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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第3話 嵐を呼ぶテニスコート 【 全 6 回 】
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私を……先輩の好きにしてください……

「し、失礼します……」


 生徒会室の扉を開けた女子生徒は、そっと中を覗き込んだ。


 昼間であるにも関わらず、窓はカーテンで閉ざされており、明るい廊下から一歩足を踏み入れると室内は薄暗かった。


 女子生徒は目が慣れるまで入口のところで立ち止まっていたが、中に何者かの気配を感じ、誰がいるのかこっそりと窺う。


「そんなところにいないで入っておいでよ」


 薄暗がりの中から男の声がかかった。何者なのか確かめようと、女子生徒は照明のスイッチを探す。


「いや、電気は点けないで。扉を閉めて、こっちへおいで」


 声に命じられるまま女子生徒はうなずくと、言われた通りに扉を閉めた。お蔭で室内がより暗くなる。


 入口のところに立ったまま、女子生徒は奥へ進むのをためらった。


「怖がらなくても大丈夫。さあ」


 招く声には、まるで催眠術の効果でもあるかのようだった。そのうち、女子生徒の目が段々と暗がりに慣れてくる。


「先輩……」


 暗い生徒会室にいたのは、生徒会長の 伊達だて 修造しゅうぞう だった。やって来た女子生徒に優しげな微笑みを向けている。


「キミは確か一年生の……アケミくんだったかな?」


「は、ハイ! 先輩、私の名前を憶えていてくれたんですね! 感激です!」


 アケミは感極まったように喜んだ。伊達は笑顔を絶やさない。


「当たり前じゃないか。キミみたいな可愛いコ、忘れるはずがないよ」


「そんな……」


 伊達の言葉に、アケミは頬を染めた。


「ところで、ボクに何か用なのかな?」


「あっ、ハイ! あのぉ……先輩のためにお弁当を作ってきたんです! 良かったら食べてください!」


 アケミは持参した弁当箱を伊達に差し出した。


 伊達にとって、こういうことは珍しくない。むしろ、毎日、何人もの女子生徒が手作り弁当を持って来るので、そのひとつひとつを断るのに苦労するほどだ。


 だから伊達は昼休みになると必ず、こうして誰もいない生徒会室やOB権限でテニス部の部室へ避難することにしている。


 だが、このアケミという女子生徒は上手く伊達の居場所を嗅ぎつけたようだ。


「僕のために作ってくれたの?」


 伊達は後輩の一年生に近づいた。


「ハイ! 先輩に食べてもらいたくて……」


 アケミは身体をモジモジさせながら言った。そんな彼女を伊達は可愛いと思ったのだろうか。


「ありがとう」


 そう言って、伊達は手を伸ばした。しかし──


「あっ……!」


 伊達が掴んだのは弁当箱ではなく、アケミの手だった。


「アケミくん……」


「先輩……」


 伊達はそのままアケミの身体を引き寄せた。アケミは全身の力が抜けたようになり、されるがままだ。


 邪魔な弁当箱をアケミの手から取り上げ、机の上に置いた伊達は、代わりにアケミの細い腰を抱いた。そして、アケミの瞳をジッと見つめたあと、ゆっくりと唇を重ねてゆく。


「んっ……」


 アケミはまったく抵抗しなかった。むしろ積極的に舌を絡め、胸を押しつけて来る。その勢いで、伊達は後ろの机に座るような格好になった。


 たっぷり一分はキスしていただろう。ようやく伊達の方から唇を離した。アケミの方はと言えば、目がトロンとなっている。


「好きです、先輩……」


「アケミくん……」


「私を……先輩の好きにしてください……」


「いいのかい?」


「先輩になら……あげてもいいです……」


 再び伊達はアケミの唇を奪った。暗い生徒会室の中で、男女の荒い息遣いだけが聞こえ始める……。






 そんな情事を外から覗いている輩がいた。


 写真部の 大神おおがみ けん である。大神は手に暗視フィルターを取り付けたカメラを持ちながら、わずかに出来たカーテンの隙間から、伊達とアケミによる濃厚なラブ・シーンの撮影を試みていた。


 大神は室内を覗きながら、二人の行為に興奮してしまい、ゴクリと生唾を呑み込んだ。きっと尻尾があれば、イヌのように振っていたことだろう。それほど中のラブ・シーンは過激さを増していた。


