同志
学園祭特別時間割りという、午後からは学園祭の準備を行う期間が始まって、早1週間。
あたしは、屋上でサボっていた。
長すぎる台本の暗記、女物の衣装着用の強要、そして小道具類の制作中にペンキをかけ合って遊ぶクソ達からうける巻き添え。
もともと短気なあたしがそれらに耐えられる訳もなく、早々に逃げ出してきたのだ。
さて、サボったのはいいが暇だな。まだここに来て15分程しかたっていないのだが。眠れたりしたら楽なのだが、殺し屋たるもの無防備に眠りにつくわけにはいかない。
とりあえず、青空の雲に手を伸ばしたりして、ちょっと青春ぽいことをしてみる。と、その時、
ガチャリ
突然屋上の重い扉が開く音がして、慌てて伸ばしていた手を引っ込める。そして狸寝入りをかます。
あれ、なんで寝たふりしたあたし。
コツコツと、靴の音が近付いてくる。うっすらと目をあけてみるが、扉に背中を向けて横たわってしまったので、見えるのはフェンスだけだ。
もしもに備えて、ポケットに忍ばせたナイフに触れる。
靴の音が、あたしの後頭部付近で止まる。
「誰だ、コイツ。」
聞いたことのない声色。男にしては少々高めの声だった。きっと同じクラスの生徒達ではない。
「あー。邪魔だなぁ…」
ぼそり、とそう呟いたかと思うと、そいつはあたしの脇腹に頭をのせた。
…え?頭をのせた?
「いやいやいやいや!?!?!?!?!?」
え、なにちゃっかり枕にしちゃってんの!?
と、思わず勢いよく飛び上がった。当然、上に乗っかっていた奴は、思いっきりセメントの地面に頭をぶつけていた。
「いってぇな…!」
頭を右手で押さえながら、そいつはあたしを睨み付ける。あたしが彼を見下ろす姿勢ような形になっているので、全く怖くないが。
赤茶色の艶々とした髪、明るく澄んだ碧眼、少し高めの鼻。
その中性的な顔立ちは、男物の制服を着ていなければ、女と間違えてしまっても可笑しくないほどだった。下手したら女のあたしよりも可愛い。
「おい、お前!!勝手に起き上がってんじゃねぇ!!」
何も言わないあたしに更に怒りを募らせたらしい美少年は、怒鳴り始める。
「いやいや!?お前が可笑しいからな!?初対面の寝てるやつを枕にするお前が可笑しいからな!?!?」
「ふざけんな!ここは俺の縄張りだそ!?」
「知るか!!そもそもここは学校の所有地だ!」
なんて言い争いをはじめての早15分。流石にお互い疲れてきたのか、覇気がなくなってきた。それでも、言い争いは終わらない。
「てか、お前誰だよ。先輩?」
美少年は突然そんなことを聞き始めた。先輩かと聞くぐらいだから、彼は1年生か2年生なのだろう。
「1年3組 白河雪音。お前は?」
「1年1組 深山風馬。」
その名前を聞いた瞬間、彼が監視対象であることに気づく。と、共に一気に彼に対する警戒心が沸き上がる。
「へー、同じ学年だったんだー。」
割りと興味なさげに深山がそう呟くと、ばんっと大きな音をたてて屋上にひとつしかない扉が開く。
「いたぁあっっ!!!!!!!!!!!!!」
「…げっ」
明らか様に嫌そうな顔をした深山がさっとあたしの後ろに隠れた。
「おい、深山!なにサボってんだよ!!衣装合わせするっつっただろ!」
男子生徒がそういってこっちに凄い勢いで迫ってくる。
「ふざけんな!誰が女役なんてやるかよ!!!」
深山は相変わらずあたしの後ろに隠れたまま、顔だけ出してそう叫んだ。その言葉から察するに、どうやら深山もあたしと同じく女役に抜擢されたらしい。
「お前は登校日数が足りてねぇーの忘れたのか?学園祭でねぇと留年だぞ??」
「卑怯なんだよ、お前らも担任も!!!!!!」
なんとなく彼の事情を知り、少し同情する。こいつも多数決という暴力に屈したのか。
「…あ、お前3組の白河だろ?クラスのやつらが探してたぞ??」
「…げ。」
明らかにあたしの顔がひきつる。
「……?もしかして、お前も女装コンテストと女役押し付けられたのか?」
哀れみの表情をこちらに向ける深山。こてん、と首をかしげる姿はやはり可愛らしい。
「…まぁ、な」
ぎこちなくそう答えると、深山は「そうだったのか!」と満面の笑みを浮かべた。同志を見つけられたことに喜んでるらしかった。