第10話 前哨戦①
「えぇでは…予定通りにお願いします」
マシューはそう告げて通信を切った。ダーナ帝国からの宣告から早8時間が経過した。迫りくる脅威にどう対処するか会議で紛糾したがここまではマシューにとって予想通りの事だ。問題は星間連合軍の動き。例の少女に関して重要な話があると持ち掛けるも断られ―まぁこれも予想通りだ―マシューは計画に修正を行うことにした。
「さて被害は最低限に抑えなければなりませんからね。ドレイク枢機卿にも話をしておきましょう」
そう独り言ちてマシューは窓の外の風景に目をやった。人々の喧騒さえなければその目に映る町並みはいつも通りだ。先代の教主がその人生を掛けて築き上げた平和、中立地帯としての緩衝材でありそして星の教えを静かに広める為のこの聖なる地は崩れ去ろうとしている。
「不可侵の中立地帯…300年でその歴史を終えるか。短かったな」
マシューは静かに嘆息した。
突貫作業で爆薬やら何やらを積みまくり何とか体裁を整えるとフィオと整備班員たちはシルバー・ファング号に戻った。
「いや待て待て待て。なんで俺まで作業に繰り出されているんだ」
「今更かよ」
「諦めなさい、ノーランド中尉の視界に入る位置にいるのが悪い」
理不尽だと項垂れながらもフィオは格納庫に向かう。格納庫ではフランとライアンが改良した<ペネトレイトユニット>の確認を行っていた。
「最大300秒まで稼働させる事は出来るけどその後は冷却で480秒掛かるわ。チャージはその間に最大まで溜まるけど冷却はこれ以上の短縮は現状では無理ね」
「十分ですノーランド中尉。これだけの稼働時間があれば全く問題はありません」
「分かってはいるでしょうが使用中が一番危険よ。特に側面から回り込まれたら対処する事は出来ないわ」
「その辺りは連携でどうにかします…ちょうど彼も見えたことですし」
そう言ってライアンはフィオに片手を上げる。その表情はいつも通り―いやいつもより穏やかに見える。エルムから何かあったのだろうかそんな不安がフィオの胸に宿るが目の前の危機的状況に無理やり心から追い出した。
「この前言っていたあれか。隊長とも確認したんだけど使用中は俺とフレディで護衛に回るよ」
「助かる。最低限、近寄られなければ問題ないけど」
「両腕で保持しなきゃいけないんだから反撃なんてできないだろ?」
「そこなんだよ。対空自動小銃でも追加で載せられないだろうか」
ライアンはそうフランに尋ねるが彼女は難しい顔をし、
「今から追加で付け加えても動作の保証は出来ないから無理よ」
「諦めた方がいいな。こうなったらこの人、梃子でも載せないぞ」
そうフィオが言うとライアンは仕方がないかと嘆息し、
「これは兵器開発局への持ち帰りですね」
「そもそも問題だらけなんだから自分たちで後はどうにかしろと伝えておいて」
そうフランは言うと、フィオのヴァルキリーの方へと向かう。特に新兵装などはないが短銃身拳銃型光学砲の弾倉-C2粒子を蓄え、また腰部に収納することで自動的にチャージが行うことが出来る様になっているのだがそれを予備として<スラスターユニット>に備え付けることになった。
「エネルギー切れになった時に一々、収納している時間が無いと思う。特に今回は」
「そうね。ただ弾倉を交換する時に<行動規定>で行える様にしておかないといけないわよ」
「元々S2-27にも同様の<行動規定>があるだろ。それを流用して組み込んだ。シミュレータでは上手くいったから後は実戦でだな」
「…実機でのテストは時間的に無理ね」
フランは不満げに舌打ちをする。
「ランスター、それにマックナー中尉も必要な兵装があれば何でも言いなさい。取り敢えず、全部使えるようにはしておくから」
「助かります」
「予備の整備パーツってどれ位あるんだ?<ブーツシステム>とかアクティブ・スラスターなんだけど…」
フィオはフランと整備に関する深いところの話をし始める。そうなるとライアンには踏み込めない領域になるのだが理解できる範囲内で言えばそれは確かに有効だ。フランの顔も悪くないと語っている。
