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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第4話 虚蟬の魔鏡 【 全 5 回 】
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あなたも……私の邪魔をするの……?

「ま、待田まちだ先輩……」


 落ちていた傘と学生鞄は沙也加さやかのもの、という確信がつかさにはあった。


 一般的に「まちだ」という姓の場合、「町田」という漢字を用いるだろう。よって、沙也加以外に「待田」という苗字の生徒は、この 琳昭館りんしょうかん 高校に在学していないはず、という答えが導き出される。


 果たして、ここで何があったのか。


 どう考えても、踊り場に傘と鞄をわざわざ置いておく人間はいないわけで、沙也加が落としたものに違いなかった。すなわち、最悪のケースということになるが、何らかのトラブルに見舞われたということだ。


 ここで問題なのは、姿を消した沙也加の居所である。校内の何処を捜すべきか、つかさは懸命に頭を働かせた。


 まず、どれくらいの時間が経過しているかを考えてみる。


 ここに傘と鞄があるということは、沙也加が一旦、生徒会室まで取りに行ったのは確実だ。その後、施錠した鍵を職員室に返却し、図書室へ戻ろうとしていたのなら、沙也加の身に何かがあったのは、それほど前ではないということになる。


 だったら、そんなに遠くへは行っていないはずだ。急げば、まだ間に合うかも知れない。


 かと言って、一人で片っ端から校内を捜し回るのは無理だ。時間が経過すればするほど、沙也加の身に及ぶ危険が高まることだって考慮しなければならない。せめて、何らかの手掛かりでもあれば――


 そのとき、金属的な音が階段に響き渡った。つかさはハッとし、上を見上げる。ここは三階。その上には屋上しかない。


 さらに耳を澄ますと、聞こえてくる雨音が先程よりも大きくなっていることに気づく。誰かが屋上の扉を開放したせいだ。さっき階段に響いた音は扉が開けられたときのものだろう。


 傘と鞄をそのままにして、つかさは血相を変えながら階段を一段飛ばしで駆け上がった。いつもおっとりしているつかさからは想像も出来ないような行動の速さ。どうか沙也加が無事であって欲しい、とつかさはひたすら祈った。


 案の定、屋上の扉は全開になっていた。そこから雨が吹き込んで、すでに階段が水浸しになっている。


 屋上に誰かいるのか、つかさのいるところからは分からなかった。確かめるには容赦なく降り続く雨の中、外へ出てみるしかない。


「待田センパーイ!」


 精一杯の大きな声を出して、つかさは屋上に出た。途端に、波しぶきを頭からかぶったように全身がびしょびしょになる。それにも構わず、つかさは足を前に動かそうとした。


 厄介なのは雨ばかりではない。大気を滅茶苦茶に掻き回している強風もつかさの行く手を阻む。小さな身体は、わずかでも気を抜けば飛ばされてしまいそうだ。


 それでもつかさは、沙也加の姿を捜し求め、向かい風に逆らい、身を屈めながら移動した。


 前方を見ようとすると、雨が顔に当たって、とても向けてはいられない。それを少しでも緩和しようと、つかさは右腕を額に当てるようにして、即席のひさしを作る。これで雨の直撃を防いだ。


 カメの歩みのような遅々とした前進ではあったが、雨にけぶる視界の中で、ぼんやりと人の形を捉えることが出来るようになった。つかさは、もう一度呼びかける。


「待田センパーイ! 大丈夫ですかぁーっ!?」


 激しい雨音に負けない声を張り上げたつもりだが、霞んで見える人影は立ち止まろうとしなかった。つかさはもっと近づいてみる。すると人影はひとつではなく、二つが重なったものだということが判然としてきた。


