三匹目
――約二年前
智は岬音々の唯一のクラスメイトだった。元々、音々は鐘楼高校の生徒で、E組にすら及ばない落ちこぼれだった。この高校に入れたのは本当にまぐれなのだろうし、智は頭は良い方なのに出席日数が足りないからって特別教室にやってきた。私は赤点を取りまくっていて退学って線もあったけど、なんとかギリギリで特別教室に行き着いた。
そんな高校一年の冬にオープンスクールが行われた。学年最下位の私は忌み嫌われてて、それはそれで良かった。私は人付き合いが上手くいかない方だったから。だけど学年上位に常に入っていた智が特別教室に来た頃から変わっていった。担任の先生と二人きりの教室が三人に増えて、心が暖まりに慣れていっていた。だけどオープンスクールの時に、心の暖まりに慣れていっていた、私の心は急に冷えた。一つ年下にも忌み嫌われた。屈辱的だった。私たちは見世物じゃないのに、どんどん人が集って笑われる。そんな中、二人だけが笑わずに私たちの教室を見ていった。
「ここは…特別教室…です。ありがとうございました。これで終わりです」
私は直ぐに教室説明を終わらせた。今までの人たちは聞く耳持たずって感じだったから。
だけどこの二人は――
「あのぉ、もう少し教えてくれませんか?」
女の子は興味津々で説明を求めていた。男の子はツーンとしていて、興味は無さそうだったが、ちゃんと聞いてくれていた。
「ちょっと、ユート。お話し聞いてる?」
ユートと呼ばれる男の子は呟く。
「イロハ…。俺はこの教室に来るつもりは無いけど、お前はここに来そうだもんな。ちゃんと先輩たちの話、聞いとけよ」
そう言って外に出ると何やら智と話していた。イロハと呼ばれる女の子は頬を膨らませてユートを見ると、こっちに振り向く。
「先輩、お話を聞かせてください。私、ここを受けるつもりなんです。ですけど、学力に問題ありっていうか…とにかく、お話を聞きたいです!」
イロハちゃんは最後まで私の話を聞いてくれた。それか嬉しくて、心地よくて。いつの間にか終わりの時間になっていた。終わりのチャイムが鳴るとイロハちゃんはユートを探しに行くと言って、慌てて教室から出ていこうとした。扉の前でクルリとこっちを向いて言い残していった。
「さっきの男の子、ユートって言うんですけど、あの子もここを受けるそうなんで、どうぞ宜しくお願いします」
ペコッと礼をして、走ってユートを探しにいった。智はイロハちゃんと入れ違いで入ってきて、ユートと話したことを話してくれた。
「ユート君はここを受けるみたいだよ」とか、「イロハちゃんと幼馴染みなんだって」だとか、かなり仲良くなった様だった。私は私でイロハちゃんと話したことを話した。その約四ヶ月後、あの二人が入学してきた。
「音々先輩、お久しぶりです!」
「うん、久し振りだね、イロハちゃん」
本当に入学してきた二人を見た時は驚いたが、それよりも驚いた事があった。それは、新入生代表の生徒が何というかムカツいてしょうがないユートだったからだ。何やら天才だそうで入試で満点を叩き出したそうだった。その後、クラス分けを見ると当たり前とばかりにユートはA組。イロハちゃんはE組にいた。しかもその一週間後の実力テストが返却された時、イロハちゃんは特別教室へとやってきた。五教科すべて、赤点だったそうだ。この高校はテストの結果はすべて貼り出される方式だ。一位から最下位まで、すべて。一年の最下位はイロハちゃんだということは分かった。ならムカツいてしょうがないユートは何位だったのだろうか…そう思った時だった。
「イロハ、最下位おめでとう」
ユートが特別教室の扉をノックして嬉しくもない、祝うこともない事に「おめでとう」、と祝ってきた。私はそんなユートを睨んだ。そして深呼吸をしてから言う。
「それは祝うことじゃないでしょ。それよりもユートはどうだったのよ。そんなこと言うだから、さぞかし良い結果なんでしょうねぇ?」
もう、子供かってぐらいにユートにつっかかった。上から目線よりもムカツクだろう。そんな私にちょっとムカツいたのか、テストの用紙を五枚突きだしてきた。
「これが俺のテスト結果だよ」
五枚の用紙を見ると、すべて100点だった。顔を上げるとユートと智が話していた。
「ユート君、頭良いんだね!ここの問題で満点を取るなんて…憧れるよ!僕はいつも五位以内が限界なのに…」
ユートはイロハをじっと見ると、ニッと笑うと言った。
「今回も満点取ってやったぞ」
この時は知らなかった。ユートを取り巻く環境を。それを知ることになったのは、この日から二週間経ったある日のことだった。
「先輩…!助けて…!」
