第9話 迫る脅威
1年半ぶりの投稿となりました。後書きにて言い訳しております。
遂にこの時がやってきた。報告に上がって来た敵艦隊の数を聞きマイカは息を呑んだ。
「間違いないのですね」
それでも確認せずにはいられなかった。リリアはこくりと頷いただけ、それだけだがマイカは覚悟を決めた。
「至急、護衛艦隊旗艦のフラウベル号に連絡を。またマクシミリアン艦長にもこの件を早急に連絡してください」
ダーナ帝国騎士団、ついに現れると。
車中でマイカから報告を受けたケインズは顔を顰める。予想よりも相手の動きが早い。もう少し惑星デヴァンタールで足止めを喰らっていてもおかしくはないのだが流石はあの<灰翼>という事か。
「敵艦隊はまだクロス・ディメンジョンを通過したばかりだ。偵察部隊の報告が正しければこの規模で惑星ヘブンズゲートまで来ようとするのなら最低でも4日は掛かる」
「カノータス中佐の指揮であれば3日で到着するでしょう」
ケインズは冷静にそう分析した。時間は少ない。民間人の避難もまだ4割程度だ。その上、帝国の侵攻が迫って来たと分かれば更に混乱を招き避難計画そのものを見直さなければならなくなるかもしれない。
「グラン提督、差し出がましいですが最悪の事態を想定して頂く必要があるかと」
全ての民間人を助ける事は困難だ、そうケインズは言外に述べた。ウルスは苦い顔をし、
「まだダーナ帝国とここで矛を交えるとは決まった訳ではあるまい。我々の目的はあくまで民間人の保護だ。その一点に集中さえすれば相手も手は出し難かろう」
ケインズは希望的観測だとは言わなかった。確かに今のところダーナ帝国の目的はこの宗教惑星系だ。皇太子暗殺に十字星教が関与しているとし報復措置として艦隊を差し向けてきた。連日の報道でこれはダーナ帝国の勘違いだと宗教惑星系のメディアや聖職者たちは繰り返し主張している。誤解を解く為に十字星教はダーナ帝国に門戸を広く開く―<王家の路>を隠し続けて来たアースガルド王国とは扱いに雲泥の差だ。
「具申を致します提督。これは私見ですが…」
「貴官は情報部部長のハヤカワ中将とは旧知の中であったなマクシミリアン」
ウルスは琥珀色の瞳をケインズに向ける。
「昨日、ハヤカワ中将より帝国騎士団の動向に関して情報提供を受けた時に話は聞かせて貰った。臨時編成とは言え直属の指揮官ではなく更に上の元上官に作戦の具申を行う。あまり好まれるやり方とは言えんな」
既にオストーを使った遅延作戦に目を付けられていたがこれで更に印象が悪くなったらしい。ケインズは首を竦める。
「いやグラン提督を疎んじていた訳ではないのです。情報の精査を行いたかったと言う訳もあり…」
「貴官の艦では上下関係なく忌憚のない意見交換が是としているそうだな。良い事だがトップがそれを出来ていないのは駄目だろう」
それはあくまで艦内での事だからで艦の外というのはしがらみが多すぎて面倒なのだ。しかしカイトには話しておきながらウルスには黙っていた事に腹を立てている様だ。ケインズは素直に頭を下げた。
「申し訳ありません提督」
「構わん。先程、貴官が言った様に情報の精査を行っていたのだろう。中将から伺った話は確かに筋も通っていて懸念する事項だ。しかし信憑性が足りん」
ウルスは眉を顰める。
「どうなのだ、情報の裏付けは取れているのか?」
「目下確認中です、まぁ先の会談で7割くらい確認は取れました」
「あの質問でか?」
ケインズが最後の質問はウルスも首を捻るしかなかった。一体何を確認したかったのか。
「それら全てを踏まえ、お話ししたい事があります。場合によっては…ここで帝国騎士団と一戦交える事を考え」
「…いいだろう。この後、各艦長を招集し会議を開く。その場で貴官の考えを話せ」