 一人の女子生徒がもう一人の仰向けになった女子生徒を両手で抱え上げている。いわゆる、“お姫様抱っこ” の格好だ。多分、抱えられている方が沙也加だろう。


 と同時に、つかさはもう一人の女子生徒がまとっている《氣》に強い違和感を覚えていた。


「先輩を返せ!」


 沙也加を連れ去ろうとしている女子生徒に向かって、つかさは叫んだ。すると、ようやく女子生徒の足が止まる。


「キミは――いや、お前は人間じゃないな! 何者だ!?」


 祖父の源氏郎げんじろうより古武道《天智無源流てんちむげんりゅう》を教え込まれたつかさは、自然界に存在する《氣》を感じ取る力と、それを操るすべを身につけている。


 今、目の前にいる女子生徒の一人からは、人間のものではない、異質な《氣》が発せられていた。


 正体を看破されたせいかどうか、女子生徒は観念したかのように、抱えていたもう一人をそっと下ろした。


 横を向いて気を失っている顔は、濡れた髪が張りついていたが、確かに沙也加のものだ。つかさの拳がギュッと握られる。


「なぜ、先輩を狙った!? 先輩をどうするつもりだったんだ!?」


 普段、「男のクセに女のようだ」と揶揄されているつかさから、想像も出来ないほどの闘気が立ち昇った。憧れの女性を傷つけようとする存在への怒り――それが今のつかさを衝き動かしているに違いない。


 一方、激するつかさに対し、沙也加をさらった女子生徒は静かだった。ゆっくりと後ろを振り返る。


 つかさの見る限り、“それ” は沙也加よりもいくらか小柄な女子生徒で、おさげ髪が特徴的だった。しかし、感じられる《氣》は人間のものとは別物だし、この激しい雨の中で立っていても、何の感情もないみたいに無表情だ。


「この人は……邪魔なの……」


 女子生徒の姿をした “それ” は、おもむろに喋った。抑揚の乏しい、まるでAIみたいな無機質さ。


「邪魔だって?」


 つかさは会話に応じながら、階段を駆け上がったせいで乱れた呼吸を整え、丹田たんでん――すなわち、へその下辺りで《氣》を練ってゆく。


「この人のせいで……私と先輩は上手くいかなかった……」


「私と先輩?」


「この人さえいなければ……私と先輩は上手くいくのに……だから――」


「だから邪魔だって言いたいのか! そんな勝手なこと――」


 珍しく憤りの感情を顕わにし、つかさは人ならざる存在へと駆け出した。《氣》の充填は完了している。あとは、それを解き放つのみ――


「ボクは許さない!」


 大切なものを守るため。ただ、それだけのために――


 つかさは《天智無源流》の発勁はっけいを “それ” に向かって叩き込んだ。


「破ッ!」


 このとき、琳昭館高校をたまたま見ていた者がいたら、その屋上に不思議な光の発現を目撃しただろう。このゲリラ豪雨の中で、柔らかく温かな光を。


 強烈なつかさの発勁を腹部に受けた女子生徒の身体は大きく吹き飛んだ。およそ十五メートルほど後方に、背中から倒れ込み、大の字になる。かつて 吸血鬼ヴァンパイア のアキトをもK.O.(ノックアウト)した発勁の威力は抜群だった。


「先輩ッ!」


 つかさは沙也加に駆け寄った。いつもなら憧れの存在だけに、指先ですら触れることにためらいがあるが、今は緊急事態だ。首を支えるようにして、沙也加の身体を抱き起す。


「先輩ッ! 待田先輩ッ!」


 呼びかけながら身体も揺さぶってみたが、沙也加は何の反応も示さなかった。生きているのは沙也加から感じられる《氣》から分かるのだが、これ以上のこととなると、つかさにもどうしようもない。


 とにかく保健室へ運ぶのが先決だ。こうしている間も、冷たい雨が沙也加の体温を奪ってゆく。


「待っててくださいね、先輩! 今、ボクが――っ!?」


 つかさが抱え上げようとしたところで、沙也加をさらった女子生徒が起き上がろうとしていた。ダメージのせいか、少し動きが緩慢だが、それでも二本足で立つ。まだ戦意を喪失したわけではないらしい。


