表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第3話 嵐を呼ぶテニスコート 【 全 6 回 】
14/159

バカは何でもやることが非常識ねえ

 圧倒的にアウェイな雰囲気の中、つかさからの声援を得て――本当は勘違いなのだが――再び戦意を取り戻したアキトは伊達だてのサーブを待ち構えた。これを決められたら、アキトの敗北が決まる。


 このままアキトに1ポイントも与えず、完全勝利を目論む伊達は、これまで通りに華麗なトスを上げた。落ちてきたボールに対し、伊達の身体が弓のようにしなる。


「ハッ!」


 パコーン!


 伊達は渾身のサーブを放った。狼男である 大神おおがみ を一撃でノックダウンさせた威力と絶妙のコントロールを持つ弾丸サーブだ。


 しかし、その軌道はアキトの目が完全に捉えていた。


「たあーっ!」


 大きな掛け声とは裏腹に、アキトはラケットを振り切ることはせず、ボールに当てに行った。それだけでも伊達の強烈なサーブは相手コートに跳ね返される。とりあえず相手コートにボールを返すことだけを意識した作戦だ。


「考えたな! ――だが!」


 これまで力任せだったアキトの意外なリターンにも、伊達はまったく動じなかった。冷静に拾いに行く。


 その視界の隅に、猛然と突っ込んで来るアキトの姿がチラついた。生意気にもネット・プレーをするつもりらしい。


 一見、無謀な賭けのようにも思えたが、アキトの卓越した反射神経と運動能力ならば、ボレーで対応が可能かも知れない。そうなればアキトに初得点を決められる恐れがあった。


「くっ――!」


 伊達はとっさの判断でロブに切り替えた。ここで1ポイント取られても大勢は揺るがないが、せっかく、ここまでパーフェクトを継続して来たのだ。こんな機会は滅多にない。


 弓なりのボールはアキトの頭上を越え、その後方に落ちる──はずだった。


「でやーっ!」


 ここでアキトは予想だにしない行動に出た。跳躍したのだ。それも人間離れしたジャンプ力で。


 ギャラリーの誰もが、ポカーンと口を開けて空を見上げた。


「でえええええいっ!」


 ドゴーン!


 目一杯に振り下ろされたアキトのラケットから、強烈なスマッシュが伊達のコートに叩き込まれた。伊達は一歩も動けない。その威力たるや、鋭角に弾んだボールが下からフェンスの金網を突き破りそうなくらいに食い込むほどであった。


 場内は声を失い、静寂に包まれた。それほど驚異的なスマッシュだったのだ。


「……ふぉ、40(フォーテ)(ィー・フィフ)15(ティーン)!」


 審判がようやく声を絞り出すようにして告げた。それを合図に、会場が驚愕にどよめく。


「な、何……今の!?」


「信じられな~い!」


「跳んだぞ、空を!」


「あいつ、どんな鍛え方してんだ!?」


 伊達のグルーピーも後輩の男子テニス部員たちも、アキトの超人的なジャンピング・スマッシュに度肝を抜かれていた。ただ一人、つかさだけが頭を抱える。


「……アキトのバカ」


 今のジャンピング・スマッシュは明らかに人間が持つ能力の域を超えてしまっていた。下手をすれば、アキトが人間ではないと疑われてもおかしくないほどだ。


 もちろん、実際にアキトは人間ではなく、歴とした東洋系 吸血鬼ヴァンパイア であるが、それを知っているのはつかさだけ。親しい薫にさえ、その正体は伏せている。


 万が一、アキトが 吸血鬼ヴァンパイア だとバレたらどうなるか。学校は無論のこと、一大センセーションとなって世間が騒ぐだろう。吸血鬼ヴァンパイア は実在した――と。


「バカは何でもやることが非常識ねえ……」


 いつの間にか、つかさの隣に立っていたかおるが呟いた。どうやらアキトの超人的スマッシュに妙な疑いは抱いていないらしい。


 どうかこのままバレないでくれ、とつかさは引きつった笑顔を浮かべるしかなかった。


「おーい、つかさ~ぁ! 愛してるぜ~!」


 コートの中ではアキトが熱烈な投げキスをしていた。スマッシュを決められたのは、つかさの愛のお蔭だ、とでも思っているらしい。おめでたいヤツだ。


 一方、アキトにジャンピング・スマッシュを決められた伊達は、ショックに打ちひしがれていた。


 テニスの全国大会はベスト8までで、当然ながら試合に負けたことはある。しかし、それでも負けた相手に敵わないと思ったことはない。勝負はわずかなアヤで決まることもあるのだ。


(――だが、今のジャンピング・スマッシュは何だ?)


