休憩
空の月はほぼ隠れていて、もうしばらくすると新月になるだろう。
現実の世界よりも明るく照らす月は、新月に近いその姿でもその力を発揮している。
しかし、森の中を歩く彼ら三人の元へ届く光の量は少ない。
「この道で合っているのでしょうか?」
一番後ろを歩いていた女はそう尋ねた。
「とりあえず、まっすぐ歩いていたら森があったから、そのまま進んだだけだ。話の流れとしては、ただ進んでいれば城に辿り着くはずだ」
一番前を歩いている男は、欠伸をしながら答える。
「何とも現実的じゃない……話の流れですね」
真ん中の男は、後ろの女の様子を窺いながら台詞を並べた。
「特に伏線もないからな。地図とかそんな感じのものがあれば、進み方も変わるさ」
「地図とか無いんですか?」
「まぁ、今までの話の中で地図なんて出て来てないし……。ひょっとして、影師は城の場所を知っているのか? 確か城が西洋風ってことは知っていたよな?」
傀儡師は前回の話を思い出して影師に尋ねた。
「場所は知りませんよ。城の上の方に……えっと玉座っていうんだったっけ? そこの記憶がおぼろげにあるだけです。そこが西洋風だった……だけです」
影師は知っていることを喋った。
「とまぁ、今はただ進んでいればいいだけだ。その内にヒントとかが出て、それを辿って進むようになるんじゃねぇ?」
楽観的に傀儡師は台詞を吐く。
「……このお話はそういうモノなんですね」
人形は大人しく納得すると腰を右手で軽く叩く。
「歩き通しでさすがに疲れてきました。どこかで休憩しませんか?」
後ろの人形の動作から、休憩時と判断した影師は提案する。
「もうすぐ新月だぜ? 一応、うら若き乙女の人形がいるのに野宿は……あぁ、洞窟とはいえ、あれも野宿か」
振り返り、影師を挟んで人形に視線を向けると、傀儡師は眉をひそめた。
「どうかしましたか?」
人形は少し戸惑いを含みながら聞いた。
「いや、月の光はこんなに強かったかと思ってな」
傀儡師の台詞に、人形と影師は空へ顔を向けた。それに続いて傀儡師も空を見る。
「……いつの間にか、新月を過ぎていたようですね」
「不思議な感じです」
傀儡師が振り返り、人形に視線を向ける一瞬で、時が大きく過ぎた。
「現実での時間がそれだけ過ぎたということだろう。無駄にリアル感を出すなアイツは……」
「ほぼ、本人にとってというだけですけどね」
三人は月の変化の意味を確認した。
「とりあえず、明かりを持たない俺たちにとっては好都合だな」
微妙な理由で新月を回避した三人は、休憩することにした。
「森の中のせいか、地面は湿ってますね」
「なるほど……じゃあ、あそこにある石にでも座るか」
傀儡師が指さす方向には、少し大きい平らな石が二つあった。
「地面から高さがあるせいか、乾いていますね」
近づいて石の状態を確認した影師は言う。
「でも、石は二つですね」
「椅子取りゲームでもするか?」
「石の大きさ的には、二つとも二人座る余裕はありますよ」
影師は石の大きさを台詞で描写する。
「男同士で並んで座るのは御免だ」
「それは同感です」
傀儡師と影師は、それぞれ別の石に座る。
「……」
人形は、自分に迫られている選択を意識した。
「好きな方に座れ」
傀儡師が選択を急かす。
人形としては、自分のマスターであり、付き合いの長いのは傀儡師。しかし、今回の道中、自分に気を掛けてくれていた影師にも少し意識が向く。
「人形さんは迷う必要はないでしょう」
自分に対して気を使っていると感じた影師は、言葉で人形の背中を押した。
「……ありがとうございます」
人形は影師に視線を向けるとお礼を言ってから、傀儡師の隣に座る。
「この浮気者め」
「そういうわけでは……すみません」
「人形さんは、迷っても最後には傀儡師さんの隣を選びましたよ。きっと」
影師は人形の表情を見ながら言う。
「基本的に無表情のこいつの考えが読めるのか?」
傀儡師は少し興味ありげに聞いた。
「読めるというより、推測と勘です」
答えると、影師は空の月に視線を向ける。
「ほぉ、推測と勘か」
「……」
心当たりがあった人形は、何か言おうとしたが沈黙のままだった。
「表情は確かにあまり変化はありませんでしたが、視線が傀儡師さんに呼ばれるのを望んでいる……と思いました」
「ほぼ勘じゃねーか」
「まぁ、そうですね」
「影師さんの勘は当たってます。……影師さんは、人形が隣に座ったら迷惑でしたか?」
人形は影師が自分をどう思っているのか、少し気になって尋ねた。
「迷惑ではないよ」
「だ、そうだ。行ってもいいぞ」
「命令ですか?」
「お前の判断で良い」
傀儡師の言葉の意味を確認して、影師に視線を向ける。すると、人形と影師の視線が合う。
「このままでいいよ。オレは一人の方が慣れてるから」
「強がり……という訳でもないのだろうな。お前の場合は」
傀儡師は何かを思い出したように、台詞を置いた。
「とりあえず、寂しい……というのはそれほど苦では無いですからね」
「寂しいことが苦じゃないんですか?」
人形は驚いた表情を微かに浮かべた。
「寂しさは、みえるよ。それに昔は……すごく辛かった。けれど今は……そうだな、主のいうところの結界や魔法陣、魂の設計……そんな感じのモノで意識面は守らている」
「では、寂しさは無いのですか?」
「あるよ。意識面は守らているけど、無意識の方へはちゃんと流れていくし……みえるからね」
人形の問いに影師は答える。
「結局のところ、心は蝕まれているわけだ。無意識に流れ込んだソレは、お前をいつか殺すかもな」
「かもしれませんね」
傀儡師の台詞に、影師は穏やかな笑みを見せた。
「……何だか、余裕な感じですね」
「そうならないことを望みますが、もしそうなったら……それが……自分が生きてきた結果というだけですよ」
「……」
人形は傀儡師の顔を見て、なにかの許可を要求していた。
「勘違いかもしれませんが、人形さん……大丈夫ですよ。オレは影ですから。一人でもヘイキ……そういう風に出来てるんです。今の主は……そうでもなくなってますけどね」
影師は、少し困ったような嬉しそうな顔をしている。
「主よりお前の方が強そうだな」
「人間らしさは主の方がずっと上です。だから、オレはアレを主と呼ぶんですよ」
「まぁ、よくわからんが、お前にとっては通る理屈なんだろうな」
「そんなところです」
影師は月の光で出来た自分の影を見て、自分を笑った。
「さて、休憩は出来ただろう? そろそろ出発だ」
傀儡師はまだ続きそうな話を終わらせると、立ち上がり歩き出す。
人形は傀儡師が歩き始めたのを目で追いながら確認すると、影師に視線を移す。
「さて、行きますか。疲れは取れましたか?」
目があった影師は人形に問いかける。
「結構取れました。では、後に続きましょう」
少し明るい感じの口調で答えると、人形は立ち上がり傀儡師の後に続く。
「おや、今度はオレが一番後ろか。人形さんの後姿を楽し……。主の影響を微妙に受けたか?」
影師は立ち上がり苦笑いを浮かべた。
「遅れるなよ!」
「はい」
傀儡師は影師に声を掛けたが、最初に答えたのは人形だった。
「見失わないように気を付けますよ」
影師は答えて彼らの後に続いて歩き出した。
と、いう感じで次回へ続く。