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朱く、紅く。4

 事実を言うのなら、勿論、あたしが田崎さんの紅茶に毒を混入させた訳ではない。紅茶自体も、あたしが自分で買って管理していたものだから、毒はカップに付着していたに違いない。カップだけは、組織で接待の時のために用意してあったものだったからだ。

 しかし、それを証明する術はなかった。あたしが毒を混入させていないという明確な証拠は無かった。当然の如く、組織の誰もがあたしが犯人であると疑い、組織にある地下牢に押し込められた。酷く暗く、冷たく、死臭が漂うこの場所で、もうどの位の時間を過ごしたのかわからなかった。

 きっと幹部達が、あたしの処分をどうするか決めている最中なのだろう。その中にはあたしの父もいるのだろうか。あたしが田崎さんを殺したと、父親でさえ疑っているのだろうか。そんな思考を巡らせては、これから自分はどうなってしまうのだろうかという不安に押し潰されそうになる。

 しかし、ひとつだけ明確な事がある。あたしは嵌められたのだ。田崎さんを殺した罪をあたしに着せようとしている誰かが組織にいる。

 田崎さんは人当たりの良い人で、部下にも、上司にも慕われていた。組織内で恨みを買うような人じゃない。

 

 だとしたら、あたし?


 あたしを貶めることが、犯人の目的だったのだろうか。


 結論の出ないことを考えては、また振り出しに戻る。そんなことを繰り返していると、唐突に錆び付いた扉が音を立てて開き、そこから光が漏れて、あたしの顔を照らした。


 「出ろ、黒河琴音。ボスがお待ちだ。」


 見かけから察するに、上級構成員のようだった。胸元に光る金色のバッチがそれを物語っている。










 さて、あたしの処分はどうなるのか。










 きっと、田崎さんを殺したということは覆らないだろう。裏切り者として最悪、処刑される。父や母にもなにかペナルティが課せられるかもしれない。降格で済めばまだいいのだが。


 手錠から伸びる鎖を乱暴に引っ張られながら連れていかれたのは、処刑室だった。


 






 …あぁ、やっぱり処刑か。









 

 自分の人生を思い返してみても、思い浮かぶのは父と母と過ごした記憶ばかりだった。初めてキャンプに行った記憶。初めてランドセルを背負った記憶。二人から愛してると言われた記憶。


 この記憶達が、汚い殺しの血で汚れずに済むのならば、それはそれで幸せなのかもしれない。幸いにも、あたしはこの9年間、一人だって殺しをしたことはなかった。


 上級構成員に連れられるまま、特に抵抗することもなく処刑室へと足を踏み入れる。そこに広がる凄まじい死臭と腐敗臭、赤黒い血痕が所々に染み込んでいて、恐怖感が煽られる。嗚咽が出そうになるのを我慢しながら、目の前にいる彼に目を向けた。



 「やぁ、琴音ちゃん。久しぶりだね。」




 「…ボス」




 ボスはいつもと変わらない、人当たりの良い口調と表情で、そう声をかけた。




 「…2ヶ月も地下牢に繋いでいてすまないね。なにせ、田崎くんが亡くなった後に似たような殺人事件が多発してしまってね。つまりは、毒殺だよ。うちの下級構成員が21名、中級構成員が13名、上級構成員が4名、幹部も1名亡くなってしまった。これは多大なる損失だ。今だかつてない大事件だからね、慎重に調査して、随分と犯人探しに手間取ってしまった。」



 「…!?田崎さんだけじゃないんですか!?お母さんは!?お父さんは無事なんでしょうか??!!」


 上級構成員が4人、幹部が1人殺された。この中にあたしの両親がいるかもしれない。どうか、どうかそれだけは…!


 「…安心したまえ。無事だよ。ただ、組織専属のカップやドアノブ、拳銃等に毒が付着していてね?その毒もうちで作られている致死性の毒薬が使われていたんだ。これはどう考えても組織にいる内部の犯行であるとしか考えられない。そして、この毒が入手できるのは一部の上層部の人間だけ…そうやって犯行が可能な人間を絞っていくと、一人だけ、全ての項目を満たす人間がいた。」


