はい、いいえ
雨が降り続けている夜。その洞窟から明かりが漏れていた。その光によって作られている影は優雅に踊っているようにも見える。
冬の冷たい雨が降り続ける外の気温が低い。しかし、洞窟の中は暖かかった。その大きな理由は、洞窟の入り口に近い位置で、たき火をしているから。……揺らめく火は影を踊らせる。
「微妙に煙いが、大丈夫か?」
「はい」
たき火を挟んだ向こうにいる女に男は声をかける。すると、女は感情のこもっていない声で返事をした。
「雨をしのげて、暖も取れる。いいアイデアだと思ったが、煙を計算していなかったな」
「はい」
男は洞窟の中に転がっていた薪を一本手に取り、静かにたき火の中に落とした。
「薪か……たまたま、この洞窟の中に転がっていた木片だけどな。使えそうな薪も残りが少なくなって来た。薪がなくなったら、お前の服も使わせてもらうからな」
「はい」
相変わらず女は感情のこもっていない声で返事をした。
「冗談だ」
「はい」
男は『はい』としか答えない女の反応に退屈していた。
「お供がいた方が文章を並べやすいと思ったらしいが、こんな魂の抜け殻みたいな…………この女は魂が入っていないのか?」
無表情な女の顔を見ながら男は台詞を並べた。しかし、男の予測は外れていて、現状の設定では、この女に魂は入っているが記憶そのものがない。今のこの女は、男の後について行き、返事を『はい』と答えるだけ。
「なるほど。俺のお供としては確かにふさわしいのかもしれない。現実のアイツめ……何を企んでいるのやら」
しばらく考え込む仕草をしてから台詞を並べる。
「……嫌だと思ったことは”いいえ”と答えろ」
「はい」
相変わらず女の声には感情がこもっていない。
「薪が足りないから服を脱げ」
「いいえ」
女は言われた通り判断して返事をした。
「それでいい」
「……」
女はゆっくりと瞬きをした。この女にとって、それは記憶の一つを丁寧にしまう仕草なのかもしれない。
「現実のアイツは俺の力を反転させるのが狙いか? ……まぁ、いい。そんな化身があっても面白そうだ。お前もそう思わないか?」
「はい」
女の返事に男は息を吐きながら微かに笑った。
「本当にわかっているのか? この……人形は」
男は無表情の女を見て”人形”と言った。
「いいえ」
律儀に返事をする女に男は嬉しそうに笑った。
「お前、なかなか面白いな。人形か……ならば俺は傀儡子でいいか。……もっとも、この世界は現実では無いとはいえ、お前の体は生きている。……仮の名だ」
「はい」
人形は無表情で感情のこもっていない声で返事をした。
「とりあえず――――」
傀儡子は、たき火の向こうにいる人形の側へ行く。
「……」
「”はい”と答える時は口をこうして――――」
両手の親指で、人形の口の両側を上にあげる。
「……」
「目は少し細める感じで……そう、そんな感じだ」
傀儡子は人形の顔に表情を作らせた。
「後は少し首を曲げると……。なんだかこの世界のアイツみたいになってないか俺?」
「ふぃぃふぇ(はいいえ)」
口の両端を指で持ち上げられていて上手に声が出来なかった。返事は、問いの意味がわからなかったので両方で答えたらしい。
「おっと、悪い」
傀儡子が手を離すと、人形は元の無表情に戻った。
「今の顔できるか?」
「はい」
人形の顔は可愛らしい笑顔になった。そして、ほんの少し首をかしげた。
「お前の容姿の描写はまだ無いが、可愛らしい笑顔が出来るようだ」
「ふぃ」
人形は口角を上げたまま返事をしたので上手く声にならなかった。
「憶えはいいが、不器用なのかもしれないな。しゃべる時は口を自由に使え」
「はい」
笑顔の目元のまま返事をして、ゆっくりと瞬きをする。目を閉じたその顔には表情があった。
「学習したようだな。えらいぞ」
傀儡子はそう言うと人形の頭を撫でた。
「はい」
「これからは”はい”や”いいえ”以外の言葉も喋っていいぞ……というか、喋れ」
「……はい。喋ります」
人形は笑顔を浮かべて喋った。
「さて、雨が上がって月の明かりが見えたら城を目指すぞ。……薪は、何とか持つだろう。お前の服は燃やさないから安心しろ」
「はい」
人形は笑顔で返事をした。
という感じで終わり、次回に続く……。