1章 颯爽(2)
「秩序軍、正義の反対が私たちの相手ですか」
「秩序が正義の反対だあ? よくわかんないことをいうなあ。警察学校はそんな風に教えているのか」
「それは、まあ、私の解釈だと思っていただいて結構です」
「俺は秩序と正義ってのはなんというか次元が違うっていうか、視点が違うものって認識だなあ」
「視点が違うから、矛盾が生じる。ゆえに共存、できないですか」
「あ、なんだそれ」
「私の警察官になった同期がよくそんなことを言ってました。優秀な子でしたねえ。よく私はそう言い聞かされていました」
「なのにお前は違う考えなのかい。頑固だねえ」
「そうですね。私にとっての正義っていうのは、自分に嘘をつかない生き方なんですよ。、自分の感性に従わない生き方をしたら、それはもう正義じゃないんですよ。利益だとか、将来性だとかそういうものを全部おいて今の判断を今下す」
「厳しいなあ。お金がない時でも、食べたいものを食べろってことだろ」
「そういう極論を持つつもりはありません。しいていえば、その場合は無い物ねだりする発想が良くない。悪い発想。つまり悪なんですよ」
まあ私の考えは間違っていて、
だからこそ、わたしは警察官になれなかったのだろうけど。
「話題を戻しましょうか。相手が秩序軍なら、手練れ感、納得って感じですね。4マンセル。訓練された組織的な動き。こりゃもう遺書の準備でも始めるしかないですかね」
「墨が調達できたらな。紙なら、朝に駅前でもらったポケットティッシュがあるはずだ」
相手の正体はこのバッチによってほぼ確定。秩序軍戦闘工班だろう。刑事部の戦闘専門チームでもてこずるような相手だ。本来なら情報部の私たちが勝てる相手ではない。が、戦闘力だけなら情報部最強と呼び声の高い我がバディ。そんな男とコンビを組まされている私もすくすくと育っているのである。あと3人っしょ。なんとかなるなる。
「ねえ、ヤマさん」
私がヤマさんに声をかけると
「シッ!」
と、久々に(3日ぶり)ものすごい形相で睨まれた。ガチのやつだ。さすがの私もマジで周囲を確認し、耳をそばだてる。が、何か見えるわけでもなく、何か聞こえるわけでもなかった。
……。
ん、まてよ。何も聞こえないのは変だぞ。さっきまでは足音が鳴り響いていたはずなのに。
「人型発信機」
ヤマさんが短く呟く。びーこん? 聞いたことがあるような。
「心臓が動いているかを発信する機械だ。海外で発達した技術だが、秩序軍もよく使う。おそらくコイツの体に埋め込まれているんだろう」
ということは、こいつの役割は私たちの位置を割り出すための捨て駒、か。
「退路、は潰されているだろうな。そんなあまいやつらじゃねえ」
「おや、ヤマさん。秩序軍相手に対峙したことあるんですか」
「二回程な。聞いつけろ、そんときゃ身内から死人が出たぞ」
ヒュー、ヤバいですね。どうしてこうなった。つーか、私たちはしょぼい犯罪の裏付け調査をしていただけのはずなんですが……。
「どうして秘密文書所持犯を追っていたはずがこうなるんですかね」
「ん、まあ、きな臭い案件ではあったな」
「ほは、そうですか? たしか、元々はさらに全然関係ない案件ですよね。電車のシルバー席を譲らない男に警察官が注意したところから始まったとか」
「この町の鉄道網の発展はまだまだ途上だからな。暗い、狭い、人が少ない、そういうやばい条件のそろった鉄道内では過去実績として、犯罪の温床になるんだよ。それで、警察官が巡回しているんだ。マナーをただすのも警察官の仕事。で、荒っぽさには定評のある警察官。口頭で注意すればいいものの腹にパンチをいれたらしい」
あ、それ報告書に乗ってなかった。そういう事情か。
「わーお、そんな注意が許されるのは警察官の特権ですね。ってか知り合いですけど」