 ぱちんとボスが指を鳴らすと、先程の上級構成員が、ボスの後ろにある、防水性のカーテンを開けた。 


 そこには、麻袋を被り、手足をイスに拘束された男性がいた。


 「こいつが、この大事件を引き起こした犯人だ。」


 ボスがそう告げると、麻袋を被った男は言葉を発しようとするが、ガムテープで口元を遮られているのか、全く何をいっているのか理解出来ない。


 「田崎くんの死だけが、君が紅茶をいれたという事実があるから、どうも君の身の潔白を証明出来ない。君の処分について、上層部の会議で話し合った結果、君がこの事件の犯人を処刑すれば、今回のことについて君の身の潔白が保証されることになった。死んでしまった子達には本当に悔やまれる思いだが、しょうがない。無くなった命は取り返せないのだから。」


 ボスはそういって、拳銃をあたしに手渡した。


 「後は、君が引き金を引くだけだ。それで全てが終わる。田崎くんを殺した憎い相手だ。殺れるだろう?弾は一発しか込めてない。君がもし殺せないなんてことになったら、君を処分しなくてはいけなくなる。辛いとは思うが、私だって君を殺したくないんだ。分かるね?」


 ボスはそれだけ言うと、あたしの後ろに下がった。


 あたしは、ゆっくりと、ゆっくりと、麻袋の男と距離をつめる。





 この男のせいで、田崎さんは死んだ。

 この男のせいで、あたしは地下牢に閉じ込められた。

 この男のせいで、2カ月もひとりぼっちだった。

 この男のせいで、田崎さんとの約束を守れない。






 早く済ませよう。そして、家に帰って、お父さんとお母さんによく頑張ったと褒めて貰おう。



 拳銃を麻袋の上から、大体額になる位置に突きつける。

 男の唸る声が本当に鬱陶しかった。


 引き金を引こうと指に力を込める。そのとき、


 「んんん、んんん!」


 男の唸る声がそう繰り返していることに気づいた。
































 「ことね、ことね!」


































 震えが止まらない。


































 そう、聞こえた気がした。

















 「……お父さん?」






























 背後のボスにも聞こえないくらい、本当に小さな声でそう呟くと麻袋が上下に揺れた。



 「…どうしたんだい?琴音ちゃん。まさか、怖じ気づいた?」



 ボスは、そう微笑んで聞いてくる。


 

 「…、いえ、そんなことは」


 慌ててそう返すもボスはあたしの肩に手を置いた。

 

 「なんなら、手伝ってあげようか?本当は君の意思で打たせないといけないのだけれど、まだ人を殺したことのない少女には酷だろう?それに、君は私のお気に入りでもあるからね。」


 そういうとボスは、あたしの拳銃を握ってる方の手に、右手を添えた。



 「ほら、こうやって打つんだよ。」



 バン



 ボスがあたしの人差し指を、軽く押せば、いとも簡単に銃口から白い煙が上がり、あたしの顔は赤い液体で染まった。




 「よかったね、これで君は無実だ。」


 ボスはそういって、あたしの頭を撫でると、早々に処刑室から立ち去った。


 残されたあたしは、上級構成員に手錠を外されたのと同時に、右手の拳銃を床に落とした。震える手で、麻袋を手にかけ、それを外す。
















 父親、黒河真司の死に顔がそこにはあった。


























 「……きれい。」
























 実の父親を殺しておいて、最初に口から溢れたのはその言葉だった。


 涙が止まらない。嗚咽が止まらない。最愛の父親をこの手で殺した。悲しいの。あたし悲しい。














 なのに、なのにね?それに勝るこの感情は、なに?




 やめて、やめて。あたしは本当にお父さんを愛していた。あの記憶に嘘偽りはない。なのにどうしてこんな感情になるの?





 



 ねぇ、気持ちいい。快楽の波が押し寄せてくるのがわかる。雪原でのときとは別格だ。


















 「…なんで?なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!?!?!?!?!?!?!?」














 お父さんを殺してしまった罪悪感より、お父さんを殺してしまった悲しみより、お父さんを殺してしまった喪失感よりも、殺人への快楽が勝るだなんて!!!!!!!!!
















 「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい。」





















 こんな、狂った娘でごめんなさい。












 あたしは、本当に貴方を愛していました。








 田崎さん、ごめんなさい。あたしは人を殺してしまいました。もう、戻れません。この快楽を知らなかった頃にはもう、戻れません。

 あたしはこれから先、朱く、紅く染まり続けることでしょう。



















 声が枯れるまで、いや、声が潰れるまで。あたしはその場で崩れるように泣きじゃくりながら、謝り続けた。

 あとから知ったが、その日はあたしの10歳の誕生日だったらしい。

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