 それを見たつかさは、一旦、沙也加を横たえた。


「先輩、もうちょっとだけ辛抱してください」


 つかさもまた、沙也加をこんな目に遭わせた女子生徒から視線を外さずに立ち上がった。吹きつける風にも、もう小さな身体は小揺るぎもしない。


「まだ、やるつもりなのか? だったら、もう一度――」


 再度、つかさは《氣》を集めた。沙也加のためにも、早く決着をつけなくてはならない。


 それに構わず、女子生徒の姿をした “それ” はふらつくような足取りで近づいて来る。ダメージは残っているのだろうが、強い執念が感じられた。


「邪魔するの……? あなたも……私の邪魔をするの……?」


「当然だ! 先輩を傷つけるつもりなら――」


 相手は人の形をしている。いつものつかさなら躊躇したかも知れない。しかし、今、この場で沙也加を守るのが自分しかいない以上、拳を振るうことに迷いは微塵もなかった。


「退散しろ!」


 すぐそこにまで迫った “それ” へ向け、つかさは二発目の発勁を喰らわせようとした。が――


 その寸前、女子生徒は別人へと変じていた。


「あっ――!?」


 あとは発勁を放つだけだったにもかかわらず、つかさの動きが急に止まる。


 眼前に迫る “それ” の姿が、名も知らない女子生徒から見知った人物へと変わったせいだ。握っていた拳の力がつかさの闘志の喪失と共に緩む。


「私の邪魔をしないで……」


 沙也加が懇願した。――いや、沙也加と瓜二つの姿をした存在ものが、沙也加そっくりの声で。


 思慕の情を抱く沙也加に対し、つかさが拳を振るえるわけがなかった。


 無論、目の前の沙也加が本物でないことは、つかさだって頭では理解している。全身から発せられている《氣》は人間のものではない。それも重々承知の上だ。なのに――


「私の邪魔をするなら……あなたも邪魔者と認めるわ……」


「ぐあっ……!」


 最大の弱点を突かれたつかさは、沙也加に化けた “それ” によって、成すすべもなく首を絞められた。


 指の爪が首の皮膚に食い込む。呼吸が出来ない。それほどの容赦ない力がつかさの細い首へ加えられた。


「ううっ……があっ……!」


 このままでは殺されてしまいかねない。


 そんな状況になっても、つかさは抵抗できなかった。手を振り払おうと思えば、出来るはずなのに。


 次第に目の前にある沙也加の顔が霞み始める。思考も鈍り、腕もだらりと垂れ下がった。発勁のために集めた《氣》が、小さな穴の開いた風船から空気が抜けていくみたいに減退する。


「せ、先輩……」


 それはどちらの沙也加に対しての言葉だったか。


 暗い混濁の中へ、つかさの意識は呑み込まれていった……。






 その少し前――


 背後に迫った邪悪な気配を、かおる は間一髪、察知することが出来た。身体が反射的に動き、手にした竹刀が一閃する。


 パシィーン!


