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信頼

「……き、岸部先輩……??なに言ってるんですか??人の血をみて喜んでるって、そう言いたいんですか……?…………そんなことより、は、早く止血しないと……」


 あたしは、慌てたよう立ち上がり、止血用のガーゼを探そうと棚を漁った。


 やばい、やばい、やばい!!!!!岸部先輩(こいつ)、普通じゃない!いや、普段殺し屋やってるあたしが言えることじゃないけど、初対面の人の前で腕を切り出すかふつう!?!?!?


 動揺を必死に隠そうとするが、隠せていないのが現状だろう。だってあたし物凄く動揺しているから。

 国語力を失いつつある脳内で、必死に冷静さを取り戻そうとしていると、後ろからぎゅっとひんやりとした手で、腕を捕まれる。



 「止めてよ、白河君。キミはそんなつまらない人間じゃないでしょ?」



 ぱたり、と彼の左腕から流れる血液が、あたしの手の甲へ落ちる。

 久々に見るその(あか)に、再び胸が高鳴るのを感じる。





 あぁ、頼むからおさまってくれ。






 背後にいる岸部先輩を殺してしまいたい。

 紅が飛沫く様を見たい。

 スリルを味わいたい。






 それは、きっと常人ではない感情。異質な欲求。


 知っている。自分は快楽殺人者なのだと。だから幼い頃から今に至るまで、殺し屋なんていう異質な職につきながら、一度たりとも精神を病ませなかったのだと。だが、ただ知っているだけじゃ、どうしようもないのだ。砂漠できんきんに冷えた、尚且つ綺麗な水を与えられたらそれを飲み干すように、あたしだって鮮血を見せられたら殺りたくなるのだ。例えそれが(わな)であったとしても、だ。



 「……岸部先輩、さっきからなにを言ってるんです?あんまりふざけてるんなら俺怒りますよ?」




 これが、最後の警告だった。




 「ボクはふざけてなんかないよ、白河君。キミみたいな子を待ってたんだ。死を愛して、血を求めるような狂人(バケモノ)を。」













 「…………違う。」
















 無意識に、その言葉が口から漏れる。









 「……?なにが違うの?……もしかして、まだ否定する気??」




 岸部先輩は、呆れたような、責め立てるようななんとも言えない表情でこちらを見下ろした。



 

 ……あたしが愛しているのは。あたしが、求めているのはーーーーーー……。








 「………………あ、……たしは」







 瞬間、ガラっとドアを開ける音が、あたしの言葉をもみ消した。








 「岸部先輩、ここにいましたかー。部費のことで相談があるんですけど。」








 焦げ茶色の髪、黄色い瞳。良くできた笑顔。現れたのは、月宮 碧(つきみや みどり)先輩だった。



 「月宮君じゃん。あれ、部費の原案は委員会通ったよね?どうしたの??」


 「生徒総会で議論する前に、確かめたいことがあって。

 ……岸部先輩、原案より零の数3つ足してますよね?」


 「あれ、やっぱりバレた?」


 「逆になんでバレないと思ったんですか。」


 突然の来訪に、今までの歪な感情が徐々に落ち着きを取り戻していた。

 月宮先輩が現れたのは予想外だったが、なんとか余計なことを口走らずにすんだようだ。


 「白河、悪いんだけど岸部先輩と生物部予算案についての話があるから席を外してくれない?」


 優しい口調で、月宮先輩はあたしに退室を促した。……目は全然笑ってないけど。



 「あれ??別に白河君がいても構わないよー?まだ体験入部終わってないんだー。」


 岸部先輩は、そう言って月宮先輩が入った準備室のドアを閉めた。

 ……どうやら、まだ帰す気はないらしい。


 「そうなんですか。でもすいません。白河の生徒手帳が完成したので、今日までに間違いがないか本人と確認しなきゃいけなくて……。白河には至急、生徒会室にきて貰わないと困るんですよね。」


 

