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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第6話 スクープはつらいよ 【 全 8 回 】
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兄貴、ヤバくないですか?

 雲ひとつとしてない高い空がいっぱいに広がっていた。


 焼けつくような夏の日差しから柔らかな秋の陽光になり、外で過ごすことが格段に気持ちよくなった季節――この清々しさを楽しめるのも、あと、ほんのわずかな間だろう。秋風は直に肌寒くなる。


 武藤むとうつかさは、クラスメイトの 仙月せんづき アキト と隣のクラスの 大神おおがみ けん と一緒に屋上へ出て、昼休みの弁当を食べていた。


 もっとも、家から祖母つばきの手作り弁当を持参しているのはつかさだけ。アキトと大神は弁当を用意していないため、購買部で買った菓子パンを口にしている。


 食べているすぐ横からアキトが弁当のおかずを狙って来るので、つかさは弁当箱を隠すようにして食べている有様だった。


「そう言えば、つかさ」


「ん?」


「昨日、オレを置いて、かおる のヤツと一緒に帰ったろ? ひょっとしてデートでもしたのか?」


 隙あらばつかさの玉子焼きをかすめ取ろうと目を光らせながら、アキトは冷やかすように言った。これもつかさの気を逸らすための作戦らしい。


 忍足おしたり かおる は同じ一年A組のクラスメイトで、アイドル顔負けの美少女だ。


 しかし、その見かけに反して性格は男勝り。クラス委員を務めているように、とても面倒見のいい姉御肌で、つかさの保護者を自認しているようなところがある。


 いつも姉弟のように一緒にいるつかさと薫を見れば、アキトでなくても、二人の仲をからかいたくなる。


 ところが、顔を赤くするかに思われたつかさの反応は予想外だった。急に表情が暗く沈んだのだ。


「実は……アキトには黙っていたんだけど、昨日、木暮こぐれくんが入院している病院までお見舞いに行ったんだ」


「青びょうたんの?」


 アキトの言う “青びょうたん” とは、大神と同じ一年B組の 木暮こぐれ 春紀はるき のことだ。


 木暮はつい先日、巨大な怪物に変身し、校内で暴れ回るという事件を起こした。


 つかさの説得により、良心に目覚めた木暮は怪物との分離に成功したが、暴走した怪物からつかさを守ろうとして重傷を負ってしまったのである。それはつかさにとっては悔恨の出来事だった(※ 第5話を参照のこと)。


「木暮くん、命に別状はないと言われているけど、あれからまだ一度も意識が戻っていないんだ。昨日も行ってみたんだけど、面会できなかった」


「ふーん」


「……木暮くんのお母さん、ずっと付き添っているんだよ。病室の外で少し話したけど、何だかとても疲れているようだった」


 つかさは自分を責めるように言った。


 友達として木暮を守ると約束した。それなのに自分の力不足で木暮を傷つけてしまったことが許せないのだ。


 だが、アキトは知っている。つかさに責任などないことを。あの怪物は、元々、木暮が生み出したものだ。


 どうして普通の人間である木暮が怪物を生み出したかまでは、さすがのアキトにも分からなかったが、いじめと虐待を受け続けていた木暮が周囲に対して、ただならぬ憎悪を抱いていたことは想像される。


 今回の悲劇は、負の感情を膨らませた結果、それが怪物を産み落すことに繋がったのだろう。きっかけはどうあれ、木暮自身が招いたものだ。


 それでも、あのとき自分にもっと何かが出来たのではないかと思い悩むのが、つかさらしいところだと言える。


 それがつかさの美徳だとは認めながらも、すべてを背負い込もうとする性格にアキトは歯痒さも感じてしまう。もう少し肩の力を抜いて生きられないものか、と思わずにいられないのだ。


 見舞いのことをアキトに黙っていたのも、余計な気を遣わせないようにしようという、つかさなりの配慮からだろう。しかし、それこそアキトにしてみれば、余計な気遣いだった。


 アキトはつかさの弁当箱から素早く玉子焼きをまむと、口の中に放り込んだ。そして、咀嚼しながら言う。


「命に別状がねえなら大丈夫だ。お前はヤツが戻って来るまで、待ってやるつもりなんだろ? それはヤツが帰って来る居場所を作っておいてやるってことだ。それでいいじゃねえか」


 なるべく深刻にならないよう努めながら、アキトはつかさを励ました。


 その言葉に、つかさは「そうだね」と、わずかながら明るさを取り戻してうなずく。


「――にしても、兄貴の催眠術は上手く行きましたねえ」


 大神が話題を変えるように、アキトを持ち上げた。すっかり、アキトの舎弟が板に付いている。


「オレもあれだけの大人数に術をかけるのは初めてだったけどな」


 そう言いながら、顎を撫でさするアキトの表情は満更でもなさそうだった。


 木暮の事件で、学校中が大騒ぎになった。一年B組の教室を半壊させ、多くの生徒や教師たちに目撃されたのだから無理もない。


 さらに巨大な怪物を相手に素手で闘いを挑んだアキト。その人間離れしたパワーとスピードに、驚愕した者は少なくなかっただろう。


 それもそのはず。アキトは見かけこそ普通の高校生──もとい、目つきの悪い不遜な少年に見えるが、その正体は千年以上もの長い時代を生き続けている東洋系の 吸血鬼ヴァンパイア なのだ。