「うわぁ、痛ぁーっ!」


 伸ばしていた手を竹刀に叩かれたのは、誰あろうアキトであった。骨にヒビでも入ったのではないかという右手を押さえ、その場にしゃがみ込んでしまう。


 薫はそれを冷めた目つきで見下ろした。


「私の背後に立つだなんて、百年早いわ」


 そう。薫は背後に立った者に対し、過剰な自己防衛本能を発揮するのだ。これによって何人の男子生徒が痛い目に遭わされたことか。


「お前なぁ! そんな凶器を持って、廊下をウロウロすんなよな!」


 しっかりと返り討ちにされたアキトは涙目で訴えた。


 そんなアキトを薫はじろりと睨み返す。


「……今、私に変なことしようとしてたでしょ?」


「ギクッ!」


 あっさりと図星を刺され、アキトは視線を背けてしまう。返答次第では、もう何発か喰らわせてやろうか、と薫は身構える。


「んっ、んなことあるわけねえだろ! ただオレは、こんなとこで何してやがるんだろうって思っただけで……」


「私は人捜しの最中」


「そんなずぶ濡れの格好でか?」


「さっき、屋上に出たからよ。ひっどい雨。――そう言うアンタこそ、何で三階なんかに」


 一年生の教室は一階だ。音楽や美術の授業でないと、三階には滅多に来ない。


「図書室につかさがいるんだよ」


「えーっ、つかさが!? まだ帰ってなかったの?」


 当然、ゲリラ豪雨になる前に帰ったと思っていたので、薫は驚いた。


「ああ。オレがメガネ地蔵の野郎に捕まっちまったもんでな。今の今までずーっと生徒指導室で懇々と説教されてたわ。まったく話が長いったらありゃしねえ」


 さすがのアキトも、担任教諭で、学年主任でもある竹田たけだの指導にうんざりしたらしい。やっと終わったかと思えば、帰ろうにも外はゲリラ豪雨。薫にちょっとしたスケベ心を出せば手痛いしっぺ返しに遭うし、今日は厄日だとしか思えない。


「自業自得でしょ。――あっ、それより頼みたいことがあるんだけど」


 竹刀で叩いておきながら、薫はさらりと言ってのけた。いい性格をしている。


「頼み? お礼にキスでもしてくれるのか?」


「………」


 やはり言うと思った薫は、無言で竹刀を振り上げる。「お助けを!」と、アキトは慌てて待ったをかけた。


「……まったく、冗談の通じねえヤツだな。で、このオレに頼みってのは?」


「ちょっと女子トイレの中、覗いて来てくんない」


 予想だにしなかった頼み事に、アキトは開いた口が塞がらなくなった。


「おい」


「何よ?」


「お前、自分で何を言ってるか分かってんのか?」


「分かってるわよ。パッと見てくれるだけでいいの。お願い」


 さすがに学校の七不思議が怖くて中に入れない、なんて口が裂けても言えない薫であった。そんなことを話せば、アキトにからかわれるのがオチだ。そんな恥辱は死んでも受けたくない。


 とは言え、このトイレに加賀美かがみアケミのいる可能性が否めない以上、素通りするわけにもいかなかった。まだ転校して来て間もなく、学校の七不思議について知らないアキト以外、こんなことを押しつけられる適任者はいない。


 薫の依頼に対し、アキトは面倒臭そうな顔をした。


「誰かいれば楽しそうな任務だが、誰もいない女子トイレに入ってもなぁ」


「誰もいないって――入りもしないで、そんなこと分からないでしょ?」


「分かるだろうがよ。全然、人の気配がしねえし」


 確かにトイレはさっきからずっと静かだが、薫にはそこまでの確信は持てない。


「ちょっとぉ。面倒臭いからって、いい加減なこと言わないでくれる?」


「いい加減じゃねえって。お前だって武道家の端くれだろ? ここからトイレにいるヤツの気配くらい感じ取れなくてどうすんだよ?」


 アキトに言われ、薫は本気なのか冗談なのか、分からなかった。


「人をからかうのも大概に――」


「だから、からかってねえってば。そんなに言うなら、自分で確かめて来いよ」


 それが出来れば、最初からアキトに頼みなどしない。薫はジレンマに陥った。


「そら、トイレに向かって意識を集中させてみろ。こんなもん、つかさだって簡単に感じ取れるぜ」


 つかさの名前が出ては、自分も出来ないとは言えない。薫はアキトに言われた通り、トイレに意識を集中させた。真剣に。


 しかし――


「……何も感じないんだけど」


 薫は感じたままを素直に言葉にした。すると、アキトが深くうなずく。


「だろ? 誰もいないって証拠さ。これで分かったろうが?」


 何だかキツネに摘ままれたような気分だった。本当にこれでいいのか、薫は不安になってしまう。


 用が済んだアキトは、すでに図書室の方へと歩き出す。


「じゃあな。オレは図書室に行くから。お前もそんなびしょ濡れの格好でナメクジみたいに廊下をのたくってないで、風邪を引かねえうちに早く着替えろよ」


「ちょ、ちょっとぉ!」


 置いてけぼりにされた薫は、これでトイレのチェックを終えたことにしていいものかどうか悩んだ。

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