登場人物プラス一(いち)
季節は進み、冬の寒さを少し遠くに感じるようになった。
洞窟の入り口に立つ男は、大きなため息を吐くと、奥の方へ声を掛ける。
「ようやくこの洞窟ともオサラバ出来るな」
その声に反応して、足音が洞窟の入り口の方へ近づいてくる。
「オサラバですか」
女の口調には名残惜しいという雰囲気があった。
「現状、俺たちは城を目指す途中という設定だ。いつまでもここにいても仕方がない。この洞窟はどう見ても城ではないからな」
「ここは洞窟です」
「……だから出発だ」
男が洞窟を出ると、女もその後に続く。
「この気温なら、雨が降っても問題はないだろう。とりあえず、急ぐぞ」
「雨が降ったら濡れますよ?」
「少しの雨なら、濡れても気にせず先に進むからな」
「……はい」
女の返事を聞くと、男は歩き始めた。
台詞の中に”急ぐ”という言葉を使った割に、後ろを歩く女の歩調に無理のないペースで歩いている。
「はぐれたりしたら探すのが面倒だからだ」
「もう少し早くても大丈夫ですよ?」
「無理なペースで進んで、途中で足が痛いとか言い出したら面倒だからこれでいい」
「そんなこと言いません」
女は歩くペースを自ら上げて、男より少し前を歩き始めた。
「案外、意地っ張りだな」
少し前を歩く女の左手を、右手で捕まえながら台詞を並べた。
「ダメでしたか?」
「お前が早く歩きすぎても、はぐれるだろ。歩くペースは俺が決める」
「わかりました。……手は繋いだままでいいでしょうか?」
「紐と首輪があればそっちの方が良いが無いからな。……冗談だ」
空を見ながら台詞を並べる傀儡師を見てから、人形は繋いでいる手を少し強く握った。
「城……”お”を付けた方が良いでしょうか。……お城まではどれくらいあるのでしょうか?」
「知らん。現実のアイツ次第だ」
「そうですか。……あの、あそこに人間の形をしたモノが寝ています」
人形の視線の先には湖があり、そのそばに寝転がっているモノがいた。
「登場人物を増やすわけか……」
傀儡師はこの展開の意味を台詞にした。
「誰でしょう?」
「とりあえず話しかけるとしよう」
傀儡師たちは脇道にそれて、湖の方へ歩き出す。そして、寝転がっているモノのそばへ辿り着く。
「生きているようです」
湖の方を向いて呼吸に合わせて動く背中を見て人形は言う。
「そうだな。……寝てるのか知らんが、お前は誰だ?」
「……眠ってはいない。水面を見ているだけだ」
寝転がっているモノはそう答えた。
「水面になにかあるのですか?」
「何も……ただ見てただけだよ」
相変わらず背中を向けたままだが、人形の問いには優しげな口調で答えた。
「こういう時は聞く方が先に自己紹介的なのをやるべきだったか?」
傀儡師は、こういう場合の作法をなんとなく思い出して尋ねた。
「オレとしては、正直どうでもいいことだ。礼儀がどうとかは、欠伸が出ることも多い。必要なのは必要だがね……」
寝転がった姿勢から、あぐらをかいて座る。向いている方向は湖の方。
「こちらを向かないのも必要のない礼儀か?」
「おっと、失礼。自分として人と接する機会が少なくてね……気恥ずかしいというのもあるんだ」
照れ臭そうな口調で台詞を並べると後ろを向く。
「ほう……お前は」
傀儡師は振り向いてこちらを向いた顔を見て何者なのかを察した。
「……よかったら、並んで水面を見ないか?」
「……」
人形は無言で傀儡師に判断をゆだねる。
「いいだろう。向かい合うのが怖い……という訳ではないのだろうな」
「さてね?」
額に右手を当てながら水面へ視線を戻す。
傀儡師と人形も湖の水面を並んで見る。
「風が出てきましたね」
湖の方から吹いて来た風を浴びて人形は言う。
「良い風だね。人形さん……。……オレは何と名乗るのが妥当だろう……影師とでも名乗っておこう」
「影師……影か……まぁ、妥当といえば妥当だな」
影師は自分の手の陰で動物のような形を作る。
「キツネ……犬か? いや、オオカミ……まぁいいか」
自嘲気味に笑ってすぐにやめてしまう。
「影師さんはよくここに来るんですか?」
「さぁ? このお話の登場人物を増やすという意味でここに配置されただけかもしれない」
「そうなんですか」
傀儡師を挟んで人形と影師は話をする。
「何はともあれ、このタイミングで増えた登場人物だ。一緒に城へ行く流れなんだろう?」
影師に確認するように聞く。
「そうだろうね。ということで、同行させてもらおう。……よろしく」
影師は、傀儡師を通り越して人形に”よろしく”という。
「なぜ俺を通り越す?」
「う~ん。何故か傀儡師さんには少し苦手意識を感じるので……これはまた、礼を怠りました」
影師は傀儡師に少し頭を下げて謝る。
「そうか、俺のことは苦手か」
「まぁ、嫌いなわけじゃないので……お許しを」
そんな二人のやり取りを見て人形は尋ねる。
「お二人はお知り合いなのですか?」
「傀儡師さん”とは”初対面だよ」
影師は”とは”を強調して台詞を並べる。
「この話の傀儡師としての俺に今の所、特殊な力は無いから心配するな」
「この世界ではあまり望まれない力……ですね」
傀儡師は残念そうな笑みを浮かべながら影師の台詞を聞いた。
「忘れることを望む人間もいる。辛いことを忘れたいと願う人間は少なくないんだがな……」
台詞を並べ終わると傀儡師はため息を吐いた。
「しかし、オレもこの世界の主もそれをあまり望まない。それでも忘れてしまうけど」
この影師の台詞を聞いた傀儡師は含み笑いを浮かべる。
「望まないか……表面上はそのようだな。しかし”お前たち”は案外その力の本質を理解している気がするけどな……」
「……さて? どうですかな……」
影師は言われて何かに思い当たったようだが惚けた。
「あの、”お前たち”って……人形も含まれてます?」
話に置いて行かれていた人形は、加わりたくて尋ねた。
「いや、お前は含まれていない」
話に上手く加わることが出来なくて、人形は俯いた。
「えっと、人形さんは城に着いたら何かしたいことはあるかな?」
俯いている人形に影師は声を掛けた。
「お城には何があるのでしょう?」
「……記憶? ……城……あの白は西洋風だからドレスとかあるかもね」
「ドレス……着てみたいです」
姿を持つ登場人物の服装は現状、描写されていない。人形は着飾ることに興味を示した。
「城に着いて、もし気に入った服があったら好きしろ」
傀儡師は立場上、人形に許可をした。
「マスター……いいんですね」
「俺をドキリとさせるくらいに着飾ってみるんだな」
あまり表情の見えなかった人形の瞳が少し輝いた。
「と、虜にしてみせます」
人形は自分の持つ最高の笑顔を見せた。
「お二人の関係は良好のようですね」
「……ただの主従関係だ。とりあえず、登場人物の書き分けの練習は出来ただろう。そろそろ、進もうぜ!」
傀儡師は立ち上がり、歩き出した。
「マスターは照れているんです」
「なるほどね」
影師と人形は傀儡師の後姿を見て会話を交わす。
「……勝手に言ってろ」
一度立ち止まって振り向くと一言台詞を並べて、また歩き出す。残された二人も立ち上がりその後に続いた……。
という感じで、次回に続く。