「マックナー中尉、スタッグ大尉が例のアレに関してもう少し詳しく聞かせてくれって言ってきてます」
「了解しました、S2-27の格納庫に向かうのでスタッグ大尉に伝えてください。あぁそれとアイザー少尉にも話を聞いてほしいので同席を」
整備班員は了解しましたと答えて通信を行う。フィオとフランにライアンは一言伝えて、S2-27がある格納庫へと向かった。
その途中で、
「あ…」
「…やぁ」
エルムと会った。視線が泳ぐ彼女にライアンは苦笑し、
「返事は急ぎませんよ。また落ち着いたらゆっくり話しましょう」
「…はい。そうですね。あの、マックナーさん」
少し考えて、
「御武運をお祈りしています。フィオさんと皆で無事に帰ってきてくださいね」
「勿論。お約束しますよ」
そう言って微笑むライアンにエルムも淡い笑みを浮かべて見せた。
予想以上に進軍が早いダーナ帝国騎士団に星間連合軍が右往左往している中、当のダーナ帝国騎士団も予想外の事に困惑していた。
「なんで<白蛇>がこんな所にいるんだよ」
ゼクスは眉間にしわを寄せて唸る。星間連合軍が宗教惑星系から民間人を保護する為に惑星ヘブンズゲートに来ているのは知っていた。ディーンもそれは予測済みだった。しかしその移送部隊に例の新型戦艦があるというのを知り、急遽作戦を見直さなければならなくなった。
「惑星デヴァンタールでの足止め工作はあの男の謀略だとは分かっていましたがまさか本人がここまで来ているとは思いもしませんでした」
「アレがいるって事はあれだろ?<雀蜂>や<鷹撃ち>の奴らもいるんだろ?面倒だな」
「バーバロイ大佐、例の人型兵器も侮れません」
分かっているよとゼクスはカラスに言い、
「お前に一泡吹かせた奴だろ。油断しねぇさ。だがそれ以上に<白蛇>の奴が厄介だな」
十中八九、何か罠を仕掛けているに違いない。既に惑星デヴァンタールで引っかかっているのだ。この先、どんな罠が張り巡らされているか分かったものじゃない。
「このまま進軍を続けても問題はないと思うか?」
「…問題ないでしょう。道中に何か罠を仕掛けている、待ち伏せの類は考慮しなくても構いません。向こうは民間人の保護が目的で戦力も1個大隊しかいません。戦力を割いてまでも何かを仕掛けてくる様な事はしないでしょう。警戒すべきは互いに相対した時です」
ディーンは眼鏡のブリッジを指で押し上げると、空間ウィンドウに映し出した敵戦力の展開予測図を指し示す。
「3倍以上ある戦力差でこちらに積極的に仕掛けてくる事はないでしょう。第一、星間連合軍側にはこちらと無理に戦う理由はありません」
「侵略している側が言う事じゃねぇが、宗教惑星系との条約はどうなる。星間連合軍には宗教惑星系を守るって建前があるだろ」
「民間人の安全のかなぐり捨ててまでする事ではありません。少なくともケインズ・マクシミリアンならそう考えます。提供された情報によると民間人の移送はまだ完了しておらず、我々の到着の方が早いでしょう」
そうなればケインズは民間人を背に庇ったまま自分たちと戦わなくてはならなくなる。そのようなリスクをあの男がとる筈がない。
だが、
「かと言って大人しく引き下がるような奴でもありません。民間人の移送が間に合わない以上、我々とある程度は交戦する事を考えて布陣する筈です」
「既に星間連合軍は艦隊を惑星ヘブンズゲートの宙域に展開しているんだったな」
「えぇ。艦隊の布陣などは既に情報の共有を行っています。特段、怪しい点はありませんが警戒を行っておくべきでしょう」
「何かあれだな。全部が全部、あの<白蛇>の仕業に見えてくるのはそれも策の内なのかねぇ」
大昔に似たような事を言った軍師がいるらしいが、
「いいえ。全てあの<白蛇>が意図的にやっている仕業なのですから警戒して当然です」