その後、ケインズの話に誰もが渋い顔を見せた会議だったが否定の意見は出なかった。考え得る限り最悪の展開をケインズは述べたのだが現実として迫り来ていたからだ。
避難計画と同時に並行して準備は進めるという事になり言い出しっぺの法則ともいうべきか、ケインズが主導でその作戦を進めることになった。
枢機卿であるドレイクからの力添えは確かに効果があった。民間人の避難は大幅に進み、この分であれば3日以内に全ての星間連合に属する民間人の避難も完了する予定だ。
しかしそれは修正した計画通りに進んだ場合でそれでも間に合わない可能性が高い。元より遅れていた分を取り戻すのに人手が不足していた。
「それで俺たちまで引きずりだすかね」
フレデリックはため息をつきながら民間人の列を誘導している。
「仕方ないだろ。双腕肢乗機で戦う以外に俺たちに仕事なんてないんだから」
「いざって時に戦えるように色々と調整しておくのも仕事なんだがな」
この遠征も急ピッチで行われたもので休息もあまりとれていない。その上、教主と体面などと言う名誉なことだが非常に神経が磨り減る場面にも出くわした。
少しでいいからゆっくりしたい。
「…不満はあと。フレデリック、あそこに迷子」
「気付いたなら自分でいけよ…あぁもう」
フレデリックはアリアが指さす方に向かう。その肩には自動小銃が吊り下げられている。
「こいつも最初は許可が下りなかったんだよな」
「枢機卿の鶴の一声。助かる」
フィオも同様の物を肩から吊り下げている。何事も起こらない事には越したこと無いのだが、あればその分だけ牽制となり無用ないざこざを起こそうと思う輩も減る。
「…それとフィオ」
「なんだよ」
「腰の拳銃の安全装置が外れている。掛けて」
「げっ」
フィオは慌てて拳銃の安全装置をかける。ベンにでも知られたら大目玉だ。
「非殺傷用の拳銃だからって気が緩みすぎ」
「はい。全くその通りです」
あくまで一時的なお手伝いで駆り出されたフィオとフレデリックに渡されたのは所謂エアガンと呼ばれるもので当たればそれなりに痛いが余程の事がなければ死にはしない。本物を使って怪我人を増やすよりかは良いとの事だ。
アリアには本物の銃が渡されている。ただの暴徒くらいなら怪我をさせても殺さない程度の腕前はあるからだ。
「…気になるなら行けばよかった」
「流石に仕事放って付いて行く訳にはいかないだろ。あと、ほらアレだ。護衛もちゃんとついているし」
その護衛が気になるんだろうとアリアはため息をついた。
「また送ってもらって有難うございます。マックナーさん」
「気にしないでください。これも軍務のうちですから」
そう言ってライアンは笑った。先日とは違いエルムは助手席に座っていた。
マシューとの面会に向かうエルムをライアンは今日も送る事になり、フィオたちとは別行動となった。別れ際、フィオは何か言いたげだったが「何か分かると良いなって伝えておいてください」とだけ言っていた。
「リュンネさんは過去に拘りますか?」
「え?」
エルムが首を傾げるとライアンは自身の事を思い浮かべながら目を細める。
「過去の自分が何者か分からない。確かにそれは不安でしょう。けれど今の貴方は多くの友が信じそして心を通わせている。陳腐な言い方かもしれませんが貴方は多くの愛に囲まれているのです」
シルバー・ファング号に配属されて間もないがそれでもエルムが多くのクルーから気に掛けて貰っているのはよく分かる。フィオのように彼女を心配する声は他にも聞いた。言伝も受けた、その数だけで彼女がどれだけ愛されているのかよく分かる程に。
「どんな過去であれ皆の貴方を想う気持ちは変わらないと私は思います。皆が見ているのは過去の貴方ではなく今の貴方なのだから」
無理に知る必要はない。分からなかったとしても良いのではないか。ライアンはそう考えていた。それが自分勝手な言い分だとは分かっていても。
