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狂気

 1年3組という薄汚れたプレートのぶら下がった教室に、佐藤先生に続いて入る。教室の中を軽く見回すと、余すところなく男子で溢れていた。まぁ、男子校なのだから、当然と言えば当然なのだろうけど。


 「はい、皆さん。席について下さいね。」


 佐藤先生が一声かけると、ずらずらと生徒達が着席し出す。そして、生徒達の視線は必然的に、物珍しいのであろうあたしに向けられる。


 興味、関心、警戒、嫌悪、無関心。


 大方、そんな感情が表情から読み取れた。


 「知ってる人もいると思いますが、このクラスに転入することになった、白河 雪音君です。」


 「え、まじか!転入生って俺らのクラスかよ!」

 「俺そもそも転入生来るなんて聞いてねぇよ。」


 ざわざわと騒がしくなる教室内。前列にいた男子の会話はなんとなく聞き取れたが、後列にいる男子達の会話は皆目検討もつかない。

 佐藤先生に促され、自己紹介をする。


 「白河 雪音です。急な親の転勤で此処に転入することになりました。よろしくね。」


 転校したことは今までに無かったので、流石に緊張した。が、なんとかよくあるような自己紹介で乗りきったと思う。3、4秒の拍手の後、窓側の一番後ろの席へ誘導され、着席した。

 余談だが、その列の1番前から2列目には、佐久間がいて、そこを通るときに軽く手を振ってきたので、取り合えず無視をかました。



 昼休み



 昨日、佐久間に言われた「弁当箱を寮の食堂に届けなければ、昼食を作って貰えない」という言葉をすっかりと忘れていたあたしは、校内の購買で買って食べることにした。「弁当忘れたから購買行ってくる」と佐久間に告げると、「じゃあ、場所とか分からないだろうから着いてってやるよ。」と、付き添ってくれることになった。



 購買は、思っていたより混んでいて、カウンターには大勢の生徒が財布を片手に行列を作っていた。


 「うぇ……」


 長時間の待ち時間や、人混みが大嫌いなあたしにとってこれは最悪のシチュエーションだった。


 「運動部の奴が、部活の前後に食べる軽食を調達すんのが購買みたいなもんだからなぁ。この時間は激混みだぜ。」


 佐久間はそう言いながら、財布を宙に投げては掴み、また投げるという動作を繰り返していた。こいつはサッカー部だから、きっと購買で軽食を買うのだろう。


 「そういえば、どっか部活入るの?」


 ぎくり、と一瞬固まる。


 実際、どこに入部するのかまたは入部しないのかは迷うところだった。

 あたしが担当している監視対象者の佐久間 琉生(さくま るい)は、ルームメートでかつ1年3組と同じクラスだ。接触できる機会が多いから、わざわざサッカー部に入部する必要性はあまり感じない。しかし、もう一人の監視対象者である、深山 風馬(みやま ふうま)は、1年1組とクラスが違う。おまけに部活は無所属で接触できる機会がまるでない。無所属で自由に深山を監視することも出来るが、毎日やれば流石に怪しすぎる。もしもKが深山なら、バレて殺されるのが落ちだ。


 必然的に深山に近づける部活に入部したい。それが結論だった。


 「あー……、まだ迷ってるんだよなぁ……。」


 曖昧な返答をすると


 「まじか!じゃあさ、生物部とかどう?最近、1年生が皆辞めちゃって、波斗先輩が部員数が居なくて廃部の危機だって騒いでたし。」


 思いの外、佐久間は食い付いてきた。


 波斗、という名前に聞き覚えがあった。直ちに思考を巡らせる。


 ……あぁ、そういえば月宮先輩の監視対象者に、岸部 波斗(きしべ なみと)という人物がいたことを思い出す。確か生物部の部長だという話もしていたから、その人本人で間違いないだろう。


