茶番
空には新月に近い細い月が浮かんでいる。現実の月よりも明るいこの世界の月ではあるけれど、今の明るさで外を歩くには暗い。
洞窟の入り口から雨の上がった外を眺めている男は、仕方がないという感じに首を振りながらため息をついた。
「俺一人ならこれ位の暗さは問題はないが、お前が一緒だとそうもいかないらしい」
「……」
傀儡師の台詞に人形は無言だった。
「まぁ、人形は基本的に喋らないからな」
「……」
人形は口元を少し動かそうとしたが、台詞の意味に従った。
「現状のお前の呼び名は人形だが、実際には人形ではないだろう?」
「はい」
人形という仮の名を持つ女は、笑顔を作りながら答えた。
「設定として、お前は記憶がないが魂は入っていることになっている。俺の言葉は通じて意味も分かるはず。もっと好きに喋ってみろ」
たき火に薪を一本入れながら、傀儡師は人形に言った。
「……はい」
たき火を瞳に映している人形は、無表情で返事をした。
「現実のアイツは俺を使って、荒い言葉遣いを練習しようとしているらしいが、上手くいっているのかねぇ」
「どう思いますか?」
「さぁな。俺の性格も、本当はもっと乱暴な感じにするつもりだったくせに、こんな感じだ……。やっぱり才能は無いな」
「練習中だからではないでしょうか?」
「……まぁ、そういうことにしておいてやるか」
傀儡師は、たき火の煙を見上げながら台詞を並べた。
「……人形はどんな性格の予定なのでしょうか?」
人形は自分の性格が上手くつかめていないので、傀儡師に尋ねた。
「現実のアイツもお前の性格はまだ定まっていない。とりあえず丁寧な喋り方で問題ないだろう」
「丁寧な喋り方ですね。わかりました」
大きく頷く人形を見ながら、傀儡師は人形の台詞を読み直した。
「お前は自分のことを人形と呼ぶのか」
「いけませんか? 自分をどう呼べばいいのか迷いましたので、人形と呼びました」
「好きにするといい。合わなければ変えていけばいい」
「はい」
人形は笑顔で返事をした。
「……乱暴な性格を表現するのは苦手らしい」
舌打ちをしながら傀儡師は人形を睨んでみた。
「人形は、乱暴じゃない性格の方がいいです」
「微妙にその台詞の並べ方だと、お前自身の性格が乱暴じゃない方がいい……にも読み取れるな」
「ごめんなさい。あの……どう呼べば?」
人形は自分が何と傀儡師を呼べばいいのか問いかけた。
「ご主人様か、マスターにしとけ」
「ご主人様……マスター。……マスターと呼んでみます」
「そうか……」
傀儡師の口調は、ご主人様の方がよかったという感じが少し感じられた。
「ご主人様にしますか?」
「マスターでいい」
今度はきっぱりと言い切った。
「では、改めまして。……マスターは乱暴じゃない性格の方がいいです」
「だが、それでは現実のアイツの練習にならないから、一応は乱暴な感じを意識しながらいくかな」
下を向きながらため息をついている傀儡師を見て、人形は目を細めて柔らかい表情をした。
「少し安心しました」
「何にだ?」
「マスターが乱暴な言動をしても、それは本当の姿じゃないと思えるからです」
「……本当の姿か。この体はこの世界にあるモノから出来ている。化身としての俺を本当の姿と呼べるのかは疑問だな」
「それでも、人形にとっては今のマスターが本物なんです」
「そんなものか?」
「そうです」
人形の笑顔を見て、それが作り笑いではない自然なものだと感じながら、傀儡師は乱暴な性格を意識して、笑顔の人形を突き飛ばしてみようと立ち上がる。
「人形のくせに、この傀儡師を操ろうというのか!」
「……」
傀儡師は座っている人形の両肩にそれぞれ手を置くと。そのまま押した。すると、人形はゆっくりと後ろに倒れた。
「もっと力を入れないと乱暴っぽくならないな」
「そうですね。もっと強く押しても大丈夫でしたのに」
傀儡師の今の力加減では、本来なら人形は倒れることはなかった。
「茶番だな。まぁ、言葉遣いの練習として付き合ってやるか」
「このお話も練習ですから。問題はなさそうですね」
「そうだったな。練習だ。この先、もっと乱暴になれるかは、アイツ次第か……」
仰向けで倒れている人形を見ながら。自分が乱暴になれるか微妙だと思っていた。
「あの、手を貸してもらえますか?」
人形は背中を地面につけたまま両手を傀儡師の方へ延ばした。
「……一人で起きろ!」
右手を延ばしかけたが途中で止め、荒い口調で台詞を並べた。
「わかりました」
自力で起き上がる人形を無視して、傀儡師は外へ目を向けた。
「次回は、この洞窟から出られるかな」
「楽しみですね」
起き上がり、座り直した人形はその背中を見ながら台詞を並べた。
「そうだな。さて、この辺で終わりにするか。多少は文章並べの練習になっただろう」
「きっとなりましたよ」
「だといいな」
苦笑いを浮かべながら、傀儡師は火の勢いが弱くなっているたき火を、足で砂を掛けて消した。
そして、次回に続く。