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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第5話 心の檻に棲む野獣 【 全 11 回 】
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私、この近くだから、お役に立てればいいんだけど

 坂田さかたたち空手部員が襲われた翌朝、つかさはいつもより早く家を出た。学校へ行く前に、木暮こぐれの自宅を訪ねるためだ。


 結局、昨日も木暮は学校に来なかった。一昨日、コンビニ前でのトラブルで知り合って以来、一度も会えていない。


 あれから、もっとひどいいじめでも受けたのではないだろうか、とつかさは心配でならなかった。


 木暮が欠席した理由をB組の生徒に尋ねても、かんばしい答えはゼロ。大神おおがみ の言う通り、誰もが木暮に対して無関心だった。


 クラスのみんなから疎まれ、いじめられている木暮を何としても助けたい。そのためには何でもするつもりだった。


 もちろん、B組の生徒たちに、木暮をいじめないでやってくれ、と頼むのは容易ではないだろう。しかし、いじめられる側がクラスに打ち解けて行くことさえ出来れば、徐々に陰湿な行為はなくなるはずだ。


 つかさ自身、以前から比べたら、少しずつ自分をさらけ出すことが出来るようになって来ている。だから、木暮だって大丈夫だ。


 つかさはB組の担任教師から、木暮の住所を聞き出した。直接、自宅を訪ねてみようと思ったのだ。


 B組の担任教師は驚いたような表情を作っていたが、むしろ最後には木暮のことを託された。担任教師もいじめの状況を把握しており、どうしたらいいか悩んでいたらしい。


 ならば、もっと早くに何らかの手が打てなかったものかと、つかさは憤りを感じたが、住所のメモを黙って受け取り、職員室を辞した。


 実のところ、昨日の放課後には木暮の家を訪ねるつもりだったのだが、坂田たちへの暴行傷害事件が発生したせいで、そんな気分ではなくなってしまった。こちらがモヤモヤした気持ちを引きずりながら、他人を励ませるわけがない。


 結局、昨晩はあまり寝つけず、行方をくらませたアキトのことも気がかりだったが、朝には頭を切り換え、こうして木暮の家へと向かっていた。


「……えーと、この辺かな?」


 つかさは初めて訪れる町で、木暮の家を探した。電柱に町名と番地が記載されているが、どちらへ行けばいいのか、さっぱり分からない。まごまごしていたら、学校にも遅刻してしまいそうだ。


 交番で道を尋ねようにも、それがまず見つからない。事前に地図で場所を確認しておくべきだったか、と反省した。


「あら?」


 完全に道に迷っていたつかさに、聞き覚えのある女性の声がかけられた。つかさは振り向いて、ハッとする。


「やっぱり、武藤むとうくんだったのね? 後ろ姿で、何となくそうじゃないかなって思ったわ」


「せ、先輩――!?」


 つかさはすぐに顔が赤くなるのを感じた。


 声をかけてきたのは、清楚な感じがする女子高校生、待田まちだ 沙也加さやか だった。つかさにとって、憧れのマドンナである。


 こうして沙也加と顔を合わせるのは、ゲリラ豪雨の日に奇怪な事件に遭遇して以来だ。


 あのとき、沙也加はあやかしの類によって襲われ、つかさは必死に守ろうとしたのだが、結局、自分の甘さがあだとなり、もう少しで取り返しのつかないことになるところだった。


 しかし、そんな事件があったことを微塵も感じさせないくらい沙也加が元気そうだったので、つかさはひとまず安心する。首に傷痕を残したつかさに比べ、沙也加に大したことがなかったのは不幸中の幸いだ(詳しくは第4話を参照)。