ダーナ帝国の宣告から10時間が経過した。およそあと半日ばかりでダーナ帝国は惑星ヘブンズゲートへと侵攻を開始するだろう。ともすれば星間連合軍はこの地にてダーナ帝国と剣を交える事になる。ダーナ帝国の戦力は三個大隊、戦艦から駆逐艦まで合わせて200隻を超えるのが判明した。対して星間連合軍はシルバー・ファング号を含めて49隻、単純な数で言えば4倍の戦力差だ。情報が更新されるたびにウルスの胃が悲鳴を上げる。輸送船は準備が整った船から出発させているがそれでもあと15000人の民間人が残っている。
「侵攻してくるダーナ帝国に対しこちらには交戦する意思はない事を伝える準備をしておけ。本国には護衛艦抜きで向かっている輸送船への援軍を依頼だ」
「了解しました。しかし援軍をダーナ帝国に察知されると警戒されるのでは?」
「そうだな。援軍にはクロス・ディメンジョンを通らずその手前で待ってもらおう。宗教惑星系とのクロス・ディメンジョンが一番近くにある惑星はハートネンだ。アンゼロット公爵に事情を説明し補給などの支援を求められないだろうか…交渉に当たれる者はいるか?」
「艦隊に所属している貴族に確認をとってみます」
参謀の一人に頼んだと伝えるとウルスは次の報告書に目を通した。
「十字星教-教主からの声明はまだか?」
「沈黙を保っています…失礼」
副官は携帯端末を取り出す。眉間の皴が寄っていくのを見ると良い情報ではないらしい。
「提督、本国の情報部からですが…テレビを見て頂いた方が早いですね」
そう言って副官が空間ウィンドウに銀河放送局のチャンネルを映し出すとそこには宗教惑星系から脱出してきた民間人のインタビューが流れていた。
「おい。宗教惑星系の情報は流布を避ける為に情報部で統制する手筈…いや、待て。そもそもおかしいだろう。何故、移送した民間人のインタビューが」
「えぇ。出発したばかりで1隻も本国へ到着していません」
ヤラセじゃねぇかとウルスは口汚い言葉で苦々しく画面を睨む。
副官も呆れた顔で、
「情報統制を逆手に取ったのか堂々とヤラセ報道を行っているようです」
「こんなフェイクニュースが何だと…」
「問題はその内容がフェイクと言えないからだそうです」
「何?」
偽の民間人は画面の向こうで移送の合間の苦労を語っている。物資の不足や移送手順の不明慮など現場がどれだけ混乱していたか、そしてそれを助けてくれたのが十字星教だったと熱心に説明する。
『数日前から星間連合軍の動きが全くと言っていい程、変わったんです。なんでも十字星教のドレイク枢機卿が協力を申し出てくださったおかげで移送がスムーズになって…』
『今回の移送の成功は現地での協力が決め手だったのですね』
『えぇそうなんです』
「……現地の協力が、決め手か。ほぅ…」
額に青筋を浮かべながらウルスは偽民間人の顔をしっかりと覚える。後で偽証を行い、軍の行動に悪影響を及ぼしたとして告訴してやろうかとふつふつと怒りを煮え滾らせる。
「お気持ちは察しますが問題は提督。この情報がフェイクと言い切れないところです」
「確かにな。何故、ドレイク枢機卿の協力があった事を知っているかだな。それに関してはまだ何処にも情報は流れていない。知っているのは数名だ」
その中にケインズやこの副官も入っているがそこから情報が漏れ出たとは考えられない。
「情報部の見解は?」
「疑わしいですがやはり確たる証拠がないとの事です」
「ここまで明確な事をしているのにか?」
「残念ながら」
ウルスは舌打ちをして空間ウィンドウを消す。ケインズが言っていた通り、この問題はどうやら根深いもののようだ。
「これに関しては今、我々で出来る事はない。だが警戒は必要だ」
「情報の統制をこれまで以上に…」
「それだけではない。向こうからの情報も疑え」
そう言われ副官の男はハッとした表情を見せた。
「全てが真実とは限らないという事ですね」
「あぁ。情報の裏付けはこれまで通り、いやそれ以上に慎重に行え。担当部門にはここは既に敵地であると伝えろ」
「了解しました」
ウルスは迫る刻限を前に嘆息し、
「打てる手は打った…だがまだ何か起きそうだな」
