どうせ寧音は、いつもの病気が始まったんだから
第6話「スクープはつらいよ」スタート!
「やっぱ臭いで……」
一年C組の 徳田 寧音 がおもむろに呟くなり、すぐ隣に座っていたクラスメイトの伏見ありすがキョトンとした顔で振り向いた。
「なになにぃ、ねねちゃん? 何の臭い~?」
舌っ足らずな口調で、ありすは尋ねた。
高校生にしては子供っぽく見られるありすは、普段の言動も何処かほんわかした感じがする夢見がちな少女である。ロリータ・フェイスにふわりとまとめたおさげが、まるでチア・ガールのボンボンのように揺れた。
だが、話しかけられた当の寧音は、心ここにあらず、といった様子で、一人でブツブツと何か呟いている。
そこへ、もう一人の女子生徒がやって来た。
「やめとけ、ありす。どうせ寧音は、いつもの病気が始まったんだから」
男っぽい口調が似合う、ボーイッシュでスラリとした長身の女子生徒は、面白半分、呆れ半分に説明した。
彼女の名は 桐野 晶。
一年生ながら 琳昭館 高校女子バスケットボール部で即レギュラー入りを果たした期待のゴールデン・ルーキーとして知られている。
彼女が得意とするのはスリーポイント・シュートで、校内でも実力と人気を兼ね備えた超有名人だ。
ただ惜しむらくは、セーラー服を着ていないと男子に見間違えそうな容姿のせいか、異性よりも同性からの支持が圧倒的に高いというところ。毎日、下駄箱に女子からのラブレターが入っているとかいないとか。
晶の言葉を聞いたありすは、元から大きな瞳をさらに見開くようにしながら、両手の拳を口元へ持って来ると、またまたボンボンみたいなおさげを揺らすように身をくねらせた。
「えぇ~っ、ねねちゃん、病気なの~ぉ? 大丈夫~?」
天然なありすのリアクションに、晶はズッコケそうになった。
「違う! その病気じゃないって! いつものアレ! 何か特ダネを見つけて、また突っ走ろうとしているんだよ!」
晶が言うように、寧音は新聞部に所属していた。
琳昭館高校の新聞部は、運動部よりも目立たない文化部の中にありながら、唯一と言っていいほど、活発に活動をしている。
部活動のメインとなっているのは月一度の校内新聞「琳昭館月報」の発行だ。
その内容は、校内の行事や運動部の取材記事を中心に、話題の生徒に迫ったインタビューや噂調査、そしてマンガ研究部が寄稿する四コマ・マンガなど、かなりの情報が網羅されている。その校内新聞を毎月楽しみにしている生徒は多い。
寧音も部員の一人として、積極的に取材活動を行っていた。――いや、その取材能力とジャーナリスト魂は、他の部員を遥かに凌ぐと言っていいだろう。
病気の意味合いを晶から説明され、ありすは安心したようだった。
「な~んだぁ、その病気か~ぁ。もお、ありす、ビックリしちゃった~ぁ」
入学して以来の仲だが、どうもありすと喋っているとテンポが狂う晶であった。
「――で、今回は何を追いかけてんだよ?」
一応、晶が尋ねてみると、いきなり寧音は立ち上がった。
「これは絶対におかしいで!」
「何が?」
「先日の事件や!」
えらい剣幕の寧音に、さすがの晶もたじろいだ。
一方、ありすは何が面白いのか、そんな寧音に向かってパチパチと拍手する。
先日の事件と言えば、校内での出来事に限るなら、思い当たるのはひとつしかない。
「事件って……この前、隣のB組の教室を滅茶苦茶にした突風のことか?」
晶の言葉に、寧音は机をばーんと両手で叩く。
「そやない! 隣の教室をわやくちゃにしたんは、突風やのうて巨大な怪物や!」
「……また、それかよ」
寧音の主張に、晶はうんざりとした顔をする。それは何度も寧音から聞かされた話だった。
シラけた様子の晶に対して、寧音は俄然ヒートアップした。
「何で憶えてへんねん!? 自分らも見たんとちゃうの!? あんだけ大騒ぎしたやんか!」
「憶えているよ。隣がえらい騒ぎだったからな。でも、寧音が言うような、ヒツジの頭をした――」
「ヒツジやない、山羊や!」