 岸部先輩に負けない威圧感で、月宮先輩はそう言った。



 「……そういうことならしょうがないかぁ。またね、白河君。」



 「…………」



 出来ることならもう会いたくないです。



 岸部先輩と月宮先輩を残し、あたしは準備室を後にした。


















 一応、月宮先輩に言われた通りに生徒会室に訪れていた。


 ……岸部先輩、何者なんだろうか。普通の男子高校生というには、頭のネジがぶっ飛び過ぎてはいないだろうか。

 安易に彼の正体をKだと決定付けることはできないが、現段階ではあたしの中で最有力候補だ。


 それにしても、岸部先輩は何故あたしが快楽殺人者だと見破れたのだろうか。本当に、あの意味不明な適応検査の結果だったのだろうか。

 先程あったことについて、あれこれ考えていると……




 ガチャ





 生徒会室のドアが開き、不機嫌そうな月宮先輩が入ってくる。

 無言で机に座っているあたしに近付くと、右手で作った拳をあたしの頬に目掛けて振りかぶってくる。間一髪、上半身を後ろに倒し避けるが、大きく体制を崩してしまった。その隙を月宮先輩が逃す訳がなく、袖に忍ばせた折り畳み式サバイバルナイフを首筋に当てる。机に頭と背中がつき、押し返そうとした両手は、月宮先輩の左手によって固定され、完全に身動きがとれない。流石と言うべきか、ジャンクでNo1実力者と呼ばれる彼の動きには、無駄がない。


 「君には耳がないのかな……??それとも記憶力が皆無なのかなぁ……?君の担当は佐久間 琉生と深山 風馬だっていったよね??なんで岸部 波斗に近づいたの?」


 どうやら、かなりご立腹のようだ。


 「落ち着いてくださいよ、月宮先輩。不可抗力ですってば」


 「不可抗力……?佐久間の誘いに乗ったのは君でしょ?」


 「……なんで知ってるんですか。」


 月宮先輩は、あたしの左脚を持ち上げて上靴を脱がせると、上靴の(かかと)部分をサバイバルナイフで薄く切り始め、起き上がったあたしに投げ渡した。

 上半身を起こし、拘束から逃れた両手で受け取ると、切り込みを入れられた上靴の底をまじまじと見つめた。


 「上靴の中に小型盗聴機を内蔵するなんて聞いたこと無いんですけど。」


 そこには、小型盗聴機が埋めこまれていたのだった。


 「僕と君とは初対面で信頼関係が皆無だからね。このくらいの用意は必要でしょ。」


 しれっという月宮先輩(こいつ)をぶん殴りたい。殺し屋は同じ組織(みうち)に盗聴機を仕掛けることすら正当化出来てしまうと言うのか。プライバシーも糞もないじゃないか。


 「……あたし達同じ組織の人間なんですけど。味方なんですけど。」


 「念のため、だよ。君がKって可能性だけは先に潰しておくべきだと思ってね。」


 「慎重を通り越して、臆病ですね。」


 「転入初日で欲のままに生徒を殺しかける君と違って優秀だからね、僕は。」


 皮肉たっぷりに笑う月宮先輩に反論したいが、事実なのでどうすることもできない。言葉に詰まらせていると、彼は大きく溜め息を吐いた。


 「はぁ、正直がっかりだよ。ボスのお気に入りと仕事だって聞いてたから少しは期待してたのに。こんな使えない奴だとは思わなかったー。」


 彼はわざとらしく、大きく肩を落とした。


 「あれ?言い訳も出来ないの?使えないだけじゃなくてつまんないなんてさ、君なんで生きてるの??」


 あたしが反論しないことをいいことに、彼は口撃(こうげき)に拍車をかける。


 「月宮先輩。」


 「なに」


 「……すいませんでした。」


 あたしが頭を下げると、予想外だったのか、月宮先輩は驚いた顔をした。


 「あのとき、月宮先輩が来てくれなかったら、あたし、岸部先輩を殺してました。来てくれてありがとうございます。」


 真っ直ぐ月宮先輩の目を見て、お礼を口にする。これは本当に心からの感謝の言葉だった。


 「この借りは必ず返します。勿論……」


 私は盗聴機の仕掛けられていた上靴を、月宮先輩の顔面に目掛けて蹴飛ばす。咄嗟に両手で顔面を庇った彼に、すかさず脚に仕込んだを小型ナイフを右手で握り、彼の喉仏目掛けて振りかぶる。彼は左に避けて、そのままあたしとの距離をとった。


 「いつか、盗聴とナイフ(こっちの件)についても3割増でお返しさせてもらいますね。」


 それに彼はくすりと笑って、「出来るもんならどうぞ」と答えた。

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