その予想は残念ながら的中することになる。
ケインズはカイトから連絡をもらいウルスと同じように銀河放送局のインタビューを見ていた。携帯端末を片手にインタビューの内容を手元のメモに纏める。
『ドレイク枢機卿は本当に平和を願われています。あの方の、新派の願いはこの時代で星間連合軍とダーナ帝国の戦いを終える事なのだと仰っているのです』
『平和のため、それは険しい道のりではないでしょうか』
『いえドレイク枢機卿が仰るには…』
「…えぇ。まぁここまで露骨だと情報の発信元は分かりやすいですね。受け取り手は彼女だと思うのですが…やはりまだ確証がない、と。直接的なやり取りが見られないなら何かの暗号でしょうね。今この場では私のもそれは分かりかねますが…はい、じゃあそちらはお任せします。私は私で微力ながら全力を尽くさせて頂きますので…ちゃんと連れ帰りますよ。では」
意外と子煩悩なんだなとケインズは思いながら端末を切るとブザーが鳴り、マイカが入室してくる。
「すいません、艦長…実は…」
マイカはほとほと困ったという顔で空間ウィンドウを開く。
それは十字星教の教主、マシューからのメールだった。
「…そろそろ私も怒っていいのかな?いや、教主自らがこんなメールを送ってくるなんて普通は考えられないけど」
内容は前と変わりない。エルムに関して重要な情報があるのでどうしても会いたいというものだ。これに関してはマイカがしっかりとお断りの返事を送ったのだが、
「裏があると考えるべきでしょうか」
「だろうね。我々とどうしてもコンタクトを取りたい…はて、迫りくる帝国に臆して亡命でもする気かな」
そう冗談を飛ばすがこの状況下でこちらとコンタクトを取りたがる理由にそれしか思い当たらなかった。
「艦長はどうお考えですか?もしも教主が亡命を希望しているとしたら」
「現実的ではない。確かにダーナ帝国は今、武力をもってこの地へと乗り込んできているが話し合いの余地はまだ残されている筈だ。宣告から24時間待つとはそういう事だろう」
「十字星教によるダーナ帝国皇太子及び皇女暗殺の関与。争点はそこなのでしょうが十字星教としてそれを認めるとは思えません。両者による交渉がこれまで行われてきたのか把握は出来ていませんがダーナ帝国がここまでやってきている事を考えると交渉は失敗したと考えるべきです」
「そうだね。それでも亡命は段階を飛ばし過ぎだ。現状では考慮すべきではないけど」
ケインズは憂鬱そうな顔をする。
もしかしたら自分たちの把握していないところでその段階まで進んでいる可能性もあるからだ。
「マイカ君。すでに伝えている中でも―私が想定した中でも最悪の物が現実に起きる可能性が出てきた。グラン提督や他の艦長たちにも伝えておいてくれ」
「了解しました。他には何かありますでしょか?」
「そうだなぁ…」
ケインズはそう呟いて天井を見上げると、
「この前、マイカ君の家で食べた肉ジャガがまた食べたいね」
「…あのですね、艦長」
冗談を言っている場合でないだろうとマイカが半眼になって睨むが、
「奥方に宜しく言っておいてよ。ついでに通信でいいから顔を見せてあげなさいって」
そう言うとマイカは溜息をついた。心配性な父が何か余計な一言を漏らしたに違いないとマイカは睨んだ。
「作戦行動中ですので私的な通信は控えます」
「真面目だねぇ」
ケインズがそう茶化す。
マイカはたいして気にも留めず、
「他にないようでしたら退室させて頂きます」
「はい、どうぞ。連絡の方は宜しく」
「了解です…あぁそれと」
立ち去り際、マイカはケインズの方を振り返ると、
「肉ジャガでしたら私が作って差し上げてもいいですよ。では」
ケインズの冗談に軽口で返したつもりだったのでマイカはそのまま立ち去った。
なので鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするケインズを残念ながらマイカは見る事が無かったのである。