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理解

 「岸部先輩のこと、どう思います?」


 率直に、あたしの思ってることを告げる。


 「さぁね。証拠がない限りKとは言い切れないけど。…まぁ、常人ではないよね。」

 

 なにか嫌な記憶でもあるのか、月宮先輩は苦虫を噛み潰したような顔をした。


 「本当ですよ。まさか腕を切り出すなんて思ってませんでした。結構深くいってましたし…。」


 ほんの少し前の出来事を思い出して、理科準備室での出来事を思い出して、流れ落ちる鮮血を思い出して。

 ……不覚にも、心臓の音が高鳴るのを感じた。


 「…あー。そういえば君、快楽殺人者だったね。」


 あたしが少し頬を緩めた姿をみて、月宮先輩はそう呟いた。ほんの少しの変化だったとは思うが、彼はそれに気づいてしまう。何しろ彼は優秀なのだ。


 「……何で知ってるんですか。」


 あたしがそう聞くと、彼は小さく笑った。


 「そりゃね。理科準備室の会話は盗聴で聞いてたし。まぁ、それ以前に、君の話はジャンクじゃ有名だしね。」


 急に鋭くなった目付きで、しっかりと此方を見据えてくる。

 本能が、この話はこれ以上聞いてはいけないと警告する。


 「君が初めて殺しの仕事をしたときの記録書見たよ。流石に驚いたなぁ…。」


 どくん、どくん。


 あのときの記憶が脳裏に蘇る。


 「聞きたかったんだよ。君が彼を殺した理由。やっぱり、快楽殺人者としての本能?それとも昇格かな。組織内でのランクが上がれば待遇も全然違うしね。」


 月宮先輩は、煽っている。あたしの過去を知っていて、触れてはいけないということを知っていて、あえて彼はそこを抉る。出会ってまだ2日程しかたっていないが、どうやら彼は人の神経を逆撫でするのが好きらしい。


 「…月宮先輩だって、最年少幹部候補じゃないですか。10代で幹部クラスにまで昇格するなんて偉業、聞いたことないですよ?


 一体何人殺せばそこまで成れるんですかね。」


 嫌味を込めてそう尋ねても、月宮先輩は、痛くも痒くもないようにへらへらと笑う。ある意味で彼は、そのポーカーフェイスを崩さない。


 「367人、かな。あ。でも、そのうち109人はジャンクに加入する前に殺した人数だからそれはノーカン??」


 自身の名前を聞かれてそれを答えるかの如く、意図も簡単に彼は質問に答える。


 「はい、じゃあ次は君が僕の質問に答える番だよ。







 君はどうして彼を、























黒河真司(くろかわ しんじ)を殺したの?」






 ドクドクドクドク。






 心拍数が上昇する。呼吸が浅くなる。無意識に視線が下がる。



 黒河真司は、あたしの父の名だ。









 あたしは、彼を、実の父を、殺した。








 「…ねぇ、答える気ある?」


 暫しの沈黙に痺れを切らしたのか、月宮先輩の口調には珍しく怒気がこもっているように感じられた。





 「…気付いたら、引き金を、引いてました。」



 「え、なにそれ。無意識に殺したってこと?」




 「…違う。」



 違う。


 でも、答えは知らない。


 違うということを知っている。


 それだけだった。


 







 「じゃあなんなのさ。」



 「…知らない。」


 

 「…知らないじゃなくて、認めたくないの間違いじゃないの?


 本当は、君は殺しをしたかっだけ。自分の欲望を満たしたかっただけ。でも君はその事実を未だに受け止めれていない。


 脳って良くできてるからね。理解していることをまるで分からないことのように認識して、記憶を曖昧なままで保とうとするんだよ。そうやって、トラウマになることを避けようとするんだ。


 当たってる?ねぇ、当たってる??」


 心底楽しそうに、彼は笑う。

 そんな彼の脳天に向けて、無駄な動作を一切無くして、ナイフを投げる。


 「…ダメだよ?上司にナイフ投げちゃ。ね?」


 それでも月宮先輩は、片手の人差し指と中指の間に刃を挟めて、無傷で掴みとってしまう。

 この人は本当に岸部先輩を越えるバケモノだ。


 「まぁ、怒るってことは図星だよね。」


 月宮先輩は、掴んだナイフを右手で回す。よく磨かれた刃が、鏡のように彼の瞳を映していた。

  

 反論したくても、何をいっていいのか分からない。彼の言ったことが事実かもしれないし、勿論、的外れな回答なのかもしれない。

 それでも、その可能性は充分にあった。彼の言ったように、あたしは自身の欲求を満たすためだけに実の父親を殺したのだという彼の言葉が真実である可能性が。


 …何故ならあたしは異質だ、異常だ。



 「ねぇ、聞かせてよ。君の過去の話。自分の肉親を殺すのってどんな感覚??僕には親がいないから分からないけど。話してくれるなら今のナイフの件、お咎め無しにしてあげてもいいよ。」



 彼はデリカシーが無さすぎる。人の心に土足で入り込み、これでもかと荒らしにかかる。故意なのか、そうではないのかはさておき、あたしは月宮先輩のそう言うところが大嫌いだ。



 「…分かりました」



 それでもこういってしまったのは、殺し屋としての敗北感からなのか、上司に対しての従順さなのか、あるいは、彼ならば……と期待していたのかも知れない。






   













 







 …彼ならば、あたしのことを少しは理解してくれるような気がしたのだ。


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