 さて、どうしようか。


 月宮先輩には、佐久間と深山を担当しろと言われたけど、深山とはまだ接触出来そうにない。それなら、現段階では自分の監視対象者ではないが、岸部先輩と顔見知りになっておくのも悪くないと思った。



 「ふーん……じゃあ、紹介してよ、佐久間。」


 「りょーかい!」


 佐久間は嬉しそうに笑って、敬礼のポーズを作った。






 放課後







 「失礼しまーす」


 佐久間は慣れたように理科室の扉を開ける。佐久間に続いて中に入れば、ツンとする薬品の匂いが微かに鼻を刺激した。


 「あれ、波斗先輩いないや」


 確かに、理科室内には誰もいなかった。それでも気配は感じるから、どこかには誰かしらいるのだろう。佐久間は気づいていないようだから、あえてなにも言わず、気づかない振りをする。ここで反応してしまったら、怪しまれるかもしれないから。


 「準備室の方かなぁ……」


 徐に佐久間はそう呟くと、出入口のドアの前方、黒板右にある扉を躊躇なく開いた。


 「あ、いた。


 ……って、また寝てるし。おーい、波斗先輩!!」


 佐久間はずかずかと準備室に足を踏み入れると、窓際の机の上で突っ伏して眠っていた男性の肩を軽く揺さぶった。

 男性は、ゆっくりと顔をあげて、まだ眠そうな目を軽く擦りながら、


 「あ、佐久間くんいらっしゃい。あれ、部活じゃないのー?」


 なんて間延びした声を発しながら、佐久間へ目を向けた。細身な長身、真っ黒な瞳、真っ黒で肩まであるぼさっとした長い髪、それらに対比するように羽織った白衣が、辛うじて生物部らしさを醸し出していた。


 「転入生がうちのクラスにきて、生物部に興味あるって話になったので、俺が生物部を紹介することになったんですよー。うちのクラスの担任はサッカー部の顧問ですしね。」


 佐久間がそう答えると「そっかぁ……」と相づちをうつ岸部先輩。その柔らかい口調や仕草から優しい雰囲気を感じる。だが、それと同時にどこか底知れぬ恐怖感のようなものを抱いた。それはほぼ直感に近い、第六感的な感覚だったけれど。


 「でもあんまり遅いと怒られちゃうんで、そろそろ戻りますね。」


 「ちょっとまって」と告げる間もなく、佐久間は理科準備室を後にした。おいこら知らない奴(しかも先輩)と二人きりで置き去りにするってどういうことだよ。聞いてないぞ。


 「えっと……良かったらここすわって??」


 岸部先輩に促され、先輩の目の前の木でできた丸椅子に腰かけた。


 「ようこそ、生物部へ!部長の岸部 波斗(きしべ なみと)。3年生だよー。宜しくねー。


 ……一応部員数はボクも入れて5人なんだけど、ほとんど幽霊部員なんだよねー。真面目そうな子が生物部に興味もってくれて嬉しいなぁ」


 本当に嬉しいというように、無邪気に笑う岸部先輩をみて、さっきの恐怖感を感じさせた第一印象が一気に壊される。……なんだ、本当に優しい先輩じゃないか。監視対象者であるがために、少々警戒心が強くなってしまっていたのかもしれない。


 「1年3組の白河 雪音です。とりあえず今日は体験入部ってことで来てみたんですけど」


 「体験かぁー。色々コースがあるんだよねぇ。ほら、生物ってカテゴリー事態が曖昧でしょ??植物とか動物とか人体とか。全部『生物』でしょ?」


 「まぁ、そーですね。」


 「もし、これがやりたいっていう希望が無いなら、心理テスト形式で適性検査をしてコースを決めようと思うんだけど、いいかな??」


 「別に構いませんよ。」


 あたしがそう答えると、岸部先輩はいそいそと様々な薬品が並べられたガラス棚から、いくつかの小瓶を取り出した。そして、それらをあたしの前に横一列に並べ始める。


 「はい。この中で一番気になる瓶を選んでね。」


 右側から、無色透明な液体、黒い沈殿物が沈んだ液体、真っ赤な液体、白く濁った液体。それらが小瓶の中に入っていた。

 

