美醜
「あぁ…。でもほんま綺麗な顔しとるわ。世界で私の次位の美しさやったら、側に置いてやってもええのに。」
突然、そんなことを言い出す佐久間。本当なにがしたいんだお前は。殴った事怒ってんのか。そうなのか。問いただしたい気持ちになりつつも、一旦此処が舞台の上である事を思い出し、冷静さを取り持つ。
「じゃあ、こうしよう。それなりに顔に傷をつけてもいいから、殺さず返してくれないか?」
王子役の小林が、すかさず妥協案を出す。いやお前この展開に乗り気なのか。正気か。
「んー、そやなー。でも毒飲んでしまっとるからもう死体でしか返されへんで?それに、お得感が足りんなぁ。」
「死体でも観賞用にできるしな!それだったら、俺の国の特産品、葡萄酒と黒牛の肉もつけよう。」
「送料はどっちが負担なん?」
「……送り主負担だ。」
「よし、のったわ。」
「いや、いい加減にしろお前ら。」
……あ、やってしまった。つい突っ込んでしまった。
毒殺された筈の姫が急に目を開けて、割と大きめな声で突っ込んでしまったものだから、舞台も観客席も一瞬の静寂が流れる。
ふざけんな、なんであたしが滑ったみたいになってるんだ。
まぁ、そのどさくさに紛れて現在も額に充てがわれている猟銃が本物か偽物かの確認を済ませよう。
所々に刻まれた紋や火薬の匂い、引き金の作り等を確認する。額にあるものだから多分今凄く寄り目で変顔してるみたいになっているだろうが、この際気にしてはいられない。
「んだよ、偽物かよ…」
モデルガンの方であったことにほっとし、ぼそりと呟いた。次はこの状況をどう打破するか、だ。
「なんや!?毒効いてへんのか!!??」
静寂に耐え切れず、またも無茶苦茶なアドリブで繋げてくる佐久間。もう、どうにでもなれ……!
「…ざ、残念。私毒には幼い頃から慣らされておりますの。少量ならば、なんてことありませんわ。」
…まぁ、嘘じゃない。悲しい事実ではあるが嘘ではない。
「はは、でも流石にこの猟銃で脳天に穴を開ければお前も終わりや。」
そう言って、急に乱暴に横抱きの状態からあたしを床に落とすと、銃口を向けた。
ああ…そう言えば、殺しの仕事でこんな感じの絶体絶命的な状況に陥ったことがあったな。
その時は、確か……
あたしは、口端をゆっくりと持ち上げ、するりと流れるように佐久間の懐入ると、そのまま両手を佐久間の首に回した。
「実の姉妹で、命の奪い合いなんて、そんなのあんまりですわ。」
殺しの仕事の時に仕掛けたハニートラップを思い出しながら、できる限り甘い声色でそう囁いた。
「なんだって!?」
急な設定追加に驚きを隠せなかった小人の一人が、そう声を上げた。そりゃそうだ。そんな昼ドラみたいなどろどろ展開が童話にあってたまるか。
「……いつから気付いてたんや?」
アドリブに慣れているのか、これにも堂々とした演技でついて来る佐久間。もうサッカー部辞めて演劇部でも入ったほうが良いんじゃないだろうか。
「……初めてお会いした時からですわ。お姉様からは懐かしいラベンダーの匂い…お母様が大好きだった花の香りがしましたもの。」
「…姫たる者美しく無ければならん。だが、うちは力と引き換えに美しさを失ってしまった…。その失った美しさを欲しさにお前を殺そうと思っとったんやけど、なんか……調子狂うなぁ。」
「そんな必要御座いませんわ。お姉様はこんなにも美しいと言うのに。」
そう言って、私は佐久間のフードをふわりと捲り、ステージライトに照らされ、キラキラと光を反射する長い銀髪が姿を現した。佐久間は、驚いた様な顔をした後、ぐにゃりと表情を歪ませ、直ぐに両腕に顔を埋めた。