 アキトが 吸血鬼ヴァンパイア だと知れれば、学校ばかりでなく、日本中が──いや、世界中が衝撃を受けるだろう。現代に 吸血鬼ヴァンパイア が実在した――と。


 それを防ぐためにも、事件の目撃者たちをどうにかする必要があった。


 そこでアキトが用いたのは、大神の事件のときにも役立った催眠術による記憶操作だ(※ 詳しくは第1話を参照)。


 元来、吸血鬼ヴァンパイア は人間を魅了させる術を心得ている。獲物となる人間を外に誘い込んだり、操ったりするためのものだ。


 アキトは今回もそれを駆使し、一年B組のクラス全員など、事件の記憶を強く残す者──真相の近くにいた薫や二年生の 待田まちだ 沙也加さやか も含めて──、消去してしまった。


 さすがに校内の全員や各省庁の関係者まで網羅するは無理なので、そこまではしていない。しかし、ある程度の人間の記憶を消しておけば、他との齟齬が生じ、何が真相なのかうやむやになる。


 それこそ怪物が原因とされる事件だ。最初から信じられないと、疑ってかかる者も多い。そこが付け目だ。


 お蔭で、多くの警察関係者やマスコミが駆けつけて来たにも関わらず、事件の真相はまったくの不明とされ、アキトの正体もまたバレずに済んだのである。


 あとは動画や画像の問題があったが、こちらは幸運が味方した。


 今日び、スマホひとつあれば、誰でも簡単に動画や画像が撮れてしまう時代だ。怪物が暴れたときも、多くの生徒たちが撮影をしていた。


 ところが、あとで中身を確認してみると、怪物の姿はハッキリと写っておらず、黒くモヤモヤした感じになっていた。


 多分これは、怪物が木暮の精神体から具現化したからだろう。つまり、幽霊のようなものだ。だから、人間の目に触れることは出来ても、デジタル化されたカメラなどの記録メディアにはあやふやにしか残されなかったと考えらえる。


 以上のことから、結局、あれは突発的な強風の仕業と結論づけられた。


 それは同時に、木暮を助けることにも繋がった。


 もし、学校を荒らし、空手部員たちを傷つけた怪物の正体が木暮と分かれば、いずれ退院できたとしても、警察の追求から逃れることは出来なかっただろう。そして、世間からは後ろ指を指される。


 従って、犯人が不明になったことにより、木暮の身の安全も守られたと言えた。


 そう言う意味では、つかさも言葉に出してはいないものの、アキトには多大な感謝をしている。だからと言って、何でもかんでも甘い顔をし、二個目の玉子焼きを取られるわけにはいかないが。


「ダメ」


 再び弁当箱へ手を伸ばしてきたアキトをぴしゃりと叩き、つかさは最後の一個である玉子焼きを口の中に放り込んだ。


「この薄情者!」


 アキトは玉子焼きひとつごときで涙を流さんばかりに喚いた。そして、いきなりつかさへ襲いかかる。


「あ、アキト、何を――!?」


「その口の中の玉子焼き、口移しでオレによこせ!」


 おバカなことをほざきつつ、アキトはキスを迫るようにつかさへ唇を近づけた。


 つかさ危機一髪――というところで、突然、眩しい光が浴びせられた。


 何事か、とアキトの気が一瞬逸れる。その隙を逃さず、つかさは思い切りアキトを突き飛ばした。


 ゴツッ――!


