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流星のヴァルキリー  作者: 夢見 旅路
第1章 Boy and Girl engage Valkyrie
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第8話 その名は戦乙女

 ふとエルムは扉の方を向く。何処からか見知った少年の叫び声が聞こえた気がする。気のせいだろうかと首を傾げるが生憎、勝手に外に出て確かめるわけにもいかない。

「エルムちゃーん、今いい?」

「はい、どうぞ」

 外のインターフォンを通して女性の声が聞こえる。エルムはそれに返事を返すと、外側からかけられていた扉のロックが外れ、室内に白衣を着た女性が入ってくる。

 こちらはフランと違い、狂気じみた笑顔は浮かべていない。むしろ穏やかそのもので慈母を思わせる顔つきだ。

「医務室、開いたみたいだから向こうで簡単にだけど検査したいなって思うんだけど」

「よろしくお願いします。シュウ先生」

 エルムはお辞儀する。白衣の女性、(シュウ)(メイ)は穏やかな笑みを浮かべたまま頷く。

「脳をスキャンして外傷などが無いか調べてみるわ。結果次第で貴方の記憶喪失が外部からのショックによるものなのかそうでないのかが分かると思うからまずはそこから始めてみましょ」

「はいっ!」

 エルムとメイはにこやか何談笑しながら医務室へと向かう。

 同じ白衣の人物に連れていかれているのに2人の様子はまるで正反対であった。


 フィオが連れてこられたのは広い格納庫だった。そこに入った途端、フィオの眼に飛び込んできたのは機械の巨人―

「あ……」

 フィオが乗ってしまった双腕肢乗機だ。

 所々破損が見られ、今は頭部の壊れた個所を修理しているのを見えた。しかし、

「……いいのかよ」

「何が?」

「これ、軍事機密なんだろ?幾らパイロットの振りだからって言ってもこれ以上、見せるのは……」

「構わないわよ」

 フランは断言する。

 掴んでいたフィオの襟首を離し、フィオを双腕肢乗機の前に立たせる。

「汎用型双腕肢乗機試作機、開発コードはヴァルキリーよ」

「ヴァルキリー?」

 フィオは眉を寄せる。目の前の巨人は角ばった印象が強く、また機体の色も灰色だ。

 戦乙女というよりも鈍重な兵士という印象を受ける。

 最もそれは印象だけの話でその機動力はフィオも身を持って味わった。

「なんか、名前と全く違った印象を受けるんだけど」

「分からないでもないわよ。でも正直、名前なんてどうでもいいから気にしていないし」

 お姫様たっての願いだしねぇとフランは誰に言うでもなく呟く。フランは顎でフィオについてくるよう示し歩き出す。フィオは渋々その後をついていくと、そこには1つの箱型の機械があった。その形を見てフィオはもしかしてと首を傾け、

「練習機……?」

「正解。双腕肢乗機の免許取る時に使ったでしょ?擬似的に操縦感覚を身に付けさせる事を目的とした機械―シミュレータなんて言い方もするわね…まぁ訓練内容は全然違うけど、同じものよ」

 フランは練習機に近くづくと何やら計器などを弄り出す。ここまで来るとフィオにもこの後、何が待ち受けているかなんとなく分かってしまう。

「ちょっと待てよ…俺ってパイロットの振りをしてればいいんだろっ!実際に乗る必要なんて無いんだしっ!」

「あるわよ」

 フランはフィオの方を見向きもせず答える。

 そして断言する。

「試作機の実験のためよ」

「本命のパイロットに言えよ!そう言う事は!」

「居ない相手に言っても仕方ないでしょ……よし、出来た」

 計器の設定を終えたフランは及び腰になっているフィオの襟首を再び掴み、練習機の中へと放り込む。そしてそのまま椅子に座らせベルトで固定する。

「おいっ!」

「はいはい、大人しくする。私、中尉。アンタは少尉なんでしょ、命令を聞きなさいよ」

「いや!意味分かんないよ!?そもそも俺軍人じゃないしっ!」

「今、ここではアンタは軍人なの……よし、じゃあ最初は機体の動かし方を覚えなさい。民間機と違ってセンサー関係は多いからね。あと、行動規定も基本動作だけでも民間機と違って倍はあるからそれも覚える事。シミュレーションのレベルは一番低いのに設定してあるから……じゃあスタート」