「首の傷、大丈夫?」


 つかさの首にまだ巻かれている包帯を見て、沙也加は心配した。つかさは急いで笑顔を作る。


「大丈夫です。この包帯は傷を隠すためのようなものですし。それに病院の先生も痕は残らないって言っていました」


「そう、良かったわ。――あの日、何があったのか、私はよく憶えていないけど、武藤くんが助けてくれたのでしょう? ありがとう」


「い、いえ、ボクは別に……」


 実際に沙也加を助けたのはアキトだったので、つかさは面映ゆかった。


 それに事件の記憶が沙也加にないのも、アキトの催眠術のせいだ。恐怖体験は忘れてしまうに限る。


「――ところで、この近くに住んでるの?」


「いや、その……違います……実は友達の家を探していて……」


 しどろもどろになりながら、つかさは答えた。


「それで道に迷ったとか?」


「は、はい……」


 つかさは恥ずかしくて、顔から火を吹きそうだった。沙也加は優しく微笑む。


「住所は? 私、この近くだから、お役に立てればいいんだけど」


「いや、そんな、先輩にそこまでしてもらわなくても……」


 慌てふためくつかさを見て、沙也加はおかしそうな顔をする。


「ホント、あなたはいつも遠慮するのねえ。保健室のときもそうだったわよ」


「す、すみません……」


「また、そうやって謝る。いいから、見せてご覧なさい」


 沙也加は可愛い弟でも相手にするように言うと、ほら、と手の平を差し出した。


 こうなっては住所のメモを見せないわけにいかない。つかさはおずおずとメモを手渡した。


「え~と……ああ、ここね。ここなら分かるわ」


「ホントですか?」


「ええ、案内してあげる。付いて来て」


 そう言うと、沙也加は先に立って歩き始めた。つかさは慌てて、小走りで追いかける。


「せ、先輩! 本当にいいですから! 先輩まで学校に遅刻するようなことになったら申し訳ないですし……」


 つかさは恐縮しながら断ったものの、沙也加はそんなことなど気にしないかのように歩き続けた。


「いいのよ。武藤くんも、こんな朝早くに行ったこともない友達の家を訪ねようとしているのは、何か理由があるからでしょ?」


「え、ええ、まあ……」


「あなたのすることが悪いことであるはずがないもの。それに困っている後輩を助けるのは先輩として当然のことよ。私にも手伝わせて」


 つかさは困った。こうして、憧れの沙也加と並んで歩けるのは嬉しいが、遅刻覚悟で木暮の自宅を探してもらうのは心苦しい。だが、沙也加がそう決めた以上、今さら断るわけにもいかなかった。


「もし良かったら、どうしてこの友達を訪ねようとしているのか聞かせてくれるかしら?」


 沙也加にそう言われ、つかさは木暮のことをポツリポツリと話した。その間、沙也加は一言も口を挟まずに聞き入る。


「──そうなの。その木暮くんって子、心配ね」


「……はい」


「でも、武藤くんは優しいのね。同じクラスでもないのに、そこまで彼を真剣に心配して」


「いえ、そんな、ボクはただ……」


 沙也加から褒められて、つかさは照れた。顔が火照ってしまい、何処かへ逃げ出したくなるような衝動に駆られる。それでいて、いつまでもこうして二人で歩いていたい、と心の片隅で願ってもいた。


「ここよ」


 沙也加に案内されて五分くらいで、目的の場所に到着した。造りの古い二階建てアパート。この二階の一室に木暮の家族が暮らしている。


 足音の響く鉄製の階段を上がると、三つ目のドアが木暮家の部屋だ。やっと辿り着いた。


 しかし、つかさたちが近づいた途端、室内から大きな物音が聞こえた。ガラスの割れる音やタンスのような重い物が倒れる音――つかさは思わず身構えた。


「は、春紀ーっ!」


 悲鳴にも似た、男性の叫び声がした。春紀というのは木暮の下の名だ。


 バァァァァァン!


 次の瞬間、木製のドアが凄い勢いで吹き飛んだ。中でガス爆発でも起きたのかと錯覚したくらいだ。しかし、そうではなかった。


「……先輩はここにいてください」


「武藤くん……?」


 つかさは沙也加を下がらせてから、室内の様子を見ようと近づこうとした。ところが、その腕を沙也加が掴んで引き留める。危険だ、と言いたいのだろう。


 だが、中には春紀と、おそらくはその家族がいるはずだ。彼らがどうなったのか、確認しないわけにはいかない。


「グゥルルルルルルッ!」


「──っ!?」


 まるで巨大な肉食獣が上げる唸り声のようなものが聞こえた。それは足を一歩踏みしめるたびに、アパート全体へ振動が伝わりそうなくらい大きい。何かが部屋の中から外へ出ようとしていた。


 つかさは右半身を後ろに引いて、わずかに腰を落とした。万が一に備えて、いつでも攻撃できるよう構える。それは幼い頃より祖父から教えられた古武道が、しっかりと身体に染みついている証拠でもあった。


(来る──!)


