8縁と映画
「みー」
勝平の膝の上の白虎君が気持ちよさそうに鳴く。勝平は、白虎君の耳の裏を撫でる手の動きを気持ち早くしてやる。だが、勝平の視線は、膝の上で伸びているミニサイズの虎ではなく、テレビにかじりついている縁に注がれていた。
縁は、いつもの着物姿であぐらをかき、眉間に皺を寄せた真剣な表情でテレビにかじりついていた。画面に映っているのは、DVDプレーヤーからの映像で、内容はテキサスでチェーンソーなホラー映画だった。不快感を煽る音楽と画面の中で恐怖に歪んだ顔をさらしている女性にかぶりつく縁。
敵がチェーンソーを振り回したり、ヒロインが悲鳴を上げたりするたびに、あからさまに驚いている。あまつさえ、画面が暗転する度に映る縁の顔には、涙さえ浮かんでいる。画面の中のヒロインほどではないが、割と本気で泣いていた。観る人が全員ここまで良い反応をしてくれたら、作った側としては本望だろう。その背中を見ながら、勝平白虎君の体を撫でてやる。
しかし、よく一〇〇〇年前の人間、それも映画初挑戦の人間が、あれからいったもんだよな。あの映画、不気味で意味不明というよりグロテスクで殺されそうから、変な夢見そうになるんだよな。しかも今は夜だし。
あと、泣いてる縁の顔が見られたのはラッキーだけど、割と落ちが読めるから、できればやめて欲しいんだよな。どうせあれだろ? 怖さが最高点に達したところで、白虎君をテレビに突っ込ませるんだろ? 式神だか神獣だか霊獣だか物の怪だか知らないが、こんな可愛い動物をそんな使い方したら、可哀そうだろ? それに壊れちゃったらどうすんだよ? テレビが。
ぼけーっとテレビを観る縁を見ている勝平の前で、映画はクライマックスを迎えようとしていた。驟雨のなか、主人公の女性がパトカーを奪って逃げていくシーンだ。縁の表情も、若干緩む。後はエピローグ的なちょっとした映像を残すのみ。どうやら、珍しく何事もなく澄みそうだと、勝平が白虎君の背中を撫で下ろした時だった。
『この事件は、未だに解決をみていない。未だに』
というホラー映画につきものの、しかし今の状況では完全に余計なナレーションが耳に入って来た。
マズい!
勝平はそう思って、腰を浮かしかける。勝平の膝の上から、白虎君がすばやく飛び降りる。ホラー映画初心者が――ましてや縁がこんなセリフを聞いたら、どう考えても無事じゃすまない。
縁の精神と俺の家及び家具が!
勝平が己の迂闊さを呪ったときだった。
「あ、あああ、悪霊たいさーん!」
もと陰陽師とは思えぬ台詞を吐きながら、縁が懐から一枚の符を取り出した、そして、
「「流星」! こ、こやつを真っ二つにするのじゃ!」
全長二メートルはあろうかという、宇宙色の巨大な刀が出現した。それも、テレビに垂直に突き刺さる格好――つまりは床と水平な状態で。
突然現れた刀に気付き、慌ててブレーキを掛ける勝平。だが、それで何がどうなる訳でなく、容赦なく伸びてきた刀の柄頭が、勝平の額を撃ち抜いた。
「あべし!」
強烈な一撃をもらって昏倒する勝平。その音に、縁が振り返った、振り返った瞬間に悲鳴を上げた。
「にぎゃああああああああああ! やつぢゃ! やつが来たのぢゃあああああああ!」
もはや創作と現実の区別が衝かなくなりつつある縁が、そう言ってテレビを壁に釘づけていた「流星」引き抜き、構える。
「あああああああああああああああああああああああ」
結局、縁はその日一晩、刀を抱えたまま震えていたそうな。
勝平が意識を取り戻した時、白虎君だけが平和な寝息を立てていた。
参考:テキサスチェーンソ
TSUTAYAで借りてきたこの映画を観た直後に書いたのですが、IME君が「テキサスちぇーんそー」とかいう誤変換をやらかしてくれたので、怖さが一気に吹き飛びました。
ロリポップな女の子がちぇーんそー振り回しながら、「ぶっ殺しちゃうぞ(はーと)」と言ってる図しか思い浮かばなくなりました。