「はぁっ!?」

 フランは言うだけ言うとフィオを練習機の中に置いたまま外に出る。椅子に固定されたフィオは慌てる。しかしどうやらベルトは外からの操作で無いと外せない様に設定されているらしく、どうやっても外れない。そうこうしている内に練習機の画面が点滅し、シミュレーションが開始される。

 画面に映し出されたデブリの映像がまっすぐフィオの方へと流れてくる。

「うぉっ!?」

 思わず操縦桿を握ってそのデブリを回避する。するとまた次のデブリが飛んできてそれを慌てて回避する。幸いデブリの速度は遅いのだが、飛んでくるデブリの数は倍々に増えていき、目で追うのでさえ苦労する数になる。

『ほらほら、次行くわよ』

「来るなぁぁっ!」

 叫んでも無駄なのだがそれでも叫ばずにはいられなかった。

「やばっ!」

 避けきれず腕にかすめた所で慌てて体勢を立て直そうとして今度は脚に当たってしまった。直撃で大きく破損する。けれど機体全体からみればまだ一部破損だとフィオは思った。

 練習機だとこれで終了になる場合と壊れ所が使えなくなったまま継続する場合がある。フィオは後者だろうと思い次のデブリに注意する。

 ところが、

『アウト』

「……は?」

 画面には機体が大破した姿が映し出される。フィオが呆然とそれを眺めると、外からフランが通信越しに説明する。

『言い忘れてたわ……脚への直撃は即アウトに設定されているから』

「何でっ!?」

『このシミュレーションが終了したら教えてあげる……はい、もう一回やり直し』

「ちょっとっ!?」

 フィオの抗議の声を無視して再びデブリが襲いかかってくる。フィオは悪態をつきながら映像のデブリを回避していく。

 1つ、2つ、4つ、8つ……

 1度に飛んでくるデブリの数が16個になり、デブリの隙間を縫うように飛び、回避する。

『次…32個』

「くぅっ!」

 画面いっぱいのデブリ。

僅かな隙間を駆けて、時に急降下。さらに迫るデブリを回避するために今度は一気に上昇し、機体を大きく右に旋回させて再び隙間を縫ってジグザグに駆ける。

「チャンスっ!」

 デブリの隙間と隙間―それが一直線に繋がった瞬間、フィオはアクティブ・スラスターを全力にして僅かな時間しか許されない直線を全速力で疾走する。練習機は実際の慣性を忠実に再現し、瞬間的にぐっと押し込まれる圧力がフィオの体にかかる。それを耐え、デブリの隙間を抜け切ったその瞬間、目の前に32個目のデブリが迫る。

「っ!」

 フィオは少しも加速を緩めず、機体を上昇させる。デブリの表面を沿うように走り、擦れ擦れのところでデブリを振り切る。

「ふぅ……」

『……お見事』

 フランはそっけない態度で答える。その返事にフィオは文句を言いたくなるが、

『じゃあ次……64個』

「無理だろっ!おい!」

 画面には無数のデブリ、更に速度も先程より上がっている。

「ぎゃぁっ!」

 呆気なく大破。

『はい、やり直しー』

「って、最初からっ!」

 1つから始まり倍々に増えていくシミュレーションをフィオは結局、3周する羽目になる。

 更に、

『はい、そこで操縦桿を下に下げる』

「下ぁ?動くわけ……って動いた!」

『脚を可働させる時は可働させたい側の操縦桿を下に下げなさい。操縦桿の上下で操作個所を腕から脚、脚から腕と変えられるわ』

「すげぇ…!脚が本当に動いてるっ!」

『じゃあ次は脚を動かしながらこれをかわしなさい』

「あぁわか…ってミサイルぅ!!」

 そして更に、

『大腿部には<短銃身拳銃型光学砲>……私たちは<ガンド>って呼んでるのだけど、見た目通りハンドガンが搭載されているわ』

「手で持つのかコレ?珍しいんだな」

『大抵の武器は各部のハードポイントに固定するのが主流だからね。けれどヴァルキリーは違う。限りなく人に近い形の腕をしていて従来の双腕肢乗機よりもより柔軟で繊細な指の動きが出来るようになっているの。その特性を生かし、人が使う武器により近い形をした兵器を使用させてみようって事で試験的に作った1つがそれ』