 アキトはネット際で垂直にジャンプし、まるでハエ叩きのように伊達の高いロブを叩き落とした。鳥肌と冷や汗が止まらない。伊達にとって初めての経験だった。あんなボール、どうやったって打ち返せるわけがない。


 とは言え、この場には百人以上ものグルーピーたちが伊達の応援に駆けつけてくれている。己の矜持プライドにかけても、無様に負ける姿を見せるわけにはいかない。伊達はラケットを握り直した。


 そんな伊達には目もくれず、アキトはたったの1ポイントが相当嬉しいらしく、まだギャラリーに向かって手を振っていた。


 その視線の先を何気なく辿って、伊達は見つけた。武藤むとうつかさの姿を――


(彼女は――!)


 本当は「彼女」ではないのだが、あの保健室で出会ったつかさが、この試合を観にきてくれている――そう思うと、なおさら負けられない気持ちが湧き上がった。ここで華麗なる勝利を挙げ、つかさのハートを掴もう、と伊達は心に誓う。


 ここで、もし、つかさが制服を着てさえいれば、伊達は自分の勘違いに気づいただろう。


 ところが、つかさは保健室で会ったときと同じ体操着姿。おまけにテニスコートのフェンスは地面から一メートルくらいがコンクリート製で、そこから上が金網になっている。つかさが男子の短パンを履いているのが、伊達からは見えなかった。


 伊達はアキトに向き直った。


「えーと……キミ、何て名前だったっけ?」


 どうやら、この期に及んでも、まだアキトの名前を憶えていなかったらしい。いや、ハナから憶えるつもりなどないのか。


「てめえ、またかよ! 仙月せんづきアキトだって言ってんじゃねーか! ひょっとして、アルツハイマーでもわずらってんじゃねえか!?」


「失礼な。僕の記憶力は、ちゃんとしているとも。──ところでキミは、一年生の武藤つかさクンと親しいようだが?」


 伊達からの思いがけない言葉に、アキトは眉根を寄せた。


「あん? お前、つかさを知っているのか?」


「ああ。今日、保健室で知り合ってね。ぜひ、僕のモノにしたいと思っている」


「なっ、ななな、何だとぉ!?」


 アキトは目を剥いた。こめかみがピクピクと痙攣する。


「そこで、だ。ここは勝負といこうじゃないか」


「勝負だと?」


「そうとも。次の一球、僕が決めればつかさクンは僕のモノ、キミが決めればキミのモノってのはどうだい?」


 伊達の一言に、アキトの髪は逆立った。いや、伊達にはそう見えただけかも知れない。だが、目は凶悪な光を帯び、全身は怒気のオーラに包まれたようだった。


「きっ、貴様……つかさを自分のモノにするだと?」


「えっ……?」


「……殺す!」


「ひいっ!」


 そのとき、伊達はアキトの本性を見てしまった。血塗られた一族――吸血鬼ヴァンパイア の凶暴性を。


 言い知れぬプレッシャーが伊達を押し包んだ。アキトに勝負を持ちかけたことを伊達は後悔し始める。


(こ、殺される……本当に殺される……)


「さあ、打って来いよ」


 アキトは直接、伊達に襲いかかることはなく、ベースライン上でサーブを待ち構えた。だが、その姿から発せられる迫力はジワジワと伊達を圧し包む。


 伊達は恐怖にガクガクと足が震え出した。ひょっとしたら、アキトの逆鱗に触れてしまったのかも知れない。


修造しゅうぞう、チャチャチャ! 修造、チャチャチャ!」


 すでにグルーピーたちの声援も耳に届かない。伊達はおびえつつも何とかボールをトスし、サーブを打ち込んだ。


 パコーン!


 ボールはサービスコート内に打ち込まれたものの、これまでのサーブからすれば目に見えて威力が半減していた。身がすくんでいるせいだ。


「殺す……殺す……絶対にぶっ殺す!」


 アキトは全身の力を振り絞って打ち返した。


 ズドォォォォォン!