「私が過去を知りたいのは私自身のためなんです」
エルムはこれまでの事を思い出した。
「フィオさんと出会ってからいろんな人と出会いました。色々なお話を聞きました。そうしている内に分かったんです。今の自分というものを作り上げるのは過去の自分の積み重ねなんだって。色んな過去を積み重ねていくことでより良い自分に成れていくんだって知りました」
いい思い出ばかりじゃない、良い方向にも進まないことだってある。それでも人が成長していくには過去を積み重ねていくしかない。
そうして成長してきた人を見てきた。自分もそうなりたいと思ったのだ。
例えどんな過去があろうともそれを積み重ねていける人間になりたい。
エルムが過去を知りたいと思うのはただそれだけだ。
「だから私は知りたいんです。より良い今と明日になる為に」
「…貴方は強いですね」
過去を受け入れる強さ。エルムにはそれがあった。それはライアンが捨て去ろうとしたものだった。
「…つまらない話ですが聞いてもらえませんかリュンネさん」
エルムは首を傾げながらどうぞと言った。
「有難うございます。これは私的な事なのですが…まぁ特に隠し立てしていることでもありません」
そう言ってからライアンは目を細め、
「私の祖父は元ダーナ帝国民、そして母は帝国貴族の亡命者だったんです」
エルムは驚いた顔を見せる。
「元はダーナ帝国の領土であった惑星が星間連合の物になる…最前線の惑星ではよくある話です。祖父は最前線のある鉱山で働いていたのですが星間連合の領土となると鉱山夫を辞めてアースガルド王国の首都に移り住みました。学者になりたかった祖父はそれこそ死に物狂いで勉強をしたそうです。ダーナ帝国では貴族階級しか大学には行けませんでしたから。けれどアースガルド王国は実力主義を第一とする、その言葉に嘘偽りなく祖父はある大学に雇われる事ができ、生涯を学問の道に捧げました」
幼い頃に亡くなった祖父はライアンの誇りだ。祖父を知る人は皆、祖父を讃える。
「母に何があったかはよく知りません。ですが権力争いに敗れ、やむを得ず星間連合へと亡命してきたと聞いています」
貴族の身で慣れぬだろうに懸命に働きライアンの父と結婚した後も家庭をよく支えた。だがライアンを産んですぐに病を患い帰らぬ人となった。
二人の事をライアンはよく知らない。知っているのは伝え聞く話ばかりだ。それでも祖父と母がどれだけ尊敬に値する人物かはよく分かった。
しかし、
「私の体には帝国の血が多く流れているのです。どれだけ否定したくともその事実は変えられません」
帝国の血は―祖父と母の過去は変えられない。その過去(血脈)から続く自分もだ。
100年を優に超える時を掛けて戦争をしている。ダーナ帝国を憎み、その血筋を憎悪する者も少なくはないのだ。特にライアンが選んだ星間連合軍と言う組織の中には。
故にライアンは力をつけた。帝国の血筋と侮られぬ様に他の何者にも負けぬ様にと操縦者としての腕を磨き上げ次世代主力機のテスト・パイロットにまで登り詰めた。
そして同時に否定したかったのだ。自分はダーナ帝国の民ではないと。
「私には過去を受け入れるだけの器はありませんでした。だから貴方が本当に眩しく思えますよ。リュンネさん」
赤信号に捕まり車を停車させるとライアンはエルムに微笑んだ。とても優しい笑みなのに何処か寂しげにも見えてエルムは頬を赤くした。
「リュンネさん。私は今まで自分の過去から、この血筋から逃げてきました。立ち向かう勇気がなかったから今まで逃げてきたんだと思います。でも貴方を見ていて私も過去を―より良い明日を見てみたくなったんです」
まだ出会ってから2か月も経っていないのに、6歳も下の子に何を、そんな言葉がライアンの心中を駆けた。けれどこの偽り無き想いをどうしても口に出さずにはいられなかったのだ。