「……どんな素材を使ったらこんなのが出来るんだ…?……いやそもそもこの形状は……」

『はいはいそう言った詮索は後で教えてあげるから……それよりもっと便利な機能があるわよ。閉じている指を開いて<ガンド>のグリップに手を近付けてみなさい』

「こうか?」

 フィオは言われた通り指を開き、グリップに手を近付ける。するとグリップに近づいた途端に手が自動的にグリップを握る。<ガンド>を固定していたウェポン・ベイが外れ、そのままフィオは腕を軽く動かしてみる。手は<ガンド>をしっかり掴んでいて離さない。フィオは驚き、

「どうなってんだ、これ?<行動規定>を使ったわけでもないのに勝手に動いたぞ」

『ヴァルキリーの持つ機能の一つよ。戦場で臨機応変に手に持った兵器を交換できるように<武器を掴む>という動作を<行動規定>以上に簡略させるために予め、手の平とグリップ部分にセンサーを搭載してセンサー同士が反応すると自動的に<武器を掴む>という動作をするようプログラムしてあるの』

「?<行動規定>とどう違うんだそれ?プログラムされた動作を行うって言うんなら<行動規定>と同じじゃないのか?」

『より簡略化された動きを行うって言ったでしょ。例えば、<物を掴む>って言う<行動規定>を使う時、掴む対象をセンサーに入れて<見て>次に<行動規定>を実行するでしょ?ヴァルキリーのそれは手の平が開いている状態なら手に取りたい武器を態々選択しなくても手を近付ければ勝手にその武器を取ってくれるって訳。つまり<見る>という動作が1つ少ない分だけ<行動規定>よりも簡略化された動きが出来るってことよ』

「はぁ……」

 フィオは分かったような分からないようなどっちつかずな顔をする。

 フランは軽く肩をすくめて見せて、

『ワン・アクション少ないってのは戦場では重要な事よ。特に双腕肢乗機乗りにとってはね。例えば<敵の攻撃を回避する>、この動作が1秒でも早く実行できればそれだけでもパイロットの生存率は上がるわ。それだけじゃない、相手よりも先に早く攻撃が出来れば、こっちが撃墜されない。センサーの切り替えが一瞬でも早く出来れば、隠れた相手を探り出す事が出来る。操作の手順が一つ減ればその分、行動が速くなり戦いに勝つ確率は跳ね上がるのよ』

「だったら全部、自動(A・I)にしちまえばいいじゃんか」

『それだと逆に柔軟な思考ってやつが出来ないのよ』

 人工知能同士の戦いは先の読み合いでこう着状態に陥ってしまう、確かそんな話を聞いた事があるなとフィオは思いだした。

『じゃあ次はそのまま射撃訓練および格闘訓練よ。上手く<ガンド>とビームブレードを切り替えながら戦いなさい』

「いや無理!そんなのやったこ……うぉぉぉ!!また兜野郎がぁぁ!!」

 画面越しに押しかかって来る仮想的に撃墜と撃破を繰り返す事、4時間が経過した。最終的にフランがフィオに下した評価は、

「まぁまぁね」

 その一言だけだった。フランはフィオを練習機から引きずり出すと部屋に戻って待機と言った。部屋、と言ってもフィオは何も聞かされていない。そう言うとフランは面倒くさそうに艦の通信パネルを操作すると何処かに連絡を取る。

