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2章 喪失(1)

ええと、向かうのは本当に病院ではなくていいのですね」

「ええ、一直線に竹下情報部出張所まで向かってもらえる」

 本当は、まだ車道の凸凹でさえ頭がうずくのだけど。

 あの後私達は一旦本部に連絡を入れた。捕まえた人たちは警察に引き渡し、事情聴取をしてもらわないといけない。本当は私たちもその回収を手伝ってから本部に戻ろうとしていたのだが、上司からすぐ本部に戻り報告するように、とのお達しをいただいてしまった。

それはきっと、秩序軍の名前を出したからだろう。私が上司でも、そんなヤバイ名前が会話からでてきたらすぐに呼び出す。秩序軍ねえ、いったいあの書類には何が書かれていたんだろうか。まあやばい書類なんだろうなあ。

 車が進むのは、まだできたての車道で、ときどき子供たちが車に向かって手をふっているのが見える。まだ、このあたりの地域の子は車を見慣れていないのだろう。このあたりの移動の中心は、まだ自転車のはずだ。鉄道網がもう少し発達すれば、中心部以外でも産業が活発化すると思うのだが、予算がなあ。

「ところで、一つお聞きしたいんですけど」

 お、何かな。正ちゃん。

「その子、誰ですか」

 車の運転が始まってから既に20分。そんなあまりにもあって当然すぎる質問が、今さらやってきたのは正ちゃんのわかさのせいだ。

 なにせ、我が物顔で車乗り込んできた七峰。私にだって、こいつがなんで乗ってきたかよくわかっていない。口を開いたのはヤマさんだった。

「重要参考人ってやつだ。この小僧、事件当時工場の中にいやがった」

 そうそう、とうなずく七峰。どうやら納得いく回答だったようだ。

「それなら、警察に引き渡した方がいいのでは。」

「いや、警察に渡す前に俺らで事情聴取をしたいんだ。わかるだろ、今回の事件は特殊だ、革命軍がかかわっている」

「そうですか」

 本来なら、革命軍がらみの案件はそれこそ警察の案件なのだが。

 零課の名前は出さないでくださいね、というのがあの後七峰からあったお願いの一つだった。凄みを一切感じさせない言い方がかえって怖い。まあ、そんなこといわれなくても革命軍関係の事件はあまり口にしたいとは思えないが。

 革命軍が主張としてかかげる「ルールの明文化」は、私が小さいころはテレビの討論番組で普通に取り上げられる、新しい政治政策案の一つにすぎなかった。警察官個人の裁量による善悪の判断。罪と罰の重さ。これが、完璧に機能していてこそ、社会は「ルールの明文化」を笑い話として考えることができていた。「ルールの明文化」はコメンテーターの批判の的であることが常だった。専門家も。「ルールを明文化するなんて社会的な未成熟な国家であることの証明だ」という意見を崩さなかった。

 国民全員に、幼いころから警察職は神聖職という刷り込みがされていたのだ。

警察官は正しく善なる行いを行える、という国民の信用があって。

 警察官は自分こそが善悪を決めるんだ、という誇りがあったからで。

 その警察官の教育機関が非常に上手く働いていたからで。

私が12の時に『神田署事件』があるまでその姿勢は揺るぐことはなかった。警察は聖職で、警察官は聖人だ。私たちはそれを当たり前のように考えていたのだ。それを崩壊させたのがその事件だ。

『神田署事件』。神田署の署長以下30名が組織ぐるみで行っていた私利私欲の判決行使、その発覚である。いとこの会社の利益を確保するためライバル会社の取締役を痴漢でしょっぴく。テレビによくでる投資家に、きにくわないからという理由で査察を行い、所持している株の価格をさげる嫌がらせをする。機嫌のよくない日には、レストランにいって不当な食品偽装が行われていないか、経営者に文句をいう。そういう小さいことから、闇社会との取引という巨大な事件まで、私利私欲の判断が神田所内で日常的に行われていることが、一人の記者の手により世間に大々的に露見した。

「正義」の社会では、罪の判断基準が明文化されていない以上、判断は全て警察官にまかされることになる。警察官が悪と言えば、悪になってしまうのだ。警察官の気に食わないことがあれば、全て悪となってしまう。警察の判断は絶対ではない。そういう考えは全国的に広がっていった。「ルールの明文化」がシャレにならなくなったのはこの時からだった。

事件から半年後の選挙では、「ルールの明文化」を掲げる革命社という政治団体が結党。カリスマ的指導者 平等院崇徳を筆頭に3議席確保することになる。彼らは自分たちの主張を「秩序」と呼び世間に主張してまわった。一部の国民はこれに熱狂、次回の選挙では、大きく議席を伸ばすことが予想されていた。

しかし、結党から3年後、選挙直前で革命社は議会により強制解体されることになる。国民の安全な生活に多大なる危険をもたらすため、これが理由だった。結党の自由を旗本に、革命社はそれを拒んだが、この件に関して最終決定権をもつのは警察官だ。当然かれらはそれを拒否した。

解体された彼らは革命軍、と名前を変え活動を続けている。時折、ゲリラ的にテレビで主張を続け国民に今の社会の是非を問い続けている、というのが私たちの知っている彼らの活動内容だ。他の情報は普通の人は一切知らない。彼らは私たちの社会のタブーになった。

私が彼らのことを詳しく知ったのは警察学校の中だった。そこでは、革命軍が武力で政府の転覆を狙っていることを教えていた。小競り合いはよく起きていて、革命軍との戦いは警察官の中でも重要な任務の一つになる。そのため、相手がどんな組織でどんな戦いをするのか、そういうことをみっちり教わった。私の同期にも、彼らと戦うことを専門としている奴もいる。

だから、警察署の下請けを主な仕事とする情報部の中にも、革命軍の情報を専門で扱う部署があるのはある種当然のことなのだろう。それをこんな少年がやっているとは思わなかったけど。


一端ここまでのアップ。ここまでで全体の2割ほど。

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