6縁の蒼穹
空を切って飛んで来る機銃弾の嵐。縁は、愛機である二号零戦の操縦桿を抱くようにして引く。
「く! マズいのぢゃ!」
縁の操作に合わせて、軽快な横転をする二号零戦。
銃弾の嵐の中を、奇跡的に一発の被弾もなく飛びぬけていく。
機銃弾の嵐を無事に抜けた縁は、ほっと胸を撫で下ろす。その瞬間、縁の頭のすぐ上を、細長い鼻先が特徴的な三式戦が飛びぬけていく。
「ぬお!」
その衝撃で、コクピットの風防がガタガタと振動する。驚く縁の前で、三式戦は急旋回すると、再び縁の後ろへと回り込んでしまう。
「くぅ! 勝平め! 少しは手加減せんか!」
そう言いながら、縁は勝平の射線から逃れるためにフットバーを踏み込んで、機体を横に滑らせる。その様は、まるで雀が鷲から必死に逃げているようだ。
このままでは、堕とされてしまう。い、いや。いかん、弱気になるな。
折れそうになる心を、必死で奮い立たせる縁。
く、訓練を思い出すのぢゃ。この難局も、訓練でやったことを思い出せば、何とかなるはずぢゃ! こういう状況を想定したものも、やったはずぢゃ!
そう自分に言い聞かせた縁は、操縦桿を思い切り押し込んだ。
途端に、マイナスのGが縁を襲う。肩バンドが食い込み、頭に上った血のせいでクラクラする。
それでも、急降下を続ける縁。その後ろには、勝平の操る三式戦がピタリと付けていた。
ふん。大方、今頃勝ち誇った顔で照準器を覗いていることぢゃろうの! ぢゃが、その驕りもそこまでぢゃ!
縁は、速度計の針が降下制限速度である三六〇ノットに近づいたところで、操縦桿を抱き寄せた。機体はみしみしと軋みを上げながら、急降下から急上昇に移る。勝平も、その機動に追従してくる。
それを確認した縁は、急上昇の頂点付近――勝平が射線を得る直前で、新たな行動に打って出た。
左に踏み込んでいたフットバーを弛めて、右のフットバーを蹴る。背面飛行の頂上で、操縦桿を右に倒せば、失速寸前の機体はバランスを失って、左横に滑るのぢゃ!
ふわり、と縁の操る二号零戦が、空を舞った。そして、まるで蝶のような軽やかさで勝平の機体の真後ろへと回り込む。
もらったのぢゃ!
ダダダダダダダダダ!
二〇㎜機銃の重い発射音と衝撃が、引き金を通して縁に伝わる。発射された機銃弾は綺麗に勝平の機体に吸い込まれて行く。
機銃弾の雨をお見舞いされた勝平の三式戦は、尾翼が吹き飛び、主翼も半ばもぎ取られたようになり、火とオイルを噴きながら堕ちて行った。
「ふう」
縁は、その様子を見ながら額の汗をぬぐう。
テッテレー!
同時に、景気のいいファンファーレが鳴り響き、YOU WIN! の文字が画面に浮かび上がる。
「勝ったのぢゃ!」
「いや、勝ったのぢゃ、じゃねえよ! なんでだよ! なんでゲームで左捻り込みとか決めてんだよ! おかしいだろ! 何でそんなとんでも技が飛び出すんだよ!」
「ふはーっはっはっはっは! どうした? げーむとやらを初めてやったまろに負けたのがそんなに悔しかったのか? なんなら、もう一回やってやってもよいのぢゃぞ? のぉ?」
「く、ゲームのやり方なんて、教えなきゃよかった」
参考:かわぐちかいじ著「ジパング 9巻」第一刷(講談社漫画文庫版) 神田尚紀著「祖父たちの零戦」第六刷
どうでもいいかもしれませんが、タイトルは「蒼穹」と書いて「そら」と読みます。