 少しして、格納庫に金髪の少女が入ってきた。その顔を見てフィオは首を傾け、

「えっと……チューリップ、少尉?」

「…そ」

 眠たげな眼で答える。フランは格納庫に入ってきた彼女の事を見向きもせず片手を上げて「後よろしく」と言うと作業に没頭する。

 4時間もの間、慣れない訓練に縛られ続けたフィオの体は疲労と頭痛を訴え、ろくに頭が動かない。回転数が著しく落ちた頭でノロノロと首だけを動かすと、

「えっと、部屋に戻るように言われたんだけど……」

「分かってる。案内する」

 そう言ってフィオをおいて先に格納庫を出る。フィオも慌てて、その後を追う。

 格納庫を出たと思ったら急に足を止め振り返り、

「ん…」

「え、何?」

「アレ」

 そう言って指さす方を見ると扉の前に<第1格納庫>と書かれていた。それからすっと奥の通路を指さし、

「ヴァルキリーは第1格納庫。他の双腕肢乗機…S2-27はこの先の<第2格納庫>にあるから。覚えておいて」

「あ、あぁ。分かった」

 思い返してみれば今まで居た格納庫にはあの人型の双腕肢乗機しかなかった。

 どうやらあの試作機のためだけの格納庫がこの艦にはあるようだ。それは酷く贅沢ではないかとフィオは思ったが、

「ん…?」

「なに」

「いや、あの試作機の専用格納庫がある艦って…もしかしてこの艦もプロジェクトの一環で作られたとか?」

 フィオがそう言うと、

「ふーん…そんなに頭が悪い訳ではないんだね」

「微妙に失礼だな、おい」

 しかし否定しないと言う事はそう言う事なのだろう。

 ケインズはこの艦が新鋭艦だと言っていた。そんな艦で試作機を乗せていると言う事は何かしらの関係があるのではと考えるのは当然の帰結であるとも言える。

「部屋に移動しながら他にも必要な施設の場所教えるから。覚えておいて」

「いや、今頭がぼーっとしているから後の方がいいだけど…後、部屋って……?」

「寝泊まりする場所…一応下士官扱いだから一部屋」

「…え、いいの?」

「民間人に気を使われるほど今の戦艦のアニメミティは低くない」

 どうやら部屋は余っているらしい。アニメミティが高い軍艦ってどうなんだとフィオは思ったがそれ以上は頭痛が邪魔して考えるのが面倒になった。

 格納庫以外にも他の施設の場所を教えてくれるが何分、全て口頭なので全く入ってこない。後で端末から調べて見ようとフィオが考えていると、前方の通路からロイ達がやってきた。皆揃って同じデザインのパイロット・スーツを着ている。

「ようっ!どうだった、ランスター少尉?」

「くたびれた……」

 がははと笑うロイをフィオはだから何が楽しいんだこいつと言った目で見る。バンバンと肩を叩いてからロイはフィオの横を通り過ぎる。

 フレデリックはフィオを変なものでも見るような視線を向ける。何だよと思って睨み返してやると、フレデリックは「ふん」と鼻で笑うと、フィオの横を通り過ぎる。カチンときて文句を言ってやろうかと思ったが仮にも相手は軍人。喧嘩を売って無事で済む保証はない。