昔、捜査を手伝ったことがある。木上さんだ
「知り合いかい。お前の交友関係はろくでもねえな。俺はいくら警察官だからって、重たい犯罪じゃなきゃドツいちゃだめだと思うぞ。ま、今回に限って言えばそれが幸いした。普段なら気持ちのいいパンチが入っていたところが、どうもしっくりこなかった。それで、彼のおなかを調べたら、中には怪しい封筒が抱えられていたと。説明を求めたところ、やたら動揺したので今度は顔面にパンチをいれてしょっ引いてきたと」
「『なにかへんな書類かもしれない。調べてくれ』。我々としてはそれをもらっただけですからねえ。見知らぬ外国語のようでどうにも読み解けない、専門用語らしき言葉も多く入っていたから、とりあえず家宅捜索を試みたと。そして、聡明な私たちは見つけてしまったわけですね。この場所の住所と時間帯が書かれた紙を」
「まあ、時間帯はとっくに過ぎてたけどな。ちょうどつかまっていた奴がそのままここに向かっていたらちょうどよかった時間だ。。な、きな臭いだろ?」
「いやいやいや、どこかですか。私、視力聴力嗅覚味覚はアニマルにタッチできるほど敏感ですけどまったく匂いを感じ取れないんですけど」
「そりゃあお前、知力がなきゃ意味がないだろ。いいかあ、たまたま駅内にいる男を殴ったら、あやしい文書らしきものをラッキーで見つけた、なんて話がそもそもからして嘘くさいんだよ」
「そうですねー。嘘くさいですねー。でも実際にあったんだからしょうがないでしょうが」
んふー、と大きくため息をつくヤマさん。
「だから、そんなん作り話なんだよ。考えてみろ、おそらく殴られたやつは元々マークされていたやつだろうよ。お前の知っている警察官はどういうやつだった」
「う。粗暴なところはありますけど、それ以上に賢いやつだっていうのが当時の私の感想です」
「それならやはり話が通るな。つまりだ、怪しい奴を泳がせていたはいいが、合わせたくないやつと接触する情報をつかんだ警察部の誰かさんは、無理やり理由をつけて容疑者を確保したんだ。捕まえてみたところ、でてきたのは予想外の資料だったんだろ。もてあました結果、俺たちにお鉢を回したんだろうよ。警察部は体裁として、正義に少しでも反することができないからなあ。俺達みたいな多少寛容に動けるやつらの方が解明が早い、とも踏んでいるかもしれないなあ。この施設も許可とらねえで入っているし」
げ、そんな陰謀考えたことなかった。確かに私達なら、怪しそう、という理由で調査をすることはできるが警察部ではそんなことはできない。そうかー、その調査が結果として革命軍にまで行き着いちゃったか。まあ、外国語で書かれた文章なんかは、たしかに基本左派な革命軍らしいと言えばらしい。
「まあ、まずは生きて出てきたら課長にでも文句をつけることだな。で、どうする」
「とりあえずは相手の出方次第(ドロー&ゴー)でいきますか。人数が少ない方を見極められたらアタックですかね。大丈夫、さっきの魔法札で対抗呪文つくれそうですから、とりあえず魔法4発までは無効かできますよ」
「重畳」
沈黙の5分。私は互いに背中合わせに細い通路の真ん中にたち、相手の出方をうかがった。得物(薙刀)さえあればこっちから向かっていっていたところだが。おそらく相手は挟み撃ちを考えているだろう。この闇の向こう、構える敵はどちらかが一人、どちらかが二人。一人の方は戦闘に自信がある方だろうが、二人相手だと時間を稼がれやすい。その場合、3対2になりかねない。私たちは徐々に濃くなる相手の気配を必死に察知しようとしていた。
「行くぞ」
そうつぶやき動いたのはヤマさんだった。正面に向かって、消えるように走り始めた。私には感じ取れなかったが気配を察知できたのだろう。私も反転し、ヤマさんの後を追った。