 いや、気になるも糞もねぇよ。と心の中で悪態をつく。だって、そもそも全部怪しいじゃん。なんだよ赤色液体って。血液意外の検討がつかない。もっとましなものは無かったのだろうか。

 

 あたしは、全ての小瓶をまじまじと見つめて、一番無害そうな無色透明な液体の入った小瓶を選んだ。


 「へぇ、それなんだ。じゃあ、この液体に名前をつけて。」


 「は?」


 思わず、動揺の余りに意図せず声が漏れる。


 「その液体に名前をつけて欲しいんだ。」


 表情を変えず、本気で言ってるとばかりに同じ指示を淡々と行う岸部先輩。え、この人やばくないか??


 「……じゃあ、タロウで。」 


 適当に名付けて、言ってしまってから物凄く恥ずかしい気持ちになる。なんだタロウって。誰だよタロウって。そもそも無色透明な液体に対してタロウって世の中のタロウさんを完全になめている。


 「じゃあ、タロウに何か語りかけて」


 「タロウはペット感覚なんですか!?それとも宗教感覚ですかね!?!?」


 ……あぁ、思わず突っ込んでしまった。


 「ねぇ、早く。」


 真剣な眼差しと今までにない強い口調に、思わずびくりと肩が揺れる。冷や汗が背中をつたう感覚があった。


 「……た、タロウー??元気ー??俺は今凄く元気じゃない。」



 …………なんてシュールなんだろうか。



 小瓶に向けて、しかも名前をつけて語りかける男装した女子高生とかどんな光景だよ。いっそ笑い飛ばしてくれる人がいれば救われるのだが、生憎此処にはそういうまともな人間はいないようだった。

 とにかく、ものの数分で精神的に負った傷は計り知れない。今日は早く眠ろう。 




 こんな意味不明な問いに、精神力を磨り減らしながら答えるという問答は、少なくとも30分程度は続いた。




 「じゃあ次ね。赤、青、黄、白、黒、黒。次にくる色は?」


 「……。あか」



 適当。そうだもう適当でいい気がしてきた。

 


 「さ、そ、し、す、せ、さ、せ、す。次にくる文字は??」


 「し……??ってこれいつまで続くんですか?」


 「ん?あー。今のが最後だよー??」


 突然の終わりを告げられ、一気に脱力する。疲れた。本当に疲れた。もはやこれのどこが適性検査なのか教えてほしい。


 「で、分かったんですか、適性コース。」


 これで分からないとか答えようものならぶん殴ってやろうと思っていたが、彼は「うん。」と微笑みながら、人差し指をゆっくりとあたしに向けた。












 「君の適性は、解剖かな。」










 「……え」










 「それも、動物の解剖に向いてるよ。いや、解剖というか、血生臭いこと全般に向いてるね。こんな適性結果を出すなんて珍しいねぇー。」





 ……息をするのを忘れてしまうほどに、彼の言葉は的を得ていた。


 「……なんで、そう、思うんですか?」


 「なんでって言われても、なぁ……。適性検査の結果だしとしかいいようがないけど。まぁ、理由を作るのだとしたら……」


 岸部先輩は、徐に立ち上がるとガラス棚の引き出しから、動物解剖用のメスを取り出した。


 ……そして




 ズパッ



 自らの腕を切りつけたのだ。





 あか、あか、赤。



 鮮血が、彼の腕を、床を、染め始める。



 「……ぁ」




 自身の鼓動が早くなっていく。

 どく、どく、どく。と規則的な脈拍が、不自然なぐらい伝わってくる。


 ……あぁ、この感覚。人を殺すときと同じこの感覚。




 



 「ほら、それだよ。血をみてそんな顔を紅潮させる人なんて常人じゃないよ。」








 そういう彼も、どこか楽しそうな表情をしていた。


 


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