「…見るなよ…! 醜い顔を……汚い、嫌だ、見るな…っ!!」
そう言ってステージにいる役者全てに顔を背け、俯いてしまったのだ。
……その姿も、その台詞も、なんだかあたしには演技には見えなかった。だから、あたしもこれが舞台の上で、自分ではない誰かを演じているということを、一瞬だけ忘れる事にした。
「…るせぇよ」
あたしは、そんな佐久間の両腕を掴み、無理矢理退かせた。結構な至近距離だったので、佐久間の瞳の奥に、赤いリボンを付け、真剣な顔をしたあたしが写っているのを確認出来た。
「!?やめ、」
「見えないのですか?お姉様。私の瞳に映る可憐な女性の姿が、貴方様には見えないのでしょうか?」
佐久間にそう告げると、逸らしかけた目を再び此方に向けて、じっとあたしの瞳を見つめ返した。そのまま数秒見つめ合って、突然、彼は笑い出したのだ。
「…なんや、えらいべっぴんさんがおるやんけ。」
佐久間はそう言って、ぽろりと一雫の涙を流したかと思うと、直ぐにより一層、その人懐っこい顔で笑った。
「こうして、魔女となっていた白雪姫の姉の醜い心の呪いが解け、白雪姫共々、幸せに暮らしたのでした。」
これ以上好き勝手にやらせてたまるかと、ナレーターがこの茶番劇を締め括る。安っぽいBGMが流れた後、赤い幕が閉まり始め、あたし達を照らしていたライトもゆっくりとその光を失っていった。
「これで、1年3組の発表を終わります。次のステージ発表の準備が有りますので、今しばらくお待ち下さい。」
完全に舞台が幕を閉じ、ステージ進行の役員の放送を聞き流しながら、私達は舞台の撤収大急ぎで行う。小道具やら、大道具を運び出すクラスメイト達と、逆に搬入する次のステージ発表を控えた1年生とが、入れ替わり立ち替わりでステージ裏は人と物で溢れかえっていた。
「お前ら、滅茶苦茶過ぎだろ。」
呆れたように、王子役の小林があたしと佐久間にそう声を掛けた。
「ごめんって。でも面白かっただろー?
…っいっ!!??」
得意げになっている佐久間の背中を思いっきり叩いてやった。痛そう。…ざまあ。
「んだよ雪音!!暴力反対!!」
「お前まじ、無茶苦茶過ぎだろ。なんであのシーンでお姫様抱っこ入れたんだよ。お前王子じゃねえんだよ、魔女なんだよ、毒殺かました後に誘拐とかまじ笑えない重犯罪過ぎだろ。」
「うお、不満が止まらねえな。」
ちょっと引き気味に佐久間が呟く。とりあえず、台本を作ってくれた委員長には後でちゃんと謝らないとな…なんて考えていると、 例の手作り感満載の鏡を運んでいる委員長が此方に歩いて来ていた。
「あ、委員長。」
「あ、問題児3人組。」
「ちょっと待ってなんで俺も含まれてんの?」
不服そうに小林は抗議していたが、勿論庇ったりはしない。知ってるからな。こいつ案外乗り気だったの知ってるからな。
委員長は一旦鏡を床に置いた。
「いやー。まじどうなるのか冷や冷やしたわー。ま、1年生のステージ発表にしたら上出来だろ。
台本無視して勝手に進めるのは感心しないけど、
正直、最高に面白かったぞ。」
……委員長 …なんて心の広い奴なんだ。と、思いかけてそう言えばこいつのせいで女役をやらされているんだと思い出し、一気に好感度が下がった。
その後も、片付ける途中で、鏡はバラバラに壊れるし、佐久間のカツラが突然無くなるしで、ハプニングだらけ、舞台の外でもぐだぐだだった。
でも、そんな馬鹿みたいな、普通の高校生みたいな1日も悪くないな、なんて。
……この時、例の本物の猟銃が、何者かによって持ち出されていた事なんて、あたしは知らなかった。