「山羊? ――まあ、どっちでも似たようなもんだろ。とにかく、そんな化け物は見てねえよ。まあ、私はたまたまだったのかも知れないけど、寧音はB組の連中に直接、取材もしたんだろ? そいつら、何て言ってたんだ?」
「そ、それは……」
急に寧音は目を泳がせ、言い淀む。
すでに取材は終わっていた。全員から取れた証言は――いきなり凄い突風が吹いて来て、教室を滅茶苦茶にした――だ。
「三高の小学校や中学校でも、同じようなことがあったって聞くぜ。あれは竜巻とか、そういうもんの仕業さ。この前だって、すげえゲリラ豪雨があったし、ここんところの異常気象が関係してるんだよ。──なあ、ありす?」
「えぇ~っ? ありす、分かんなぁ~い」
ありすに尋ねてから、晶は人選を誤ったと後悔した。
それでも、寧音は一歩も引かなかった。
「そないなわけあれへん! ウチは確かに見たんや! この視力0.01の目でしっかりな!」
レンズが牛乳の瓶底みたいなメガネをかけた寧音が断言する。そんなに視力が悪いと、余計に信用できないが。
「だ~か~ら~、それこそ寧音の妄想、白昼夢だったんだろ? それが一番、納得できる答えじゃねえか?」
晶はいい加減、この話題に飽きていた。
寧音が新聞部員として、これまで多くのスクープをモノにして来た功績とバイタリティーは認める。でも、今回だけは何かの間違いとしか思えない。
そもそも、この世の中に寧音が言うような──頭が山羊の骸骨になった怪物などというものが存在すること自体、疑わしい。晶は幽霊や宇宙人など眉唾な存在は信じない性質だ。
「……これは何か陰謀の臭いがする……そや……例えば、政府が極秘裏に開発したバイオ兵器が逃げて暴れ、その証拠隠滅を図っとるんやないやろか……? 目撃者全員の記憶の抹消……大がかりな口裏合わせ……」
想像逞しい寧音は、まだブツブツと様々な可能性を探る。
晶は嘆息した。
「そんなに言うんならさ、いつもカメラを持ち歩いているアンタのことだ。当然、現場の写真は撮ってあるんだろ? 証拠の写真でもあれば、私も認めてやるぜ」
そう晶に言われ、寧音は一瞬、表情を凍りつかせた。
確かにカメラは寧音が肌身離さず持っているものだ。いついかなるときも特ダネのシャッターチャンスを逃さないためだが――
寧音は少し迷いながら、机の下から封筒を取り出すと、中の写真を一枚、晶たちに見せた。
それを覗き込んだ晶とありすが、一様に眉をひそめる。
「何これ?」
それはピントがぼけた写真だった。奥には黒い物体が見える。そして手前に見えるのは人の頭だろうか。いずれにせよ、全体的にぶれてしまっており、何を撮ったのか判然としなかった。
「これが怪物さん?」
ありすが指で示し、小首を傾げながら言った。さらに晶が目を凝らす。
「手前に写っているのは、誰かの頭……かな? にしても、さすがにこれじゃ、何が何だか」
「……倒れる瞬間にシャッターを切ったから、ぶれてしもうたんや。しかもそんとき、ウチの大事なカメラ、壊れてもうたし」
寧音は弱々しく答えた。あの瞬間、一年A組の 忍足 薫 に押し倒されたのが口惜しい(※ 第5話を参照してください)。
もっとも薫にしてみれば、飛んで来た机から、撮影に夢中で気づかなかった寧音を助けるための行動であって、決して悪気があったわけではない。不可抗力だ。
とはいえ、寧音にとって命よりも大事なカメラを壊してしまったことは、何よりも堪えていた。今は代用品として安いデジカメを持ち歩いており、相棒である一眼レフカメラは修理に出している。
「ちょっと待って~ぇ」
隣で晶の持つ写真をずっと眺めていたありすが、突然、声を上げた。
「どうした、ありす?」
ありすは首を曲げて、写真を横に見た。その動作に釣られて、隣の晶も真似をしてみる。
「この人の頭、どっかで見たような気がするんだけど~ぉ……」
そう言われ、晶も手前に写っている頭のようなものをジッと見つめた。
黒髪に所々、明るい茶色い色が混ざっていて、まるで虎柄模様だ。
