは確かよ。すぐにそこから離れた方がいいわ』


「ふ~ん」


 頭上から看板でも落ちて来るのかと、寧音は上を見上げながら生返事をした。それとも凄腕のスナイパーにでも狙われていると言うのだろうか。まさか。


「――まあ、夜も遅いし、ウチ、このまま真っ直ぐ寄り道もせんと帰るから心配いらへんわ。おおきにな、ミサはん。わざわざ知らせてくれて」


 半分も感謝する気持ちがないくせに、寧音は礼を言った。


『……本当に真っ直ぐ帰るのね?』


 ミサは念を押す。


「帰る、帰る。脇目も振らず、一目散や。ほな、また明日」


 寧音はかったるそうに言うと、電話を切った。


 だが、ふと表情が真顔になる。


「――待てよ? いつもいつも、ミサはんがウチに忠告してくるときは……」


 今日一日を振り返って寧音は考えた。そして、アッと声を上げ、もう一度、周囲を見渡す。


 今度は真剣に、そして目に入るすべてのもの、ひとつひとつを確認するように。


 程なくして──


「ビンゴ!」


 寧音は舌舐めずりをした。


 その顔は先程までの疲れ切ったようなものではなく、生気を取り戻したものへと変わり、メガネの奥の目は獲物を狙う狩人のように鋭くなる――そして、ニタリと笑った。


「どうやら、ツキはまだウチにあったようや」


 その寧音の視線の先にあったもの──それは一軒のコンビニエンス・ストアだった。


 多くのコンビニ店舗がそうであるように、ガラス張りになっていて、店内が透けて見える。その雑誌コーナーに立つ見覚えのある人物が――アキトだ。


 くっくっくっ、と寧音はよこしまな笑みを洩らすと、アキトがいるコンビニへ足音を忍ばせるようにして近づいた。


 アキトは制服姿ではなく、上に派手な感じの赤いシャツを着ていた。普段着でコンビニにいるところを見ると、意外とこの近くに住んでいるのかも知れない。


 そのアキトが立ち読みしているのは、成人向けのエッチなグラビア雑誌だった。


 ……高校生が読む物としていかがなものか。


 だが、お蔭で寧音の存在には気づいていない様子だ。


 寧音はスカートのポケットからデジカメを取り出した。


 先程まで、すっかりしょげていたというのに、いざターゲットを目の前にすると再び闘志が湧くのだから、寧音には骨の髄までジャーナリスト根性が染みついているようだ。


 アキトに見つからないよう、一旦、コンビニの入口横に背中をつけると、気持ちを落ち着けるように、ひとつ深呼吸をした。そして、犯人の隠れ家に踏み込む刑事ドラマの主人公よろしく、自動ドアが開き切らないうちに身を滑り込ませる。


 入ってすぐの通路に設けられた雑誌コーナーにデジカメを向けると、アキトは無防備にも雑誌を読んだままの姿勢だった。


「もろたぁ!」


 寧音が歓喜して、声を上げた瞬間――


 いきなり背後から、寧音の首に何者かの腕が回わされ、身動きが取れなくなってしまう。


「へっ――?」


 何が起こったのか分からず、呆気に取られる寧音。


「動くな!」


 男の恫喝する声が耳元で聞こえた。寧音の目の前に、映画の中でしか見たことのないような、大振りなナイフが突き出される。


 限界まで目を見開いた寧音は、ひっ、と短い悲鳴を上げた。

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