「どうか僕の隣でその生き方を学ばせてくれませんか」
貴方の事が好きなのです―そうライアンはエルムに想いを伝えた。
その日の晩、エルムは自室で、
「どうしましょうか」
とライアンから告白を受けた話をフィオに相談した。
もしもこの場にこの二人とライアン以外の第三者がいたら見るに堪えなかっただろう。
よりにもよってその相談をフィオにするのかと。
エルムに悪意はない。何せフィオの恋心になんかちっとも気付いていないのだから。
フィオもフィオでそれは分かっている。だから務めて冷静になろうとしていた。
「そそそそそそそそそそそ、それでででなんって答えたん?」
ただ冷静になれるとは言っていない。
そんなフィオの様子にエルムはお仕事で疲れているのかなと思い、紅茶のお代わりを用意すると、
「少し待ってくださいって言いました。今は私も大事な時なので」
「そう、だよな」
返答は保留したという事に一先ず安堵するが、断らなかったという事はそういう事なのではないかと不安にもなる。
「それで今日はどうだったんだ?何か分かった事はあるのか?」
「あまりは多くの事は。リュンネという姓は珍しいらしいのですが同じ姓をもつ人の中で私の親類に当たりそうな人はいないようなんです」
「そう言えば…あんまり聞いたこと無いな」
どこかで一度、聞いたことがある気がするがエルム以外に直接の知り合いで同じ姓を持つ人をフィオは知らない。
「とても有名な人と同じ姓だとは言われたのですが…ピンと来なくて」
「有名人?」
はいとエルムは頷く。ただその顔はちょっと困っているように見える。
「ヴァレリー・リュンネさん、と言うんだそうです」
「んー?どっかで聞いたことあるなぁ」
「それがその…400年位前の人で」
「歴史上の人かよ。あ、いや待てよ。そういや何かの特集記事で読んだ気が…」
そうだあれは確か。
「宇宙開拓史…に出てきた。そうだ<リ・テラ計画>の登場人物だ」
500年以上も昔、太陽系の地球という惑星から旅立った自分たちの祖先はカルーサ星人と出会い文明を発展させた。祖先が初めて開拓に成功した惑星バルバス、その歴史を振り返る特集記事の中に出てきたのが<リ・テラ計画>。
曰く地球を蘇らせるプロジェクト。
「…と言われている」
「やっぱりそうなんですね。私も教主様やマックナーさんに尋ねてみたんですけど概要は何もわからないって」
「本当に実行されたかどうかも怪しいんだよ。太陽系なんてここから遥か彼方にあるしそこまで辿り着く為のクロス・ディメンジョンがあるのかも分かっていないんだ」
「でも祖先は惑星バルバスまで来ているんですし何処かにはあるのでは?」
「その筈なんだけど全然見つからなくてさ。記録が紛失していて祖先がどうやってここまで来たのかは確かな事は分かっていないんだ。だから色んな与太話が上がっている。太陽系は大爆発で消え去ったとか実は希少資源がまだ残されていてそれをダーナ帝国が独占しているとか。はたまた何処かにまだクロス・ディメンジョンが残されていてその先には黄金の世界が待っているだとか」
そう言うとエルムはくすくすと笑い、
「詳しいんですねフィオさん。もしかしてフィオさんもそのお話を信じていたりとか?」
「何もやる事ないとテレビ局がしょーもない特番を組むんだよ」
そう言ってフィオはそっぽを向く。実は黄金の世界云々に関しては憧れていたりする。それをヴァーナンドに言ったところ「いや地球なら青だろ」と真面目腐った顔で言われて以来、口にしたことはなかった。
「<リ・テラ計画>もそんな与太話の一つじゃないかって言われている。何せ地球に行くルートがわからないのに何をどう蘇らせるって言うんだ」