 打球は低い弾道で弾き返された。その分、低すぎてネットに引っかかる──と思われた刹那、ボールはネットを弾き飛ばし、そのままダイレクトで伊達に達する。


「うわあああああっ!」


 伊達は必死にラケットを前に構え、アキトのリターンを防御した。だが、その威力の凄まじさたるや。伊達の身体はボールの威力に押され、その衝撃で後方へ吹き飛ばされてしまう。


「あだっ!」


 勢いよく後頭部を打ちつけるくらい派手に転倒した伊達だったが、奇跡的にボールはまだ生きていた。


 跳ね返ったボールは、ふわりと相手コートへ落ちる。それはアキトにとって打ち頃のチャンス・ボールになった。


「つかさはなあ、つかさは──」


 あまりに力を込めたせいで、ラケットの握りが嫌な音を立ててひしゃげた。そして、アキトの目は 吸血鬼ヴァンパイア というよりも、むしろ殺人鬼に近くなって――


「オレのモノだあああああああっ!」


 怒りの絶叫を迸らせ、アキトはルーズ・ボールに向かって跳躍した。先程のジャンピング・スマッシュ以上の高さだ!


「おおっ――!?」


 期せずして、ギャラリーからどよめきが起きる。


 アキトは空中で身を捻った。


「食らえ! スーパー・ウルトラ・ハイテンション・つかさLOVEスマァァァァッシュ!」


 ドギュゥゥゥゥゥゥン!


 テニスボールは瞬時に音速を突破し、空気の摩擦によって 火の玉(キャノンボール) と化した。それを目撃した伊達が涙と鼻水を飛び散らせながら泣き叫ぶ。


「や、やめてーっ! うぎゃああああああっ!」


 直撃すれば即死は必至。伊達は死を覚悟した。


 ところが、火の玉スマッシュは伊達にぶつかるのではなく、とんでもない方向へ飛んで行き、遙か彼方に消えてしまった。あまりにもアキトが力み過ぎたせいだ。そして、恐らくは最長不到距離――


 テニス・ボールが流れ星になるのを見て、伊達は失神した。その拍子に、伊達の鼻に詰めてあった血でガビガビになった脱脂綿が転がり落ちる。


「殺す……殺す……ぶっ殺す!」


 アキトはスーパー・ウルトラ・ハイテンション・つかさLOVEスマッシュ(?)を空中で打ち終えながらも、その闘志と殺気が冷めることはなかった。


「アキトのバカーッ!」


 着地寸前、つかさの飛び蹴りがアキトの背中にクリティカル・ヒットし、そのまま顔面から着地する羽目になった。つかさは怒りが収まらぬかのように、両肩で荒い息をつく。思わず薫も出番を失ったほどのキレっぷりであった。


「まったく、キミってヤツは! 何でこんな騒動ばかり起こすのさ!?」


「だって、あの野郎がよぉ……」


「だってもへったくれもないだろ! しかも、こんな大衆の面前で――」


 人間じゃないってバレたら、どうするつもりだ、と注意しようとしたつかさだったが、さすがに口にするわけにはいかず、寸でのところで呑み込んだ。


「と、とにかく、こんなことは二度としないで! いいね!?」


「……はい」


 中学生みたいに背が低いつかさの剣幕に、長身のアキトはしょげ返った。それを眺めていた薫が吹き出しそうになる。


 一方――


「キャーッ、修造サマーッ!」


 失神した伊達に、テニスコートを取り巻いていたグルーピーたちが、我先に介抱しようと一斉に殺到した。その結果、コート内は収拾のつかない状況になってしまう。


 これにより、アキトと伊達の勝負はうやむやになった。とはいえ、アキトのスーパー・ウルトラ・ハイテンション・つかさLOVEスマッシュ――長いな――が場外アウトになったのだから、伊達の勝利には違いないだろうが。


 献身的なグルーピーたちによって介抱され、伊達は間もなく意識を取り戻した。そのうつろな視線の先では、つかさがアキトをテニスコートの外へ引きずって行く姿が。


 その焦点が結んだとき、伊達は全身をわななかせた。


「つ、つかさクン……き、キミは……?」


「はい?」


 伊達は見た。振り返ったつかさが体操着のシャツの下に履いているものを。


「き、キミは……男……なのか?」


 それはブルマではなかった。男物の短パンだ。伊達はようやく気がついた。


「ええ、そうですけど」


 つかさは素直に答えを返した。伊達は目を回す。


「お、男……女じゃなく、男……!」


 そう呟くと、伊達は事切れたように再び気を失った。


「キャーッ! 修造サマ、しっかりして!」


 グルーピーたちは慌てて伊達の身体を揺り動かしたが、今度ばかりは意識を取り戻すことはなかった。


 こうして 琳昭館りんしょうかん 高校の放課後も、ドタバタ劇で終わるのだった。合掌。

 第3話おわり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