 ガッ――!


 ドア枠に鋭い爪と巨大な指がかけられた。人間のものではない。つかさはギョッとする。


 鼻面が出て来た。次に頭部と巻き貝のような巨大な角。金色こんじきの眼がつかさたちをギョロリと睨んだ。


 その異様な怪物の頭部は、動物の頭蓋骨を思わせた。角の形状からして、山羊ヤギに近いだろうか。


 しかし、口には鋭い牙が恐竜のように並び、首から下は黒い獣毛のようなもので覆われていた。さらに怪物は二足歩行で立ち上がり、身の丈二メートル三十センチくらいはあっただろう。


 つかさは怪物を見上げた。


 上半身が筋骨隆々なのに対し、下半身が恐ろしく華奢に出来ているというアンバランスさ。頭が二階の軒先になっているトタンの屋根をこすっていた。


 それはまるで、オカルト関連の本に描かれた挿し絵で見かける、山羊をモチーフにした悪魔の姿そのものだった。


「フシュウウウウウッ……!」


 怪物は灰色の息を吐き出した。たちまち周囲に悪臭が漂う。鼻が曲がりそうだ。つかさも沙也加も、思わず腕で鼻を覆った。


「ガァルルルルッ……」


 次に怪物は首を巡らせ、つかさたちを直視した。襲いかかるつもりか。


 つかさは体内で《氣》を練る。この巨体に通常の打撃が通用するとは思えない。となれば、体内のエネルギーを相手に叩きつける発勁はっけいを放つしかなかった。


 普通の人間を傷つけることも出来ないつかさであるが、なぜか相手がそれ以外の怪物となれば話は別だった。獣の如き相手の動きを冷静に捉える。


「待田先輩は危ないから下がってくださいっ!」


 先程まで大人しかったはずの少年は、今、勇敢な武道家に変わっていた。沙也加を危険な目に遭わせるわけにはいかない。今はつかさが守るしかないのだ。


 怪物はいきなり両腕を振り上げた。まるで巨大な熊が後肢で立ち上がったかのような迫力。


「グオオオオオッ!」


 怪物の咆哮が周囲の空気を震わせた。つかさの鼓膜にもビリビリ響く。しかし、たじろぎはしなかった。


 ところが、その後ろにいた沙也加はそうもいかない。未知なる巨大生物への恐怖のあまり、後ろへ下がろうとする足がもつれ、空を掻いた手がつかさのベルトを掴んでしまう。


「キャッ!」


「うわっ!」


 目の前の怪物に集中していたつかさは、予想だにしなかったハプニングに見舞われ、沙也加に引っ張られるような形で、呆気なく後ろに倒れ込んでしまう。今、怪物の攻撃を受けたらジ・エンドだ。


 ところが、怪物は突如として身をひるがえすと、手すりを乗り越えて表に着地した。たまたま通りかかった人たちが、その異形の姿に目を剥く。


「キャーッ!」


 あちこちから悲鳴が上がった。それでなくとも、アパートで起きた爆発のような音を聞きつけて、多くの人々が近所から様子を見に集まって来たばかりだ。


 幸いにして、怪物はそれらを無視し、一目散に逃亡を図った。近くを走行していたバイクさえ追い抜く、物凄いスピードだ。


 アッと言う間に怪物の巨体は見えなくなってしまった。もし、あのまま暴れ回っていたら、多数の犠牲者を出していただろう。


 起き上がったつかさは、ホッと息をついた。どうやら助かったらしい。それにしても、あの怪物はいったい何だったのか?