 勢いあまって、アキトはコンクリートの床に後頭部を打ちつけた。不死身と言われるさすがの 吸血鬼ヴァンパイア もこれには呻く。


「いててててっ! ──コラぁ、イヌ! 何をしやがる!?」


 アキトは当然、写真部に所属している大神がいきなりカメラ撮影をしたのだと思い込み、怒りの矛先を向けた。


 ところが、大神は慌てて首を横に振る。


「オレじゃないっスよ、兄貴ィ」


 確かに、その手にカメラはなかった。


「『濃厚キス! 一年A組の同性ラブラブ・カップル!』って、ところやね!」


 見出しをつけながらニタニタと笑っているのは、分厚いレンズのメガネをかけた女子生徒だった。手には今の撮影に使ったと思われるデジカメを持っている。


「誰だ、おめえ?」


 たんこぶが出来た後頭部をさすりながら、アキトはぶっきらぼうに尋ねた。


「初めまして、やろか? ウチは一年C組で、新聞部の 徳田とくだ 寧音ねね や。A組の仙月アキトはんやね? 以後、お見知りおきを」


 寧音は自己紹介して、またニッと笑った。アキトは顔をしかめる。寧音が何かを企んでいるのは明らかだった。


「で、オレに何か用か?」


 アキトはストレートに切り出した。寧音のメガネがキラリと光る。


「さすがは仙月はん。話が早いわ。実はあんさんに、先日の学校荒らしのことを聞こう思うてな」


 寧音の言葉に表情を変えたのは、アキトよりも、むしろつかさの方であった。思わず動揺して、アキトを見てしまう。


 だが、当のアキトはと言えば、平然としたものだった。寧音からの話に面白くなさそうな顔をし、眉ひとつ動かさない。


「オレはA組の人間だ。話を聞くなら、被害のあったB組の生徒の方がいいんじゃねえか? あっ、そうだ。そこに一人いるぜ」


 そう言って、アキトは隣にいる大神を推した。


 いきなり自分へ話を振られた大神はおたつく。


「お、オレですか!?」


 しかし、寧音の眼中には、最初からアキトしかなかった。


「それもええけど、怪物相手に闘ったあんさんの方が、面白い話、聞けそうやわ」


「――っ!」


 一気につかさと大神の緊張感が高まった。どうして彼女は、アキトが怪物と闘ったことを知っているのか。


 それでもアキトはノーリアクションを貫く。


「怪物相手? 何だ、そりゃ?」


「とぼける気かいな? 先日、B組の教室を荒らしてった、でっかい怪物と闘っとったの、ウチはちゃ~んと見とったんやで。──そう言や、武藤はん。あんさんもおったな?」


「そ、それは……」


 嘘が苦手なつかさは、寧音の追求にしどろもどろになった。


 すると隣で、アキトが急に腹を抱えて笑い出す。


「ハッハッハッ! 見た見たって言うけどよ、そんな怪物が出たって話、他のヤツから聞いたこともねえぜ。新聞部だか何だか知らねえが、捏造記事はヤバいんじゃねえの?」


「な、何やて――!?」


 捏造という言葉は、さすがに聞き捨てならなかった。寧音がカッとなる。


「いつ、誰が、捏造記事なんか書いたんや! ウチは真実だけを追い求めるジャーナリストの端くれや! 死んでもそないな記事、書くかいな!」


「ほ~う」


「仙月はん、あんさんこそ隠すとためにならへんで。何なら、さっきの決定的瞬間を撮った写真、『琳昭館りんしょうかん 月報』に載せてもええんやけど?」


 寧音は挑発するように、手に持っているデジカメを振って見せた。


 慌てたのはつかさだ。さっきのアキトとキス寸前だった写真を『琳昭館月報』に掲載されては、全校生徒のほとんどがそれを目にすることになるだろう。特に、つかさ憧れの先輩である沙也加に見られでもしたら、二度と顔を合わせられない。


 写真の掲載をどうにかしてやめさなければ、とつかさは思った。


 そのとき、いきなり背後から伸びて来た腕が、つかさの動きをまるで封じるかのように首へと回された。アキトの仕業だ。


「掲載、大いに結構! これでつかさとの仲が校内公認になれば、オレとしても歓迎するぜ!」


 後ろからつかさを抱き留めた格好のアキトは、嬉々として喜んだ。多分、ハッタリでも何でもなく本気だ。


「冗談じゃない!」


 つかさは青くなって、手足をバタバタさせる。だが、アキトの腕から逃れることは出来なかった。


 そんな二人を見て、寧音は苦々しげな表情を作った。


「どうやら、脅しは効かへんようやな。まあ、ええわ。そのうち、あんさんの尻尾を絶対に掴んでみせるさかい」


 そう言い残して、寧音は意外にあっさりと引き下がった。屋上から立ち去る。


 寧音がいなくなってから、大神が血相を変えたように、アキトに向き直った。


「兄貴、ヤバくないですか?」


「そうだよ。そもそも、催眠術でみんなの記憶を消したんじゃなかったの?」


 つかさもアキトの腕から逃れようともがきながら、事態の深刻さを口にした。


 ところが、当のアキトはケロッとしたもので、


「まあ、催眠術も万能じゃねえからな」


 と無責任発言。


 それじゃ困る、とつかさが慌てる。


「薫や待田先輩にも術をかけているんだよ! 大丈夫なの?」


 アキトが 吸血鬼ヴァンパイア だと知っているのは、今ここにいる三人だけ──それが寧音にバレるようなことがあれば、アッという間に学校中に広まり、万事休すだ。


 他にも催眠術が効いていない者が、同様にいるかも知れない。となれば、事件の記憶をそのまま持っているということになる。


 アキトもその辺を否定しなかった。


「催眠術ってのは相手に心の隙がないと、なかなかかかりづらいんだよ。今のメガネの場合、いっつも世の中を疑った目で見てるんじゃねえか? そういうヤツの心に付け込むのは難しいのさ」


「じゃあ、どうすんの!?」


 どうして自分がハラハラしなければいけないのか、理不尽に思いながらつかさは尋ねた。


 アキトは不敵に微笑む。


「まあ、なるようになるしかねえだろ。──心配すんな。オレが生き血をすすっている現場でも押さえられない限り、吸血鬼ヴァンパイア だっていう正体がバレることはねえだろうからよ」


 以前、アキトは人々がイメージしている 吸血鬼ヴァンパイア とは違い、頻繁に生き血を吸うようなことはないと言っていた。しかし、彼自身、自制心の欠片かけらもない感じで、本当に自重できるのだろうか。


 つかさは不安が募る一方だった。

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