 アリアは眠たげな眼のままフィオに何も言わず横を………

「…………………ん?」

 フィオは後ろを振り返る。フィオの声に気付いたのか、フィオの横を通り過ぎた3人がこちらへと振り返る。

「どうした?」

 ロイが尋ねる。他の2人も怪訝な目でフィオを見る。否、アリアだけがやはり眠たげな眼をしている。そしてフィオは再び前を見る。そこにもやはり眠たげな眼の少女がいて…

「あんッ!?何で2人いるのっ!?」

「?あぁ……そう言う事、か」

 フレデリックは1人何か納得したかのように頷く。

「何がそう言う事だよっ!訳わかんねぇよ小太りっ!」

 状況が分からず混乱するフィオは思わずフレデリックに罵倒を浴びせた。

「お、お前っ!」

 青筋を立ててフィオに詰め寄ろうとするフレデリックをロイは襟首を掴んで止める。それからヤレヤレと首を横に振り、

「事実だろうが、おい。あと、自己紹介はちゃんと済ませとけよ」

「私の名前、知ってたから」

「ファミリーネームは、ってオチだろ?」

 前を歩いていた少女は面倒くさそうな表情でフィオに敬礼をする。

「リリア・チューリップ少尉。役職はオペレータ」

「え?え?」

「アリアとは双子」

 そこまで告げられて漸くフィオも合点がいった。

 食堂であって今、フィオの横を通り過ぎたのが双腕肢乗機小隊のアリア・チューリップ。

 そして格納庫にフィオを部屋まで案内するために来た目の前の少女がオペレータのリリア・チューリップ。

 階級はどちらも同じで容姿は瓜二つだ。

 これはどちらがどちらなのか判断するのが大変だ。

「疑問は解決した?」

「え?あ、うん…」

「そ」

 そう言うとリリアはさっさとまた歩いて行ってしまう。アリアはと言えばロイとフレデリックをおいて先に行ってしまっている。

「おいおい。待てよ、アリア」

 ロイはフレデリックの襟首を掴んだままアリアの後を追う。「ぐぇ」と鶏の首を絞めたような声を上げるフレデリックの姿を見ていい気味だとフィオは胸が少しスカッとした。

 一連の会話でよく分かったのだが、アリアとリリア、この姉妹はやたらと淡白な性格だ。基本的に相手に無関心で必要以上に喋ろうとしない。部外者のフィオだけにそんな態度を取るのかと思ったがどうやら仲間でも関係ないらしい。

 何はともあれやりにくい相手だとフィオは思った。しばらく移動すると居住区についたらしく、奥の1室の扉をあける。

「ここ」

「お邪魔しまーす…」

 フィオが暗い室内に入ると、自動で照明がつく。室内は質素なものでベッドと小さなテーブルとイスが1脚だけ置いてあるだけだった。

 と、フィオはベッドの上に置いてある袋を見つけた。

 何だろうと思い持ち上げてみると中身は服の様だ。

「これは…?」

「軍服…着ておいてだって」

「これも偽装工作の一環ですか……」

 そう言ってフィオは袋を開ける。中には真新しい軍服とは別にもう1セット、別の服が入っていた。紺に近い青い色をしたそれは先程、ロイ達とすれ違った時にも見ていた。

「パイロット・スーツ?」

 なんでこんなものまで支給するんだとフィオは眉をひそめる。

 リリアはそんなフィオの様子に気がついたのかパイロット・スーツを指さし、

「それ、軍服の下に着ておいて」

「は?何で?」

「軍規だから」

 全く分からないという表情でフィオは首を傾け、リリアは面倒くさいなぁと言った顔で説明をする。

「双腕肢乗機小隊は、何時でも出動が可能なようにパイロット・スーツを軍服の下に着るのが規則……着方まで知らないとか言わないよね?」

 リリアはちょっと眉をひそめて尋ねる。

「いや…双腕肢乗機の免許取った時に学科でやったような……」

「そ…じゃ、私用事があるから」

 そう言うとリリアはそのまま部屋を出て行ってしまう。1人部屋に残されたフィオはとりあえずリリアに言われた通り着替えることにした。

 フィオが普段、というよりも民間機の双腕肢乗機に乗る際に使用されるのは極一般的な宇宙服だ。旧世紀からほとんど変わらないデザイン、ゴテゴテした機器を全身に取り付けた白い宇宙服は安全性を重視した結果だ。

 それに対して軍用の宇宙服―俗にパイロット・スーツと呼ばれるものは白い宇宙服と全く違う。機体を操縦するのに最適なデザイン、機器を可能な限り取り除き動きやすさを重視。同時に安全性を考慮して、ぴったりと体に張り付くスーツは全身を覆い、仮に宇宙に放り出されても平気なように作られている。

 四苦八苦しながらパイロット・スーツを着込むと今度は軍服に手を伸ばす。軍服は詰め襟の上着とズボンのみ、どうやらワイシャツすら着ないでパイロット・スーツの上から着ろと言う事なのだろう。ズボンを穿き、いざ上着を手にした途端、フィオは軽く眉を寄せた。

「これ…どうやって着るんだ?」

 上着の左前身頃にはボタンが付いている。しかし反対側の右前身頃にはそのボタンを通す穴が開いていないのだ。着方の分からない服を前にフィオは延々と悩んで結局、上着は羽織るだけにした。

 着替えが終わり、さてこの後どうしようかと考え、フランに先程部屋で待機と言われた事を思い出し、

「また何かやるのかなぁ」

 とげんなりと呟いた。それからどっと疲れが押し寄せてきてフィオはウトウトと眠気が襲いかかってきた。

「疲れた……」

 そう呟き、フィオは倒れる様にしてベッドへと身を沈めた。


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