「待田先輩、大丈夫ですか?」


 つかさは沙也加に手を差し伸べながら尋ねた。さすがの沙也加も顔色は青白かったが、しっかりとうなずく。


「ごめんなさい……武藤くんの方こそ大丈夫?」


「はい、ボクも平気です」


「でも……あれは何なの? あんな動物、見たこともないわ」


 それに関しては、つかさも答えようがなかった。


「――そうだ、木暮くんが!」


 あの怪物はなぜか木暮の部屋から現れた。木暮は無事なのか。


 つかさは血相を変えて、破壊された部屋の入口から中に踏み込んだ。


 室内は大量の埃が舞っており、つかさは小さく咳き込んだ。鼻と口を腕で覆うようにしながら、視界の悪い周囲を見回す。


 部屋の中は入口以上に荒らされていた。家具は何もかもが横倒しにされ、壁や畳には無惨な爪痕が残されている。本当に爆発でも起きたような惨状で、窓ガラスも散乱していた。


「木暮くん!」


 つかさは名を呼んだ。


 すると、何処からか微かなうめき声のようなものが聞こえた。つかさは必死に倒れたふすまや家具をけてみる。


 布団の下から人間の素足が出て来た。布団を剥ぐ。その下にいたのは木暮ではなく、ランニングシャツにトランクス一丁という姿をした年輩の男性だった。彼の父親かも知れない。怪物によってやられたのか、頭からひどい出血をしていた。


「今、救急車を呼ぶわ!」


 つかさの後ろから中に入って来た沙也加が、自分の携帯電話を使って119番に通報した。その間につかさは、なおも木暮を捜す。しかし、瓦礫の下をすべて覗いたはずなのに、木暮の姿は何処にもなかった。


「木暮くん……」


 つかさは不安に胸を押し潰されそうになりながら、木暮の安否を心配した。






 事件現場は騒然としていた。


 無理もないだろう。朝の出勤時間と重なった平穏なはずの住宅街は、通報で駆けつけた警察や消防、救急が大挙して活動し、何事かと好奇心に満ちた野次馬やマスコミが群れを成して集まっている。現状はより混乱したものになっていた。


 そんな中、つかさは心がくような焦りを必死に押さえ込もうとしていた。


 木暮のアパートへ来てみれば、本人の姿はなく、代わりに室内を荒らしまくって出現したのは、とんでもない化け物だった。


 部屋からは木暮の父親らしき男性が発見されたが、怪我とショックのせいかなのか、まともに話を聞くことも出来そうにない。つい先程、病院へ搬送された。


 さらに第一発見者であるつかさは、ここまで案内してくれた沙也加と共に、警察からの事情聴取があるとのことで足止めされていた。


 もし、それがなければ、すぐにでも木暮を捜しに行きたかった。とにかく木暮の無事を確認したい。あんな常軌を逸した怪物を目撃してしまうと、どうしても悪い想像をしてしまいがちになる。


「こちらです」


 近くにいた制服警官が、ロープをくぐって現場から出て来た背広姿の男二人に声をかけた。多分、刑事だろう。初老の男とまだ二十代半ばくらいの青年だった。


「えーと、君たちが発見者?」


 初老の方の男が、身分証バッジを見せながら尋ねた。つかさと沙也加はうなずく。


「私は三高みたか署の 杉浦すぎうら。こちらは同僚の神戸かんべです。事件の状況について聞かせていただきたいのですが」


 杉浦と名乗った初老の刑事は、思ったよりも柔らかい物腰でつかさたちに話しかけてきた。二人の刑事から、それぞれ名刺を渡される。


 テレビの刑事ドラマなどから、もっと高圧的な態度で接してくるのかと身構えていたのだが、杉浦や神戸の態度に、つかさたちは少しホッとした。


 つかさは木暮のことを含め、包み隠さずに話した。横からときどき、沙也加が補足の説明を挟む。刑事たちはそれを神妙な顔つきで聞き入った。


 ところが怪物の出現に話が及ぶと、両刑事の眉がひそめられた。


「怪物……?」


 確かに、にわかには信じられない話だろう。つかさにしたって、自分の目で見たのでなければ、何かの見間違えではないかと疑いたくなる。だが、クラスメイトに本物の 吸血鬼ヴァンパイア が実在する以上、怪物の存在も信じざるを得なかった。


「神戸刑事!」


 敬礼をひとつして、一人の制服警官が何やら報告に来た。つかさたちには聞こえないよう、事情聴取している杉浦刑事から少し離れて立っていた神戸刑事に何やら耳打ちする。それを聞いて、神戸刑事の表情が変わった。