「何してんだ、お前?」


 その大神に声をかけてきたのは、昼休み、たまたま外をぶらついていたアキトであった。口には袋に入ったアンパンをくわえている。昼飯のつもりなのだろう。


「あ、兄貴――!?」


 ヤバいところを見つかった、と大神はバツの悪い顔になった。


「何をそんなにビビッてんだよ?」


「しーっ!」


 大神は慌てた様子で、唇に人差し指を当てた。アキトが怪訝な顔をする。だが、すぐに何か思い当たったのか、表情は喜色満面の笑みを作った。


「イヌ、お前もつくづく悪党ワルよのお。女子の着替えを盗撮するなんて」


 うっしっし、と下品な笑みを洩らしながら、アキトは大神のところまで小走りになって近づいた。まだ声が大きい、と大神はしきりに歯を剥き出しにしながら注意を促す。


「そんなんじゃありませんよ。もっと凄い場面なんですから」


「もっと凄い? どれ、オレにも見せろ」


「ちょ、ちょっと兄貴!」


 カーテンの隙間は細い。そのため、アキトは大神の上にのしかかるような形で中を覗き込んだ。お蔭で大神はアキトの重みのせいで潰れそうになる。


 通常、明るい外から暗い室内をガラス越しに見ることは難しい。しかし、アキトは 吸血鬼ヴァンパイア だ。たとえ、漆黒の闇の中であろうとも、通常と何ら変わることなく見通すことが可能だ。その目が中の情事を目の当たりにして、大きく見開かれた。


「おおっ!?」


 思わず声を上げたアキトの口を、大神は慌てて塞がなくてはならなかった。


「兄貴! 気づかれちまったら、すべてが台無しですってば!」


「分かってるって! ──にしても、凄えな」


 さすがのアキトも、ゴクリと喉を鳴らした。


「でしょ? あの調子じゃ、最後までやるつもりじゃないですかねえ」


「だな」


 アキトは窓ガラスに顔面を貼りつかせるようにして、中を覗いた。


「ところで兄貴、武藤むとうくんと離れて行動するなんて珍しいですね」


 何とかアキトを退かせようと悪戦苦闘しながら大神が尋ねた。


「ああ。つかさは今、保健室で寝てるんだ」


 答えながらも、梃子テコでも動こうとしないアキト。


「えっ、保健室? 具合でも悪いんで?」


 なおもグイグイと押し潰されそうになりながら、大神は必死に耐える。


「ああ。さっきの体育の時間、整列中に貧血で倒れたんだ。あいつ、どうも最近、空手部で張り切っているようだから、それで疲れが出たんじゃないか?」


 元々、つかさは体格が大きい方ではないし、体力も劣る。古武道という特異な技を身につけてはいるが、その中身はまだ伴っていないというのが現状だ。いきなりハードな練習を積んでもバテるだけ。少しずつ、練習量を増やすべきであった。


