縁、階段を知る
「おお、なんぢゃこれは!」
縁――歓声。
縁――アパートの中。
縁――階段の目の前。
「いや、何って、階段だろ?」
俺は、アパートの階段を感動的な目で見ている縁に、少し呆れて言った。別に、階段なんか、珍しくもないだろうに。
「バ、バカにするな! そ、そんなことは、分かっておるわ! た、ただ、なんでこの階段は、頭の上にまで続いておるのかと聞いておるのぢゃ!」
ところが、縁は、手をブンブン振り回しながら、少し憤慨した様子で俺んに言ってくる。
その縁の様子を見て、そう言えばと、俺はとあることを思い出した。日本で、二階建て以上の建物が一般的になるのって、室町時代だったっけ? まぁ、つまりは、縁の時代には、二階建ての建物なんか、なかったのか。
俺は、必死になって説明を求める縁をこっそりと堪能しながら、自称天才陰陽師の縁に教えてやる。
「あー、これはな、縁さんの時代にはなかったかもしれないけど、この時代ではな、土地を有効活用するために、五重塔みたいに、建物を縦に重ねるのが一般的なんだよ。で、階段で上の階に上ると。
因みに、俺の住んでるところは、三階な」
「ふ、ふむ。そうか。ま、まぁ、そんなことだろうとは、思っておったがの」
縁――必死に知ったかぶり。
縁――目が階段をチラチラ。
「そ、そんなことよりも、ほ、ほれ、さっさと貴様の部屋に案内せい。ここに居たら迷惑になるぢゃろ?」
本人は一所懸命に隠そうとしているが、全身で『まろは三階からの景色に興味があるのぢゃ』と、主張している縁。いや、毎回思うけど、縁は、生前に頭が良かったことが、いい意味で作用してるな。主に萌え方向で。
俺としては、もうちょっとここで縁がジタバタしてる姿を堪能してたいけど、残念ながら、アパートの階段なんかでたむろしてたら、本当に迷惑になる。
「あー、はいはい。案内するよ。案内するけど、階段で躓いて、『い、痛いのぢゃ!』とか騒がないでくれよ?」
仕方なく、俺は縁を適当にからかってから、階段を登り始める。
「バカにするな。これぐらい、まろにとっては、どうということはない」
今までだったら、思いっきり大声を出していたであろう縁だが、この時ばかりは、階段の方に気を取られて、返って来た声も、どこかそぞろだ。
俺は、この位だったら問題はないだろうと思い、一人でさっさと階段をあがっていく。と言うか、上がって行こうとした。
しかし、一階と二階の間にある階段の踊り場で振り返ると。
「つ、疲れたのぢゃ。お、おぬし、見かけによらず、やるのう。い、家から出入りする度に、毎回このような、苦行を、こなして、おるのか?」
縁――息切れ
縁――手すりに全身を預ける。
縁――まるで全力疾走した後のよう。
縁――完全ダウン。
ああ、そう言えば、こいつ、蘇生したせいで、力が、なくなってるんだっけ。