「うーん…地球と全く同じ環境の惑星を他に作るとか?」
「それって蘇ったって言えるのか?」
姿形が全く同じでも異なる性質が一つでもあればそれは別物だ。
「何かその計画について資料とかは残っていないんですか?」
「全くない。アースガルド王国建国以前の話だしな」
フィオがそう言うとエルムは目を丸くした。
「アースガルド王国って惑星バルバスが出来た時からあるんじゃないんですか?!」
「あれ前に説明した時に言わなかったっけ?うーん、言ってない気がするなぁ」
だいぶ前に、工場惑星でのことを思い出しながらフィオは首を傾げる。
「アースガルド王国が出来たのは惑星バルバスが完成してから60年くらい後なんだ。戦争が起きて、その戦火の中で独立したんだよ」
「そうなんですね」
なんで戦争が起きたとか聞かれなくてフィオはホッとした。そこまでは知らないからだ。今度聞かれる前に調べておこうかと思った。
「なんか大分、話が逸れたな。えっと取り敢えず今日も何も分からずじまいか」
「そうですね」
少し落ち込んだ声で答えるエルムにしまったとフィオは慌てた。
「だ、大丈夫だって。宗教惑星系の最高責任者だって動いてくれているんだからすぐに何か分かるさ」
「はい…でも」
エルムは下を向く。
そう時間はもう限られているのだ。
翌日、ダーナ帝国の宣告が宗教惑星系へと届いた。
宣告に対する返答如何によっては24時間後に惑星ヘブンズゲートへの侵攻を開始すると言うものだった。
「予測よりも早過ぎる!!」
「このままでは民間人の避難など到底無理だ!!」
「それよりもどうするのだ!?このまま宗教惑星系で戦闘を行うべきなのか!?」
「発端は宗教惑星系とダーナ帝国の揉め事だ。我々は無関係だと主張すれば撤退することも…」
「しかしそれでは宗教惑星系を見捨てることになる、条約はどうなる!!」
「3個大隊だぞ!!勝てるものか!!」
艦長たちによる会議は紛糾した。それもそうだろう。ただでさえギリギリの計画なのにそれをさらに前倒ししなくてはならなくなったのだ。その上、計画も順調とは言えない。
「グラン提督!!このままでは我々も危険だ!!何か対策を打たねば!!」
「ならばまず一案を挙げてみろ。無策と批判と糾弾を一緒くたにするな」
ウルスが静かにそう言うと皆が黙った。それからフゥとため息をつき、
「今、必要なのは貴官の言う通りこの事態への対策だ。何でもいい。どんな案でも構わんから挙げてみろ。まずはそこからだ」
年若い艦長が挙手をする。
「宙域に即時、艦隊を展開すべきです。戦闘になるか、ならないかと言うよりも我々が艦隊を展開することで帝国も警戒するものと考えられます」
「一理ある。ダーナ帝国がこちらを警戒して行動が慎重になれば戦火を切らなくても済むやもしれん」
ウルスがその意見を肯定すると他の艦長からも手が挙がった。
「お言葉ですが艦長。宗教惑星系で艦隊を展開するとなるとやはり十字星教、いえ僧兵集団への許可が必要になります。現状で彼らから許可を得るのは難しいと思います」
<王家の路>の秘匿を巡って星間連合への批判はまだ鎮まる様子はない。
「マンデル少佐の言う通り相手に警戒させる事で戦闘を遅延させる―そのメリットを僧兵たちに訴えかける必要があると私は考えます」
「高位聖職者ではなくか?」
「良くも悪くも僧兵は軍人です。軍事行動における損得を訴えかけるのであれば彼らが適切でしょう」
最初の案を補強する形になった。すると他の艦長から「その前に」と、
「民間人の避難を優先するべきでは?既に収容が完了している輸送船から出発させてはどうか」
「しかしそれでは護衛のためにこちらの戦力を削ぐ事になる」
「…最悪、護衛艦抜きで輸送船には惑星バルバスまで向かってもらうしかあるまい」