 アキトもそれを忠告するため、今朝、道場に押し掛けたわけだが、一生懸命に頑張っているつかさを見ると、ついつい、その言葉を呑み込んでしまうのだった。


「まあ、放課後まで寝てりゃあ、元気になるだろう」


「兄貴も気苦労が絶えませんねえ」


 大神はアキトにのしかかられたまま、再びカメラを構えた。


「まあ、恋人に掛けられる苦労なんざ、どうってことないさ」


 アキトは臆面もなく言ってのけた。大神は変なところで感心してしまう。


「──にしても、真っ昼間から学校でこんなけしからんことをしてるとは」


 再びアキトの注意は、生徒会室の中に向けられた。


「以前から噂はあったんですよ。伊達が生徒会室やテニス部の部室に女の子を連れ込んで、ヤってるんじゃないかって」


 そう言いながら、シャッターボタンを押す大神。


「へえ。何者なんだ、あいつは?」


「兄貴、知らないんですか? 伊達修造ですよ」


「伊達? どっかの有名人に似たような名前があったような気がするけど」


「本校の生徒会長にして、元テニス部のエース。おまけに成績は学年トップ。なおかつ、あのルックスの良さで、女子たちから人気が高いんです」


「それはそれは。――で、裏では女を取っ換え引っ換えして、こうやって楽しんでるってわけか。羨ましいねえ」


「ええ。でも、あれだけモテれば、オレでも同じことをするでしょうけど」


「違いねえ」


 アキトと大神に覗かれているとも知らず、伊達とアケミの絡みは続いていた。


「ああっ、先輩! 私、初めてなの……お願い……優しくして……」


「分かっているよ……行くよ、アケミ……!」


 二人の欲望が最高潮に燃え上がりかけた刹那──


 突然、生徒会室の扉が開き、室内の照明が点けられた。着衣の乱れた二人の姿が蛍光灯の明かりの下で露わになる。


「キャッ!」


 アケミは慌てて、裾をまくり上げられたスカートを直し、伊達もはだけたシャツの前を急いで合わせながら、机から焦ったように立ち上がった。


「……先輩……いらっしゃったんですか」


 生徒会室を訪れたのは 琳昭館りんしょうかん 高校一の美少女として一目置かれ、才女としても知られる 待田まちだ 沙也加さやか だった。


 昼休みで誰もいないはずの生徒会室にどういうわけか伊達と部外者のアケミの二人がいて、少し怪訝な表情をしたものの、沙也加にあまり驚いた様子はない。


 むしろ慌てたのは伊達たちの方で、アケミなど腕で胸元を隠すようにしながら、「失礼しました!」と逃げるように出て行ってしまった。その間に、伊達は精一杯の体裁を整える。


「や、やあ、待田くん。昼休みにここへ、何の用だい?」


 いつも二枚目を気取っている伊達が、ここまで狼狽するのは珍しいはずだが、沙也加は何も見なかったかのように、平然とした態度を崩さなかった。


「放課後にプリントする原稿を、もう一度、チェックしておきたいと思ったので」


 そう言って、沙也加は書類棚にしまっていた一冊の原稿ファイルを手にした。


「そ、そうか。いつもながら仕事熱心だね」


 普段のペースを取り戻そうと、伊達は必死であった。あれだけ熱かった汗は、今や冷や汗に変わっている。


 しかし、沙也加はそれを笑うことも、軽蔑することもしなかった。


「これでも生徒会副会長なので」


「そ、そうだね。僕も、君がサポートしてくれて、とても助かっているよ」


 伊達は甘いマスクを沙也加に向けると、頭を振って、長い前髪を払った。伊達、お得意のポーズだ。


「それでは、私はこれで失礼します」


 沙也加は、他の女子たちの多くが伊達になびく中、ごく当たり前な先輩後輩の関係を決して崩さなかった。いや、むしろ、それ以上の距離感さえ覚える。


 過去、伊達からモーションを掛けたことは何度もあるのだが、まったく乗って来る気配はなく、彼のプライドをいたく傷つけている一人だ。学校一の美少女を落とせないとは、伊達修造の名がすたるというもの。


「あー、待田くん」


 行きかける沙也加を伊達は呼び止めた。必要以上に接近する。


「何ですか、先輩?」


 沙也加は警戒することなく振り返った。しかし、反応自体は冷たい。


「入って来たとき、君が見たことは忘れて欲しいんだが……」


 もし、沙也加の口からアケミのことを喋られたりしたら、大変な騒ぎになるだろう。


 これまでアケミと同様に手をつけた女子たちが、自分だけが愛されていたわけではないと知れば、ただのスケコマシ野郎として、伊達の人気が失墜するのは間違いない。そうなれば身の破滅だ。


 伊達の言いたいことは、沙也加にも分かったのだろう。ためらうことなくうなずいた。


「大丈夫です。他の人に喋ったりしません。だって先輩は、あのコと同意の上でしていたのでしょう?」


「あ、ああ」


 一瞬、言葉に詰まったが、伊達はうなずいた。


「だったら、他人の恋愛に私が口を挟む必要はありませんから。──でも、今度からは校内でなく、他の所でなさった方がいいと思います。何処に他の人の目があるか分かりませんから」


 沙也加は退室間際、チラリと窓の方を見やった。そこで初めて、伊達は生徒会室を覗いている不埒な輩の視線に気づく。


「――そこで何をしている!」


 血相を変えた伊達は、素早くカーテンを開放し、窓を開けた。

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