縁、洗濯機を知る
「おお、なんぢゃこれは! なんぞ、面白そうなものがあるではないか!」
袖振縁――千年前の陰陽師。
縁――現代の大学生である江口勝平の家の中。
「あー、はいはい。珍しいのは分かったけど、色々と弄繰り回さないでくれよ?」
俺は、玄関から部屋の中を見るなり目を輝かせる縁にそう言いながら、靴を脱ぐ。縁は、俺にそう言う所を見られるのが嫌なのか、頬を膨らませて言った。
「ふ、ふん。珍しくなど、無いわ!」
「あー、そうですか」
「む! なんぢゃその態度は!」
フグみたいになっている縁を無視して、俺はさっさと部屋の中に入る。縁も、膨れながらも俺に従う。
縁――部屋の中を見回す。
縁――興味津々。
勝平――あれ、狭いとか言うかと思ったのに。
縁――ウズウズ。
「うむ。ま、まあまあぢゃの」
「そーですか」
縁――立ったまま。
縁――早く弄りたいという声が聞こえてきそう。
「と、ところで」
興味深そうに部屋の中を見回していた縁が、思い出したというように口を開いた。
「喉が渇いてしまったのぢゃが、水瓶はどこぢゃ?」
そう言えば、こいつは千年間飲まず食わずだったんだっけ。ていうか、水瓶って……
なんて俺が思っていると、縁が部屋の中を勝手に歩き回り始めた。どうやら、本気で水瓶を探しているらしい。
「ああ、いいよ。その位、俺がやるって」
水道を知らないであろう縁に部屋を弄られても面倒だと思って、縁に向かってそう言う俺。だが、縁は、多少は俺に気を使っているのか、「良い。自分でやる」と言って、部屋の探索を続行してしまう。
大丈夫かな? と思いつつそれを見守る俺の前で、縁はとあるものに目を留めた。
「おお、なんぢゃ。こんなところに、井戸があるではないか。全く、家の中に井戸があるなど、変わっておるの」
縁――歩いて行く。
縁――脱衣所に向けて。
縁――物珍し気。
勝平――いや、それは……
「ん? なんぢゃ、釣瓶はどこぢゃ? いや。それよりも、この井戸、浅いうえに涸れておるぞ?」
縁――勝平の視線に気づく。
「な、なんぢゃその目は! わ、分かっておるわ! この時代では、釣瓶など使わぬと申すのぢゃろ?」
そう言いながら、縁は、ロックオンした物を、再び弄り始める。止めたほうがいいのか、それとももう少し縁を愛でたほうがいいのか迷っている俺の前で、縁の冒険は続く。
「こ、これかの?」
物体――電子音。
「ぬお! などと驚いてはおらぬぞ! こ、これぐらい、まろの時代でも、当たり前ぢゃ!」
勝平――いや、平安時代に、それは無いだろう。
「こ、これか?」
縁――ボタンを操作。
物体――縁の操作に従う。
物体――放水。
「おお、出たではないか!」
縁――飲む。
勝平――ちょ、待て!
「ん、なんぢゃ、ケチケチするな。水ぐらい、飲ませてくれても、良いぢゃろうが?」
少しだけ嫌そうな顔をする縁。その縁に向かって、俺は少しだけ血の気の引いた顔で言った。
「あ、あのな、縁さんやい。それな、洗濯機って言うんよ? 平安風味に言うなら、洗濯桶と洗濯板? だからな、その水、あんまり、飲まない方が、良いよ?」
縁の顔から、一瞬のうちに血の気が引いていく。
今まで、赤くなるところは見たけど、青い顔は、初めてじゃないのか?