姫役
「なぁなぁ、そんなに怒るなってばー。」
佐久間にそう言われるほどに、あたしはいまどうしようもなく不機嫌である。
「なんで俺なんだよ。お前でいいだろ。」
なんて言いながら軽く佐久間を睨み付ける。
「しょーがないだろ。多数決なんだし。大体お前小柄だし、中性的な顔立ちしてるから大丈夫だって!絶対可愛いから!!」
「フォローになってねぇんだよ。可愛いとか言われても嬉しくないし。」
なんて言ってはみるものの、《可愛い》なんて最後に言われたのは、随分も前のことだったので、少しばかり心踊る。ただし、こいつはあたしが男だと思ってそういっているのだが。
女装コンテストの出場者があたしだ、ということ以外に、クラスでのステージ発表と模擬店の内容についても話し合いが行われた。
「ステージ発表は、例年一年生は、何人かに絞って舞台に上がり劇をするのが定番なので、それに準じて劇をやろうと思ってます。10人から15人くらいの登場人物であることが前提で、なにか劇の内容について案がある人はいますか?」
学級委員長がそういった瞬間、クラスの比較的目立つグループに所属している奴等が一斉に手を上げ始めた。
白雪姫、シンデレラ、人魚姫などが上げられてふと思う。
こいつら、此処が男子校だと分かっているのだろうか。どこに姫がいるんだ。何処に。
そのあと、ブレーメンの音楽隊、猿蟹合戦、ロミオとジュリエットなどが上げられていく。
10個ほど案があげられたので、多数決が行われる。取り合えず無難にブレーメンの音楽隊に手をあげたが、あたしを含めて4票程しか集まらず、採用される望みは薄そうだ。
そして、全ての投票が終わり、意外なことに白雪姫とシンデレラが同票だった。
「いや、だから何処に姫がいるんだよ」
思わずそう突っ込むと、何人かがキョトンとした顔で此方に目を向けると
「え、おまえだろ?」
と抜かし始めた。
「…はぁああああああああああ!?!?!?!?
ふざけんなよ?!誰が許可した?!?!やんねぇーからな!!!」
全力の否定だった。心からの叫びだった。
「まあまあ、落ち着けって」
佐久間にそうなだめられるが、余計に腹が立つ。こいつ、他人事だと思いやがって
「ステージ発表は、女装コンテストでのアピールも兼ねてるからなぁ。やって貰わなきゃ困る。」
委員長はそういうと、白いチョークで黒板に『姫 白河雪音』と書きはじめる。頼むから死んでくれ。
「それでは、白雪姫かシンデレラか、この2択でもう一度多数決をします」
どっちにしろ地獄。どっちにしろ黒歴史確定。
各々が好みの方へ挙手しはじめる。あたしはこの多数決に参加しなかった。
「投票の結果、1年3組のステージ発表は、
『白雪姫』です。 」
どこからともなく歓喜の声が上がるが、全くそういう気分ではない。寮に戻ったら腹いせに佐久間を殴ろう。そんなことを考えていると、ふと名案が浮かんだ。
「…おい、姫役やってやるよ。代わりに、魔女は佐久間がやれ。」
訳:お前も舞台に出て恥をかけ。
「…別にいいけど」
けろっとした様子で佐久間はそう答える。くそう、あまり効いていないようだ。
そして、この白雪姫が、前代未聞のカオス劇になるのは、まだ先の話。
「……なんだ、この台本。」