ウルスは苦い顔で言う。ダーナ帝国の戦闘に巻き込まれるかよりは安全なはずだ。近辺の海賊やテロ組織も多くが討ち取られている。
「現在の収容人数は?」
「7万8254名です。残りの約2万名のうち、連絡と所在が掴めているのは4割程度です」
「8時間以内に連絡が取れなかった場合、残りの6割は諦める。これは私の決定だ」
ウルスはそう断言した。全てを勝ち取ることはできない。何を切り捨てるかウルスは決めたのだ。各艦の艦長たちも何も言わない。
「しかし提督。この状況下で…マクシミリアン大佐は何処に…?」
そう一人の艦長が尋ねる。
この場にいないただ一人の艦長の名前を。
「あれはもう作戦を立案しただろう。その計画の遂行中だ」
ケインズは何時になく渋い顔で首を横に振った。
「それはいくら何でも無理だから断りなさい」
「確かにそうなのですが…」
普段は無茶ばかり振ってくるケインズでも今回は別だ。今まさに帝国騎士団が迫りくる中、どうしてそんな要請を受け入れられようか。
「エルム・リュンネ二等兵に関して重要な情報を得られたので今すぐに聖堂本院に来てほしいと言われても無理。これは彼女にも伝えなくていいからもう断っておいて」
「分かりました」
マイカも頷く。返答もしなくてよい状況ではあるが相手は教主、銀河連邦の長にも準ずる立場の人物だ。礼を失することも出来ない。
「十字星教だってダーナ帝国の対応に追われているだろうに何でこんなタイミングで…」
ケインズは顎に手を当てて考える。もしかしたら本当に何か重要な情報なのかもしれない。だが確証もないまま危険な行動をとることも出来ない。確実なのはこのまま作戦を続行する事だ。
「リリア君。情報の流布状況は?」
「問題なし。今のところ両派に気づかれている様子もない」
「そうか…ナンバー2の肩書も伊達ではなかったんだろうね」
ケインズは次に格納庫のフランに連絡を入れる。
「忙しいところ悪いんだけどマックナー中尉のヴァルキリー2号機はどうだい?」
『例の装備の事ならいけるわよ。300秒は保てるまで調整したからね』
フランはそう答えながらも作業を進める。
「アイザー少尉から追加兵装の申請が出ていたね。私への認可を求める必要はない。現場で必要と判断した兵装はいくらでも使いなさい」
『あら太っ腹』
「私からもどんどん要求を出していくつもりだからそのつもりで」
前言撤回とフランは渋い顔で通信を切った。予備の兵装を含めて全てチェックするつもりなのだろう。あらゆる手段を用いらなければならない、ケインズがそう考えた時どんな兵装が必要になるかはフランにも見当はつかないのだ。全てが使えるようにしておかなければならない。
「マイカ君。機動小隊に連絡。15分後にミーティングを行うから集まるように」
「了解しました。グラン提督より作戦の進捗状況の確認が来ていますが」
「流動的に対処していますって答えておいて」
予想通りな答えが返ってきてマイカは了解と答えながらも無難な返答文を考える。
「さてあと24時間か…間に合うと良いが」
そうケインズは呟いて天井を見上げた。
この日、星間連合軍は8万人近くを乗せた輸送船を星間連合へと出発させた。ウルスが切り捨てる覚悟を決めていた2万人の6割は枢機卿のドレイクの協力もあり全員に連絡が繋がり、またステーションへの移送も手伝って貰える事になった。
しかしそれでも時間的猶予はなく、2万人全員の輸送船の乗り込みが完了するのはダーナ帝国軍の到着と同時だろうと予測されていた。
前回投稿時より何をしていたと言いますと趣味の資格試験の勉強をしておりました。1年以内に何とかなる予定だったのですが職場が某ドラッグストアという事もあり昨年度は投稿も何も出来ずに終わりました…
試験関係は一度、区切りがつきましたのでまた緩やかではありますが投稿を再開したいと思います。