突然イロハちゃんが教室の扉を開けて、助けを求めてきた。私と智はイロハちゃんに言われるがまま、ついていった。そして、目的地に着いたのか動き続けた足を止めた。そこに居たのは――
「ユート!?」
ユートが傷だらけで、息を切らして倒れていた。何でと思っていたら、ユートが口を開ける。
「イロ…ハ…。何で…先輩たちを…呼んで来たんだ…!余計な…心配をかけたくなかったのに…!」
途切れ途切れで何とか私たちに伝えようとした。とにかく保健室に連れていき、怪我を治療した。ベッドに寝かせて、やっと落ち着いたのか話そうと座る。
「まだ寝てなきゃ駄目だよ、ユート」
イロハちゃんの手を退けて座る。完全には回復してなくて、咳き込む。咳すら邪魔だと言わんばかりに押さえつけた。
「先輩、この事はどうか内密に」
これには皆が驚いた。一人で解決しようと抱え込もうとしていた。三人は顔を合わせた。これの解決には何が一番いいのか。変に関わるとユートに今まで以上の被害を与えることになる。だからと言って何もしない訳にはいかない。三人は言葉を詰まらせた。長い沈黙を破ったのは意外にもユートだった。
「今から先生のところに行って、特別教室に入れてくれって頼んでくる」
ユートの口から「特別教室に入れてくれ」、と出てきた。その後、本当に先生に頼んだらしく、直ぐに特別教室の生徒となった。
「だから…!」
頭をかきむしりながら勉強を三人に教えていた。今はイロハちゃんに教えている。ユートは頭が良いだけならず、教え方も上手い。その為、担任の先生――安藤よりも信頼が厚い。
「ユート、これ教えて」
「またかよ…岬先輩…」
特別教室に入っても、ユートは成績を落とす事は無かった。学校では必ず安藤先生の隣で誰かのサポートにまわっていて、勉強している様には見えなかった。家では音々と張り合っているガンシューティングゲームに没頭しているし、これでよく成績を落とさずにいれるな、と思った。ユートはそれこそ表だって何かをするようなタイプではないが、裏からサポートとかは最善を尽くしている。そのお陰かで、音々とイロハは少し点数を稼げる様になった。しかもユートが出してくる問題は大抵テストに出てきていた。もう予知しているのでは、とさえ疑った。だが、そんな彼を取り巻く環境が少しずつ変わってきている事に気づいた。
それは、イロハの態度。恐らくユートはイロハ以外に心の扉を開けることはしていないのだろう。音々たちでさえ、開けてくれるようになったのが最近なのだ。他の人たちがユートの心の扉を開けることは出来ないことは分かっていた、つもりだった。
音々たちは夏休みに入る前、全国共通の模擬テストが行われた。それは、もちろん難しかった。そんなことはどうでも良い。問題は、その後だ。夏休みに、赤点を取っている音々とイロハは補習に出席していた。
だが、出席日数が足りていない智とユートは、夏休みの課題を学校でやる羽目になっていた。
元々、体が弱く時々発作を起こしては入退院を繰り返していた。そう、智が補習に来ているのには分かる。
だけど、何でユートまで出席日数が足りないのかが分からない。本人に問い詰めると、三人のうち、一人に呼び出されたら行くが、呼び出されなかったら学校を休むらしい。だけど、こんな自由な人でなければ補習に来ないし、来ていなかったら課題を手伝ってもらうこともしてもらえなかっただろう。
そこは、ユートの性格に感謝すべきなのだろう。
「そういえば、イロハちゃんは…?」
いつの間にかイロハが居ないことに音々が気づき、ユートは咄嗟に立ち上がった。そして肩で呼吸してから音々たちに言う。
「先輩たちはここに居てください。絶対にこの教室に居てください…!」
ユートの様子が異常なことに二人とも気づいていて、今から何かが起きることは分かった。だからこそ、ユートの後を付けていった。すると、屋上に到着して、その屋上にはイロハとユート、安藤先生がいた。安藤先生が何でいるのかは分らなかったが、危険なのは分かった。二人は耳を澄ました。
「…おうおう、怖い目をしてんじゃねぇか、我が息子よ」
我が息子?ユートの苗字は水無月だ、安藤ではない。
「俺はあんたのことを父親だなんて思ったことは無いぞ。それとな、俺はあんたが今からしようとしている事が分かるんだ。何でなんだろうな。あんたの血が教えてくれてんのかもな。だからイロハ、お前はこっちに来い」
イロハは目を瞑り、ユートに向かって言う。
「ごめんね、ユート。私が役に立てる道はこれしかないの」
イロハは屋上から飛び降りた。その瞬間、何が起きたのか分からなかった。いきなりイロハが居なくなるし、音々と智は後ろから襲われたのだ。あれだけ出るなと言ったのに…!そう呟くとユートは泣き叫んだ。
その日、音々と智は気絶して拐われ、気がつけば、今の姿になっていた。