しばらく考えて、やがて晶が思い出す。
「あっ、これって、A組の……」
ワンテンポ遅れて、ありすも分かったらしく、右腕を元気な小学生のように上げた。
「あっ! ありす、分かった~ぁ! 歯がこ~んなで、目がこ~んな人~ぉ!」
ありすはそう言うと、前歯をニッと出し、人差し指で目を吊り上げた。本人の顔真似をしているつもりらしい。
「えーと……名前、何つったっけ?」
晶は思い出そうと眉間の辺りを叩いた。すると、寧音がすかさず答える。
「……仙月 アキト」
それは最近、一年A組のクラスに転校して来た男子生徒の名だった。
「あー、あいつか! 確かに、こんな髪の染め方をしているのは、あの男しかいないな」
晶は納得するようにうなずいた。
すると横で、ありすが膨れっ面になる。
「ありす、あの人きらぁ~い! 前に廊下で擦れ違ったとき、ヒッヒッヒッて変な笑い方してぇ、じゅるじゅるじゅる~ってヨダレすすったんだよ~ぉ! まるでありすのこと食べちゃおうってするみたいに~ぃ! ありす、怖かった~ぁ!」
ありすは思い出したように身震いした。
晶も拳をグッと握り、わななかせる。
「私もあの野郎にはムカついてたんだ! バスケの練習後にすれ違って、いきなりクンクンと人の匂いを嗅いできやがったと思ったら、『何だ、処女かと思ったのにペチャパイか』って言い捨てて行きやがって!」
今度顔を合わせたら、一度ぶん殴ってやる、くらいの剣幕で晶は憤っていた。
この二人に限らず、どうやらアキトは、全校の女子生徒たちから不興を買っているらしい。困ったものである。
晶から写真を返してもらった寧音は、それを見ながらメガネの奥を光らせた。
「……やっぱ、直接、本人に問いただした方が早そうやね」
「わぁーっ、ねねちゃん、怖ぁ~い」
薄っすらと笑みまで浮かべている寧音に気づき、ありすが怯えた。晶もドン引きする。
「こうなったら、徹底マークしたるわ!」
寧音は宣言した。
元々、事件が発生する少し前から、何かと校内で問題を起こすアキトをマークしていたのだ。その上、今回の事件とも無関係ではない。
一年B組の教室で、或いはグラウンドの真ん中で、恐ろしい怪物相手に素手で立ち向かったアキトの姿が、寧音の脳裏から離れることはなかった。
――仙月アキトなら、何か知っとる。
そう直感すると、寧音のジャーナリスト魂は否が応にも燃え上がるのだった。
ところが――
「……およしなさい」
突然、怜悧な声が寧音を現実に引き戻した。
寧音たちは、その声の主に視線を集めた。ありすの前の席に座っている長い黒髪の女子生徒だ。彼女はこちらに振り向かぬまま忠告していた。
「何でやねん? どういうこっちゃ?」
寧音が女子生徒の前に回り込む。
黒井ミサ。
普段は物静かで、何処となく神秘的な印象を抱かせる美少女なのだが、近づき難い雰囲気も同時に持っており、彼女のことを “魔女” だと囁き、敬遠する者も少なくなかった。
「……その男に関わると、あなたに災難が降りかかる――カードがそう教えてくれているわ」
ミサは机の上にタロットカードを並べていた。そして、裏返しになっている残りのカードを一枚ずつめくってゆく。
それを肩越しに覗き込んだのはありすだった。
「ホント~ぉ? ミサちゃんの占い、当たるんだよね~ぇ! ──ねねちゃん、ど~する~ぅ?」
しかし、一度決めたことは実行せずにはいられないのが寧音である。
「そんなん関係ないて! 絶対にB組の教室を荒らしたんは怪物やったとウチが証明したるわ! 女に二言はあれへんのや!」
ミサの忠告になど耳を貸さず、代用のデジカメを手にすると、寧音は廊下へと素っ飛んで行った。それを見送りながら、やれやれ、といった様子で晶は腰に手を当てる。
忠告を無視されたミサは特にムッとするわけでもなく、淡々と最後に残ったカードをめくった。
めくられたカードは、大きな鎌を持つ骸骨が描かれた図柄──DEATH(死)。
それを無表情に見つめて、ミサは一言だけ呟いた。
「……不吉だわ」
――と。




