危険
本格的に櫻林高校の生徒として授業に参加するのは明日から、ということで職員玄関で待機していたお出迎えの方に連れられ応接室と書かれた部屋に着いた。そこでは校長先生や、あたしが所属することになる1年3組の担任、佐藤先生への挨拶を適当に済ませた。女だと全く疑われないことが嬉しくも切ない気持ちになる。別に胸にさらしとか巻いてないんだけどなぁ……。(遠い目)
そして、生徒手帳に貼る写真の撮影だとかで生徒会室で生徒会長に会うことになった。生徒会室の前までは佐藤先生が送ってくれたが、このあとに授業が入っているとかで、直ぐに教室へ戻ってしまった。お忙しい中すいません。
あたしは人見知りとかは全くしない質なので、堂々とノックを二回して、「失礼します」と告げると、返事も聞かずに入室する。実際問題、「失礼します」と告げる時点で「これから失礼を致します」という警告を明言しているのだ。返事を聞かずに入室する位の失礼ならば、想定内であろう。と自分勝手に自己正当化していると、高い本棚の奥から、一人の青年が顔を出した。
「あ、そこの君。丁度良いところに。ちょっと手伝ってよ。」
黄色い瞳を持った茶髪の優しげな青年が、手招きしながらあたしを呼ぶので、青年の方へ近づいてみる。
「どうしたんですか?」
「棚の一番上の本が届かなくて。悪いけど、そこに四つん這いになってもらえる?」
「いや、もらえませんけど。なに普通に初対面の人を踏み台にしようとしてるんですか。」
虫も殺せないような、か弱い顔つきをしておいて、言ってることはなかなかえげつない。なんだこの人。
「えー。僕困ってるんだけどなぁ。手頃な踏み台がなくて」
「そこら辺に椅子が並びまくってるのに、どうしても人を踏みつけたいのなら貴方多分なんかの病気です。」
「だって動くのも運ぶのも手間がかかるじゃない?」なんてことを真顔で言うこの優男をぶん殴りたい。
「それより、君此処に何の用?」
本は諦めたのか、彼は此方に向き直ると、こてっと首を傾げた。先程の会話がなければ少しは目の前のコイツの動作に可愛らしさを感じられたのだろうか。
「あ、ええと。今日転入してきた白河 雪音って言います。生徒手帳の写真撮影を此処で撮ってこいって言われたので来ました。」
白河 雪音、というのはボスが考えた偽名だ。黒河 琴音という本名を文字ってつけたらしい。大して本名と変化がなく、馴染みやすくて気に入っている。
「あー、そういえばそういう話昨日聞いたなぁ。あ、僕は月宮 碧。ここの生徒会長ね。」
果たして、こいつが生徒会長でこの高校は大丈夫なのだろうか。不安だ。
「じゃあ、雪音ちゃん。隣の部屋に移って貰っていい??僕カメラもってくから。」
「え、」
ちゃん付けされたことに少々驚く。女子だとバレた……?いや、それはないだろう。……そうだと思いたい。
「はい。……あの、そのちゃん付け止めて貰ってもいいですか?」
「え、どうして??
だって君、
女の子でしょ?」
にやり、と彼は笑った。それはそれは楽しそうに。
「っ、は?俺は男ですよ?そもそも男子校に女がいるはずないじゃないですか!!??」
想定外のあまり、大きな声が出てしまった。
「そんなに動揺しないでよ。」
そう言いながら、月宮はずいっとあたしとの距離を詰めてくる。思わず後ろに下がるが、とんっと壁に背中が当たり、それ以上はどうすることも出来ずに、ただただ目の前で此方を見下す月宮を睨み付けることが唯一の抵抗だった。
「なんで女の子が男子校に来てるのか、聞かせてもらえるかな?」
「俺は、男です。」
「へぇ、強がりだね。じゃあさ、」
月宮の冷たい手が、ワイシャツの中へ入ってくる。
「ひっ」
「脱いでみれば、はっきりするんじゃない?」
死ね、変態。なんて悪態をつきたいのはやまやまだが、実際危機的状況に変わりはない。普段の暗殺任務ならば、足首に仕込んだ拳銃で撃ち殺したり、太股に巻き付けてあるナイフで首を掻ききれば解決する問題だが、流石にそういうわけにはいかない。
打開策を考えている間にも、月宮の手はだんだんと下からワイシャツのボタンを外し始めていた。