「杉さん、どうやらこの子たちの話は本当のようです! たった今、三高小学校でも怪物が暴れて行ったという通報があったそうです!」


「何だって!?」


 杉浦刑事は信じられないといった顔で神戸刑事を見た。これまで色々な凶悪犯を相手にしてきただろうが、巨大な山羊の怪物など初めてなのだから無理もない。


 神戸は報告を続けた。


「現在、三高中学校方面に逃走中とのことです!」


「小学校の次は、中学校か」


「どちらもこの近くの学校だわ」


 聞くともなしに耳にした沙也加が、隣のつかさに教えてくれた。


 どうして怪物は学校へ向かったのか。単なる偶然だろうか。


「神戸、我々も向かうぞ。──ご協力ありがとうございました。また何かお伺いすることがあるかも知れませんが、今日のところはお引き取りいただいて結構です」


 つかさたちへの礼もそこそこに、杉浦刑事と神戸刑事は急いでパトカーの方へ向かった。怪物を追跡するつもりに違いない。


 集まった約半数の警察が移動を始めると、現場はさらに騒然となった。怪物の情報を得た記者だろうか、「三高中学校だ!」と叫ぶのが聞こえる。野次馬たちもそれを察知し、三高中学校へ向かおうとする者たちが増えてゆく。


 そんな人々の混乱を目にしながら、つかさは現場の規制線を表す黄色いテープをくぐり抜けた。すでに学校の授業が始まっている時間だが、だからと言って、すぐに登校する気にもなれない。


「沙也加ちゃん!」


 いきなりキンキンした声が、つかさの後ろにいた沙也加の名を呼んだ。慌てた様子で痩せぎすの主婦が駆け寄って来る。少し神経質そうな顔立ちだった。


「沙也加ちゃん、大丈夫だった!? ケガはない?」


 その主婦は沙也加を見るなり、早口でまくし立てた。そんな彼女に沙也加は柔らかな笑みを見せる。


「はい、私は何ともありません。──あっ、こちらは私のご近所の方で、知り合いなの」


 沙也加はつかさに紹介した。


「あなたが第一発見者だったんですって? よく無事で……それで木暮さんトコの息子さん、大丈夫だった?」


 矢継ぎ早に質問して来る主婦にも、沙也加は嫌な顔ひとつしなかった。


「春紀くん、でしたっけ? 彼は学校に登校したあとだったようで、運良く不在でした」


「そう、良かったわ!」


 それを聞いて安心したのか、主婦はひとつ息を吐き出した。


「でも、お父様は大ケガをされていて、救急車で運ばれました。無事だといいのですが」


 沙也加がそう言うと、主婦は露骨に嫌な顔をして、首を振った。


「いいのよ! あんなろくでなしは、どうなっても!」


「ろくでなし?」


 思わず尋ねたのは、つかさの方だった。主婦はうなずく。


「ええ。昼間っから仕事もしないで酒を飲んで、家でゴロゴロしているんだから。それにその人は木暮さんの旦那さんでも、息子さんの父親でもないの。本当の旦那さんが亡くなったあと、十年くらい前に転がり込んで来た男なのよ」


 主婦からの話を聞いて、つかさは驚いた。木暮の家庭がそんな複雑な事情を抱えていたとは。


 そんなことすら知らず、友達になろうとしていた自分が浅はかに思える。友達なら、木暮の痛みをもっと理解すべきだった、と。


 さらに主婦は続けた。


「それにお酒を飲むと手がつけられないほど暴れてね。いわゆる酒乱てヤツよ。木暮さんの奥さんも息子さんも、散々、暴力を振るわれたらしいわ」


「警察には何も?」


「そりゃあ、よっぽどひどいときには近所の誰かが通報して、何度か来てもらったこともあるわ。でも、そのたびに木暮さんの奥さんが謝って、二度とお酒を飲ませませんから、と泣いて頼むの。あんな男の何処がいいのかしらねえ」


 話しながら、主婦は嫌悪感を現した。自分では耐えられない、と言いたげだ。


「でも、そう言われちゃ、警察も私たちも引き下がるしかないじゃない? その繰り返しよ。だから、今回のことはきっとバチが当たったんだわ! これで死んでくれれば、世のため人のためになるってものよ!」


 主婦は物騒なことを口走ったあと、私だったら夫や恋人よりも息子の方が大事だわ、とか、息子に何かあったらタダじゃおかない、とか、いつの間にか自分の家庭の話を沙也加に聞かせていたが、つかさの耳にはすでに入って来なかった。


「木暮くん……」


 つかさは早く木暮を捜し出し、自分に出来る精一杯のことをしてやりたかった。

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